7-1 観光にはいい季節だ。
新章です。
夏の港町というと観光客が多いイメージです。
大分日差しが強くなった。
ドラゴンに襲われて、別のドラゴンに謁見するという貴重な体験から二ヶ月もたったのだから、そりゃ気候も変わるというものだ。
すっかり街も落ち着いてドラゴン騒動の波紋は終息したと言っていいと思う。
グラスコーはまだ旅の空の下で、おれも二週間程度の旅を繰り返し、この間ようやくこの国の首都にまで到達した。
ラウゴール男爵からもらった地図は非常に有益で、迷いそうになる度にお世話になっている。
意外と地図だけで現在位置を把握するのって難しい。
とはいえ、地図がなければ首都まで到達するのに、もっと時間がかかったことだろう。
カーナビみたいに進行方向を表示して欲しいとか思うのは、贅沢というものだ。
しかし、さすがに首都は辺境にあたるモーダルと違って多くの人でごった返していた。
正確な人口は分からないけれど、少なくともモーダルの10倍以上は人がいたんじゃないだろうか?
これが馬車の時代が過ぎて自動車の時代になっていけば、もっと首都に人が集中していくんだろうな。
興味深いのは、紙幣の発行の奏上が行われたという噂だ。
まあ、俺は噂ではなくて、事実だというのは知っている。
紙幣について、どのように偽造防止をするのかという話が俺の方にも流れてきたからだ。
ファビウス翁から手紙が来て、アレストラばあさんに相談し、いくつかの案をまとめて何度か会議に参加させてもらった。
関係しているのは、ファビウス翁の上司であるバウモント伯、モーダルに隣接し影響力も強いアライアス伯、そして学術院でもっとも権力を持つビシャバール侯爵が主導していた。
他にも数多くの男爵が名を連ねていたけど、末席の自分には誰が誰だかさっぱりだった。
ラウレーネが嫌がっていた理由がよくわかる。
ともかく、何かをまとめようとすると恫喝や脅迫なんて言うのは序の口で、暗殺くらいは平然と起こった。
あくまでも病死として扱われた事件が2,3件あって、背筋が凍る思いだ。
流石に戦争にまで発展する前に手打ちがなされたので、表向きはとても平和に上奏案がまとまり、会議は終了した。
当然、これについては口外禁止されているので、平民でこのことを知っているのはアレストラばあさんと俺くらいだろう。
出来れば、二度と携わりたくない。
ギルドの長であるネストホルン伯が排除されていたのは意外だったけど、おそらくは双方ともに色々と工作はしてたんだろうなぁ。
そんなギスギスとは関係なしに、モーダルは平和だ。
ドラゴン騒ぎも収まり船の積み下ろしも再開されたし、入港する船も増えた。
おかげで観光に来る客も増える。
「お兄さん、ここに黒髪の王子がいるって聞いたんだけど知らない?」
倉庫の前で掃除をしていると不意にそんなことを言われた。
おそらく、それなりに羽振りのいい観光客だろう。
女性二人に、御付きの男性が一名という、ちょっと警戒心が足りなさそうな組み合わせだ。
護衛が一人では危ないのではないかとも思うけど、それともこの男性はとても強いんだろうか?
「いえ、今は不在ですよ。」
そんな存在はいないとは言いづらい。
なのですっとぼける。
何をどう間違ったのか、ベネットと俺はロマンス小説の主人公にされてしまっている。
小説の中では、俺は滅茶苦茶イケメンで男勝りなベネットを手玉に取る性悪な王子様という事になっていて、正直その話を聞かされた時は開いた口が塞がらなかった。
観光客の中にはグラスコー商会に黒髪の王子がいるという噂を聞きつけて訪ねてくる人も増えた。
そんな夢見る人にわざわざ幻想ですと突き放す必要はない。
せいぜい、夢うつつを楽しんでもらえれば街に貢献できるのだから黙っておくほうがいいだろう。
「もしかして、あなた黒髪の王子のお付きの人だったり?
