7-27 新居のための買い出し。
引っ越し直後っていろいろとワクワクしますよね。
部屋の掃除を手伝ってもらい、あとは家財を持ち込めばいい位にはなった。
やっぱり人手があると助かるな。
ちなみに、ベネットはコートを脱いで防具も外している恰好だ。
鎧下がズボンルックに見えなくもない。
作業するのに鎧を着たままじゃやりにくいしな。
窓を全開にしたので、あの埃っぽいじめじめした空気も払拭される。
昼飯を出店で済ませ、全員で街の武具屋に向かう。
取引先として武具屋を訪ねたことはあったけど、客としては初めてだ。
ディスプレイされている武器や防具というのはなかなかに新鮮に映る。
鍛冶ギルドが直営しているので、割と値段はお手頃だ。
お手頃って言っても、俺が卸値で買う値段よりは高いんだけども。
しかし、ジョンたちの予算じゃとても手が出ない代物が多い。
「これが5000ダールってなんだよ。
単なる髪飾りじゃん。」
ジョンが言うのも分かる。
でもこれ、魔法の品だ。
決してぼったくりじゃない。
「ジョン、これ、兜の代わりになる魔法の防具だよ。
高いのも当然。」
ノインはちゃんと文字が読めるので、品書きを見てため息をついていた。
しかし、どの程度の防御効果を見込めるんだろう。
他にも耳飾りや眼鏡型のものもある。
ベネットにプレゼントするならどれだろうか?
「ヒロシ、私じゃなくてジョンたちのを探してあげないと。」
ベネットに耳打ちされて、脇を突かれてしまう。
いや、忘れているわけではないけど、どうにも予算が少ないと選択肢が少ない。
一応だけど”鑑定”で見ていて、これはと思うものが無いわけでもないけど。
やっぱり若干高い。
「子供に着れるような防具って言うのが豊富って言うのは意外だね。」
何となく気になったので口にしてしまった。
「うん、傭兵で小さい子も結構いるからね。
戦うだけがお仕事じゃないし。」
若干ベネットの声が沈んでしまった。
「おかげで生き延びられるんだし、気にすることじゃないよ。
それにそういう子供はベネットさんのせいで戦場に行くわけじゃないし。」
鎧を体に当てたりしながら、ジョンがぼそりと呟いた。
こいつ、ベネットのファンなのか?
くそ、俺が失言したのを利用された気分だ。
「そうだね。」
ベネットも気がまぎれたのか、笑顔になった。
うむぅ、笑顔になってくれたのはうれしいが複雑な気分だ。
結局買ったのは、安めの皮鎧と武器だけだ。
ジョンは短剣、ノインは片手剣、それにナイフを補助に持つという形だ。
飛び道具も視野に入れたかっただろうけど、石を投げるスリングで我慢するという事で落ち着いた。
他にもロープやランタンは俺から買うことになっている。
ベーゼックはもともと防具や武器は所持しているので、今回改めて買うものはない。
当然これだけだと心もとないよな。
適当な喫茶店に入り、ジョンたちに飲み物を奢る。
「とりあえず、これで準備終了か?」
ジョンに尋ねてみる。
「あぁ、いつでも。」
後は馬車で連れて行ってもらえばいいくらいに思ってるんだろうな。
「まあ、当然俺もスポンサーだ。
遺跡に入る料金以外にも援助がある。」
最初は専用インベントリを渡そうかとも思ったが、それだとそれに慣れてしまった後が怖い。
だけど、生き延びてもらわないと困る。
「とりあえず、これだ。
着るときはなるべく目立つように頼む。」
3人にうちの紹介のロゴが入った防刃服を渡していく。
腕のところにでかでかとグラスコーの名前が見える。
「うわ、だせえ。」
仕方ないだろ、デザイン思いつかなかったんだから。
そもそもうちの商会でロゴって言っても名前くらいしかない。
なるべくそれらしいフォントを使ってるけど、さすがに紋章なんか思いつかなかった。
「防刃服って、僕たちが買った鎧の3倍くらいしますけど。」
ノインが疑わし気な目で見てくる。
「まだある。これも、なるべく目立つようにカッコよく食ってくれ。
見られてることをなるべく意識して欲しい。」
そういって、これまたロゴ入りの袋に非常食用の固焼きビスケットと糖衣チョコを詰め合わせも渡す。
他にもジョンたちが言っていた道具も詰め込んである。
ただ、ランタンはLEDランタンにしてあるし、寝袋も俺が扱っている商品を入れてある。
もちろん、それらもロゴ入りだ。
一つ一つ包装や外装に名前が入っているので目立つだろう。
「まじかよ。
飯食うのも寝るのもカッコつけろってのか?」
ジョンは頭を抱えた。
「当たり前だろ。
スポンサーになるんだから、宣伝に努めてくれ。
いやだったら、自費で買うんだな。」
ベーゼックはにやにや笑ってる。
「ジョン、これくらいなら我慢しよう。
命に係わる事なんだから、多少の辱めは甘んじて受けいれないと。」
辱めって、お前。
いや、恥ずかしいかもしれないか。
とはいえ、無料で渡すわけにもいかない。
金を出すなら、利益を求めないと駄目だ。
そのうちグラスコーには何かかっこいい紋章かなんかを掲げてもらって、それに切り替えていこう。
ジョンたちが立ち去り、ベネットと俺だけが取り残された。
ジョンとノインの装備品は、没収されるかもしれないからと俺が預かる。
しかしベーゼックはなんで始終にやにやしてたんだろうか?
