7-13 四の五の言ってる場合じゃない。
復讐そのものはあっさりと終わりました。
さてその後は?
今まで故意に”鑑定”に関しては避けていた。
なんだか、人のプライバシーをみだりに侵しているようで嫌だったからだ。
でももう、そんなことを四の五の言うつもりはない。
彼女の居場所を知りたい。
彼女のハンカチを”鑑定”する。
当然、出生地や所在地の場所が座標も含めて表示される。
だが、俺が欲しいのは現在位置だ。
電子音が響き、”鑑定”のレベルが上がったことを知らせてくれる。
そして、同時に現在位置が表示された。
「ベネットさんが、依頼を受けたのはいつですか?」
「昨日です。」
「分かりました。ここにいます。
俺は先行しますので、準備ができ次第バックアップよろしくお願いします。」
手短に受け答えを済ませて俺は急いで外に出る。
同時に、スクーターを取り出して飛び乗った。
今更他人に見られたらとか、そんな下らないことなんかどうでもよかった。
まだ、彼女は生きている。
ステータス表示はリアルタイムで変化していた。
彼女が傷つき、様々なバットステータスが表示されていく。
気が気じゃない。
今まで全力でスクーターを走らせたことはないが、あまりに遅くてイラつく。
なんでバイクを買わなかったのだろう。
乗ったことがないからと諦めていたが、あまりの遅さに泣けてくる。
結局、現場近くまで1時間以上掛かってしまった。
途中、殺された男女と、ひどく損傷した少女の遺体を発見する。
ぞっとした。
あまりのむごたらしさに吐き気がしてくる。
彼らに触れて、その最後を確認した。
どうやらドライダルの手下に利用されていたのは分かる。
少女を人質に取られて、仕方なく従っていた様子だ。
だが、その人質はもっとも陰惨な最期を迎えていた。
ベネットの居場所はこの近くだ。
ここからは、慎重に向かわないとまずい。
相手は6人。
俺一人で勝てるだろうか?
ともかく、スクーターをしまい、《透明化》をかける。
なるべく、音を立てないように茂みをかき分けていく。
ある程度距離を詰めて《魔法の目》を飛ばし、近づかずに様子を探る。
ベネットの反応は、その奥にある山小屋からだと分かった。
男が5人、酒を飲みながらたむろしている。
楽しげに人を殺したことを笑い話にしているのがむかつく。
特に少女やベネットに対する暴行については、聞くに堪えない。
俺は、《魔法の目》で小屋の中を覗いた。
酷く殴りつけられ、折れた腕を縄で縛り上げられたベネットが目に飛び込んでくる。
頭の中が真っ白になりそうだ。
今すぐ飛び込みたい気持ちだが、そういうわけにもいかない。
冷静に男たちやドライダルを”鑑定”していった。
大したレベルじゃない。
だが、伏兵がいる可能性だってある。
うかつには飛び込めない。
周囲を《魔法の目》でくまなく探索した。
おそらくは、あれで全員のようだ。
ぱんぱんっと、乾いた音が響く。
俺はそれが銃声であることが分かった。
咄嗟に閃光手榴弾を投げ込む。
こんな時のために事前に買いこんだ代物だ。
《完全透明化》を掛けなおし、目を潰されてうめく男たちにナイフでとどめを刺していく。
邪魔をされないため、手早く、確実に。
一瞬、罪悪感に襲われたが躊躇う余裕なんかなかった。
ベネットのHPが0を下回ったからだ。
小屋の扉を蹴破る。
「ベネット!!」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
姿を現しても、彼女は細かな痙攣をするだけで俺を見ていない。
胸に深々とスティリットが突き刺さっている。
彼女の手元近くに、拳銃が転がっていた。
顔は蒼白で、とても生きているようには見えない。
だが、まだ死んではいない。
胸の傷を凍らせ、これ以上出血させないようにしてスティリットを引き抜く。
そして、《致命傷治癒》のポーションを震えを抑えながら口元に運ぶ。
なんで経口摂取なんて言う制約のある欠陥品しかないんだ。
どんどん抱きしめたベネットの体が冷たくなっていく。
俺は、ポーションを口に含んで、彼女の唇を開かせて流し込んだ。
間に合った。
どうにか呼吸を再開してくれたのを感じる。
温かみが徐々に増していく。
よかったと心底思った。
ほっと溜息をつき、落ち着いたところで、俺はふと気が付いた。
インベントリに移してもよかったんじゃないだろうか?
