9-24 不可抗力です。
見つけ出してどうこうとか、そういうわけじゃないんですよ。
「またずいぶんととんでもない男を見つけてきたものだな。」
ノックバーン司教はこめかみを抑えつつ、俺に文句を言ってきた。
いや、見つけてきたんじゃなくて、見つけられたという方が正確なんだけども。
関わり合いにならないで済むなら関わりたくなかった。
セレンがジョンたちとの同行を断念したのは、この会合の為だったらしい。
今回は、教会の中だ。
まあ、狙撃を気にするならこうなるよな。
もっとも、今回はトーラスに護衛を依頼できなくて周辺索敵はハルトに任せきりだ。
あいつ、外で待機させてるけどちゃんと見張りやっててくれてるかな。
「あの力を人に向ければ、どうなるか分かっているのか?」
まあ、触れただけでばらばらだしなぁ。
恐怖心を煽るには十分すぎる。
司教には、そこら辺の誤解を解いてもらうために”下拵”については詳細に報告していた。
多分、”案内”はそこまで警戒されないだろうから、におわせる程度にとどめている。
「実際は避けられますよ、あれは。」
俺が見えているからかもしれないが、武器を振り下ろすまでに時間がある。
特異なのは相手の死角に急に表れるところだけど、それでも消えてから死角を探れば対応できるくらいにはハルトの攻撃は遅い。
だから、そこまでの恐怖心はない。
理屈が分かってしまえば対処方法はいくらでもある。
「確か2mほどだったか。
そこまで近づかなければ弓矢や銃で対処すればよいという事にはなるんだろうが、君は魔術師だろう?
《次元またぎ》くらいは使えるはずだ。」
なかなか鋭いな。
確かにその呪文は覚えている。
瞬間移動呪文の一つであり、瞬時に対象を別の場所に移動させることが可能な呪文だ。
もっとも、その呪文では壁の向こう側に送りこんだりはできないから本格的に暗殺に使いたいなら《次元扉》を使う必要があるけれども。
《次元またぎ》じゃ距離も短いし。
「だとしても、複数人で囲んでしまえばどうにもなりませんよ。
飛んできた瞬間に斬ればいい。」
現実問題として、ハルトの腕は正直なところ大したことがない。
手練れの人間が待ち構えていたら返り討ちにあうだろう。
それに一人を暗殺するのに、貴重な能力を持っている人間を捨て駒にする価値が果たしてあるかと聞かれれば疑問だ。
「セレン、お前はどうだ? やれるか?」
司教は、セレンに尋ねた。
「可能です。実際隙だらけで、動きは素人に毛が生えた程度ですから。それに鎧は貫通出来ない、1回ごとに武器が壊れる。
その程度であれば対処可能です。
勿論むき出しの場所に触れられればやられるでしょうが、どうもそこに気づいてなさそうですし。」
セレンの見立ては、おそらくあっている。あえてそう誘導した部分もあるけど。
「それに、なにより人を殺せる人物には見えません。下手に刺激するよりは、観察を続ける方がよいと考えます。」
大いに賛成だ。
実際、ハルトは俺に怒りを向けた時も素手をふるってきた。見境なく人を殺そうとする男じゃないだろう。
分別はある。
「お前がそこまで言うのであれば、そうなんだろうな。
しかし、よく事細かに映像として記録してあるものだな。」
一応、ハルトとの接触があってから、しばらくはボディカメラをベネットとトーラスには身に着けてもらっていた。
俺も二人同様にボディカメラをつけていて、それも映像には加えている。
どんなことが手掛かりになるか分からないし。
それに、説得材料にもなると考えていた。
「無駄に”楔となる娘”を増やしてほしくはないですから。」
場合によれば、非常手段が欲しいと思う相手もいるかもしれない。
ただ、少なくともハルトには必要はないとアピールはさせてもらおう。
はっきり言って、防御力ゼロだし。
ただ心配性なノックバーン司教が納得してくれるかなぁ。
「あいも変わらず甘い男だ。
……。
善処しよう。
精々事件が起きないことを期待する。」
そう言って、司教は足早に教会を去って行ってしまった。
「セレンさん、ありがとうございます。」
彼女の証言で司教は一応様子見という姿勢にはなってくれたようだ。
「いいえ、こちらとしても対象を変更させられるよりはよかったので。
正直、ハルトさん軽すぎてカイネちゃんがかわいそう。」
俺は思わず真顔になってしまう。
あいつ何をやった?
「セレンさん、何があったんでしょう?」
俺の言葉にセレンは苦笑いを浮かべる。
「口説くつもりはなかったんですけど、ちょっと褒めたら有頂天になっちゃって。
ちょっと自信が戻りましたけど、カイネちゃんから凄く睨まれちゃいました。」
なるほどなぁ。
「セレンってあざといよね。」
ベネットがボソッと呟く。
「あざといのは、お互い様だと思いますよ?」
セレンが挑発するように笑う。
待て待て待て待て!!