「ヒロシ、何か不満でもあるの?」
頬杖をついた俺をベネットはのぞき込んでくる。
「いや、あそこまでダサいとか言わなくてもいいじゃんって思っただけ。
辱めとかまで言われるとは思ってもみなかったよ。」
ベネットは笑いをこらえるように震えている。
「なんだよ、ベネットもダサいとか思ったの?」
違う違うと手を横に振るけど、笑ってる。
「あのね。ちょっと子供っぽいとは思ったの。
青の旅団のバンダナみたいな感じだなって。」
あぁ、確かに似たような発想かもな。
「でも、名前がでかでかと張られてるのはちょっとね。」
どうせデザインセンスないよ。
俺はむくれてしまう。
「じゃあ、私のコートにはヒロシの名前を入れてみる?」
いや、それは……
何となく、ジョンたちの気持ちが分かった。
「まあ、でも、何も見返りもなしじゃ駄目なのも分かるからね。」
別に俺は気にしないんだけどな。
始終見張っているわけでもないし、隠されても気にはしない。
「それより、新居に荷物運び込まないと。
早くしないと、日が暮れちゃう。」
確かにその通りだ。
だらだらしてたら元の部屋で過ごさなくちゃいけなくなる。
ベネットの馬も移動させなくちゃだし、急いだほうがいいな。
買った家具とかも早く置きたいし。
「じゃあ、急ごうか。」
喫茶店の代金を支払い、自転車を取り出す。
「え?これって、前のスクーターって言うやつとは違うよね?」
そうか。
ベネットには見せたことなかった。
「あー、うん。
こっちは人力で走るんだ。」
考えてみるとサドルは狭いし、人を荷台に乗せるのはいまいちか。
「辻馬車で行こうか?」
ベネットの表情が微妙だ。
「乗ってみたい?」
幸いズボンをはいているから、自転車にまたがってもおかしくはない格好だ。
「乗れるかな?」
多分、すぐ慣れると思う。
「とりあえず、乗り方教えるよ。
もう一台あるから、乗れるならこれで移動してみよう。」
前から思ったけど、ベネットは好奇心旺盛だよなぁ。
新しいことにどんどんチャレンジするタイプだ。
しばらく後ろで押さえていたら、あっという間に乗りこなしてしまう。
元々バランス感覚に優れているから漕がなくてもぴたっと止まれる。
その上で、あえてバランスを崩すことで漕ぎやすくなることもすぐに理解してしまった。
教える手間が無いのはいいけど、もうちょっとこう。
いや、俺の願望を垂れ流すのはやめておかないと。
「結構速く走れるね。
楽しい。」
笑顔で笑ってくれて、俺としても満足だ。
「じゃあ、行こうか。」
二人で自転車をこいで移動なんて、男としかしたことないから俺も楽しくて仕方がない。
自転車の爽快感は、何とも言えない。
風が心地いいし、ぐんぐんと進んでいく感覚は馬に乗っている時と同じくらいだろう。
ただ、残念ながらこっちの方がより疲れる。
居留地と俺の部屋を往復するとさすがに息が上がる。
カールを荷台に乗せて、二人乗りだとさすがに疲れた。
マーナはリードをベネットに持ってもらい、楽しそうに走っていたけど追いつくのに苦労した。
「やっぱり水道があると便利だよね。
はい、お水。」
ありがとうとベネットが差し出してくれたグラスを受け取る。
ガラスの透明な奴だ。
見た目も涼しい。
水を飲み干し、一息ついた。
とりあえず、リビングにソファを出そう。
「はぁ、つかれたー!!」
俺はソファに体を投げ出した。
「あともう少しだから頑張ろう?」
ベネットが横に腰かけてきて、頭を撫でてくれる。
「うん、ちょっと休憩したらすぐ家具とかベッドを運ぶから。」
見ればカールは床に座ってる。
「ごめん、カール。
クッション使っていいから。」
3人掛けだし別にソファに座ってもいいんだけどな。
クッションを取り出して手渡す。
しかし、広いなぁ。
3人と一匹だと持て余しそうに思うのは、家具を設置してないからだろうか?
照明もつけないとな。
……よしやるか。
”収納”のおかげで大荷物でもそれほど苦労はしない。
照明はLED蛍光灯に給電サービスから直接電気を供給している。
シーリングファン付きだから、早速回しておいた。
備え付けのシャンデリアはインベントリにしまっておいた。
ガラス製のお高いものだから、傷つけないようにしないと。
カーテンやテーブル、食器棚や小物入れを配置し、服を備え付けのクローゼットに納めていく。
と言っても、俺のものは殆どない。
ベネットの服が大半だ。
こうしてみると、いろんな服があるよな。
下着も……
下着なぁ。
ブラジャーというか、胸当てはあるんだよなぁ。
「ヒロシ、何見てるの?」
しばらく見つめ合ってしまう。
「すいませんでした。」
少々デリカシーがなかったかもしれない。
いや、下着事情は気になっていたところではある。
とはいえ、男の俺があれこれ口を出すわけにもいかない。
ちなみに男はパンツというか、ズボンの下にズボンを履くみたいな下着はある。
それを何着か俺も使ってるけど、肌触りはお察しなんだよなぁ。
まあ、そこら辺はあとで考えよう。
しっかし、風が気持ちいいなぁ。
やっぱり日本とは気候が違うから、じめじめしなくて快適だ。
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