9-7 街の観光も仕事の内。
魔法があるということは、当然戦闘以外でも活用されているわけでして……
夕方に集まり、夕食に食堂に入る。
やっぱり、味付けが微妙だ。
なんで塩味ばかりが目立って、胡椒が唯一のアクセントだ。
他にもスパイスあるだろうに。
思わずため息をついてしまった。
「おいしくない?」
ベネットが足を絡めつつ、尋ねてきた。
「あ、いや、そんなことないよ。
胡椒美味しいね。」
なんか棒読み状態になってしまった。
ベネットも味を確かめるようにシチューを口に含む。
「うん、なんだか慣れちゃってるからこんなものかなぁって思うけど。
確かに単調かも。」
ベネットも苦笑いしている。
「まあ、仕方ないさ。
食の楽しみなんて二の次三の次、何より競合ひしめくってわけでもなく観光客向けってわけでもない店ならこんなもんだと思うよ。」
そう言いながら、トーラスはシチューをかき混ぜている。
とてもおいしそうという感じではない。
そうか、観光客向けではないのか。
首都なのに。
「まあ、貴族であればお抱えの料理人が居て当たり前だものね。
お金を出してくれるお客様が、特別な方に限られると微妙かな。
これだけ人が多いのに、商売にならないって言うのはつらいところかな。」
ベネットの言葉で、周りを見てみれば何処かの使用人らしき人たちや職人さん、あとは商人らしき人間がちらほらといった様子だ。
うんざりした顔をしているのは、商人らしき人間ばかりで街に住む人たちは特に気にしている様子はない。
そう考えると俺がまずいから何かしようと考えるのは余計なお節介だよな。
でも、おいしいものが食べたいという欲求が無いわけでもない気もする。
問題は、やっぱりお値段かぁ。
せめて、おいしくなる調味料でもあればいいんだけども。
パッと思いつくのは唐辛子みたいなスパイス、他にもバジルや玉ねぎ、ショウガやニンニクを乾燥させたものなんかも思いつく。
さすがに大葉や山葵、山椒は和風のテイストが強すぎる気がする。
まあ、これ自体が俺の勝手な思い込みかもしれない。
ただ少なくとも、俺が市場でそれらを見たことはなかった。
ワインビネガーや粉チーズがあってもいいかも。
しかし、こういう食堂は個人経営なんだろうか?
営業形態を知りたいところだ。
考え事をしながら、黙々と食べているとすっかり平らげてしまった。
こういう考え事をしながらの食事って言うのもなんか、微妙。
面白い話で盛り上がってとか、楽しい気持ちで食べられて夢中になってとかだったらいいんだけど。
あぁ、そういう意味でお酒なのか。
お酒ねぇ。
料理にもお酒使えばいいのに。
「ヒロシ、あんまりしょんぼりしないでよ。
もし、よければだけど私が明日の朝、ちゃんとした食事作るから。」
ベネットの言葉に俺は思わず顔を上げてしまう。
いや、でもどうやって?
「宿に調理場なんかあったっけ?」
トーラスが当然の疑問を投げかける。
「焚火で作れる簡単な料理になっちゃうけど、そこら辺は任せて。」
ベネットの焚火という言葉で、何となくトーラスは察しがついた様子だ。
「あぁ、あれなら期待できるね。」
どんな料理なんだろう?
期待に胸が膨らむ。
しかし、街中で焚火なんてやって平気なんだろうか?
そこが若干気になる。
「焚火って大丈夫かな?」
その言葉に、二人して首をかしげた。
「多分、大丈夫じゃない?」
そっぽを向きながらだと、説得力無いよ。
翌朝、特に騒ぎになることなく、ベネットは朝食を準備してくれていた。
チーズトーストにジンジャースープだ。
あー、うんこれだわ。
ジンジャースープは干し肉と玉ねぎが入っていて適度な塩気と甘みがおいしい。
その上しょうがの香りが心地いい。
チーズトーストには目玉焼きが乗っかっている。
「おいしい。」
卵がこんなにおいしいと実感するのは久しぶりだ。
「そういえば、卵ってどこから手に入れたの?」
トーストをかじりながら、尋ねる。
「農家さんから買ったの。
朝の市場では、そういう人たちがお店を開いてたから多めに買っちゃった。
焚火もそこなら問題なかったし、おいしくできたと思う。」
とてもおいしいです。
「そうかぁ、朝の市場とか開いてるんだなぁ。
全然気づかなかった。
場所は車を預けているあたり?」
俺の言葉にベネットは頷く。
「さすがに舗装されている道で火を起こすのは勇気がなかったから、マーナを連れてうろうろしてたんだけど。
人が歩いていくのを見てね。
鍋とかを持ってたから、これはもしやと思って。」
朝早く起きて、そんなことをしてくれてたのか。
「ありがとう。
とっても、おいしい。」
俺は感謝をしながら、作ってくれた料理を平らげる。
「そういえば、トーラスさんは?」
別の部屋を取っているけど、そっちにも持っていったのかな?
