10-19 倒すと決めたからには。
寝床を襲うのは基本中の基本ですよね。
鱗で現在位置や住処の位置を把握するのは、それほど難しくはない。
だけど、そこへの移動手段が問題だな。
《瞬間移動》は危険だと思って習うのをやめていたけど、背に腹は代えられない。
とはいえ1回使うごとに1万ダールくらいする宝石を消費していると聞いて、俺はちょっとビビる。
そうポンポン使えるもんじゃないよなぁ。
先生にしろレイナにしろ、よくあれだけ使えるものだ。
レイナは侯爵令嬢だからわかるけど、先生はお金どうしてるんだろうなぁ。
それと現代兵器を売ったお金でレベルアップした”売買”について、ちゃんと確認しないと。
忙しくて、確認する暇もなかった。
見たくないなぁ。
「ねえ、ヒロシ。ドラゴンを何とかするって、本当にできるの?」
久しぶりにベネットと寝室にいるけど、不安そうに尋ねられてしまった。
いや、お金はあるからミサイル乱れ撃ちでもいいんだけどね。
問題は、せっかくお金が儲かったのに、それをふいにしてしまうことになることくらいだ。
「やりようはあるよ。人目がつかないなら、それこそアーバレスを倒した方法だってあるわけだから。」
ベネットは眉をしかめる。
「ちなみに、あれって一ついくらするの?」
聞かれてしまった以上素直に答えるか。
「12万ダールくらいかなぁ。練習もしないとだから20発くらいは必要かも。」
ベネットがぎょっとした顔をする。
240万ダール。
2億4000万円近い金額だ。
こっちの給与所得を基準にすれば10億くらいの出費と考えればいいか。
いや、もう2億とか、そこら辺の金額が飛ぶと考えるともはや乾いた笑いしか出ない。
「そんな金額出せるわけない。」
いや、持ってるんだよなぁ。ベネットに言うべきかな。
やめておくか。
「だから安く済むなら、安く済む方法を探すよ。あくまでも、何とかしろと言われれば、何とかする方法はあるよって話。」
で、"売買"の能力がどう成長したのかを確認しよう。何か、すごいものが買えるかもしれないし。
ウィンドウを呼び出し、レベルアップ内容を確認する。
追加されたのは”特殊能力の売買”だった。
手が震える。
「ヒロシ、何見てるの?」
「見たい?」
不安そうに聞いてきたから、聞き返した。
「……見る。」
覚悟を決めて、ベネットが頷いたので、売られている特殊能力の一覧を見せた。
「何これ?」
まあ、前提条件がそろってないから何が何やらだろう。
かいつまんで説明をした。
「え?つまり、お金を払えば剣の達人になれちゃうっていうこと?」
俺は頷く。とはいえ、無制限に増やせるわけじゃない。
あくまでも、枠が空いていれば、そこに剣の才能やら槍の才能やらを入れることができるという事だ。
当然レベルが高い特殊能力は高額だし、手に入れられる特殊能力のレベルは、本人のレベルを超えることはない。
もっとも、俺も10レベルだから最高の状態の特殊能力が手に入る。
特殊能力は10レベルが最大だったんだな。
いや、その。
いくら金額が高いからって、何の努力もせずに才能がもらえるってすごいよな。
凄いけど、まさしくチートだ。
金額はレベルの二乗に1万をかけた数値になっている。
つまり10レベルでも100万ダールで買えてしまう。
でも、さすがにラインナップの中に”売買”のような特殊能力は含まれていない。才能にしても、戦闘に関わるものばかりだ。一般生活では役に立ちそうもない。
魔法能力についても同様だ。
び、微妙と言えば微妙だなぁ。
ちなみに、売る際の金額は半額だ。
だからとっかえひっかえしてたら、あっという間にお金が無くなる。
でも、小魔法を習得する特殊能力は1レベルで1回、《水操作》や《温度制御》が使えてとても便利だ。
わざわざ枠を潰す必要があるかと聞かれると微妙だけども。
考えれば答えが返ってくるのはいつものことで、一度習得した特殊能力は成長させることが可能だ。
