9-9 冒険者の街。
あまり治安のいい街ではございません。
ブラックロータス。
カルデラ湖の真ん中に浮かぶ島に建てられた街だ。
建物様式は、首都と若干異なる。
より古い様式のように見えた。
島自体が狭いので面積はさほど大きくはない。
人口はモーダルと似たものだけど、面積はこちらの方が狭いので人でごった返しているようにも見えた。
周りの山から見下ろしたときの美しさと比べて、島の中に入ってしまうととても猥雑で、同じ場所とは思えない雰囲気がある。
ベリルブルクと同じように人々は高層住宅に住み、様々な仕事をしている。
とはいえ、その様子は首都とは大きく異なっていた。
昼間から酒を飲み、路地をうろつく連中。
盗みを働き、逃走を図る子供たち。
訳の分からない肉を売りつける肉屋。
蒸された山芋みたいな芋を売る露店。
客引きを所かまわずしている女性。
突然始まる喧嘩と、それをネタに賭けを始める男たち。
とても、統制が取れているとは言い難い。
はっきり言ってスラム街だな。
路地もとても車を走らせる余裕がなかったので、島の端にある馬具屋に預けている。
辻馬車もろくに走っていない。
まあ、大した距離じゃないから、歩きでも問題ないだろうけども。
「ねえ、ヒロシ、黒芋って食べてみない?
味が気になる。」
ベネットが路地で蒸されている山芋みたいなものに興味があるらしい。
俺はトーラスと顔を見合わせてしまった。
怪しげで、とても食べる気にはならなかったけど、ベネットが言うなら試してみるか。
「おばさん、その芋っていくら?」
そう声をかけると一袋銅貨1枚で買えるという事らしい。
一袋で銅貨1枚って安すぎだろ。
思わずぎょっとした顔をしてしまった。
「旨くないからね。
でも、腹にはたまるよ。」
旨くないって言う売り文句もどうなんだろう。
いや、まあいいか。
銅貨を1枚差し出して、芋を受け取る。
結構な量だ。
「旨くないって言うのは、どうなんだろうね?
まあ、安いからいいんだろうけど。」
そう言いながら、トーラスが袋の中から、1つ取り出す。
うん、黒い山芋だな。
見た目は、普通に山芋を蒸したものに見える。
トーラスが皮をはぎ、口に入れた。
「う、苦。」
相当苦いらしく、トーラスは吐き捨ててしまった。
俺たちについてきてたマーナもちょっと匂いを嗅いで顔をそむけてしまった。
「そんなに苦いの?
塩か何かを振った方がいいのかな。」
そう言いながら、ベネットも一つ取り出して、皮を剥いた。
そして、塩を入れた瓶を取り出して振りかける。
「匂いはそんなに悪くない気もするけど。」
そう言いながら、ベネットは黒芋を口に含む。
「んー、苦いというより渋いかなぁ。
でも、塩を振れば食べられなくもないかも。」
そうなのか。
「じゃあ、俺も試すよ。」
そう言って、俺も一つ試しに手に取る。
片手に袋を手にしているから、どう皮をはげばいいか思案した。
「剝いてあげる。」
そう言って、ベネットが皮を取ってくれた。
ついでに塩まで振ってくれる。
意を決して、芋を口の中にいれた。
渋い。
確かに渋い。
山芋だと思えば、山芋に思えなくもないが、まず渋みが来る。
塩があれば食べられなくもないけど、積極的に食べたいかと言われると微妙だなぁ。
醤油と砂糖で煮込みたくなる。
そんな味だ。
食べあぐねていると、子供達が食べないならくれと声を掛けられたので、袋を渡した。
ついでに塩も紙に包んで渡しておく。
歓声を上げて、芋を持ち去っていった。
「もうちょっと手を加えればおいしくなるかも。」
ベネットは調理方法を考えている様子だ。
「いや、あれに手を加えるならジャガイモの方がおいしくなるよ。
値段が安いことを考えると量は取れるのかな?」
トーラスは若干呆れ気味だ。
でも、量が取れてお腹を満たせるならお金がない人にとっては大切な食糧だろうなぁ。
「しかし、ここら辺って寒いですね。
山の上とかすでに雪降ってましたよ。」
まだ暦の上では秋に入ったばかりだ。
もしこれが冬ならどれだけ寒くなるんだろう。
モーダルでもきつかったのに、俺は寒さに耐えられるだろうか?
