10-18 ドラゴンに襲われるよりもこっちの方が辛い。
災害って言うのは起こった直後よりも後の方が大変だと聞きます。
あわただしく、年末が来てしまった。
街区の復興もままならないまま時間が過ぎ、焼け出された人たちは雪に凍えている。
当然そんな状態になれば物価は高騰してしまうのは仕方がない。
とはいえやりすぎだ。
ただでさえピリピリした状態だったのに、麦の売値を吊り上げ始めたせいで暴動が起こってしまう。何件かの穀物商人の倉庫が焼き討ちされて、商人本人も柱に吊られるという始末だ。
明らかに対立を扇動している人間がいる。
もうここに至っては、介入しないなんて言ってられない。
俺は、竜の友という便利な称号を使い、グラスコー商会の買い占めていた小麦を無償で開放する。
もちろん、無制限に誰にでも配るわけではない。
教会と修道院を経由し、炊き出しとして配る。
場所が足らないので、商会の倉庫を臨時の配給所として借り受けて炊き出しも行う。この状況で四の五の言うつもりもない。例の金を使わせてもらう。
商会には買い占めた時の倍程度の支払いで我慢してもらったが混乱状態を考えれば仕方がないとグラスコーも納得していた。
まあ、ちゃっかり小麦袋にはヴォルフィッシャー印と商会の名前の焼き印を押していたわけだが。
それくらいは、別にいいよな。
仮設住宅に関してはアルノー村の実績もあり、プレハブを市の経費で出してもらい俺がそれと同等の金額を寄付させてもらった。会計上、行って返ってきてという感じだから多少の損で済んでいる。
それでも、俺に対する悪評はついて回った。
いわゆるマッチポンプとして、ラウレーネの名声を高めるという理由でモーダルを犠牲にしたのだという風説だ。
まあ、今までは直接的な被害を目の当たりにはしていなかった。その上で、守護してくれていると言われても実感がわかない人がいても、なにもおかしくはない。
というわけで、親ラウレーネ派と反ラウレーネ派でしばしば抗争が起こってしまうという状態だ。
数としては、反ラウレーネ派は少ないが、とにかく過激だ。
穀物の値段を吊り上げたのは俺ってことになるし、炊き出しは懐柔だから施しを受けるなって抗議に来られる。
そこまでだったら、俺も許してた。
だけど、炊き出ししている所に石を投げつけるとはどういう了見なんだろうな。
流石の俺も、怒りをあらわにして石を投げ込んだ奴を捕まえて役人に突き出してしまった。
でも、これもよろしくないんだよなぁ。反応すれば、それを理由にやっぱり何かを企んでるんだという話になってしまう。
勘弁してくれ。
「お疲れ、ヒロシ。大分やつれたね。」
一緒に炊き出しをしてくれているトーラスが心配そうに声をかけてくる。
「元々よそ者ですから、受け入れてもらえないのは分かってたんですけどね。あそこまであからさまだと分かっていてもきついですよ。」
おそらく、犯人は救国兄弟団だ。
と言っても、その末端は本気で国を救いたいとかフランドルの民の団結みたいなお題目を信じている人たちだから始末に負えない。
でも上の方は外国勢力に率いられて、この国に混乱をもたらすのが目的のようだ。
はっきり言って、真逆なんだよなぁ。
「そういえば、あの時ってハルトさんが周辺警戒を買って出たんでしたっけ?」
なんだかドラゴンを見て興奮していたらしく、トーラスの狙撃を補助する役割をしていたらしい。
いや、観測手が必要だとは思ってたけど、自分から買って出るとは思わなかった。
「あれね。一応、僕の方から声をかけたんだけど、二つ返事だったよ。あの馬鹿でかい銃を見たときは、なんか妙にはしゃいでいたけど。」
AW50を見て興奮するって変態じゃないか。男の子ってこういうのが好きなんだよねって言われたら、頷いてしまうけども。
しかし、ハルトが観測手として有能なのは間違いないだろう。
“案内”の能力があれば、周辺に近づいてきた人物を警戒することもできるし目標の把握も楽にできるだろう。
下手すれば壁抜きとかも指示できるかもしれない。
だけど、そこまで考えてるかなぁ。単に銃を見て喜んでただけのようにも思える。
「しかし、なんでトランシーバーを使わなかったんだい? 手紙じゃなくてそっちだったらもっと早く反応できたんだけどね。」
