10-21 入念な準備はした。
下っ端を爆発から逃したのは何も人道的理由ばかりではありません。
かなり無茶のあるスケジュールだが、すべての準備は1週間で整った。
プラスチック爆薬の性能テストやら洞窟の構造解析、廃船の手配。アライアス伯から、件の男爵に捜索名目で兵を入れる許可。鉱夫ギルドから、爆破のプロを派遣してもらう手配。必要なスクロールやポーションを集める。
モーダルに残っていた、ライナさんとセレンにはいろいろと迷惑をかけた。
ライナさんからは、息子の仇を取って欲しいと泣きながら言われたときにはどうしたものかと思ってしまった。
あのレッドドラゴンは直接的な敵じゃない。
とはいえ、救国兄弟団が関係しているというのは市民の中にも浸透している。街を混乱させてドラゴンを呼び寄せたという事で、反ラウレーネ派は排斥され始めていた。
あまり、過激にならないで欲しいのだけど。
少なくとも、末端の彼らは排斥しようとする人たちと何も変わりはしない。たまたま少数派なだけなんだから。
とはいえ、そんな歯止めなんか効くわけもないよな。身内を殺された人間からすれば、殺されないだけましと思えって気持ちかもしれない。
だからモーダルを追放される人が結構多い。
市が直接動いて移住させているわけではなく、あくまでも自由意志ではあるんだけども。
気の滅入る話はよそう。
当初の計画では、火口方向の出入り口も爆破しようという話になっていたんだけど、それは変更された。
というのも、爆発によって噴火が起きる可能性が鉱夫ギルドから指摘されたからだ。なので、例のスタッフを使用する。
ダンジョンの中でチャージされるという曰く付きのスタッフだ。
あれなら、地面や壁を変形させて壁を作ることが可能になる。
こっそりやるならちょうどいいだろう。
そして、爆破すると生き埋めが出てしまう可能性については《恐怖喚起》と《示唆》の呪文で対処することになった。
爆薬を設置し、それらの呪文を使って内部の人間を外に逃がした後に爆破させる。
流石に回数が必要なので、ワンドを購入した。
もちろん、すべての作業は《透明化》して姿を消して行う。
俺は、常に《完全透明化》を使用して行動するから、攻撃しようが呪文をかけようが消えたままでできるから、かなり静かに行動できるはずだ。
問題は、ドラゴンには見えてしまうことだけど、観察を続けている限り、怠惰に過ごしているのは把握している。
よっぽどの事故がない限りは上手くいくはずだ。
いや、でも安全と引き換えに結構な出費だ。ミサイル乱れ撃ちよりかははるかに安いけど。
これくらいは、近代兵器を売り払って得た資金に比べれば大したことは無い。
確実に目減りしてるけども。
お金を持つと、使いたくなくなるって言うのは人の性なんだろうなぁ。
「こっちの準備は終了。いつでも爆破できる。」
トランシーバー越しにハルトの声が聞こえる。
「了解、呪文が切れる前に早急に退避してください。」
そういいながら、俺はスタッフで《通路封鎖》をかける。
徐々に通路が狭まっていく。そこに《魔法の目》を飛ばし、奥を覗いていく。
まだ明るい。
天井すれすれを飛ばす。
徐々に照明が届かなくなっていくが、《暗視》の呪文をかけてあるから、暗闇でも問題ない。
まあ、うっすらまだ明るいけども。
通路が完全に閉じる。
「ベネット、戻るから掴まって。」
姿が見えないので、差し出した手が見えるか不安だったけれど、ちゃんと掴んでくれた。
俺は《次元扉》で地表に戻る。
地表に戻ると、ちょうど《透明化》が途切れる。
「なんか、あっさりしすぎじゃね。兵隊さんがいるから、連中こっちに近寄ってきもしないし。」
ハルトは何か不満そうだ。
でも順調にいってるなら、何の問題もない。
「まだハプニングがあるかもしれないんで、気を抜かないでください。今のところ予定通りですけどね。」
突然、ドラゴンがこっちに出てくる可能性だってある。
そうなれば、大乱戦になるのは確実だしな。
もちろん、そのための準備はしてある。使わないのが一番望ましいけれども。
「じゃあ、行ってきます。」
まず、ベネットに《完全透明化》をかけ、同じ呪文を俺にもかける。
戦闘にはならないとは思うが、護衛してくれているベネットも消えていた方がいいだろう。
一応爆薬の確認も兼ねてゆっくり洞穴へと足を運ぶ。
既にハルトの“案内”で手練れがいないことも確認しているし、《透明化》しているとはいえ気づかれる素振りもない。
そこから行けばハプニングなんて起こりようもないはず。
