8-27 教会と敵対するつもりはないですよ。
8章終了です。
ちょっと空が高くなってきたなぁ。
茹だるような暑さを体験せずに、涼しい風が吹き始めてる。
毎年こんな感じなんだろうか?
そろそろ俺の植えた小麦も収穫時期だし、大麦の収穫もそろそろだろう。
アルノー村に行かなくちゃなぁ。
「何を考えているのかね?」
声を掛けられ、今自分がオープンテラスの喫茶店にいることを思い出す。
目の前には初老の男性。
後ろには、珍しくシスター服を着ているセレンが立っていた。
俺の後ろには、完全武装のベネットが立っており見る人が見れば物々しい雰囲気を感じるんじゃないだろうか?
まあ、実際物々しいけど。
「畑のことを考えていました。」
俺の言葉に初老の男性は眉を顰める。
確か、ノックバーン司教だったかな?
そう名乗られたと思うけど、物忘れが激しいので自信がない。
「いや、言葉の通りですよ。
近くの村で、春播きの小麦を試していましてね。
秋に収穫が出来るんですよ。
それが気になって、ちょっと物思いにふけってしまったんです。」
別に言葉の裏なんかないんだけども、そうは受け取ってもらえないよなぁ。
ノックバーン司教とセレンを見ると、二人とも防御呪文でがちがちに固めている。
《エネルギー防御》や《抵抗強化》やら、負傷した際に緊急的に治療が発動する《傷塞ぎ》なんて呪文もかけていた。
慎重な上司というだけに頷ける対応だ。
まあ、武器は携帯してないからいきなりこっちを暗殺しようとしているというわけじゃないとは思う。
近くに護衛らしき人が見受けられるのは許容範囲だ。
「何を計画しているのか分からないが、出来れば穏便に済ませたい。
そちらの要求を聞こう。」
いや、いきなり要求とか言われましても。
「別にこちらとしては今まで通りしていただいて結構ですよ?
教会と敵対したいわけじゃないので。」
いぶかしむ顔をされる。
「疑われるのは仕方ないと思いますが来訪者を特別視しすぎだと思いますよ。
私を呼んだ神はなかなかにおかしな御方ですが、呼ばれてくるのは至って平凡な人間ばかりです。」
平凡というか、むしろダメ人間が多いんだろうな。
「強大な力は与えられますが、それを使いこなせないような凡愚の集まりです。
自分も含めて。」
まあ、大崎叶は例外な気はする。
と言っても直接彼女を知っているわけではないので、何とも言えないけど。
「強大な力を得ているという自覚はあるようだね。」
言われるまでもない。
だから、監視なんかつくんだろうし。
「そもそも不相応なんですよ。
与えられた力に対して、矮小すぎる。
だから、この力でどんなことが起こるか想像もついていない。
精々やりたいことは自分が幸せになりたいそれだけなんですよ。
他の誰かのためにとか、社会とはこうあるべきだとか。
口にしたって、表面なぞることしかできない。」
司教は不満げだ。
そんなものに、世界の命運を左右されるのは我慢ならないんだろうな。
「実際、高い理想を持っているなら女性にうつつを抜かして首輪をあっさりとつけられたりしない。
俺だって、もし出会う順番が違っていたら、あっさりと篭絡されてたでしょうね。」
何となくベネットを見てしまう。
「不愉快だ。」
司教はぼそりと呟く。
「我々は君たち来訪者に振り回される。
ある時は勇者を名乗り、ある時は魔王を名乗る。
神に与えられし世界を好き勝手に暴れまわって、滅茶苦茶にしていく。
いったい何様だね。」
神に与えられた世界か。
「あなたが守りたいのは神の意志ですか?」
そう聞くと司教は首を横に振る。
「神に意思はない。
人々の営みこそが神が作り出した世界そのものだ。
皆が泣き、笑い、ともに手を携えて築くものこそが神から与えられた世界なのだ。
異分子の君には、ずいぶん非効率に見えるだろう。、
とても合理的には見えないだろう。
だとしても、それこそが神に与えられ人が作り出した世界なのだ。」
言わんとすることは分かる。
「そこに私たち来訪者は含まれないとおっしゃりたいので?」
司教は一瞬眉を上げた。
「所詮どんなに強大な力を持っていても、局所的なものにすぎません。
所詮来訪者一人にできることなんてそんなものです。
歴史に名を刻むと言っても神の如く君臨できているわけでもない。
来訪者だって、世界の一部に過ぎないと私は思います。」
俺の言葉に司教はため息をつく。
「私は技術の進歩をとがめるつもりはない。
印刷技術にしろ、自動車にしろ、いずれ誰かが作り出しただろうし。
事実そこに来訪者の影はない。
ただそれが世界を変容させるのも確かだ。
違いがあるとすれば、君たちはいつも世界を滅茶苦茶にするだけで、あとはほったらかしだという事だ。
少しは責任感というものを持ってもらいたい。」
それを俺に言われてもなぁ。