「うん、屋上で食べるって言って、トーストとスープを持って出てっちゃった。」
なるほど、屋上で朝食って言うのも乙なもんだなぁ。
「あ、鍋とか洗うよ。ごちそうさまでした。」
昨日の沈んだ気持ちが嘘のように気が晴れた。
おいしい朝食って言うのは、とてもありがたい。
「どういたしまして。
今日も頑張ろうね。」
ベネットは嬉しそうに笑ってくれる。
いや、幸せだなぁ。
流石に首都とあって商店が多い。
御用聞きと品物の受け渡しであっという間に3日ほどたってしまった。
午前中は、注文を受けた品物を用意して、受け取りに来た商店の人に渡していく。
実際には俺が運んだ方が早いけど、荷物の受け取りや運搬を生業にしている人もいる。
普通の商人はホールディングバッグなんか持ってないから、このスタイルが確立しているのであってそれをわざわざ崩す必要もないだろう。
今日のお昼は、ハロルドから購入したホットドッグと飲み物で済ませる。
最近、こっそり缶コーヒーをカップに移して飲むことが多い。
だって、好きなんだもの。
ベネットも、缶コーヒーが好きになったらしく、こっそり分けてあげている。
「君ら、それ好きだねぇ。
正直、僕はコーヒーよりかはビールの方がすっきりしてて好きだけどね。」
トーラスは、マーナを撫でながらコーヒーのことを指摘してくる。
いや、昼間からビールはちょっと。
「ビールも嫌いじゃないけど、これ癖になっちゃって。」
ベネットは少し恥ずかしそうに、コーヒーを飲んでいる。
でも、なんで恥ずかしいんだろう?
後で聞くか。
「とりあえず午後にまた御用聞きをしますんで、明日の受け渡しが終わったら出発しましょう。
ベネットも、今日はゆっくり観光してきてくれてもいいよ?
回ってもらわないと困るようなお店は昨日で全部巡ってもらえたし。」
そういうとベネットは首を横に振る。
「それなら、二人で回った方が早いでしょ?
早めに仕事を切り上げて、今日は劇場に行かない?
トーラス、当然おすすめは見つけてきたわよね?」
ベネットがそういうと、トーラスはもちろんという返答をする。
「でも、早めに切り上げてくれないと上演に間に合わないかもしれない。
僕はその間、別の劇場に行ってくるよ。」
なんだか、劇場に行くことが確定してしまった。
いや、まあ、こちらの演劇を見るのも悪くはないけど。
まあ、拒否する理由もないか。
「分かった。じゃあ、お願い。」
なんか、今回の旅行は楽しいなぁ。
仕事の方は割とスムーズに終わり、上演まで少し時間があるからと美術館に足を運んだ。
結構お高めの入館料を取られたけど、なかなかに見ごたえがあった。
絵画や彫刻はそれなりに見慣れたものだけど、驚いたことが一つあった。
《幻影》を利用した美術品がいくつか展示されていて、プロジェクトマッピングみたいなことをする作品が割とあったという事だ。
魔法がある世界ってすげえな。
どうやら演劇の方でも、呪文で音量を大きくしたり、エフェクト効果を発揮させたりと様々な手法を魔法で演出するのだとか。
見る前から、ちょっと期待感が高まる。
それともう一つびっくりしたのが、ゴーレムの活用だ。
掃除や移動、”案内”にゴーレムが活用されていた。
見た目は、石でできているようなのばかりだけど、とても器用に動いている。
日本でも、最近は注文受付やら清掃をロボットがやるというのは珍しくないけど、こっちでもそういう技術があるんだな。
もっとも、ベネットもトーラスも困惑気味だったけど。
いや、モーダルじゃ見たことないから当然か。
普及率は高くないんだろうな。
「あれっていくらくらいするんだろう?」
とても気になる。
「分からないけど、きっと高いよ。
遺跡の中で敵としては戦ったことならあるけど、あんなに自在に使ってるのは初めて見た。」
ベネットも興奮気味だ。
「僕も、初めてだね。
昔は、あんなのなかったと思うけど。」
トーラスは若干不気味さを感じている様子だ。
俺は、ちょっとゲームでの扱いを思い出そうとしている。
実際、ゲームでは敵としてのデータはよく目にしていたけれどゴーレムの類を作って運用するというのは意識してなかった。
というのも、簡単に物体に意識を作り出す《物体自律》は結構高レベル呪文だし、持続時間も数十秒くらいしか持たない。
ゴーレムの製作は高レベル呪文の準備の他に高額な素材を要求される。
なかなかに厳しい。
使役するなら、魔獣を呼び出した方が楽だった。
まあでも、魔獣じゃこんな細かい作業はしてくれないよなぁ。
船員とかにできたらいいのに。
船員の過酷さを考えると、どう考えても人にお勧めできる仕事じゃない。
そこをゴーレムとかで代替できれば、どれほど助かるか。
うーん、でも1体10万ダールですとか言われたら無謀すぎるよな。
そもそも、船員として教育が必要だと考えるととても普及させるまでには至らないかぁ。
「ヒロシ、そろそろ上演時間来ちゃうよ?」
ベネットに声を掛けられて、ゴーレムから意識がそれた。
一体どれくらい考えこんでいたんだろう。
「ごめん、もうそんなに時間たった?」
ベネットは俺の言葉に、苦笑いを浮かべる。
「それなりに。」
そう言いながら彼女は俺の手を引く。
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