8-21 やっぱりすごい職人さんだ。
実は研ぎが気になったのは、ガラスの加工をしているかどうかが気になったからだ。
眼鏡用のレンズを作っているのであれば、あるいはベネットに渡したヘッドバンドヘルムによる視界のゆがみを補正できるんじゃないかなと。
素人考えではあったけど、どうやら当たりらしい。
金属の研ぎとガラスの研ぎ、それぞれ行っていてレンズの収益が結構あるらしい。
これなら、双眼鏡もすぐ作れるようになるだろうな。
モーダルで暁の盾から発注を受けた分は全部売買で賄ってしまっていたけど、これならこちらでも十分な製品が作れそうだ。
「レンズにご執心のようだけど、何か作って欲しいものでもあるのかい?
多分、この国じゃここが一番だから、ここでできないものは他でもできないと思うがね。」
凄い自信だ。
素人目にはどれほどすごいのかは見ただけでは判断できないけど、自信の表れを見るに、本当にすごいんだろうな。
「実は、彼女にヘッドバンドヘルムをプレゼントしたんですけど、視界がゆがむらしくて。」
突然の話題にベネットは戸惑った様子を見せる。
「いや、別にあれくらいなら平気だから。」
ビルムさんはなるほどねぇと言って、テスト用のレンズを持ってくる。
「まあ、そういう要望があると言えばあるね。
眼鏡だと野暮ったく見えるから嫌だというご婦人もいるから、主に男性向けだが。」
そう言って、ベネットを着席させ眼鏡の装着を促す。
ベネットは自分の眼鏡をしまい、調整用の眼鏡をかける。
そして、ヘッドバンドヘルムを起動させた。
「どうだね?」
そうビルムさんに尋ねられ、ベネットは戸惑っている。
「えっと、ちょっと中央に寄ってます。」
ベネットの答えに、ビルムさんは横のつまみを動かした。
「あ、これ。
このくらいがちょうどいいかも。」
ベネットが声を上げたところで指を止めて、ビルムさんはメモに数字を書き込んでいる。
「なるほどね。
強度が弱いから軽い調整で済みそうだよ。
さっきの眼鏡にはめ込めばいいかね?」
んー、普段からかけてるから逆に歪んでしまうと面倒かもしれない。
「えっと、別の眼鏡ってありますか?」
もちろんとビルムさんはうれしそうに笑う。
そうだよな。
新しい眼鏡を新調した方が儲かる。
「デザインもあるし、見本を見せよう。」
そういいながら、別の場所へと誘導してくれた。
展示室で眼鏡のデザインを選び、完成まで1週間かかると教えてもらった。
ガラスや陶器の焼き場も案内してもらい、俺も直接グラスなんかを発注させてもらった。
やはりこの国一番を自称するだけあって、どれも完成度が高い。
グラスなんか、よく磨かれていて口に当てた時の感触がほかの品物より柔らかい感じすらした。
いや、本当凄いなこの工房。
見学できてよかった。
泊まっていいと言われた宿舎は工房の人のための施設だから綺麗とは言い難かった。
けど泊めてもらえるだけ御の字だよな。
「すごかったぁ。
ドワーフってみんな魔法使いみたい。」
確かに、ガラス細工や研ぎなんかが進んでいくうちに、商品ができていく様は魔法を見ているようでもあった。
完成直前までのくすんだ輝きが息の一吹きや布の一磨きできらきらと様変わりするんだからすごいよな。
剣や槍の穂先なんかも、研ぐ前はなまくらに見えるのに研いでいくうちに綺麗に刃が立っていく。
もちろん、その前の工程があったればこそなんだろうけど、やっぱり研ぎの工程が一番華やかかな。
「あー、なんか新しい剣とか欲しくなっちゃった。」
気持ちは分かるけど、さすがに今以上の剣は難しいよなぁ。
「ねえ、ヒロシは槍を新しいものにしたりしないの?」
思わず俺は眉をひそめてしまった。
「いや、俺は良いかなぁ。
今の槍で十分な気がする。」
というか、自分に投資する気になれない。
ハンスには凄い技を教えてもらったけど、それを生かせてるかと言われると微妙だしなぁ。
「うーん。
そうかなぁ。ヒロシの強さなら、私と同じくらいの剣が釣り合うと思うけど。」
まあ、レベルだけを抜き出して考えるなら確かにそうなんだけども。
それは戦士としてやってるならという話だ。
「戦うのが俺のお仕事じゃないから。
それよりかは、もっといろんなところに行きたいな。」
そうだねとベネットが笑う。
「あぁ、そういえば、一つ疑問があったんだ。
ヒロシはなんでこっちの世界のものを買うの?」
いや、なんでって、そりゃ商売のためだけども。
いや、これはあれか。
「あっちの世界のものをなるべく買わないようにしている理由?」
ベネットはうんうんと頷く。
「簡単な理屈だよ。
あっちの安いものをいっぱい仕入れて、こっちで高く売っていったらこっちの世界のお金が無くなっちゃうからだよ。
なるべくバランスを保ちたい。
高く売ってるのは、こちらの商品が売れなくなるのを防ぐためだし、できればこっちのものをあっちの世界に売りたい。
それとなるべく、俺にお金が集中しないようにも気を使ってるんだ。」
ちょっとおこがましい気もするが、ベネットには伝えておいた方がいいだろう。
彼女にも、この考えは共有してもらいたい。
「なるほど……ほど?……
うーん、お金はいっぱいあった方がいいのにとか思っちゃうのは私ががめついからかなぁ。」
まあ、確かにお金を積み上げておいた方が後で好きなものを手に入れられるような気はするよな。
「俺だって、出来ればお金は欲しいよ。
でもそれって、欲しいものがあるからだろう?
