8-10 お祝いは必要だけども。
冒険者なのに貯金とな?
宴席の代金は当然スポンサーである俺が持つ。
金貨を10枚先払いして、追加が必要ならその都度言ってもらうようにお願いした。
まあ、これらはグラスコー商会の経費として計上できるから後で戻ってくるんだけども。
とはいえ、あくまでもスポンサーは俺なので、あまりにも過大になってくれば俺のボーナスなんかから差し引かれてしまうから野放図にやっていいものでもない。
そこら辺の線引きがあいまいなのがなんとも。
ポケットマネーで全部賄った方が楽だという気もするけど、税制的にはそちらの方が有利という事で乗っからせてもらった。
しかし、早速店の中は混沌を極めていた。
一応、期待の新人という事でジョンやノインが主役なわけだが、ベーゼックがいろんな女性に声をかけまくってる。
名前を売ってくれるのはありがたいが、余計なトラブルは持ち込まないで欲しい。
と言っても、無駄な気もするなぁ。
ユウなんかは、突然の大金に戸惑いの様子だ。
ちょっとお店でお金を数えるのはやめようか。
「ユウちゃん、駄目よ。
お金は大切にしまっておかないと。」
ベネットが声をかけてくれたおかげで、ユウも危険性に気づいたのか、お金で遊ぶのはやめてくれた。
「ごめんなさい。
こんなに金貨を見たの初めてだから。」
そりゃそうだろう。
俺だってめったに見ない。
大抵高額取引は、証書のやり取りになりがちだ。
銀貨や銅貨も混じっていいなら、同じ枚数を扱うこともあるけど全部金貨って言うのは珍しい。
「とりあえず、ジョン。俺たちは一晩明けたらモーダルに戻るけど、お前たちはどうする?」
またすぐ挑戦を始めるだろうか。
「いや、ちょっと口座を作りたいから戻る。」
口座って、お前。
貯金するのか?
「一応、戸籍はちゃんとあるし俺名義で口座作れるのは聞いた。
そのまま持ってると盗まれるかもしれないし、院長に取られるかもしれないからさ。
ずっとこっちで過ごしててもいいんだろうけど、金無駄に使っちゃいそうだし。」
なんだこのしっかりしたお子様は。
「僕も母さんに預けたいので、同行させてもらえますか?」
ノインも同じく貯金か。
夢がねえなぁと思ってしまうところだが、まあこれ一回で終わりではない。
上手くいかないときのことも考えないといけないだろうから、妥当な判断ではあるよな。
「ユウ、お前どうする?
家族居ないって聞いたけど、寝泊まりとかどうするんだ?」
確かに気になるところではある。
「わからない。
いつもはおじさんのテントに泊めてもらっていたから。」
スタンクが子供たちを集めている場所か。
まさかそこに戻らせるわけにもいかないよなぁ。
「じゃあ、お姉ちゃんのところに来る?
寝泊まりするくらいなら何とかなると思うよ。」
セレンが、優しくユウを抱きしめた。
ユウは戸惑い気味だ。
なぜこんなに優しくしてくれるのだろうと疑っているのかもしれない。
「泊めてもらうんだったら、ちゃんと家賃納めないと駄目だぞユウ。」
ジョンがそういうと、ユウは頷く。
「え?いや、そういうつもりじゃ……」
俺はセレンの肩を叩いて、首を横に振る。
そこはジョンの言うとおりにすべきだろう。
多分、全面的な善意だとは思うけど、それを素直に受け止められる人って言うのは多くない。
多少なりとも利得があるのだと思わせた方が、その子のためにもなる。
「そうだなぁ、週に銀貨1枚くらいは払わないとかな。」
決して高くはないだろう。
だけどそれでも十分納得できる金額じゃないだろうか?
「分かりました、師匠。」
その師匠呼びはやめて欲しい。
どうしてもなじめない。
「仕方ないよ。ヒロシが初めての先生なんだから、受け入れてあげないと。」
そう言いながら、ベネットが俺の手を握ってくれた。
「まあ、慣れないけど責任放棄するつもりはないよ。」
とりあえず、呪文の手ほどきくらいはしてあげよう。
しかし、こういう場所にはスタンクは顔を出さないんだな。
やっぱり他のスカベンジャーからは嫌われてるのかな?
見えるのは、みんな独り立ちしているスカベンジャーばかりだ。
不意に何かに狙われている感覚がする。
見れば、俺の財布を狙った子供が手を伸ばそうとしている所だった。
思わず、手をつかんでしまった。
ベネットも気づいたらしく、ベネットも子供の手を握っている。
そうか、レベルアップするとこういう能力も上がるのか。
危機感を感じて咄嗟に反応できるようになるのは確かに便利だ。
俺はベネットの方を見る。
どうするの、と声を出さずに言う。
俺は子供の手を離して、財布のひもを緩める。
そして銅貨を1枚取り出す。
ベネットも手を離した。
俺は子供に銅貨を渡した。
その子は、にっこり笑って立ち去っていく。
まあ、人が集まる場所だからそりゃ人の懐を探る人間も当然いるよな。
この間は運がよかったんだろう。
ちょっと寝られないかなぁ。
眠い。
さすがに徹夜で馬車を操作するとなるとつらいな。
ジョンやノインも無理やり酒を飲ませられたらしくダウンしているし、ユウもうつらうつらしている。
ベーゼックは、明け方まで励んでいたらしく帰ってきたら荷台に乗って高いびきを始めてしまった。
そういえば、みんなのレベルはどのくらい上がったんだろう?