もちろん、それなりに努力は必要だが。
でもレベルアップが特殊能力の上昇に必須ではないので、上手くすれば1レベルの特殊能力を買い成長させて売り払い、また1レベルの才能を買ってという繰り返しが出来そうだ。
つまり、無から金策できるという事でもある。
いや、いいのかそれ。
努力がどの程度必要なのかにもよるけども。
枠が余ったらちょっと考えよう。今は枠を埋めるためにいろいろ勉強してる途中だし。
しかし、特殊能力の中にはレベルというものがないものも存在している。例えば、マジックアイテム製作とかだ。
いや、そろそろ覚えられるから、わざわざ金を払って覚える気はないけれども。
それらは、一律で10万ダールで取引されている。
残念というかなんと言うかレベルアップの概念がないのでレベルを上げて売り買いで差額を稼ぐことはできない。
そこは注意しておかないとだなぁ。やると決めたわけでもないけれど。
というか、今回のドラゴン退治には特に必要がない。
「とりあえず、これについては見るのやめよ。欲しくなっても、さすがに手が出ないよ。」
ベネットが値段を見てため息をつく。欲しいものがあったら言ってくれてもよかったんだけどな。
「まあ、今回は必要ないかな。とりあえず、まずは偵察しないと話にならないし。何より逃げられるのが一番困る。」
居場所は分かっている。じっくり仕留めてやろう。
久しぶりに先生の授業を受けて、ようやくマジックアイテム製作が身に付いた。
後はゴーレム製作とリザーブマジックだ。
ベネットは初めての《治癒》ポーションにご満悦だ。
嬉しそうに俺に渡してきた。
俺のお返しが《上級耐火》のポーションって言うのが、なんというか、ロマンチックな感じじゃないのが残念だ。
ともかく、これでポーションの費用がだいぶ浮く。
その上で、俺は先生に《瞬間移動》の呪文を習った。
習う際に、サファイヤが消えた時にはもったいなさでため息をついてしまった。
いや、仕方ないんだけども。
宝石一つで、長距離を瞬間的に移動できるなら、とてつもなく有用な呪文だ。
ただ、座標を指定できないととんでもないことになるけども。
石の中にいるとかは勘弁願いたい。
ちなみに、そういう事態を避けるための方法についても、教えられた。感触で固い感じがしたら、呪文を破棄して、中断すればいいとのことだ。
当然触媒は消えてなくなる。1万ダールが泡と消えるというのが、何とも厳しい。
「もったいないなぁ。」
思わず本音が漏れてしまった。
いや、命と引き換えにはできんからな。
他にも《念視》も習った。これがないと、転移先を観察することもできないしな。
ただこれも1000ダールほどの宝石が必要と、なかなかお金がかかる。
いや、まあお金は腐るほどあるからいいと言えばいいんだけれども。
というか、宝石は売買で購入しよう。そうじゃないとインフレを起こしそうだ。
でも紙幣に切り替わったら、このお金どうなるんだろう?
いや、普通に切り替わるのは分かるけど、それって偽札じゃないのかなぁ。
それ言っちゃうとそもそも”売買”で買えるけど、それらの支払いに使われるお金ってどうやって調達してるんだろう?
ううん。
いや、難しく考えるのはよそう。
どこまで考えたところで、上手くやってるって答えられるだけだろうし。
《念視》でレッドドラゴンの住処を隅々まで確認し、転移に適した場所を探す。
その作業自体はさほど苦労はしなかったが、ここからが本番だ。実際に現地に行かなければ分からないこともある。
というか、何気に人間が周囲を固めているのが気になった。
具体的な場所は王国内にある山中だ。
とある男爵の領内で蛮地ほどではないけれど、不毛の地に近い。山で取れる木材や鉱物が主な収入源らしいが、最近は採掘量が減っているらしい。
とはいえ、普通に暮らしていく分には十分な収入があると思うんだけどなぁ。何故ゆえ、外国勢力と結びついたんだろうか?
