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9-8 仕事はもちろんしてるんですよ?

遊びまわってるわけじゃないんですよ?

本当ですよ?

 演劇は非常に見ごたえがあった。

 ただ、話の内容はほとんど頭の中に入ってない。

 なんといえばいいんだろう。

 演出を見せたいがために、過剰なエフェクトを使ってしまってる映画と言えばいいのだろうか。

 いまいち何を伝えたいのか分からない話だった。

 いや、面白いと言えば面白いんだけど。

 ううん。

 これを選んだトーラスのセンスが分からない。

 ベネットもトーラスも楽しそうにしているから、俺だけがおかしいのか。

 困った、どうしよう。

 

 食堂で食事を見ながら、感想を言い合う。

 どうやら、二人も話の内容はつかめていなかったらしい。

 よかった。

 俺だけじゃなかった。

「いや、もう音と光があふれてて、それはそれですごかったよ。

 話は僕も分からなかったけど。」

 ベネットはトーラスの言葉に頷いていた。

「後、女の子が可愛かった。

 ダンスとかも綺麗だったし、衣装とかも斬新でよかったと思う。

 でも、それにちょっと目を奪われすぎちゃったかもね。」

 なるほどなぁ。

 そういう見方もあるのか。

「ストーリーは分かり易い方がよかったよね。

 なんか、妙に捻ってあって、すごく分かりにくかったよ。

 どうせなら、悪者を出してそれを倒すって言う単純なものでもよかったと思う。」

 トーラスの意見はもっともだ。

 そもそも、あの劇、誰が主役だったんだろう?

「もしかしたら私たちが分からないだけで、演劇に詳しい人ならすごい作品なのかもね。

 素人にはちょっと荷が重かったかも。」

 いやいや、演劇って素人が見るものじゃないか。

 それをわざわざ分かりにくくする意味とか、俺には理解できない。

「お金を取ってやるんだったら、当然顧客を意識すべきだと思うよ。

 分かる人に分かればいいって言うのじゃ駄目なんじゃない?」

 思わず口を挟んでしまった。

「それも、そうだよねぇ。」

 ベネットが少ししょんぼりしてしまう。

「あぁ、ごめん。

 ベネットを責めてるわけじゃなくて……」

 悪い癖だ。

 どうにも論評したがるのをやめられない。

「あ、うん。

 でも、ヒロシが言ってるのはもっともだと思う。

 卑屈になりすぎちゃったね。」

 恥ずかしそうに、ベネットは笑う。

「とりあえず、あれは話としてはなかったって結論でいいんじゃない?」

 トーラスは面白そうに笑う。

「そうだね。」

 ベネットもそれに同意したけれど、なんかだ無理やり押し付けたみたいで申し訳なくなってくる。

「まあ、でも確かに演出とかはすごかったよ。

 だから見てて飽きなかったし。」

 俺は、たまらず取り繕ったことを言ってしまう。

「でしょ?

 また別の劇場に行ってみようね?」

 嬉しそうに笑うベネットの言葉に、俺はうん、と言って小さく頷く。

 なんだか気恥しい。

 

 絹布も届き、待ち望んでいたお客さんに販売することができた。

 他の注文を受けていたから、ちょっと受け渡しに手間取ってしまう。

 でも、昼を過ぎたくらいには出発のめどが立ったから、予定通り首都ベリルブルクから離れることになった。

「そういえば、モーダルにも劇場はあるんだっけ?」

 ベネットは車を走らせる俺に聞いてきた。

 どうだったかなぁ。

 少なくとも俺は存在を知らない。

「知ってます、トーラスさん?」

 俺の言葉にトーラスは首をひねる。

「どうだったかな。

 噂では小さな芝居小屋があるとは聞いたけど、やっぱり首都の劇場とは比べ物にならないんじゃないかな?

 まあ、その分話には力を入れているかもね。」

 あるにはあるんだなぁ。

 今度、ベネットを連れて一緒に見てみようかな。

「どんなお話をやってるんだろう。

 なんだか演劇に急に興味がわいてきちゃった。」

 ベネットは楽しそうに笑う。

「そうだね。

 モーダルに戻ったら、見に行こう。」

 ベネットは元気に、うんっ、と頷く。

 よかった、変に演劇嫌いにならなくて。

 今度は余計なことを言わないように気を付けなくちゃ。

「ところで、ここからブラックロータスまでどのくらいなんだい?

 結構走ってると思うけど。」

 マーナを撫でながらトーラスが訪ねてきた。

「そうですね、1週間もあればつくと思います。

 間にいくつか町や市を挟むから、それくらいですかねぇ。」

 馬車だったら、その倍くらいはかかってるだろう。

 街と街の間を夜を越さずに通り抜けられるのは、精神的にも楽だ。

 ただ、おかげでコンテナハウスの出番がない。

「ねえ、今日は森の中で過ごさない?

 グラネがそろそろへそを曲げちゃいそうだし。」

 そういえば、首都にいる間はずっと馬具屋さんに預けっぱなしだったなぁ。

 俺としても《水操作》で体を洗うだけで済ませず、久しぶりにお風呂に入りたい。

「そうだね。

 ベリルブルクから離れれば監視の目も緩むだろうし、適当な森で過ごそう。

 僕も久しぶりにぼーっとしたい。」

 トーラスも賛成しているんだし、とりあえずは適当なところを探して森に入ろう。

「分かりました。

 じゃあ、ゆっくりしましょうか?」

 俺の言葉に二人とも頷いた。

 

 コンテナハウスを出して、森の中で一泊した。

 やはり布団とかがいいものなので、宿よりも快適だ。

 んー、今度ベッドも売りこんでみるかなぁ。

 クッションはそれなりに売れてるし。

 朝食を済ませ、お昼あたりまでのんびり過ごした。

 マーナの散歩に付き合ったりベネットを乗せた後のグラネをお世話したり、昼寝をしてみたり。

 首都の猥雑さから離れ、気持ちが落ちつく。

「ねえ、ヒロシ、もう一泊しない?

