7-26 幽霊屋敷の大掃除。
物理的に排除できるなら、そりゃ幽霊も怖くないですよね。
日を改めて、家の掃除を始める。
例の幽霊屋敷の幽霊退治だ。
賃貸契約は既に大家さんと結んでいる。
だから荷物を移せばいつでも生活が可能で、後は厄介者を追い出すだけだ。
「ヒロシ、これでいいかい?」
ベーゼックが家の周りに聖水を撒いてくれて戻ってきた。
ジョンとノインもいる。
何かの参考になるかもしれないという事で、見学をさせてほしいと言われたのだ。
まあ、非実体の敵って言うのが珍しいのは確かだな。
「ヒロシ、準備いい?」
完全武装のベネットが声をかけてくる。
ディスプレイスメントコートにブラインドサイトゴーグルを着用し、アームガードやレッグガードを身に着けている。
なんか滅茶苦茶かっこいい。
まあ、非実体の相手には鎧が有効ではないから、必要ないんだけど何となくお願いして着てもらった。
ブラインドサイトゴーグルは非実体の相手も見つけられるから意味が無いわけではないし。
俺の方は、普通に防刃服しか身に着けてないけど幽霊相手にはこれで十分だろう。
武器は二人とも短剣を身に着けている。
「幽霊相手に剣なんか通じるのかよ?」
ジョンは当然の疑問を口にする。
一応、非実体の相手にも魔法の武器ならば半分くらいの確率で攻撃を当てることは可能だ。
でも、俺が持っている短剣は魔法の短剣ではない。
これだとかすりもしないわけだが。
「もちろん、そこは考えてるよ。
このカプセルを潰せば《触霊》の効果を一時的に付与させることが出来るんだ。」
これなら、魔法の武器を用意するよりも安上がりだ。
こういう道具があると教えるのも今回の目的の一つではあった。
「へぇ、こういうのって他にもあるのか?」
ジョンは珍しそうにカプセルを眺める。
「あるわよ?炎をまとわせたり冷たい冷気をまとわせるものもあって、複数同時に潰すと面白いことになるの。」
どうやらベネットはこれについて知っていた様子だ。
ゲーム的には、ダメージが追加されるだけなんだけど、炎と冷気が同時に発生したらどうなるんだろうか?
物理現象としては、相殺されるだけに思えるんだけども。
面白いという事は、違う結果になるんだろうなぁ。
「兜はかぶらないんですか?」
ノインがとがめるような感じで聞いてくる。
そういわれるとそうだなぁ。
普段ベネットが兜をかぶっている姿を見たことがない。
「さすがに戦場では被るけれど、警備や護衛の時はかぶらないかなぁ。
あれ、意外と視界が制限されるから斥候の人は戦場でもかぶらない人が多いわ。」
なるほど。
まあ、スクーターに乗るときにかぶせたハーフヘルメットくらいなら視界の邪魔にはならないとは思うけど。
流石にフルフェイスだとうっとおしいかもしれない。
まあ何より、頭に何かかぶるのは意外と苦痛な部分もあるしな。
でも、頭がむき出しだとやっぱり危険かもしれない。
ちょっと考えておかないとな。
掃除が終わったら、ジョンたちは武器や防具を見に行くと言っていたし、俺も一緒についていこう。
「とりあえず、あとは中で話そう。
ジョンたちは窓を開けて行ってくれ。」
そういいながら、家の中に足を進める。
前回はお香で散らしていたけど、今回は逆に閉じ込める形になっている。
何やらよく分からないことをつぶやきながら、黒い影がうぞうぞと蠢いていた。
”鑑定”からすれば囁くもので間違いないようだ。
俺が短剣を構える前にベネットが駆け出して、その影を撃ち払うように短剣を躍らせる。
それに続くように、俺も歩みを進め、ベネットの後ろを襲おうとするやつらを切りつけた。
どうやら、相手は《触霊》を想定していなかったらしく、あっさりと攻撃を当てることができる。
数はどのくらいだろうか?
割と多かった気がする。
触れられると、生気を吸われたり囁き声を聞き続けると気が狂ったりとなかなか厄介な相手なので躊躇している暇がなかった。
ゴーストと違い、囁くものは再度出現したりもしないので、あと腐れがなくていい。
呟いていることも生き物への恨み言だし、ちょっと妥協できない。
各部屋を回り、最後に地下室を残すのみとなった。
時間にすると10分くらいの出来事なので、あっという間と感じてるだろうな。
「ベネットさんかっこいい。」
ジョンがそういうと、ノインは不満顔だ。
そういえば、ノインの”鑑定”がまだだったなぁ。
”鑑定”しておくか。
お、レベル2で剣の才能持ちか。
筋力が剣士としてはやや貧弱だけど、他の能力値はそれなりに高い。
成長されると厄介な相手だなぁ。
そもそも、比較対象がベネットだから筋力が低いと言ってしまっているが、並みの大人以上の力を持っていることを示している。
大人になれば、そこから伸びていくだろうから下手すると俺が力負けする可能性もあるな。
「なんですか?
前も言いましたけど、何もしないですよ。」
どうやら、俺がノインを見ているのを警戒しているととらえたようだ。
まあ、実際警戒はしてるけどな。
「いや、何でもない。」
俺は目をそらす。
なんか、ビビってるみたいで情けないな。
「一つ質問していいですか?