ねえ、いつ帰ってくるか教えてもらえない?」
まあ、髪が黒いし、ここら辺では珍しい顔立ちだから、そう思われても不思議はないか。
「いえ、王子は気まぐれですから、私もいつお戻りになられるかはさっぱりわかりません。
お手紙などありましたら、王子にお渡ししますのでお預かりしますよ?」
適当に話を合わせておこう。
「ありがとう。もしよければ、明日またお伺いするわ。
お手紙はその時にでも。
そうそう、ここでは何を取り扱っているの?」
ここは倉庫なので、小売りなんかしていない。
見回されても、雑然と荷物が置かれてるばかりだ。
「行商と卸しを主に行っておりますので、こちらでは品物を扱ってないんですよ。
よろしければ、近くに市場がございます。
そちらに王子が卸した商品もありますので、どうぞ足を運んでください。
こちらが地図になりますので、よろしければどうぞ。」
俺はにこにこ笑いながら、本屋街や飲食店、市場などの場所を示す観光用の地図を渡した。
もちろん、無料でこれに乗せてもらうことはできない。
それなりの掲載料が必要だ。
だけど、そのおかげで観光客には金をとらずに渡すことができる。
発行部数も結構あるから、好評なんだろうな。
「ありがとう。あ!これ、ハロルドのお店って本に載ってたお店ね?
場所を知りたかったの!!嬉しいわ!!」
喜んでいただけて幸いです。
そういえば、ロマンス小説にはよく逢引する店として名前が出てたな。
「また、明日来るからね?
もし王子様がいらしたらよろしく伝えてちょうだい!!
じゃあね!!」
俺は、立ち去る観光客に愛想よく手を振る。
見えなくなったところで、俺はため息を漏らした。
しかし、ロマンス小説なんて誰が書いてるんだろう?
モーダルには印刷所は一か所しかなく、ベネットの行軍記を発行するのも結構戸惑った。
無事刊行されて1000部近くを刷り、すべて完売。
今は、評判がよかったのでさらに増刷しようという話も出ている。
だから、比較的印刷所には顔を出すわけだけどもロマンス小説の関係者には一度もあったことがない。
まあ、あくまでも個人名が使われているわけでもないから出版をやめろというつもりはないけれど、あくまでもフィクションであることは強調しておいてほしい。
「人気者はつらいな、ヒロシ。」
ベンさんがにやにや笑いながら声をかけてくる。
「人気なのは黒髪の王子であって、俺じゃないですよ。
あくまでも架空の人物です。」
実際、小説の中じゃベネットはよく俺に暴力を振るうし、そんな彼女をねじ伏せて楽しむのが趣味という現実とはかけ離れた内容だ。
ベネットはやさしく俺を労わってくれるし手を上げてくるなんてこともない。
女の子らしくて、とても可愛いのにどうしてああなってしまったんだろうか?
やっぱり傭兵というイメージがそうさせるのかなぁ。
まあ、読み物としてはとても面白いとは思う。
自分がモデルになって無ければ。
「そんなこと言って、実はまんざらでもないんじゃないですか?」
何処から来たのか、セレンが俺をからかうように声をかけてきた。
相も変わらず、ちょっかいだけはかけてくるんだよなぁ。
「鼻の下伸ばしてたって、ベネットさんに言っちゃいますよ?」
愛想よく観光客に応対してたら、鼻の下を伸ばしてた扱いされるのか。
それだと商売あがったりだ。
しかし、最近セレンは矛先を変えたのか、よくベネットに絡んでいる様子だ。
買い物にもよく一緒に行くという話だし、ロマンス小説を回し読みしてたりとなかなか男の俺にはできないアプローチを試みているようで困る。
最近できたお風呂屋さんがマッサージをしてくれるからとかで、二人していったという話を聞いた時は正直羨ましいなと思ってしまう。
まあ、そうはいってもそこは性別の差がある以上はどうにもならないからなぁ。
買い物に付き合うくらいならできるけれど、ベネットの欲しいものとか分からないし、こういう時恋愛経験が全くないことが悔やまれた。
「とりあえず、鼻の下伸ばしてたとか言わないでくださいね?