 なんだか、あそこでのお仕事に疲れちゃってたみたいで、もうちょっとこうしてたいの。」

 ベネットが昼寝をする俺の胸の上に頭を乗っけてだらけた顔で聞いてくる。

 まあ、旅程的には順調なので一泊くらいいいかなぁ。

「トーラスさんが暇じゃなければ、いいかなぁ。」

 そう言いながら、ベネットの頬を撫でる。

「あー、うん。

 そうだねぇ、聞いてみないとぉ。」

 ベネットは撫でまわされるのが好きらしく、うにうに頬をいじらてるのに嬉しそうに笑う。

「あ、そうだ。

 ヒロシ、ちょっと聞いて。」

 そういうと、俺の胸から少し顔を上げた。

「ハジメマシテ、ワタシハベネットトイイマス。コレカラヨロシクオネガイシマス。ナカヨクシテクダサイ。」

 つっかかりながら、ちょっと変なイントネーションでベネットが日本語をしゃべった。

「どう?変じゃなかった?」

 なんだか俺はうれしい気持ちと恥ずかしい気持ちがないまぜになって、思わずうつむいてしまった。

「やっぱり変?んー、日本語は難しい。」

 ちょっと落ち込んでしまうベネットを抱き寄せてキスをする。

「変じゃないよ。

 ありがとうベネット。」

 ありがとうは日本語でしゃべってみた。

 意味が通じたらしく、ベネットは嬉しそうに笑う。

「お取込み中ごめんね。

 カモを捕まえてきたんだけど、もう一泊しない?」

 そう言いながら、トーラスが声をかけてくる。

 二人して顔を真っ赤にしながら、頷くことしかできなかった。

 何時から見られてたんだろう?

 

 鴨の丸焼きとサラダとスープという、なかなかに豪勢な夕食をいただき、もう一晩森の中で過ごした。

 ベネットが手を尽くして、臭み消しや香り付けに香草やスパイスを使ってくれたから野生の鴨でもとてもおいしく食べられる。

 スープにカモの内臓を使うのは、なかなか驚いたけど味は抜群だ。

 ニンジンやカブ、玉ねぎなんかも一緒に煮こまれていて味わいがとても複雑だった。

 いや、もう食堂もこれくらい手の込んだ料理を出してくれればなぁ。

 でも、いつまでも休んでいるわけにもいかない。

 日が変わり、朝食を済ませたら準備を始める。

 名残惜しいがコンテナハウスをしまい、午前中に移動を開始した。

 自動車はやはり珍しいらしく、馬車や歩きで移動している人たちが珍しそうに見てくる。

 中身はこの世界の自動車とは違うしデザインも違うから、余計目立つよな。

 休憩しているとしきりに出所を尋ねられるけど、答えに窮してしまう。

 適当に秘密ですと返して、売り出すなら是非教えてくれと言われる。

 いや、どこの誰だか知らないし、何よりまた会うとも限らないんだけどなぁ。

 いろんな町や市の名前を出されても覚え切れない。

 驚いたのは、数名の商人からは名刺をもらったことだ。

 自分も名刺を作っておこうかな。

 まあでも、自動車なぁ。

 売りに出したいけど、燃料がネックだ。

 原油からガソリンを分離するのは呪文で可能だという答えは得ているけど、問題はその原料だ。

 どこか遠くの国で産出されますだと微妙だよなぁ。

 出来れば、国内で見つかってくれると助かるんだけども。

「いろんなところから、商売に来てるのね。

 でも、旅の空だからまた会えるとも限らないよねぇ。」

 自動車で移動中、ベネットがふとそんなことを口にしてきた。

 そうなんだよなぁ。

 本拠地にいる時間が限られるから、行ったところで誰もいないなんて可能性もある。

「でも、大切なつながりだよね。

 ちゃんと整理しないと。

 ヒロシ、名刺をまとめるファイルを買ってもいい?」

 俺は目から鱗が落ちる気分だった。

 なんで社会人やってた俺がそれを思いつかない。

「あ、うん。

 ありがとう、助かるよ。」

 つくづく思うが、俺なんかよりよっぽどベネットの方が商人に向いてるんじゃないだろうか?

 これは、なんだか養ってもらっているようでもやもやしてきてしまう。

 このまま甘えていていいんだろうか?

 いや、でも自分でやると絶対飽きるんだよなぁ。

「気にしちゃだめだよ?

 人には向き不向きがあるんだから、私だって全然ヒロシの足元にも及ばないところがいっぱいあるし。

 でも、夫婦になるだもん。

 私にできることは頼りにしてよ。」

 そういいながらベネットは少し恥ずかしそうに笑う。

「マーナ、ああいう惚気を始めたら僕はどうすればいいんだろうねぇ。」

 後ろから、トーラスがマーナを抱いてからかってきた。

「惚気じゃないでしょ?

 お仕事の話なんだから。

 真面目な話を茶化さないでよ。」

 お冠のベネットに対して、トーラスは楽しそうに笑う。

「まあ、仲良くしてもらっている方がいいよ。

 頼むから喧嘩には巻き込まないでね。

 なぁ、マーナ。」

 トーラスの言葉に応えるようにマーナが鳴いた。

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