答えたくなければ結構ですけど、ヒロシさんの獲物って普段から短剣なんですか?」
なんだ、剣の才能持ちから見たら下手糞だとでも言いたいのかな?
いや、まあ実際上手に扱えてなかったかもしれないけど。
「いや、そもそも俺は商人だし、武器なんてめったに扱わないよ。
槍にはそこそこ自信がついてきたけど、短剣は初めてだ。」
嘘つくなよとベーゼックが口を挟んでくる。
「私を散々打ち負かしたくせに、何がそこそこだよ。
あれから大分鍛錬を積んだんだろ?
でも、私も短剣を使っているのには疑問だな。」
俺はベネットと顔を見合わせてしまった。
「そりゃ、部屋を傷つけたくないから。
壊してもいいなら、槍でも何でも使うけど、狭いところじゃ不向きだろ?」
俺の言葉にベネットも頷く。
「私も大剣を普段は使うけど、室内戦なら短剣や短槍、せいぜい片手剣くらいじゃないと扱いづらいかな。
馬上では、長い方が有利だし大剣を使うけれど。」
まあ、ゲームならどんな時でも同じ武器を使うというのが普通だけど、現実じゃそううまくはいかない。
アクションゲームやグラフィックが綺麗なゲームでも、よく見れば壁や床に武器がめり込んでいるのが普通だ。
あるいは、あれらは構造物すら叩き切っているのかもしれないけど、そうだとしても住む家の中では扱いたくはないかな。
「参考になりました。」
ノインは、ぶっきらぼうに礼を言う。
まあ、わだかまりがあるのは仕方ないよな。
俺だってある。
「じゃあ、最後の部屋に行きましょうか?
何もいないといいけど。」
そういいながらベネットが階段を下りて行ってしまう。
いやいや、俺が先頭に行かないでどうする。
「ベネット、待って俺が先に行くから。」
何とか、狭い階段で入れ替わり、先に地下室へと降りていく。
排水設備があり、地下に汚水を流す構造になっている。
浄化のためにゼラチンブロブというのを入れている水槽があるけど、臭いはあまりよくない。
引っ越したら、納豆キナーゼ入りのブロックでもぶち込んでおこうかな。
暗いのでLEDランタンを灯していたけど、階段の先に何かいるのが分かる。
明るい光すらも飲み込む闇がわだかまり、狼のような姿が見えた。
影狼は割とレベルが高い、非実体の化け物だ。
いわゆるアンデットでもあるから生きているものには深い恨みを抱いている。
その割に笑っているように見えるのは気のせいだろうか。
ともかく、見ていても埒が明かない。
俺はLEDランタンを投げこみ、短剣を引き抜いてカプセルを潰した。
体ごとぶつかるように剣を突き出すが、あっさりと避けられる。
ここら辺、使い慣れてないせいもあるけど明らかに相手の俊敏性に追いつけていない。
でも、ベネットが下りるスペースは確保できた。
俺が横によけると階段をジャンプして、ベネットが躍り込んでくる。
そこに鉤爪を影狼は走らせた。
だが、一瞬ふわりとベネットの動きが緩み、その攻撃は外れる。
《軟着陸》のうまい使い方だ。
かと思えば、ベネットは天井を蹴り、一瞬のうちに影狼との距離を縮めて、数回の斬撃を影狼に叩きこんでしまう。
やっぱりベネットは強いな。
隙を付いて、俺も影狼に深々と剣を突き刺した。
実体がないはずの体を着実に剣がとらえている。
振り向きざまに鉤爪が俺に迫ってくる。
何とか、それを短剣で受け止めた。
軽い。
受け止められるから、衝撃もすごいのかと思えばそうでもなかった。
まあ、レベル差を考えれば楽勝ではあるはずだ。
緊張感がなくなるのはしょうがないよな。
一方的に斬撃を叩きこみ、影狼は雲を散らすように消えてしまった。
終わってしまえばあっさりしたもんだな。
「なんかさ、ヒロシたちの方がスカベンジャー向いてんじゃねえの?」
ジョンは何やら不満気だ。
「別に普通の商売で儲かってるんだから、俺が危険を冒す必要はないだろ。
今回は自分たちが住む場所だったから、ちゃんと対策を立てて対処しただけだぞ。」
そもそも構造も事前に調べていた。
最後の影狼は想定外だったけど、一番厄介であろう要素の非実体という部分は事前に建てた対策の延長でどうにかなる問題だった。
レベルもそこまで高くなかったし。
やはり、何があるか分からないスカベンジャーとは違う。
「そういわれればそうだけどさ。
実力の違いを見せつけられると自信無くしそう。」
まあ、ジョンの気持ちも分かる。
あれだけ鮮やかな戦い方を見せつけられると、自分で強くなる必要性あるのかなって感じちゃうよな。
そういえば、影狼を倒したところでレベルアップしたな。
思ってたよりもあっさりレベルアップしてしまった。
もしかして、経験値に補正でもついてるんだろうか?
強さが欲しくないかと言えば、そんなこともないけど、持て余すような気もするなぁ。
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