9-13 外れスキルじゃねえよ。
ハルト君も重度のなろう読者だったようです。
敵はバーゲストの群れだった。
顔は狼だが手足が長く、まるで人や猿のような体躯をしている。
転移を得意として壁抜けなどもお手の物だ。
なかなか後衛を守るのが難しい難敵と言うのが俺のゲーム知識で得られる情報となる。
事前にハルトには短剣を投げ渡していたが、そっちに向かうバーゲストには手出しができなかった。
ハルトに襲い掛かる2体に対して、1体は”下拵”の効果で退けることができたが2体目を捌くことができない。
何せまた短剣がぽっきり折れてしまったからだ。
どうやら折れてしまっては、”下拵”は発動しないらしい。
身を竦ませ、ハルトはうずくまる。
そんな彼を容赦なくバーゲストは攻撃を加えた。
「ハルト様!!」
カイネが《踊る火の玉》でバーゲストを退かせ、ハルトとの間に立ちふさがる。
だが、バーゲストは嫌らしい笑みを浮かべると、カイネの攻撃を潜り抜けて襲い掛かろうとした。
でも、同じタイミングでこっちは片付いた。
俺が駆け寄ろうとした次の瞬間にベネットが矢のように飛び掛かりバーゲストを一撃のもとに屠る。
「騒ぐなって言ったわよね?」
ベネットはうずくまるハルトに冷たく言い放った。
まあ、彼女の言い分はもっともだ。
常時敵の動きを把握できているわけでもない。
いつ襲われるか分からない状況で騒げばこういう結果になる。
当然の帰結だ。
ともかく、一旦扉を封鎖しよう。
俺は砂の詰まった箱をインベントリから出して出入りできないようにしておく。
ついでに、バーゲストのように転移を得意とする相手をよけるために転移除けのお香を焚き染める。
「大丈夫ですか、ハルトさん。」
とりあえず、しゃべっていても大丈夫な状態は作りだした。
怪我の治療もあるし、いったん休憩だ。
「なんで助けてくれないんだよ。
あんなの、あんなの倒せるわけ。」
浮き沈みの激しい。
いや、俺も似たようなもんか。
「一体は見事に倒したじゃないですか。
予備の武器を持っておけば、何とかなったかもしれないですね。」
もっとも、それが10体20体になったら、どうなるかは想像に難くない。
しかし、随分とひどい怪我を負ったなぁ。
俺はベネットの方を見る。
仕方ないといった様子で、ベネットが癒しの手でハルトの傷を治療しはじめた。
「助けてくれないって、カイネちゃんはあなたを守るために身を挺してくれてたのよ?
それも分からないとか言わないでよね。」
ベネットの言葉に、ハルトはようやく気付いたのかカイネの方を見る。
「そ、そうなのか、カイネ。」
カイネは、そうですとも言い出せないのか顔を下に向ける。
「ごめん、必死過ぎてみてなかった。」
ハルトは情けなく思ったのかしょんぼりしてしまった。
「いえ、ハルト様は私のご主人様です。
だから私がお守りするのは当然ですから。だから落ち込まないでください。」
俺はすごく複雑な気分になってしまう。
それは決して美談じゃない。
守ってもらって当然と思うなら、俺はハルトを見限ろう。
「違う!!俺はお前をそんなことのために買ったんじゃないだ!!
可愛いなって、そばにいて欲しいなって思ったからなんだ!!
だから、危ないことするな!!そんなことするなよ!!」
ボロボロと泣きながら、ハルトはカイネを抱きしめた。
カイネは、その意味が分からず戸惑っているようだ。
結局、こいつが欲しいのは恋人なんだよなぁ。
そこら辺の違いが分かってないから、こんなおかしな関係になる。
まあでも、少しは見直した。
ベネットも同じ感想なのか、ゆるく微笑む。
ベネットと目があって、ちょっと恥ずかしくなって目をそらした。
しかし、一回ごとにポキンポキン武器を折れてたら話にならないな。
死体を解体させたときは折れなかったし、バーゲストを倒したときは新品だったはずだ。
となると、生きている目標を倒す際に武器にダメージが入るという事なんだろうか?
物品の耐久も見れるし、ちょっと試すか。
「ハルトさん、泣くのはいいんですけど、仕事してもらえませんか?」
俺の言葉に、この人でなしという顔でハルトが睨んでくる。
「検証するって言うのは大切なことですよ? とりあえず、お願いできますか?」
そう言って、ハルトのために短剣を用意する。
「よくポンポン出せるよな。やっぱ、あれのおかげ?」
あれと言われて戸惑ってしまったけど、”収納”の事か。自分で言っておきながら戸惑うのは少し恥ずかしいな。
ともかく、俺は頷く。
「まあ、無料じゃないんであんまり壊されると懐が痛いですけどね。」
とりあえず、死体を解体してもらい、耐久力の変化を見る。
特に目に付くような損傷もなく、耐久に変化もない様子だ。やはり、死体では武器が壊れるという事はない様子だ。問題は、動く目標に当てた時、どの程度の損傷を受けるかというところかな。
次にチェインメイルで包んだ死体を捌いてもらう。
「え?いや、これ捌くって。」
とりあえず、戸惑いを見せて試すように短剣をふるう。
しかし、ガチっと短剣が阻まれ解体が出来なかった。
どうやら、無生物は解体できないみたいだなぁ。
いや、レベルアップすればいけるんじゃないか?