兵を動かすとなれば、もちろん証拠がなければならないが十分な証言が得られている。おそらく、仲間からは見殺しにされるんだろうなぁ。
心配しても仕方がない。
ともかく、偵察が必要だ。
メンバーは俺、ハルト、ベネットにトーラス、カイネ、最後にマーナだ。
何故マーナかと言えば、感覚共有しているマーナの嗅覚が優秀なためで、ちょっとした人の臭いをかぎ分けられる。その上で、カイネの《消臭》があれば、こちらは犬などに探知されずに済むという寸法だ。
「うぇ、山の中とか虫だらけじゃんかよ。ドラゴンの住処ってこんなところにあるのか?」
ハルトはなんだかハイキング気分だな。
まあ4㎞以内に人が入れば、警告が来るから叫ばない限りは問題ないけども。
「もっと上ですよ。山賊みたいなやつらが徘徊してると思いますけど、例の連中なんで注意してください。」
冬山登山用の装備だから、寒さは何とかなる。
ただ、ちょっと着慣れないので歩きづらい。
「こんなにごてごて着る必要ある? 確かに雪は積もってるけど。」
さっきから文句しか言わないなぁ。
「急に険しくなりますんで、念のためです。はぐれないようにしてくださいね? さすがに離れてたら、助けられないかもしれない。」
斜面を歩いてる途中でドラゴンに襲われたら、多分無理だな。
と言ってもドラゴンの反応があれば、まずマーナが反応するはずだ。ハルトの“案内”よりも広い範囲をカバーしてくれている。
そして徐々に警戒に引っかかる救国兄弟団の連中が増えてきた。そろそろ本丸が近づいてきたという事だろう。
「《集団透明化》をかけます。以降は、なるべく小声で……」
消えてしまえば、黒板でやり取りはできない。インカムのおかげで、相当小さい声でも拾える。
俺は呪文を唱えて全員の姿を透明にした。サクサクと、足跡だけが残されていく。
洞穴が見えてきた。見張りが二人いる。
とはいえ、二人とも魔術の心得はないので、姿を消している俺たちを見つけることはできない。
「手出し不要です。奥に行きましょう。」
洞穴の大きさはドラゴンが出入りするのに十分な大きさがある。
これを塞ぐにはそれなりのもので塞がないと難しいな。爆薬が必要かもしれない。
洞窟内は火山の熱が伝わっているのか、外に比べて暖かい。
俺は、予備的に《魔法の目》を飛ばす。
結構広いけれど、単純な構造だ。
一番奥にレッドドラゴンの住処があり、そこから火口に向かう道が続き、そのまま火口を通り抜けて外に出ることが可能だ。
とはいえ、そっちは溶岩が煮えたぎっているので人が通り抜けるのは無理じゃないかな。
いや、魔法があるから何とかする方法はあるかもしれないけど。
とりあえず、塞ぐなら手前の方を塞ぐべきだ。
そちらも爆薬で吹き飛ばすか、何か大きなものでふさぐか。
とりあえず、詳細な見取り図が必要だな。岩石の質なんかも調べないといけない。
固い岩だから爆薬で吹き飛びませんでしたとか、脆すぎて崩したら別の穴が開きましたじゃお話にならないだろう。
他に、ドラゴンが入れない枝道に人がたむろしている。
しかし、参ったな。
一番太い道を塞いだら多分全員生き埋めになるよな。
とりあえず、そろそろ呪文が切れそうだ。枝道に入って、掛けなおそう。
人のいない道を選び、呪文を掛けなおす。
マーナがドラゴンに近づくにつれて、恐怖を募らせているようだ。
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