確か非活性状態で人体をしまうことはできたはずだ。
力が抜ける。
ともかく、助けられたんだから、細かいことは気にしないことにしよう。
改めて、状況を確認する。
「ヒロ……シ……」
ベネットは意識を取り戻したのか、震える唇でささやく。
どうやら麻痺毒で、まだ痺れている様子だ。
よほど強力な毒を使われたらしい。
解毒剤を用意する。
「飲める?」
そっと口元に錠剤を運んだ。
彼女はそれを口に含み、飲み下す。
その間、俺はドライダルの状態を確認する。
拳銃の弾を数発腹に喰らったらしく、血が噴き出していた。
背中へと貫通してるのか寄りかかった壁にドライダルの血と肉片も飛び散っている。
多分助からないだろうな。
それでも、まだ息がある。
「畜生……どこに隠し持ってやがった……そんなもん……」
ドライダルが恨み言のようにつぶやく。
ベネットの足元を見れば、肩掛けバッグが足元に引っかかってた。
どうやら中身は何もないと判断して乱雑に放置していたらしい。
少しでも触れていれば、中身を取り出せるんだなと俺は少し驚いた。
まあ、ベネットも必死だったんだろう。
結果としてよかったのか悪かったのか。
いや、間に合ったんだから、よかったという事にしよう。
俺はベネットの腕を縛るロープを外した。
支えていないと、まだベネットは倒れてしまいそうだ。
背中を支える。
そして、拳銃を手に取った。
今すぐドライダルに残弾をぶち込んでやりたかった。
ベネットの痛々しい姿を見れば、何をされたか分かる。
許せない。
「……なあ、頼むよ。
……助けてくれ。
俺にだって妹がいるんだ。」
情けない声で命乞いをしてくる。
「そうか妹がいるのか。
それで?」
何の関係がある。
もし仇討ちをしてくるなら、返り討ちにするまでだ。
お前だってそのつもりだっただろう?
「可哀そうだと思わないか?
俺しか親族はいないんだぞ!!
だから……
頼む、命だけは……」
俺はベネットの手に拳銃を握らせた。
「ちっとも可哀そうだとは思わないし、妹さんも清々するんじゃないか?
それと、決めるのは俺じゃない。」
ゆっくりとベネットが震える腕を持ち上げる。
ぶるぶると震えて痛々しい。
そっと俺も手を添えた。
「この人でなし!!地獄に落ちろ!!」
ドライダルの叫び声と同時に銃声が響き渡った。
眉間に綺麗に穴が開く。
「……あっけない。あっけないね、ヒロシ。」
ベネットの腕から力が抜ける。
不安になってしまうが、バットステータスや能力値ダメージがあるだけで、命には別条がない。
全てが終わり力が抜けたんだろうな。
俺はベネットを背負って、来た道を戻る。
思ってたよりもモーダルから離れていた。
考えてみれば、スクーターを全速力で飛ばしたんだからそりゃ結構な距離になるよな。
ベネットをインベントリに納めてしまえばスクーターが使えるんだけども、とてもそうする気分じゃなかった。
彼女の重みが無かったら、俺は消えてなくなってしまいそうだ。
今回は助けられたからよかったけど、もし次こんなことが起こったとしたら、とても生きていける気がしない。
本当にそうかなと思う自分もいる。
例え何を失ったとしても、人は生きてしまえるものだ。
どんな悲しいことがあっても、お腹は空くし眠くなる。
疲れれば不平を言い、楽しいことがあれば笑うことができる。
ベネットを好きだと言っているが、本当に俺は彼女を愛しているだろうか。
いや、愛してる。
一時の気の迷いだろうが何だろうが、俺は彼女が好きだし、愛してる。
彼女の重みが、彼女の鼓動がとてもいとおしいんだ。
失いたくなんかない。
「ヒロシ!!無事かい!!」
馬車に乗った一団がやってくる。
先頭にはトーラスが居た。
「無事とは言い難いです。
言っていた場所の近くに、おそらく依頼者の夫婦、それに娘さんかな。
ひどい状態で放置してしまいました。
それと、今回の誘拐を計画してたであろう人間は全て殺してしまいました。
ベネットもひどい状態です。」
考えてみれば証言者を一人も生かしてない。
一人くらい生かしておくべきだったな。
「そうか。
じゃあ、後始末は僕たちがするから、馬車に乗りなよ。
送らせるから。」
少し迷ったが、夜も更けてきた。
素直に乗せてもらおう。
実際くたくただ。
クッションを引いてベネットを横たわらせ、俺はそこの横に座る。
彼女が俺の手を握ってきたから、握り返す。
それで落ち着くのか、寝息を立て始めた。
馬車の揺れで俺も寝てしまいそうだ。
まだ、考えなくちゃいけないことがある。
ベネットの今後のことだ。
彼女が傭兵を続ける理由はもうないと俺は思う。
だとするなら、彼女への依頼はすべて取り下げてもらわないといけないだろう。
あるいは、こんな事態になっていなかったならこんなことは考えなかったかもしれない。
順調に依頼をこなしていってもらい、円満に引退してもらう。
そういう形でもよかった。
でも、ここまでボロボロになった状態で仕事を続けさせたくはない。
もし、それでも仕事を続けさせるというなら俺も覚悟を決めないといけないだろう。
戦う覚悟があるのかと言われればないが逃げる算段なら付けられる。
なんにせよ、丸く収まってくれるのが最善だ。
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