まあ、とりあえずここが遺跡の上に立っているという事じゃなかったらこんな街は形成されてなかったんだろうなぁ。
探索者組合、シーカーズギルドというのがこの島で遺跡探索をするスカベンジャーたちを統括している組織だ。
正確に言えば、商業ギルドが取り仕切る遺跡管理のために作られたというべきだけど。
ランク分けやら、それに合わせた仕事の斡旋やらがあるので、まんま冒険者ギルドみたいだなぁ。
受付で商人であることを告げると別室に通された。
やはり、スカベンジャーとは扱いが違うんだろうな。
「ほう、つまりスカベンジャーのスポンサーをなされていると。
でしたら、是非こちらの組合に加盟されることをお勧めします。
しがらみのある他の遺跡とは違って発掘品に税はかかりません。
何より、尽きることなく次々と迷宮が見つかりますから、きっとご満足いただけるかと。」
受付の人は普通の人だったけど、組合長を名乗る男性はちょっとギラギラしている感じがする。
「いや、税がないと言ってもただで取引できるわけじゃないでしょう?
組合に加盟するのに必要な費用を教えてください。」
あんまり話していると、足元をすくわれそうだ。
「大した金額ではありませんよ。
発掘品の購入金額から1割、これは他の遺跡と比べれば格安ではないですか?
登録料も1年500ダールです。
特別な推薦なども必要ありません。
入る度に料金を徴収される他の遺跡とは違い、入り放題です。」
確かにお得なのかなぁ。
気になるのはランク分けだ。
どうやって分けてるのか非常に気になる。
「とりあえず、遺跡をランク分けしているみたいですが、どういう切り分けなんですか?」
ご説明しますと組合長はノリノリで説明してくれた。
Sランクというのは未探査、もしくは15階層以上あると確認された迷宮。
Aランクは探査済みではあるもので15階層までのもの。
Bランクが10階層までで、Cランクは5階層まで。
DランクはCランクですでに探索が完了している場合に該当するという事だ。
「ちなみにシーカーの方はEランクというものがありますけど、これは遺跡のランク分けとは合致しないですよね?」
俺の質問に組合長は嫌な顔をする。
「Eランクはクズの集まりです。
基本は探索され切ってゲートが閉じてしまった遺跡の掃除や近くの町や村から出された採取業務を任せていますが、どいつもこいつも使えません。
組合が飼ってやっているゴロツキのようなもんですよ。
中には、お客様みたいな方に見いだされてランクを上げる人間もいるにはいますが犯罪者も含まれますので、あまり近づかない方がいい。
ちなみに、シーカーのランクは実績によってランクアップしていきます。
同じランクの遺跡を10回ほど探索すればランクアップできるといった形になっております。
まあ、Eランクの場合はどれだけ仕事をこなしたところでランクアップはできませんがね。」
思わず俺は嫌悪感を露にしてしまいそうになる。
ベネットが手を握っててくれなかったら席を立ってたかもな。
「では、私の連れてきた者たちはDランクからという事になるんでしょうか?」
組合長は嬉しそうに、はいと首を縦に振った。
「とはいえ、お客様がお望みであればどのランクからでも挑戦させることは可能です。
そういうのをお好みのお客様も多いので。」
そういうのってなんだよ。
道楽で人がひどい目に会うのを楽しむ連中がいるのは分かるが一緒にされたら困る。
「ちなみに、探索者を救助するサービスなんて言うのはあるんですか?」
これだけ組織化されてるんだから、あってもおかしくはないよな。
「勿論ございます。
基本的に、Cランク以下の遺跡には1グループしか入れない排他的な仕組みになっていますが、保険をかけていただければ回収に特化したチームが物品を確実に確保してまいります。
その保険の中の特約として探索者を救助するプランもございます。」
ついでかよ。
とことん、シーカーには冷たい組織だな。
「ちなみに、受付でシーカーが遺跡を選んで探索するという形になるんですよね?