「無理だ。
結局、生身晒してるモンスターしか倒せないとか、やっぱり外れスキルじゃないか。」
そういうハルトだが、ベネットやトーラスは安堵のため息を漏らす。
やはりこれが人間に向いた時のことを考えちゃうよな。
そこら辺の異様さを実感してないらしく、ハルトはすぐに落ち込む。
「まあ、少なくとも魔獣で鎧を着ている奴は多くないですし、十分使える能力だと思いますよ。」
俺は改めて、ハルトの能力を”鑑定”する。
先ほど見せてもらったものから何か情報が更新されるかもしれない。
とりあえず、昼食で包みピザを配りながらじっくり確認してみる。
”下拵”の対象選択は”鑑定”と同様というか、”鑑定”することで対象に選べるらしい。
その上で、現在は1m以内の相手に自動発動する。
こうしてみると、無生物だろうと対象にできそうなものだけどな。
”案内”の方は、レベルアップして検索結果に対してより詳しい情報を得ることが可能みたいだ。
その上で知らないものを対象とする場合は半径2㎞が上限となり、その範囲外のものは発見することはできないという事も分かった。
もちろん、知っている場所や物体、人物の場合は例外で次元が同じならば発見は可能らしい。
素晴らしい能力じゃないか。
全然外れスキルじゃない。
とりあえず、そのことをハルトに教えてみた。
「え? そうなの? 本当だ、書いてある。」
書いてあるじゃねえよ。
読めよ。
「とりあえず何かしらの条件があってレベルアップするんでしょうし、そこら辺までは俺にも分りません。
いろいろと探っておく方がいいですよ。」
昼食を食べ終わり、俺はマーナにお昼を上げる。
そろそろ転移除けのお香も効果が切れそうだ。
出発の準備をしよう。
「ところで、その犬なんなの?」
犬じゃねえよ、狼だよ。
「俺の使い魔ですよ。最初はドラゴン除けにって贈ってもらったんですけど使い魔にすることで色々と役に立ってくれるようになりました。
それと犬じゃなくて、狼ですよ。」
ハルトは何を思ったのか、マーナをじっと見る。
「女の子になるのかな?」
ならんやろ。
休憩を終え、再度ダンジョンの配置を確認する。
慎重に部屋を出て、無駄なおしゃべりをやめて他の部屋を制圧していく。
ハルトの能力を確かめるため、大きさや強さの違う敵を選び、”下拵”を頼んだ。
分かったのは、ハルトのレベル差で耐久に加わるダメージが変化するのが分かった。
残念ながら硬さは関係ないようで、より良い武器を与えてもあまり意味はないようだ。
《修復》の呪文でも習うかなぁ。
というか、100均の包丁でもいいんじゃないだろうか?
後で買っとこう。
とりあえず、ダンジョンは最後のゲートを残して全て回った。
それなりにマジックアイテムなども手に入れてるので、ハルトがトーラスの報酬を支払えないという事も無いはずだ。
意外とハルトの斥候役としての能力は高く、罠を解除する腕前や鍵を開く能力は高い。
だけどそそっかしい。
俺以上にそそっかしい。
下手に先頭を進ませると、罠があると分かってるのに踏み込んでしまう。
はっきり言ってシーカーというか、スカベンジャーに向いてない。
斥候役として、グループに入れてもらってた癖に、これでは他のメンバーが不満を抱えても仕方がないだろう。
しかも、基本騒がしい。
暇があれば黒板で何か書いて、カイネと話してる。
まあ、はしゃいで声を出さなくなっただけでもましだよな。
なんやかんやありつつも、どうにかつつがなくゲートまで行けそうだ。
とはいえ、偵察をかかすわけにもいかない。
俺は再度、《魔法の目》を飛ばしてゲートのある部屋まで移動させる。
扉があるので、その内部までは分からないがとりあえず罠などはない。
慎重に歩みを進めつつ、扉の前まで到達した。
中からは反応する音などはしない。
鍵がかかっているのでハルトに開錠を指示し、そっと小さく扉を開けるように促す。
その隙間から、《魔法の目》を侵入させた。
中にはゴーレムがいた。
いや、ゴーレムはゴーレムなんだけど人型じゃない。
大きな牡牛型のゴーレムだ。
ゴーレムって魔法が効かないのもあるし、硬いので武器でのダメージも通りにくい。
1体だけなので、再度鍵を閉めさせた。
とりあえず、他に反応が無いかをハルトに確認させる。
ハルトは首を横に振った。
つまり、他に敵はいないという事でもある。
ここで帰ってもいい気はするなぁ。
とりあえず、どこか別の場所で作戦会議するか。
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