7-22 子供相手に情けない。
前半は情けない大人
後半は特許公開と紙幣のお話です。
俺は少年と対峙している。
ジョンが連れてきたノインという子だ。
まさか、件の騎士の息子だとは思ってもみなかった。
ベネットには事務所の奥に行ってもらっている。
いきなり襲い掛かってくるという事ではないので、じっと睨み合っている状態だ。
ベーゼックもジョンも困惑気味だ。
そりゃなぁ。
事情が分からなかったら、俺は単なる大人げないおっさんだよ。
「まさか、あなたがスポンサーだなんて思いもしませんでしたよ。」
少し怯えたようにノインは俺を見ている。
「そちらから辞退してくれると助かるんだけどね。」
言ってみれば、ノインの仇をかくまう相手だ。
素直に考えれば立ち去るのが当然だろう。
「待てよ。
事情は聴いたよ。
その、あの……ベネットさんが、ノインの父さんを殺したんだってな……」
ジョンはベネットを見て、銀髪の剣姫と呟いていたな。
やっぱり顔隠さないとだよなぁ。
有名になりすぎ。
流石に、ブラインドサイトゴーグルは暑苦しいし、眼鏡でも買うか。
「俺も父さんが殺されたのは聞いてたけど、ベネットさんがその相手だとは知らなかったんだ。
しかもまさかばったり出くわすと思ってもみなかった。
それは分かるだろ?」
まあ、そうだろうな。
ジョンには話してなかったし。
偶然であるのは理解している。
悪意があったわけじゃないのは、分かってはいる。
問題はノインがどう考えているかだ。
「とりあえず、君はまだ復讐を考えているのか?」
ベーゼックが口を挟んできた。
いや、この段階で復讐をあきらめましたと言われても信用できるわけないだろ。
「僕が復讐するつもりがないって言っても信じてもらえませんよ。
諦めます。
ごめん、ジョン。」
ノインは、素直に立ち去ってくれるようだ。
申し訳ないが、これで一件落着だな。
「ちょっと待てよ。
お前だって、母さんのために頑張りたいとか言ってただろ?
あれ、嘘じゃないんだろ?」
ジョンがノインの腕をつかんで引き留めてしまう。
「どうなんだよ。」
ジョンはノインに問いただす。
「嘘じゃないけど……
別の方法を探すよ。」
別の方法か。
なら仕事を斡旋してもいい。
近づかないでくれ。
「なら、俺はお前とスカベンジャーやるわ。
ヒロシの援助は受けない。
なあ、坊さんはどうするんだ?
ヒロシがかかわらなきゃ、俺たちにつく必要はないよな?」
待て待て待て待て。
いくらなんでもそれはないだろう。
「ジョン、俺はお前のスポンサーになるって約束しただろう?
そこを曲げるつもりはないぞ?」
まさか、ほったらかしにはできない。
どんな人でなしだ。
「じゃあ、ノインを信用するか?」
それとこれとは別だ。
でも、妥協案を出すべきだな。
「ジョン、必ずノインが俺のところに来るときは、お前がついて来い。
もし一人で来たら、ノインを……
その、なんだ。
な、殴る?」
ジョンは呆れた顔をする。
「それでいいならいいけどよ。
そこは、殺すじゃねえの?」
いや、だって。
可哀そうじゃん。
お母さんのために頑張りたいとか、父親の仇を討ちたいとか、気持ちは分かるんだよ。
ただ問題は、その仇って言うのがベネットという事だ。
「人のこと軟弱とか言って、あなたの方こそ軟弱じゃないですか。」
む、むかつくなぁ。
こちとらスポンサー様だぞ!!
「ヒロシ、君の負けだよ。
先に折れたらおしまい。」
ベーゼックは俺の肩を叩きながら、ため息をつく。
「言っておきます。
僕は、母さんと約束しました。
父さんの名を汚さない。
だから、復讐はあきらめました。
信じる信じないはお任せします。
ご自由に。」
ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
「母親に誓いを立てたなら、それを汚すなよ。
その、信用はしないが、ジョンが組むって言うならこれ以上口出しはしない。
それでいいだろう?」
なんだか、情けないなぁ。
いい年した大人が、子供に振り回されてる。
いやまあ、所詮俺なんてこの程度だよなぁ。
あぁもう、本当に泣きたい。
とりあえず、今日は解散という事で帰ってもらった。
後日、全員を馬車で遺跡まで送ることや、装備を渡すことを約束した。
一応、予算を聞いてはいるけど、本当これで遺跡探索が出来るんだろうか?
