8-1 仕事の提案
8章の始まりです。
久しぶりに支部長の執務室に来たけど、蒸し暑い。
季節が変わると印象も変わるものだ。
締め切った窓からはさんさんと日が注いで暑苦しい。
しかも、人がいるから湿度も上がる。
部屋にいる全員がじっとり汗ばんでしまっている。
特に後ろに控えてもらっているベネットにはフル装備をしてもらっているから辛いだろうな。
スノーウーズを入れたクッションを渡しているけど、それでも心配だ。
しかし、早く終わらせてほしい。
冷蔵庫、銃剣、自転車、ジュースにアイスキャンディ。
それに冷却クッションも悪くない商品だ。
冷蔵庫とそれに不対する商品や銃剣については販売実績も含めて支部長には資料を渡している。
使用料については利益の5%と良心的だ。
ギルドが使用料を徴収している商品が軒並み20%ほど取っていることから考えれば高いとは思えない。
だけどさっきから支部長は渋い顔だ。
「おい、ダーネン、さっさと決めてくれ。
俺らだって暇じゃないんだ。
お前にとっても利益しかないだろう?」
グラスコーはどこか楽しげだ。
あれだけ会うの嫌がってたくせに、支部長が渋い顔をしているのを見たら生き生きとしてやがる。
「いや、どういうつもりなのかなと思ってね。」
明らかに支部長は俺を見ている。
なんだろうか?
「まあ、いい。
君たちが発注する際には使用料を免除する。
この条項が気にくわないがね。」
そこまであからさまに言うか。
なんか以前と違って余裕が感じられない。
何か問題でも抱えてるんだろうか?
「それよりグラスコー君、われわれの融資受けてくれないかな?
年利5%で構わないんだが?
何であれば返済について5年間は利子のみでもいいよ。」
支部長の提案に今度はグラスコーが渋い顔をする。
「他に貸してやるべき相手がいるだろうがよ。
こっちの金は有り余ってんだ。
よそをあたれよ。」
支部長の狙いは、紙幣発行に伴うインフレへの対策だろう。
おそらく、紙幣が発行されれば物価は高騰する。
相対的に貨幣や紙幣の価値が目減りする。
その状態で金を持っているのはリスクが高い。
何処かに投資をして、資金を分散させないと怖いという事なんだよな。
多分。
でも、稼げないところに融資しても意味がない。
後々の局面では不良債権へと変貌する。
銀行としては経営が順調なところに貸し付けたいのは当然と言えば当然だ。
でもグラスコーからすれば、それは何のメリットもない。
今までのやり方で十分稼げるし、資金のめどが立っている。
むしろこちらが投資したいと思っているところだ。
実はそれについても提案があったりする。
出すべきか出さざるべきか。
しかし、熱いな。
窓を開けてほしい。;
「ヒロシ君、君は何のために来たんだい?」
支部長が俺を見とがめる。
「あー、いえ、窓を開けていただけないかなぁと思ってまして。」
呆れたように支部長は背もたれに寄りかかる。
だけど、それが合図みたいにメイドさんが窓を開けに行ってくれた。
やはり風が気持ちいい。
締め切ってたせいで空気が悪くなってたんだな。
とりあえず気持ちを切り替えよう。
「とりあえず、融資の話ですけど新しい融資先を作ればいいじゃないですか?
今回出した商品、割と横断的な商品が多いんです。
我々とダーネン支部長の銀行、それぞれが出資する形で工房を立ち上げませんか?」
実は各ギルドに話を持ち掛けて、これから親方になるつもりがある人を何人かピックアップしてもらっていた。
そのリストと、モーダルの不動産情報を添えて提出する。
支部長は訝しげに俺を見てくる。
出された資料を受け取りつつも、どこか俺を警戒しているように見えた。
いや、裏なんかなんもないんだけども。
「少し時間を貰えるかな。」
ようやく支部長が資料に目を落とし始める。
「おい、俺はそんな話聞いてないぞ?」
グラスコーが脇を突いて小声で耳打ちをしてくる。
「いや、すいません。
資料は昨日できたばっかりなんで、あとで見せます。」
俺はグラスコーに耳打ちをする。
「聞いた事もない職人ばかりだね。
こんなことでまともに製品はできるというのかね?
しかも、ナバラ家所有の土地ばかりじゃないか。」
文句を言いつつも、資料からは目を離していない。
「まあ、考え方は悪くないよ。
職能ギルドは以前から邪魔だとは感じていたし。
職人を一つに集めて仕事をさせるのはとても効率的だろうね。
出資比率は五分でいいのかな?」
俺は支部長の言葉を受けて、グラスコーを見る。
「お前がそれでいいなら、それでいいよ。」
投げやりだなぁ。
いや、まあ、ちゃんと資料見てないから判断できないか。
「では、こちらでも検討して返答させてもらうよ。
私の一存では決めかねるしね。」
まあ、そりゃそうだ。
俺は冷めたお茶を飲む。
「お前なぁ。
せめて俺には見せてからにしろよ。
心臓に悪いぜ。」
ギルド近くにある喫茶店で冷たい炭酸水でのどを潤しながら、グラスコーに資料を見せている。
資料自体は昨日できたばかりだけど、職人に聞いて回る話やギルドに出資してもらう話はしてたんだけどな。
初めて聞いたみたいな反応をされるのは心外だ。
「暑かったー」
ベネットがコートをしまい。
クッションを挟んでテーブルに突っ伏す。
ブラインドサイトゴーグルを外してあげて、眼鏡をかけてあげる。
注文していた眼鏡が今日やっと届いた。
やっぱり似合うな。
「いちゃついてんじゃねえよ。
まあ、やっぱり目玉になる様な職人はいねえな。
でも悪かない。
何人か顔見知りもいるし、上手くやってくれそうだな。
あっちの出方次第だけど、とりあえず合格だ。」
グラスコー的には満足なようで何よりだ。
下手にへそ曲げられたら困るもんな。
次からは注意しよう。
「あー、それとなんだっけ?