あの時は、本当にがばがばだった。空を飛べるのを忘れていたり、無謀にも直接殴りかかっていってしまうし。
「すいません。焦ってたんだと思います。」
そう言って、頭を掻いてたら後ろからベネットに脇を突かれた。
「焦ってたじゃないでしょ? なんで私には手紙すらも寄こさなかったの?」
それは、その。
多分、あの混乱状態にベネットを連れていたら、もっとひどいことになりかねないと思ったからだ。
ああいう混乱で平然としてられるほど、ベネットは冷たい人間じゃない。
きっと、何とか手を差し伸べようとしてしまうだろう。それがいい結果に繋がればいいけれど、どうしてもそうは思えなかった。
「頼りにならないのは分かるけど、仲間外れはやだよ。」
後ろからぎゅっと抱きしめられると、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「頼りにならないなんてことは無いよ。ただ、ベネットに伝えてしまうと、ラウレーネが無理をしそうだなぁと思って。」
今言ったことも、ベネットに手紙を出さなかった理由の一つでもある。治りかけの翼で、モーダルを目指して飛んで来たら、きっとまた傷口が開いて飛べなくなってしまう。
「それだけじゃないでしょ? 私が弱いって事じゃなくて、ヒロシが不安に思うような行動をしちゃうのは分かってる。」
相変わらずベネットにはお見通しだ。
「じゃあ、言うことを聞いてくれる?」
そういうと、ベネットは俺の背中に額をこすりつけてくる。
頷いてるんだよな。
「じゃあ、みんな見ているところで抱き着くのは控えてくれるかなぁ。」
流石に人が大勢いるのに、この状態はまずい。
「ヒロシの意地悪。」
笑いを含めたいい方だから、別に怒ってるわけじゃないよな。
ともかく、炊き出しを続けよう。
混乱状態は続いている。夜闇に隠れて強盗や人攫いが横行していた。
青の旅団だけじゃなく市民が自警団を結成して見回りをしているが、それもまた混乱の元だ。
変わった人物やおかしな挙動をする人間はもれなく呼び止められる。
俺はもはや呼び止められることには慣れてしまっていた。
事実として、人攫いが出てるんだから警戒するのは仕方ないけれど、いい加減顔を覚えて欲しい。
正体がわかるといつも平身低頭で謝られるんだが、どうしたものかなぁ。
……それに関連するんだが、ライナさんの息子が遺体で見つかった。
酷い話だ。
人攫いを捕まえて、アジトを吐かせたら子供が数十人、劣悪な環境で閉じ込められていたそうだ。
こんな気の滅入る話ばかりが繰り広げられると、俺はいい加減うんざりした気持ちになってしまう。
死者数もドラゴンに襲われたり、火事や倒壊に巻き込まれた数百人に匹敵するくらいの被害が、そのあとの混乱で出てしまっていた。
また、もし例のレッドドラゴンが来たらどうするんだという話もちらほらと聞こえる。必ずしも、ラウレーネが助けてくれるわけではないという実績が出来てしまったのだから、当然と言えば当然だ。
だから自衛をするように気をつけようなら、別にいいんだ。
問題は、ラウレーネに責任を押し付けるようなことを言う人間が出てきている。
どんなに気を付けていても、どうにもならないという事もあるから、一概に責められない。
だけど、ラウレーネの目的は、あくまでも人間とドラゴンの共存だ。人間に使役されているわけではない。
これが一般庶民の言葉なら、どれだけよかったか。
まさか、貴族同士の会議の席でこんなことを聞かされるとはな。
モーダル近隣の貴族が一堂に会する席上で、ラウレーネの復帰を告げられた席でそんな話が出てきたんだから困る。
場所はモーダル市内にあるアライアス伯の邸宅だ。
市議会が開かれることもある建物なので、広い会場があり、話し合いをするのにはもってこいな場所だけれど、庶民の俺には縁遠い場所だ。
参考人として、一応俺も呼ばれたけれど発言をする機会はなかった。
というか、話し合いというよりも口喧嘩を眺めて囃し立てるようなものでしかなく、なんで俺が呼ばれたのかさっぱりだ。
称号のせいで、俺がラウレーネを動かせるとでも思ってたのかな?
