8-22 竜の世界もいろいろあるみたいだなぁ。
ドラゴンはこの世界でも特別な存在です。
「ねえ、ヒロシ。グラネをお世話したのに、私をお世話してくれないのはひどくない?」
助手席でマーナを抱えながらベネットは恨みがましい目で見てくる。
「ひどくない。
お昼まで寝てるし、お世話が終わるまでずーっと一人だったんだから。
それに、お湯を出してあげたりタオルを準備してあげたでしょ?」
それでお世話してないって言われたら、それ以上何をお世話しろって言うんだ。
人様の敷地でそれ以上は無理だろ。
「ひどいですぅ。」
そういいながら、マーナの前足で俺の頬を突っついてくる。
「危ないから。
運転中にそういうことしないの。」
やってることは可愛いけど、ほんとうに事故を起こしたらシャレにならない。
一応注意しておいた。
「ごめんなさい。」
素直な子は好きだよ。
なんだかんだ言って、ちゃんという事を聞いてくれるから安心できるよな。
とりあえず、ジョンの方も順調に2回目の探索が終了したと手紙が来た。
手紙の主はジョンじゃなくてノインって言うところが微妙に引っかかるが、まあ文字を書けない以上は仕方ないよな。
とりあえず、みんな無事に探索を切り上げるそうだ。
ただ、実入りはあまりよくないとのことだ。
まあ、あんな幸運が何度も起こらないよな。
手持ちの材料でどこまでやれるか。
ジョンたちにはこれからも頑張って欲しい。
とりあえず、出発前にはトーラスからも手紙が来た。
こっちはこっちでまた徴税に巻き込まれたんだとか。
穀物商人が袋叩きにあって、暴動に発展したという内容だ。
結局威嚇射撃だけで村側が降伏したので、被害にあった穀物商人以外は目立った死傷者は出ていない。
銃剣が意外に効果的だったらしく、普段であれば威嚇射撃したところを突っ込んでくるのを牽制出来て重宝したという内容だ。
明日の昼にはモーダルに帰るという事だし、歓迎会にトーラスも呼ぼうかな。
一応、1週間前からハロルドの店は予約してあるので場所は抑えてある。
割と混雑してるらしいから人を増やせるか、あとで打診しておこう。
急にマーナが吠え出した。
何かを警告するような鳴き声だ。
ベネットが車に備え付けられた後方カメラを確認してくれる。
俺もちらりとサイドミラーを見る。
「何かが空中で戦ってる?
とりあえず森の中に。」
ベネットの警告を聞いて、俺は急いで車を森の中に退避させた。
ベネットが停車させるとすぐに飛び出して、双眼鏡を手に持つ。
木に身を隠しながら空を観察し始めた。
「ラウレーネ?」
俺も降りて、ベネットの近くに行くと呟き声が聞こえた。
あの銅の竜の名前が出てくるという事は……
俺も、双眼鏡を取り出して、空を見上げた。
見たこともない黒い竜とラウレーネが交戦しているのが見える。
かなりの距離があるので、鳴き声が声には変換されない。
何を言っているのか分からないけれど、激しく言い合っている様子だ。
戦いは始終ラウレーネが優位に立っている気はする。
だけど、手加減をしているのか、なかなか決着しない。
最後は、地面に黒い竜を抑えつけてラウレーネが勝ったようだ。
よかった。
とりあえず、あの黒い竜が暴れまわるという事はなさそうだ。
ラウレーネは黒い竜を抱えて、飛び去って行く。
なんか、怪獣映画というか、特撮映画っぽかった。
子供の頃に見た、巨大ヒーローとか亀の怪獣を思い出す。
記憶の中では子供心に頑張れと応援していた記憶があった。
まさか、こっちに来てそんな気持ちになるなんてなぁ。
でもドラゴンの事情を聞いている身としては、単純なヒーローとして応援するのは間違っているような気もする。
考えてみると、特撮映画も背景事情を知ると子供みたいにはしゃぐのは間違いなんじゃないかと悩むような作品もあったなぁ。
ただ、少なくともラウレーネが人と竜の仲を取り持ってくれているのは確かだ。
ささやかでも、それに報いられたらいいのだけど。
「ねえ、ラウレーネ様は怪我をしてなかった?」
少し心配そうに、ベネットが呟いた。
「手紙を送っておくよ。
けがの程度がひどいようであれば、ポーションを送る。」
やっぱりこういう時に専用インベントリは便利だな。
「いざとなったら、私を送って?」
ベネットをインベントリに入れるのには、ちょっと戸惑いがあるけど、もし必要であれば従おう。
「分かった。
まあ、なんにせよ返答待ちかな。」
取り急ぎ手紙をしたためる。
モーダルに戻るまで返信がなかったが、戻ってしばらくしてからラウレーネから目撃されていたことを恥ずかしがる様な文言とともに《治癒》のポーションを送って欲しいという要請が来た。
本数は20本だが、何とか用立てることができた。
また教会に行って仕入れてこないと。
怪我の程度は大したことは無いというけれど、あれだけの巨体だから消費するポーションの量も多いんだろうな。
「よかった。
大したことなかったんだね。」
手紙を一緒に見ていたベネットがほっとしたような声を上げる。
倉庫に付いたので、車を降りベンさんや警備の人に挨拶を交わす。
とりあえず、暁の盾から納入依頼のあった銃剣もアレストラばあさんから受け取ることができたし、明日にでも引き渡そう。
黒板には戻ってきたことが分かるように帰着、モーダル。
と書き加えた。
アノーはどうやら近くの村に行っているらしい。
明日の歓迎会に間に合うかな?