なんだけど、不安だな。
突然、《瞬間移動》で術者が現れる可能性だって、ないとも言い切れない。
転移除けのお香でも焚いておくべきだったかな。
でも、そうすると煙でなんか反応される可能性もあるしな。
仕方ない、慎重に隠れながら進もう。
「ヒロシ、とりあえずそっちに人いないから反対。」
ハルトの指示が聞こえる。
やっぱり“案内”は便利だよな。
言われるがまま移動し、《恐怖喚起》をかけては《示唆》で外へ移動させていく。
「それで最後、というか出てきた奴らは拘束しないでいいの?」
ハルトが疑問に思っているようだけれど、多分下っ端だ。
拘束しても意味はない。
「必要ないですよ。じゃあ、戻ります。」
来た道を戻っていく。慎重に、なるべく音を立てずに洞穴を出る。
外が見えたところで、俺とベネットはため息をついた。
いや、油断するにはまだ早いか。《魔法の目》で洞窟の中を確認する。
動いてるな。
何かをもてあそんでいる。
いや、まじか。勘弁してくれ。
首のない死体を猫がじゃれるように弄んでいる。あまりの巨体のせいで遠近感が狂って現実味がないけれども、かなりえぐいことをしていやがった。
あれは、誰なんだろうか?
一旦切り替えて、来た道を戻る。
「ヒロシ、大丈夫?」
呪文が途切れたところで、ベネットが近寄ってくる。
「いや、大丈夫。何でもないから。」
とりあえず、爆破しても安全な位置まで到達した。
周りには、演習という名目で来たアライアス伯の兵士たち、鉱夫ギルドから派遣されてきた技術者が集まっている。
大砲も10台くらい持ってきてあるから、もし飛び出してきても十分戦えるはずだ。
トーラスもAW50を持ってきてもらっている。
ただ、今は兵士の目もあるので、マスケットを握ってもらっているけれど。なんか周りからは奇異の目で見られてるのが申し訳ない。
グダグダそんなことを考えている暇はないか。
ともかく、爆破しよう。
「起爆、お願いします。」
そういうと鉱夫ギルドの技術者さんが起爆スイッチを押していく。
押す順番があるらしく、チェックをしながら順番に爆発させていった。
くぐもった爆発音が大体3回くらい響いただろうか?
ガラガラと大きなものが崩れる音が響く。
俺は、《魔法の目》に視線を移し替えた。
驚いたレッドドラゴンが翼を広げ地表から浮き上がっている。
おあつらえ向きだ。
俺は、眼前にあるすべてを泥で埋め尽くした。
”売買”で手に入れた残土にはいろんなものが混じっていたが、それに雪と水を混合して、泥を作ってある。
木材やプラスチック、廃棄された電気機器が含まれてたかな。
いくつかは分離して手元に残しておいた。あんまりやばいものは埋めたままにしたくないしな。
ただ、別にそんなものが混じっていても、ドラゴンの鱗には全く歯が立たないはずだ。
だから、それだけで死ぬなんて言うことはない。
ごぽりと泡が浮き上がって爆ぜた。多分、泥を飲んだんだろうな。
空いた空間にさらに泥を流し込む。泥が沸騰したように沸き立つ。
ブレスでも吐いたんだろうか?
少ない酸素を消費してくれるとは有り難い。さらに、目減りした分の泥を流し込んだ。
《魔法の目》が途切れるまで、延々と泥を追加していく。
「まだ、生きてますか?」
俺は、ハルトに尋ねた。
「生きてる。」
ちょっとハルトの顔色が悪い。
死ぬのを待つという作業自体あまり楽しいことではないから、常時見張らせておくのはよろしくないか。
「とりあえず見張りを立てて、野営しましょうか?」
そういうと兵士さんたちは野営の準備を始める。
「ハルトさん、とりあえず今日の所は休んでください。
明日、改めて確認してもらうので、いいですよ。」
そういいながら、俺もテントの準備を始める。
テントは二つ用意して置いた。女性用と男性用だ。
作業のせいで泥だらけなのを、《水操作》で洗い流していく。服を脱いで洗うわけにもいかないから、目立った汚れだけしか落とせないのがなんとももどかしい。
野営前に兵士さんが鹿を捕まえたらしく、今日の夕食は豆と鹿のシチューだ。
150人くらいいるから、とてもそれだけでは食事は足らないだろう。
うちの方からも、包みピザやホットドックをふるまっておいた。ソーセージがやはり人気なので、ホットドックは大人気だ。ザワークラウトも一緒にはさんであるから、栄養価的にも問題はないだろう。鹿のシチューに、ホットドックを浸しながら、食事をする。、
おいしい。
やっぱり、男爵領が集まっている所は特別食事がまずいんじゃないだろうか?