ちょっと不安だ。
話が終わり、俺がぐったりと事務所のソファに持たれかかる。
ベネットが後ろから抱き着いてくる。
「ごめん。」
なんか、それ以上何も言えない。
「大丈夫。大丈夫だから。」
ベネットに頭を撫でてもらい、なんだか恥ずかしくなってくる。
「私があの子に殺されるとするなら、私が本当に悪いことをした時だと思う。
だからね、ヒロシ。
私を導いて。正しい私でいられるように、優しいあなたが導いて。」
優しいんじゃなくて、ノインの言うとおり俺は軟弱なだけなんだよなぁ。
外から車の音が響いてくる。
どうやらグラスコーのご帰宅らしい。
事務所に直接来たらしく景気よく扉が開かれる。
「いやー、そろそろ夏だなぁ。
日差しで殺されそうだぜ。
なんだヒロシ、いちゃついてる割にしけた顔しやがって。」
グラスコーは向かいのソファに身を投げ出すように座る。
「いろいろあったんですよ。
そこも含めて話をしませんか?」
とりあえず、後ろから抱き着かれてるのはうれしいけど、ベネットも疲れるだろう。
ぽんぽんと俺の隣を叩く。
ベネットは気が付いてくれたようで、ちゃんと姿勢を正して、隣に座ってくれた。
とりあえず、現状のベネットの立場。
ジョンのグループに関する話。
警備について、商品の開示について順を追って説明をした。
商品の開示についてはしかめっ面になるが、話を遮っては来ない。
「まあ、とりあえず冷蔵庫の売り上げは順調ですけど、まじめに生産が追い付いてません。
うちで工房を抱えられるなら話は変わってくるんでしょうけど。
体制を整えるのにも時間はかかると思いますし、金もかかります。
グラスコーさんの考え次第ですけど、俺としては、やはり開示する方がいいと思ってますけど、どうですか?」
グラスコーは、俺の提出した書類をテーブルに投げ出す。
「いいよ、別に文句はねえ。
ただ、ダーネンに会うのが嫌なだけだ。
でも、会わなくちゃ舐められるしな。」
拒否されるかと思ったけど、納得してくれたみたいだな。
「それと合わせて、工房をどうするかだな。
職人集めて、アレストラばあさんの所みたいにやるのが、一番いいんだろうが。
いっそ、アレストラばあさんの工房買い上げるか?」
無茶を言う。
あれだけの技術者が揃ってる工房を買うなんて、いくらかかると思ってるんだろうか?
まず、そもそもアレストラばあさんが首を縦に振らないだろう。
株式会社なら、株式を買って自分の傘下に収めるという事も仕組みとしては可能だ。
だけど、この世界に株式という概念はない。
いや、株はあるけど、どっちかというとそれはギャンブルみたいなものだ。
船便投資の株で、儲かれば配当がもらえるし沈めば全部を失う。
当然、分散投資されるわけだけども、運悪く全部大赤字という事もあり得る。
代表権やら役員選出なんて仕組みはない。
金で押さえられるのは設備と場所くらいなものだ。
「とりあえず、工房が欲しいというのは理解できますけどね。
いきなりは、とりあえず無理なのはグラスコーさんの方が分かってるんじゃないですか?」
そういうとグラスコーは渋い顔をする。
「何人かに声をかけてみたが、やっぱり信用が足りないな。
すげなくお断りの連続でへこみそうだぜ。」
それなりに動いてはいたんだなぁ。
確かに、製品の公開の話をしている以上、それをしたくないなら生産体制を自前で抱えられるという解決方法しかない。
「しかし、ベネットの髪は何だ?
あのドラゴンにでもあやかってんのか?
えーっと、ラウレーネだったか。」
確かに言われてみればラウレーネの鱗の色に似ているかも。
しかし、グラスコーはどこで出会ったんだろうか?
旅の途中で見物でもしたのかな?
「なんだか知らないけど、俺が染めてあげたらこうなりました。
地味な染料を使ったはずなんですけど。」
そういうと、ベネットは恥ずかしそうに自分の髪をいじり始める。
「まあ、護衛代は浮くし、こっちとしては文句はないけどな。
あぁ、そうだ。
イレーネ悪かったな。
ヒロシから連絡来るまですっかり忘れてたわ。
しかし、金庫が破裂しそうってのは本当なのか?」
グラスコーとしても、ここまで資金が集まるのは初めての経験だったらしく困惑気味だ。
「いえ、私もここまで急速に資金が集まるとは思ってもみませんでした。
提案が遅れて申し訳ありません。
さすがに金庫が破裂するというのは比喩表現ですが、期日が来る証書の処理を全て済ませてしまうと、貨幣を納めておくことは難しくなってきます。
もう一台、金庫を購入していただくか、銀行に預けておく方が無難でしょう。
ただ、銀行からは逆に融資のお誘いがあるのですが、私には判断がつきかねているので保留させていただいています。
いかがされますか?」
イレーネの言葉にグラスコーは不快感をあらわにする。
「あの野郎。
金がねえ時はさっさと返せと言ってくるくせに、金が余ってきたら金を貸そうとしやがる。
なるべく借金はしない方向で頼むわ。
むしろ、こっちが銀行作ってやろうか?
いや経験者が居ねえから、難しいか。」
グラスコーは知り合いの商人などに小口の融資は行っているが、やはり金融業と言えるほどの活動はしていない。
焦げ付きや債務者が逃げるなんて言うのもしょっちゅうらしいので、やはりそこら辺のプロとはどうしても見劣りがしてしまう。
まあ、俺が預かれば単なる数字になってしまうわけだけども、むしろそれはそれで恐ろしい。
ちらりとセレンを見てしまう。
モーラ様からも注意を受けたけど、少なくとも俺の能力が消える可能性が確実にあるという事を考えると保険を打っといた方がいいよな。
「まあ、銀行に預けちまうのが一番無難だな。
一応利子も付くし。
金庫に収まらなくなったら半分は預けるようにしよう。
こいつが出回ってくれればもうちょい楽になるんだがな。」
グラスコーがサンプルの紙幣を取り出して弾く。
王の裁可がまだなので発行されてない。だから何の価値もない紙切れに過ぎない。
いちおう、額面部分が薄い金属膜で作られておりウーズの皮で作った皮膜で覆われている。
偽造防止のためにアレストラばあさんが考えた技術だ。
こっそり通し番号が金属に刻まれている。
もちろん見えるところにも同じ番号があるわけだけども、そっちを真似しただけだとすぐばれる仕組みだ。
額面は最高額で1万ダール、つまり金貨100枚分が最高額になる。
そう考えると大分圧縮できるよな。
まあ、インフレが起こりそうで怖いとも思う。
これについて、判断を迫られている王様は可哀そうだよなぁ。
軽々しく裁可できないのも頷ける。
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