とりあえず、鑑定しておこう。
おぉ、全員レベルアップしている。
ベーゼックとノイン、そしてユウは3レベル。
ジョンは4レベルに上がっている。
ユウは2段階もレベルが上がったんだなぁ。
2レベル呪文を教えられる。
俺もレベルが上がったので、実は5レベル呪文を覚えられる。
今度、先生に呪文を習わないとなぁ。
その前に、アレストラばあさんに会いに行かないと。
色々とお願いしているのに、何もお礼をしていない。
ただ、今日は街に戻ったら早めに寝よう。
不意に電子音が鳴る。
どうやらワンボックスカーが届いたらしい。
それと同時に売買のレベルも上がった。
期待していた通り、特別に一人を指定して売買する権利を与えられる。
金額については俺の所持金からじゃないと駄目だから信頼できる人物じゃないといけない。
というか、ベネットしかいないよな。
まあ、家についてから話そう。
他にも卸値の割引率が上がったり、お急ぎ便やオークションの手数料も減っている。
地味にありがたいんだけど。
うん、まあ。
そういえば、偽装の種類が増えたという表示が気になる。
馬車を動かしながら、そっちに集中するのは危ないので、なかなか厳しい。
しかも、横でベネットの馬が人を載せずに歩いている。
ぶつかったら危ない。
いや、人が乗ってなくても付いてきてくれるだけでもありがたいけど、賢すぎてびっくりする。
そういえば、聖戦士のレベルが上がると乗騎も能力が上がるんだったな。
そのうち翼が生えて飛ぶんじゃなかろうか?
ペガサスライダーって、あんまりかっこいいイメージないけど。
そんなことを思ったら、馬に頭をかじられた。
「イタタ、ごめんなさい嘘です許してください。
本当に危ないからやめて。」
思っている事を読み取られる場面が多すぎませんかね。
何とか開放してもらえたけど、本当につらい。
早くモーダルにつかないかなぁ。
みんな気持ちよく寝ちゃってもう。
マーナがベネットとセレンの間で丸まっているのがうらやましくてしょうがない。
「ごめん、本当にもう無理、眠い!!」
みんなを送り届けて、ようやく自分の家に戻ってきた。
カールを迎えに行くのがまだだが、申し訳ないけど眠すぎる。
俺は耐えられずにソファに倒れこむ。
「カール君は私が連れてくるから、ゆっくり休んでて。」
ベネットが俺の頬にキスをして、出て行ってしまった。
駄目だ、意識を保てない。
いつもの白い部屋だ。
だけど、目の前にいるのは知らない女性だった。
褐色の肌に白い髪。
目は閉じたまま、佇んでいる。
多分、ウルズ様だ。
俺は自然と膝をつき、頭を垂れた。
神話では老婆とされる女神だけれど、とても落ち着いた美しい女性に見える。
なんだか自然と畏敬の念があふれてきた。
心から感謝の気持ちがあふれてくる。
ベネットと出会わせてくれたこと、彼女と気持ちを通わせられたこと。
全てウルズ様のお導きだ。
とても言葉に表しきれない。
そんな俺に、ただ一言ありがとうという言葉が伝わってきた。
「だしゃー!!」
それをぶち壊しにするような声が響き渡る。
いきなりモーラが飛び蹴りをして、ウルズ様に襲い掛かる。
「この!ヒロシは私の信徒だから!勝手に手をだすなぁ!!」
激しく剣やら槍やらを取り出しては、モーラがウルズ様に攻撃を加えている。
ただ、その攻撃全てを受け流してウルズ様は涼しい顔だ。
ここでも格の違いを見せつけられているな。
やがて、ウルズ様は姿を消してしまった。
「二度と現れんな!このあばずれ!!」
そういった次の瞬間、モーラは盛大にフライパンみたいなもので尻をしばかれた。
何処から現れたんだ?
悲鳴を上げながらモーラはお尻を抑えて身もだえている。
みっともないなぁ。
ようやく落ち着いたのか、息を整えて立ち上がる。
「くそ!!もう!!油断も隙もないったらありゃしない。」
俺からすると、モーラの方が油断も隙もあったもんじゃないけどな。
「何よ、その目!」
いや、軽蔑の目だよ。
「私だって、大切な信徒を失いたくないんだよ。
悪いけど商売敵でもあるんだから、あれくらい当然だからね?」
いや、到底敵う相手には思えないけどなぁ。
「まあ、今回はイレギュラーだからすぐ退散するけど、あの教会の犬に情を移すのはやめなよ?
抱きたいなら、他の人間に処女奪わせてからにしなさい。」
なるべく表情に出さないようにしてたが、さすがにその言葉には耐えられなかった。
本当、最低な神様だ。
「何時までも、子供みたいだね。
まあ、私に任せてくれれば、女がどんなもんだか分からせてあげてもいいけど。」
……いや、結構です。
「畏れ多いことです。
私には到底耐えられません。」
絞り出すように言うのが精いっぱいだった。
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