「ヒロシ、すっきりした?」
ベネットが俺の隣に腰かけて、包みピザを食べながら問いかけてきた。
「すっきりは、しないかな。」
正直、まだ倒した実感もわかないし、倒したことを実感したとしてもすっきりするかどうか。逆の立場になることを考えて、あれを準備しようこれを準備しようという事ばかりを考えてしまう。
《次元扉》は、そのために習得した。同じことをされて手も足も出ないのは勘弁して欲しい。
まあ、そうやってあれこれやっても殺されるときは殺されるんだろうけども。
「そっか、何となくそうじゃないかなって思ってた。」
そういいながら、ベネットは俺の足に自分の足を絡めてくる。
「楽しいことじゃないよね。笑ってた時には、楽しんでるのかと思ってた。まだまだ、ヒロシのこと、分かってなかったんだね。」
いや、十分理解してもらってると思う。確かに笑っていた時は楽しもうとしてたんじゃないかな。
実際にやってみると、気持ちのいいものじゃなかったというだけの話なんだと思う。
「まあ、それよりもこの後はドラゴンスレイヤー扱いされるから、ちゃんと顔隠しておいた方がいいよ。」
そういいつつ、俺は眼鏡を取り出してかける。度は入ってないけれど、おしゃれというには地味なデザインだ。
「え?」
ベネットが絶句している。
「だから、俺とベネットはドラゴンスレイヤー扱いされるって言ってるんだよ。何か行事に呼ばれたときは、ブラインドサイトゴーグルつけて行動した方がいいよ。
何だったら、染めるのやめる? 」
俺の言葉にベネットはひくっと頬を引きつらせる。
「髪、伸ばそうかなぁ。」
髪型を変えるのはありだな。後は偽名かなぁ。
「なんて名乗ろうか? 適当な名前を使った方がいいよね。」
多分、ヒロシだと名乗っただけで本物か偽物か疑われるんじゃないだろうか?
「ヒロシは、ヒロシでいいと思う。
というか、いきなり呼び名を変えても、上手くいかないと思うよ。」
それもそうか。上手く切り替える自信がない。
そんな話をしてたら、ハルトがこっちにやってくる。
「なあ、これで俺たちドラゴンスレイヤーだよな。なんか王様からもらえたりして!」
こいつは、相変わらず能天気だな。あー、いっそハルトに全部任せちゃうか?
「そうですね、ハルトさん。きっと王様から表彰されるかもしれません。おめでとうございます。」
俺は笑顔で答える。
「な、なんだよ。なんでそんな笑顔で答えるんだ? お前何か企んでるだろ!!」
いや、なにも。
「ハルト様、面倒ごとを押し付けられるだけです。それに、すでに名声のあるお二人が主役になると思いますから、私たちは脇役ですよ。」
ため息まじりにカイネは指摘する。
「え?いや、俺も頑張ったじゃん!!」
いや、むしろ頑張ってくれたのは、鉱夫ギルドの人たちだ。彼らの協力なくして、今回の作戦の成功はなかった。
だから、本来報いられるべきは技術者さんたちなんだよなぁ。
そんなことを思っていたら、電子音が鳴る。
あー、これはそういう事か。俺は、レベルを確認する。
「お、レベルアップってことは……」
ハルトは最初こそ喜びの表情を浮かべたが、それがドラゴンの死を知らせる合図であることも自覚したようだ。
手放しで喜ぶのかと思ったらそうでもないんだな。
ベネットのステータスを確認してみたが、今回は彼女のレベルは上がっていない。
というわけで、俺のレベルはようやく彼女に並んだ。トーラスはどうなんだろう?
上がってるなぁ。
レベル差で、成長タイミングがずれたと見るべきかな。
いや、なんかそんなことを考えるのが、嫌な気分になる。
ここにいる兵士さんたちもレベルアップしてたりするんだろうか?
“鑑定”すべきか悩む。
いや、やめておくべきだな。
そもそもレベルの概念を伝えるのが難しいし、それで強くなりますなんてことだけが伝わると似たような手段でドラゴン狩りなんてことをされかねない。
誰かに伝えないなら、見る必要なんかないしな。
俺は、ハルトを見る。
「分かってんだろ?死んでる。」
ハルトの言葉に俺は、黙って頷く。
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