じゃあ、欲しいものを手に入れるためにお金は使った方がいい。
もちろん、ある程度の貯蓄はしたうえでの話だけどね。」
そのある程度が人によって違うわけだけども。
そこは、俺も匙加減が分からない。
紙幣が発行されれば、おそらくインフレが起こる。
そうなったときに多少の貯蓄はあってもなくても、どうでもいいものになりかねない。
まあ兌換紙幣になるだろうから、いきなり金貨の価値が暴落することはないにせよ、それなりに資産としては目減りするはずだ。
それを考えると貯蓄を増やしたいという心理は分からなくもない。
本来は逆なんだけどね。
お金を別の価値があるものに交換しないといけない。
それが伝わってくれればいいけど。
「難しいことは分からないけど、欲しいものって言うなら色々あるよ。
お金じゃなかなか難しいものもあるけど。」
お金じゃ難しいものかぁ。
まあ、この世界だと多そうだよなぁ。
地位や名誉なんて言うのも、血筋が大切だったりするし。
そう考えていたら、ベネットが俺の横に座ってくる。
「分かるでしょ?」
そう言ってベネットは俺の手を握ってきた。
気持ちいい朝だ。
とりあえず、体を清めて顔を洗おう。
マーナが空気を読んだように現れる。
グラネは工房の厩にいるはずだし、あとでお世話してこよう。
いやぁ、本当に気持ちがいい朝だ。
ちなみに、ベネットはまだ寝てる。
まったくあの子はだらしがない。
アレストラばあさんはどうしてるだろうか?
まさか徹夜とかしてないよな?
とりあえず、鍛冶場に足を向ける。
「おはようございます。」
まだ火入れが始まる前なのか、鍛冶場は静かだ。
「おはよう。
早いじゃないか。
電池の件はしばらくかかりそうだねぇ。
テスターって言うのもばらしていいかい?」
それはもちろん、構わない。
大した値段のものじゃないし。
「役立てていただけるなら、喜んで。」
ふと、鍛冶場に山と積まれた薪を目にする。
「そういえば、鉄を鍛えるのはやはり薪なんですね。」
そういうと、アレストラばあさんは頷いた。
「毎年毎年、計画的に木を植えないとすぐ禿山になっちまう。
ほとんど鍛冶屋というより木こりだね。」
大変そうだ。
やはり伝えたほうがいいな。
「実は、石炭で鉄を鍛える方法があるんですよ。」
アレストラばあさんは、ピクリと反応する。
「まさかそのまんま石炭使えってわけじゃないだろう?」
もちろん、そこまで素人丸だしなことを提案するつもりはない。
一応コークスの作り方もまとめてきた。
「石炭を一度加熱して、硫黄を取り除く方法です。
これが資料なんですが、いかがでしょう? 」
ばあさんはにやりと笑う。
「魔法で取り除いてたんじゃ間に合わないからね。
そういう方法が無いか探してはいたんだよ。」
受け取った資料を楽しそうに眺め始める。
「しかし、防腐剤を一緒に作れるってのは面白いね。
これはこれで商売になりそうだ。」
実は、コークスを作る際に出るクレオソート油というのは、昔は枕木に使われていた。
現代では、ほとんどがコンクリ製の枕木になってしまっているけど、他にも船体の防腐なんかにも使える。
石油もそうだけど、副産物が使えるので石炭も実は単なる薪代わりに使っているのはもったいない。
まあ、もっとも現代だと発がん性があるから屋外での使用に限られるし、徐々に別の防腐剤とかに切り替わってるけど。
「それとですね。
何度か見せていると思うんですが、俺が使っているホールディングバッグのようなものですけど、実はあれお渡しできるんですよ。」
そう言って、専用インベントリをつないだバッグを取り出す。
「ホールディングバッグくらいは持ってるけどね。
どのくらいの重さまで入るんだい?」
まあ、そこが気になるよな。
「4tを割り当ててます。」
そう言って、俺は他の機能なんかも伝えた。
「4tか。
うちじゃ重量物を扱うからねぇ。
すぐにいっぱいになっちまいそうだよ。」
そういえば、この工房に自動車はなかったな。
薪を運ぶのに馬車やホールディングバッグを利用してるんだろうな。
「自動車は買わないんですか?」
そう聞くと、アレストラばあさんは渋い顔をする。
「いや、ありゃうちの姪が発明したもんでね。
あの子は、発想が飛びぬけてるのはいいんだけど、発展性がないんだよ。
作ったら作りっぱなし。
誰に作らせて、どう使わせるか。
そういう視点が抜けててねぇ。
まあ、どこかの伯爵様のお抱えになったから本人はそれでいいんだろうけども。
それがなんか癪でね。」
偏屈なばばあだろうと、ばあさんは自嘲気味に笑う。
「気持ちは分かります。
なんだか負けた気分になりますよね。」
俺は、ノインを思い浮かべる。
「といっても時代の波には逆らえないさ。
あんたの乗ってきた車を見て、ちょっと考えを改めたよ。
いずれあれがぶんぶん走る時代が来るんだろうね。」
ばあさんはバッグを受け取りながら、少し寂しそうな顔をする。
「こいつはありがたく使わせてもらうよ。
車もいずれ、手に入れるかねぇ。」
やだ、かっこいい。
自分のこだわりを強く持つ人ってのもかっこいいけど、そのこだわりを捨てて新たな挑戦を始める人は、それはそれでかっこいい。
なんかアレストラばあさんに惚れてしまいそうだ。
いや、女性的にではなく、先達としてだけども。
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