いや、気持ちは分かるけども。
「凡俗にまみれた馬鹿に何を求めてるんです。
責任を持てというなら、要求を出してください。
何をしてほしいのか、何をしてほしくないのか、あいまいなまま責任と言われても困ります。
こっちが聞く耳を持たないならまだしも、一応話は聞いてるんだから分かり易く言ってください。
馬鹿でもわかるように。」
司教は忌々しげに俺を睨んでくる。
「分かった。
こちらの要望は逐一伝えよう。
連絡係は、セレンのままでよいかね?」
どうやら諦めたらしい。
馬鹿と話していてもしょうがないと思われたのかな。
「むしろ、こちらからもよろしくお願いします。
それと、女の子を捨て駒にするのはやめてください。
それだけは受け入れがたい。」
司教はため息をつく。
「極力善処しよう。
随分とロマンチストなことだな。」
鼻で笑われる。
いや、まあリアリストかと聞かれたら全然そんなことはないし、ロマンチストと言われれば実際そうだとは思う。
というか、現実が見えてないともいう。
「まあ、そういう私もロマンチストな性分だとは思うがね。」
何処か疲れた様子で、司教は頭を抱えた。
何処かほっとしている様子も見える。
なんだ結構セレンのこと、気にかけてたんだな。
まあ、とりあえず話はまとまったってことでいいんだろうけど。
だとすると、気になることが一つある。
「ところで司教。
銃を持った人間を配置しましたか?」
何の話だと聞きたげに顔を上げる。
それだけで十分だろう。
俺は、顔の横に手を上げて、それを握った。
銃声が響く。
だが銃弾は届かない。
暴発したかな?
「あの建物に銃を持った男が居ました。
誰を狙ったかは知りませんが多分生きていると思うので、尋問などはお任せします。」
俺は高い建物の一つを指さす。
実は会談前にトーラスから狙撃手の存在が伝えられていた。
司教が準備していたのだとしたら、即座に撃つわけにもいかない。
そのために確認を行った。
「居ましたと言うのは、どういうことかね?」
確か銃声はその建物からした。
おそらく撃たれた勢いで暴発させたんじゃないかな。
念のため、トーラスのライフルにはサイレンサーをつけてもらっていたし、それで間違いないと思う。
「知り合いに凄腕の狙撃手が居ましてね。
護衛を依頼してたんです。
司教の配下なら、問題があるかなと思って確認を取らせてもらいました。」
ちなみに、すでに司教の護衛らしき兵士が動いて建物を制圧しているのも確認していた。
インカム越しに実況してくれているから手に取るように分かる。
「油断ならないな。
まったく。私の命なぞ、いつでも奪えるという余裕か?」
司教一人を撃ってなんになるって言うんだ。
「さっきも言いましたけど、教会と敵対するつもりはないですよ。」
まあ、疑るなと言っても無駄か。
「まあ、見境がないわけではないだけましか。
セレン、くれぐれも目を離すな。何をしでかすか分からん。」
随分な言いようだ。
大体、護衛を連れてきていいといったのはそっちじゃないか。
まるで指示を隠す気がない様子からすると冗談のつもりなのかもしれないけども。
「一つ言い忘れていた。
もし君以外に来訪者を見つけたなら、報告して欲しい。
教会は現在確認しているだけでも、君以外に一人の来訪者を把握している。
頼むから、対立したからと言って騒動を起こさないでくれよ。」
それには異存はなかった。
むしろ出会いたくない。
「ちなみにどこにいるんですか?」
司教は笑う。
「王宮だよ。」
何の冗談だ。
「この国の第三王子だ。
なかなかの難物で手を焼いている。」
勘弁してくれ。
「魔術に長けていて、《魔弾》で城の壁をぶち抜いたらしい。
しかも魔法が一切効かない。
だが、慎重なのか臆病なのか、奥に引きこもって出てこないので動きが把握しづらい。
非常に厄介だ。」
一番やりづらい相手だなぁ。
どう対処すればいいんだろうか?
そういえば、物乞いの爺さんがドライダルの後ろに王族がいると言ってたなぁ。
まさかその第三王子じゃないよな?
ろくでもない想像ばかりが思い浮かぶ。
本当どうにかしてくれ。
ともかく、会わないのが一番いい気がする。
「王族じゃ、会う機会もないでしょう?
少なくともこっちから接触するつもりはないですよ。」
司教はため息をつく。
「そうだといいがね。
大抵、期待していることは起こらないが、起きてほしくないことは起こるものだ。」
その言葉に俺は渋面を作るしかない。
そういうジンクスは何とかならんものか。
面倒になったので、冷めたコーヒーを飲む。
ミルクを入れた甘いコーヒーだ。
おいしい。
空を見上げれば、高い雲が流れていく。
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