組合の方から、依頼をされるっていうケースはあるんですか?」
そこは気になる点だ。
もし強制的に仕事をさせられるとなると、少し面倒でもある。
「強制ではございませんが、こちらから仕事をお願いする場合もございます。
護衛や輸送など、通常は傭兵に頼むような依頼が主なものでありますが、小さい仕事であれば組合の方が小回りが利きますので。」
言外に何か依頼があれば聞くよという話みたいだ。
いや、護衛は間にあってるんで要らないです。
とりあえず依頼に強制力はなさそうなので、そこは安心かな。
もちろん、最後はジョンたちの判断ではあるけども。
「分かりました。
近いうちにお願いするかもしれませんので、その時はよろしくお願いします。」
そう言って、俺は応接室を後にする。
「ヒロシ怒ってるの?」
部屋を出た後、すぐに心配そうにベネットが尋ねてきた。
「怒ってないよ。
いや、ちょっと言い方にむかついてはいたけど。
ちょっとジョンに肩入れしすぎかもね。」
俺はため息をつく。
「まあ、どこにでもああいうのはいるよ。
気にしても仕方ない。
組織としてはまともそうだし、言い方一つだと思うんだけどねぇ。」
トーラスも組合長には嫌悪感があったみたいだ。
いや、あの言い方で人に好かれたいと思ってるならちょっと異常だよな。
世の中にはそんな人間ごまんといるけども。
受付カウンターが並ぶ場所に戻ってくると、探索者が遺跡の中で四苦八苦している様子が映像として流されていた。
《魔法の目》なんかで撮影してるんだろうけど。
あまり気分のいいものじゃないな。
まあでも、熟練の探索者の動きは参考になるかもしれない。
そういう教科書的な使い方であれば無駄ではないともいえる。
それに小気味いい戦闘なんかは、格闘大会とかが好きだった俺にとってはなかなか見ごたえがあるものでもあったりする。
問題は、刃物がバリバリ使われてるからとてもお茶の間には流せないような場面が多いという事だろうか。
流石に相手が魔獣とはいえ、切断面をばっちり写されると若干引いてしまう。
マーナが暇そうに欠伸をした。
「出ようか。」
ちょっとげんなりして、俺は探索者組合の建物を後にした。
建物の周りは比較的すっきりしていて、清潔感がある。
ただなんというか、綺麗なんだけど不穏な空気を感じといえばわかるだろうか?
身なりのいい俺たちに敵意のようなものが感じられた。
TPOをわきまえてなかったなぁと感じなくもないけど、だからってあえてみすぼらしい恰好をするのも違うしなぁ。
変なのに絡まれる前に立ち去ろう。
「な、なあ、あんた日本人だろ?」
不意に日本語で語りかけられ俺は硬直してしまう。
ベネットが振り向いてしまったので、相手しないわけにもいかないか。
マーナも警戒するように唸り声をあげている。
「何か御用ですか?」
ベネットがフランドル語で返す。
ただ、俺の半歩前に立ってマーナ同様に警戒しているのが分かる。
「あんたじゃねえよ。
その後ろの男に用があんだよ。」
大分薄汚れた格好で見るも無残だが、顔はそれなりに整っているように見える。
怯えたようにダークエルフの女の子がその男の裾を握っていた。
「なあ、あんた日本人だよな?
分かってんだ。
”鑑定”すればわかるんだから、隠す必要ないだろ?」
べらべらと日本語でしゃべりかけてくる。
周りの目も気になった。
ともかくここから離れよう。
「適当な店に入りましょう。
それと日本語は控えてください。」
そう言って、俺は場所を移すことを提案した。
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