先生やレイナも出席しているので、俺に不躾な言葉が投げかけられるたびに止めてくれはするけれど、反論は許されなかった。
そんなものと言えばそんなものだけども。
護衛としてトーラスとベネットにも同行してもらってはいたけど、二人とも不機嫌だ。俺だって気持ちはよくない。
ともかく、レッドドラゴンをどうにかしないといけないというのは、呼ばれた貴族たちの総意らしい。
じゃあ、あんたらが討伐隊用意しろよって話なんだけども、そういうつもりはないみたいだ。
結局何も決まらないまま、会議はお開きになってしまう。
会議が終わり、俺はアライアス伯に呼ばれる。
あくまでも、個人として話したいという事だったため、非公式な会談だ。
護衛は連れてきてもよいという事なので、引き続きトーラスとベネットには付き合ってもらうことになった。
会議の開かれた同じ邸宅の一室。それなりに調度品が置かれ、テーブルが設置されている。
会議室と言えば、どっちかというとこっちの方が俺の常識には合っていた。
一通り、儀礼的な挨拶をして着席を許されて、口を開くことも許される。
異例なことに、トーラスやベネットの発言も許すという事だ。
アライアス伯の他には、御付きの男性、それと先生とレイナも呼ばれていた。
「すまぬな、矢面に立たせてしまった。」
アライアス伯は頭を下げることはないけれど、謝罪の言葉を口にされてしまった。
「いえ、もったいないお言葉です。不甲斐ないばかりにモーダルを焼かせてしまったこと、大変申し訳なく思っております。」
俺の言葉にアライアス伯は渋面を作る。
「不甲斐ないのは、こちらの方だ。王国の貴族たるものがドラゴン一匹にここまでうろたえるとはな。
一人で討ち果たせとまではいわぬが、誰一人立ち上がろうというものがいない。
言っても仕方がないことだがな。
これでは、軍役を免除する代わりに徴税権を返上しろと王に迫られれば断りようもないだろうな。それが分かっているのか、分かっていないのか。」
アライアス伯の言葉に俺は驚いてしまった。
徴税権の剥奪って、それ一大変革だ。
絶対反発を招く。
「どこまで徴税権を削るかはわかりませんが、そういう方向で話は進んでいます。国軍が華々しい戦果を挙げれば、覆りようもないでしょう。」
レイナは、補足するようにアライアス伯の言葉に付け加えた。
「年明けかな。作戦の実行は極秘だから、私も詳しくは知らないけれど、貴族の手を借りず領土奪還に成功すれば決まりだろうね。」
裏で色々と動いてたんだな。庶民の俺にはさっぱりだ。
「レイナ嬢、アカネ閣下はどのようにお考えか?」
そうか、レイナの母親はアライアス伯よりも格が上だ。丁寧な言葉遣いになるのも自然か。
「母は徴税権に拘泥してませんから、不干渉です。むしろ、税制を一本化する方が国としては正しいと思ってるんじゃないですかね?」
レイナの言葉にアライアス伯は頷く。
「致し方ない。それが時代の流れというものか。
アルトリウス殿、ラウレーネ様は例の輩について、どのようにお考えか?」
輩、というのはレッドドラゴンのことかな?
ラウレーネの考えは確かに気になる。
「同胞を差し出せと言われれば、喜んで差し出すものはいないでしょう。
ただ、あまりにも咎が多すぎる。この国に混乱をもたらす勢力とも結んでいる。手を下すというのであれば、目をつぶるでしょうね。」
先生の言葉で、全員の目が俺に向く。話の流れを見れば、そういうことだとはいくら鈍い俺でも察することができる。
「では、私が請け負うという事でよろしいでしょうか?」
俺は、レッドドラゴンの鱗をテーブルに置く。
ラウレーネの鱗と同じくオリハルコンだ。
ただ、こちらは輝きが鈍い。表面の滑らかさが違うからだろう。
「兵は、私が出そう。
ドラゴンに敵うわけではないが、周りのコバエどもを叩き落すくらいはできよう。」
救国兄弟団のことだろうな。間違いなく絡んでいるはずだ。
「分かりました。倒す手立てが整い次第、お知らせ申し上げます。」
逃がさないためにも、準備は念入りにやっておかないとな。
「しかし不興は買わないか、少し心配している。
銅竜の剣姫に竜の友までもが同族殺しに加担しては、ラウレーネ様は喜びはすまいな。」
アライアス伯の言葉にベネットは面食らったような顔になる。
「いえ、私は単なる庶民の娘です。ヒロシとは違って、何もしていません。」
慌てて、アライアス伯の銅竜の剣姫という言葉を否定する。先生とレイナは顔を見合わせた。
あー、これは駄目かもわからんね。
「いや、ラウレーネ様に献身的な癒しを行ったと聞いている。私からも感謝を述べよう。」
アライアス伯はそれでも撤回することなく、感謝の言葉をつづけた。
実際、ベネットがやっていたことを考えれば、確かに献身的だったとは思う。
だから、何も恥じることはないと思うけども。祭り上げられることになるのは、望んでいないだろうなぁ。
でも、多分無理だ。
望むと望まないとに関係なく、祭り上げられるだろうな。
しょうがない、宿命だ。俺と違って、美貌の持ち主だって言うのも、祭り上げやすい要素だよな。
だからって、整形して欲しくはない。
いや、余計なことを考えるのはよそう。今は、レッドドラゴン退治について本腰を入れなくちゃ。
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