まあ、アライアス伯の領地からは出ないだろうし多分大丈夫だとは思うけど。
あれ?
そういえば、イレーネとレイシャはどこに行ったんだろう?
ライナさんしか事務所にいないぞ?
「ライナさん、他の二人は?」
俺が訪ねると、ライナさんは肩をすくめる。
「さあ、買い物かしらね。
朝にはちゃんと出勤してたし、仕事もかたずいちゃったからねぇ。」
まあ、暑い屋内にいるよりは屋外に行って涼む方が楽か。
特にレイシャは毛皮で全身を身に包んでいる。
夏毛に変わったといったけど、言うほど見た目の暑苦しさは変わらないので大変なんだろうな。
夜の仕事の方も、夏はほぼ客が寄り付かないと言っていた。
まあ、俺に愚痴られても何もできないんだけども。
エアコンでもあれば、また話は変わってくるんだろうけどなぁ。
「暑いですね。
ライナさん、お茶どうぞ。」
そういいながら、ベネットがグラスに麦茶を入れて持ってきた。
「はい、ヒロシも。」
やっぱり夏と言えば麦茶だよなぁ。
炒った大麦で煮だしたお茶なわけだけど、冷やして飲むと美味しい。
紅茶や野草茶と比べて渋みもないから飲みやすくて助かる。
「暑いのは確かだけど、ヒロシの持ってきてくれた扇風機があるからねぇ。
だいぶ楽になったわよ。」
ライナさんはさほど汗をかかない質なのか、涼しい顔だ。
「それに冬の寒さに比べれば、夏の暑さなんて大したことないわ。
毎年毎年、飽きもせず雪が降るし、体も痛くなるし。
年は取りたくないものねぇ。」
しみじみと呟かれると、身につまされる。
俺の場合は夏の暑さも苦手だけど、冬の寒さも苦手だ。
若返ってはっきり分かったが、年を取ると気候の変動に本当に左右される。
年を取りたくないという気持ちは痛いほどわかった。
いつまでも若くありたいものだ。
まあ、そりゃみんな一緒か。
「そういえば、変わったことあった?
目録とかあったら頂戴ね。
今暇だから、仕事があるなら任せてちょうだい。」
変わったことか。
「ラウレーネが黒い竜と闘ってましたよ。
詳しい話は分かりませんけど、落ち着かないみたいですね。」
そういいながら、俺は目録を差し出す。
「勘弁して欲しいわね。
あの銅の竜様も頑張ってらっしゃるんだろうけど、いつ襲われるかって戦々恐々とするのは二度とごめんだわ。
と言っても、あまり実感がわかないのよね。
村しか襲われてなかったそうだし、目の前で誰かが死んだわけでもないから怖いとは思っても、それでおしまいになっちゃう。」
ライナさんはそれでいいのかと悩んでいる様子だけど、実際襲われた身でもどうすればいいか分からない。
でも、とりあえずあのレッドドラゴンは敵として認識しないとな。
今のところ、ラウレーネが居るから被害の報告はないけど何かきっかけがあればまた暴れないとも限らない。
その時に慌ててもどうにもならないだろう。
ただ、黙ってやり過ごせば過ぎ去ってくれる災害じゃない。
明らかに悪意をもってこちらを狙ってくる相手だ。
災害にだって、対策は立てるんだから明確な敵なら倒す算段を付けないとな。
とはいえ、ラウレーネがいる以上、こちらからは手を出しづらい。
あくまでも彼女は同じ種としてのドラゴンを守りたいという立場だ。
こちらから手を出してしまえば彼女の立場を危うくするし、何より彼女が悲しむだろう。
腹案はあるけど、とりあえずは準備だけでとどめておくべきだな。
「ヒロシ、一人で抱え込まないでね。
みんないるんだから、何かあったら言ってね。」
そっとベネットが俺を手に自分の手を重ねてきた。
まあ、一人で何とかできるなんておこがましいことは考えていない。
所詮一人でドラゴンに立ち向かえるほどの力なんかないんだから、誰かに頼らないといけないのも確かだ。
「もちろん、何かあったらみんなと相談するよ。
その前にベネットには話すと思うけどね。
まだ影も形もできてないから話せないけど。」
俺の言葉に、ちょっとベネットは嬉しそうな顔をする。
いや、迷惑をかけるって話だから、嬉しく思われるのはどうなんだろうな。
「イチャイチャなら、家でやってね。
さすがに、事務所でやられるとうっとおしいわ。」
ライナさんが冷たい目で俺たちを見てくる。
いや、その。
そういうつもりじゃなかったんだけどなぁ。
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