うちの印章を作るって話だったか。
それをがきんちょどもに着けさせるのはなかなか面白い話だけども。
どうすっかなぁ。
俺のうちは代々商人か漁師だ。
家の印なんてのもないから、作るとしたらイチから作らないとな。
なんかいいアイディアあるか?」
無いから相談したんだろうに。
「思いつかないですよ。
そもそも印章って文化になじみがないですから。
そういうデザインをしている人とかいないんですか?」
俺の言葉にグラスコーは首をひねる。
あるいは、サービスでそういうことを代行してくれるものがあっただろうか?
後で探しておこう。
ベネットがぼーっとしている。
大丈夫かな?
出してもらった炭酸水も手を付けていない。
その状態だと飲みにくいよなぁ。
確かストローを買ってたっけ。
こっちの世界だと葦の葉を使って、ジュースを飲んでたりすることもあるらしいから、ストローを使っても大丈夫だよな。
ストローを炭酸水のカップに差して、ベネットの口元に運ぶ。
ベネットが俺を見た後、ストローをくわえて炭酸水を飲み始めた。
「人が考えてやってんのにいちゃつきやがってよぉ。
まあいい、デザインについては後回しだ。
あとは、予定を早めて車を増やすかどうか、だな。
お前も車があった方がやりやすいだろ?」
それは確かにそうだ。
今はスクーターで移動しているけど、あれで大人数は移動できない。
出来れば、最低でも軽トラックは欲しいところだ。
でも、車を増やすという事は。
「人も増やすってことですよね?」
ずぞぞぞっとおっきな音が鳴る。
ベネットが炭酸水を飲み干したみたいだ。
思わず笑ってしまう。
「笑わないで!!」
体を起こして、ベネットがばしんばしんと俺を叩いてくる。
「ごめん。はい、お替り。」
ストローを俺のカップに差しなおして、差し出す。
「お前、それも作るか?」
グラスコーがストローを指さす。
「いや、別に葦の葉と変わらないですよ?
あと材料がウーズの皮だから、まだまだ数が足りません。」
実際にはプラスチックなわけだが、代用するとするならウーズの皮だろう。
棒か何かを指して伸ばして、それを焼けばそれらしい形にはなる。
でも、需要あるかな。
「んー、まあそういわれればそうか。
それと、人を増やすかどうかか。
まあ、そうだな。
二人位雇うか。」
どうやら目当ての人間が居そうだ。
「じゃあ、どういう車にするか考えておいてくださいね。
できればどういう形で動くのかも聞いておきたいですけど。」
腹案があるにせよ、なるべく早めに発注したい。
「そうだな。
一人は遺跡との往復。
それともう一人は俺と逆ルート、お前はちょっと王国内を巡って欲しい。
来年、トーラスを引き抜くならそれからでもいいかと思ってたんだが思ったよりも金が集まったからな。
ちょっと計画を前倒しだ。
それに、スカベンジャー飼うならブラックロータスは見ておいた方がいいだろうしな。」
飼うって言い方は気にくわないが、確かに遺跡の上に立つ街って言うのは気になる。
どんな場所だか一度は目にしておきたい。
不意にベネットが俺の足に自分の足を絡めてくる。
思わずベネットを見てしまった。
「とりあえず、ワンボックスがいいだろうな。
SUVでもいいんだろうが、走らせてみててオーバースペックに感じるしな。」
やばいやばい、グラスコーの話を聞き逃すところだった。
「分かりました。
台数は何台ですか?」
馬車を廃棄するのかは気になるところだ。
今は4匹ロバを飼っているけど馬車は1台が破壊されてしまい、2匹が余っている状態でもある。
エサ代もあるし、残りの馬車も破棄するならロバたちは牧場へ売らなくちゃいけないだろう。
引き取ってもらえるかちょっと不安だ。
「2台だな。
馬車で遺跡の往復をしてもらえばいいだろう。
1台はお前で運用してくれ。」
そうか。
短い距離だし、確かに馬車で十分だよな。
「分かりました。
とりあえず、見積もり取っておきます。」
とりあえず、前の車種でいいよな。
代金的にも問題ないとは思う。
「しかし、いちゃつくのはいいけどほどほどにしろよ?
ばれてないと思ってるのかもしれないけど、バレバレだかんな?」
そういうと、グラスコーは伝票を持って行ってしまった。
俺はベネットを睨む。
そっぽを向いて知らん顔をしてるけど、ずーっと足を絡めたままだ。
悪い子だ。
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