仲良くしてたと思ったら、今度は喧嘩か。
「あ、あざと、あざとくない!!」
ベネットは若干どもりながら否定する。
「そういうところですよ。わざとじゃないんですか、そうやってしどろもどろになっちゃうの。
可愛いでしょって雰囲気出てますよ?」
俺は苦笑いするしかない。
「ベネットはどっちかという天然というか、ドジっ子というか。」
俺の言葉にセレンとベネットは冷たい視線を送ってくる。
「ドジが可愛いと思って褒めてるつもりなら違うからね、ヒロシ。」
ベネットにドジっ子という表現が通じたのは驚いた。
思わず素直な感想を漏らしてしまったから、通じるかちょっと不安だったけど。
「そういうのも計算の上ですよ。ヒロシさんも案外初心ですね。」
セレンはあからさまに馬鹿にしたように言ってくる。
人の心の中身までは分からないから、わざとかどうかなんて本質的には分からないのは確かだけど。
少なくとも、セレンのそれよりかはベネットの方が自然に見えるのは確かだ。
まあ、むきになって反論することじゃないか。
あんまりドジっ子とか言ってると怒られるからな。
「すいませんね。俺もそこまで女性の気持ちは分からないですから。
とりあえず、今後は気を付けて騙されないように精進しますよ。」
俺の言葉に棘があったのか、二人して顔を見合わせて慌て始める。
「ごめん、そんなつもりじゃなくて。」
ベネットにどんなつもりがあったかは知らないし、別に怒ってるわけでもないんだけども。
「ヒロシさん、違うんです。
計算って言うのは、その、可愛く見てもらいたいとか、そういうのはみんな考えるって事で。」
焦ったように取り繕われてもなぁ。
まあ別にその気持ちは分からなくもないし、男だってかっこよく見てもらうために見栄を張るわけだからな。
「はいはい、とりあえず喧嘩はやめてくださいね。
ところでセレンさん、修道院の方はどうですか?」
ジョンのいる修道院が気になると言えば気になっていた。
まあ、一か月程度で進展があるとも限らないけども。
「あんまり、いい話は聞きません。
ただ上の方でも揉めているらしくて、本格的な調査ができてないところです。
何か、決定的な証拠でもあればいいんですけど。」
聞けば、孤児たちに売春をさせているという噂や貴族出身のシスターを経由して彼女たちの実家を脅迫しているという噂があるという事を聞く。
ただ、どれも証拠はない。
仮に孤児たちが訴えたとしても、それが自主的な売春の可能性もあるし、貴族のスキャンダルをもとに脅迫しているのであれば貴族の側も隠蔽したがるのは当然だ。
どう丸く収めるのか、どこまでを処分するのか、普通に考えても頭を抱えたくなる事案だな。
「どうも、ジョン君は修道院に上納金を納めて子供たちに体を売らせるのをやめさせてるみたいですけど。
本来なら、そんなお金必要ないはずなんですよ。
孤児に集るなんて、そもそも人としてどうかしてます。」
セレンは爪を噛みながら、苛立つ気持ちを抑えようとしている。
とはいえその気持ちをそのままぶつければ、子供たちを盾にとられかねない。
なかなか難しい話だ。
「まあ、焦らず慎重にやりましょう。
俺に協力できることがあれば、何でも言ってください。」
今更、正義漢ぶるつもりはない。
とはいえ、修道院の惨状に目をつぶっていいとも思えない。
何らかの手を打つ必要はあるだろう。
ベネットとセレンを連れて、教会を出たところで若いシスターに声を掛けられる。
「あなたが、ヒロシさんですか?」
まあ、こっちでは珍しい名前だから、別人として呼ばれることはないよな。
「はい、そうですが?」
そう答えると、いきなりひっぱたかれた。
いや、避けようと思えば避けられたし、止めようと思えば止められた。
だが、彼女の真剣な表情を見たら、そういう行動は正しくないなと思って受けておいた。
痛いか痛くないかで言えば痛いんだが、脳震盪を起こすほどじゃない。
セレンやベネットが動きそうだったので、とりあえず手で制する。
「子供を利用して金儲けしようとするなんて、あなたは悪魔ですか?」
あぁ、ジョンの言ってた味方のシスターかなぁ。
「悪魔ではないかと思いますが、あまり褒められたことをしてないのは自覚してますよ。」
開き直ってるように聞こえるかなぁ。
「ジョンを解放してください。代わりに私が……」
まて、解放しろってどういう。
「ちょっと冷静になりましょう。セレンさん、ちゃんと話せる場所はありませんか?」
なんか勘違いされてそうだ。ともかく、まともに話ができる状況にしないと。
「そうやって、私を餌食にするつもりですね。やはり二人を女性を侍らす男。
最低です。」
客観的に見れば、侍らせて歩いているように見えるのかな。
しかも教会の中で。
確かに最低に見えるわな。
セレンは、頭を抱えてうずくまってる。
誰か何とかして。
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