あれだって仕事の一環なんですから。
それよりお願いしてた手紙とか大丈夫ですか?」
確か、セレンには代筆をお願いしていたはずだ。
「ちょっと休憩です。」
特別急ぎでもないから、咎めるほどじゃない。
サボりと言えばレイシャの方がひどいから、ここは黙っておこう。
「おい!ヒロシ!!」
今度は誰だろう。
今日はやたらと声をかけられるな。
「またスノーウーズ持ってきてやったぞ!!早く金よこせ!!」
最近よくスノーウーズを持ってきてくれる子たちだ。
確か先頭の子は、ジョンとか名乗ってたっけかな。
「はいはい、ちょっと待ってて。」
早くしろと急かすジョンに対して、セレンが騒がないのとたしなめている。
元々セレンは修道院にいたという経歴だから、子供あしらいは上手いんだろうか?
どこまでが本当かは分からないけど、少なくとも言動とかにおかしな点はない。
「ヒロシ、前から思ってたんだけど、これなんに使うんだ?」
ジョンが銀貨を受け取りながら、そんな疑問を口にする。
「なんに使うってものを冷やすのに使うに決まってるじゃないか。」
そこに気づかないわけもないと思う。
「いや、確かに冷たいけどこんなもん家に置いときたくないんじゃないの?」
なるほど。
これはちょっと意見を聞いてみたい気がするな。
「ちょっと中に来てくれるか?ちょっとしたご褒美も用意するからさ。」
俺は試作した冷蔵庫の感想を聞いてみようとジョンを倉庫の中に入れる。
「いろんなもんがあるな。盗まれても分からないんじゃないか?」
一応目録は作っているし、倉庫番のベンさんがいる。
そうやすやすと盗まれはしないと思うけども。
「とりあえず変なものを持ってったりするなよ?俺が怒られるんだから。」
一応釘をさしておく。
「見くびるなよ!俺が孤児だから盗みをやると思ってんのか?」
あー、まあ、そう考えるか。
「違うよ。俺も他人の目がなければ持っていきたいものは結構あるんだ。
どんなに金持ちの子だって、それは同じさ。
誘惑に負けないためにはやっちゃいけないって気持ちを持つことも大切だし、それを盗まれたら困る人がいるって想像ができることも大切だ。
だから、正直に俺が盗まれたら困るって話をしてるだけだよ。」
若干お説教臭いなとは思うけど、こういうことはちゃんと話しておくべきだよな。
「言われなくたって分かってるよ。」
えらいえらい。
まあ、俺が言うべきことじゃないな。
「とりあえず、これがスノーウーズを入れてる箱だよ。
冷蔵庫として仕立ててるんだ。」
それぞれデザインが異なる冷蔵庫を順番に開け閉めする。
「どう思う?」
反応がないので聞いてみた。
「どう思うって、箱だなって。」
見たまんまだな。
でも嫌悪感はないのか。
「これにウーズを使ってるのに気づいて、気持ちが悪いとかは?」
そこでようやくジョンは俺が聞きたいことが分かったらしい。
「あー、そういう意味か。確かに、あのでろっとしたのが見えなきゃ気持ち悪さもないかなぁ。
でも、これいくらで売るんだ?」
そこに注意が行くのか。
「金貨10枚で、こっちが20枚だ。」
構造が単純なラジエーター型が10枚、複雑なファン型が20枚と考えている。
装飾も値段に応じて高い方が複雑な装飾を施しておいた。
高級感って大切だしね。
「高けぇ、誰がそんなもん買うんだよ。」
まあ、確かに高いよな。
「そりゃお貴族様じゃないかな。」
俺は、冷蔵庫の中で冷やしている瓶詰ジュースを取り出す。
まあ、瓶と言ってもガラスじゃなくて陶器製だけども。
加水して酸味を抑え、加糖して甘みを増やしている。
ハロルドにレシピを作ってもらったから、間違いなくおいしい。
王冠を外して、それをジョンに渡した。
「冷た。これ、飲んでいいのか?」
結構日差しが強かったからな。
喉が渇いていると思う。
「どうぞ。」
俺はにっこりと笑う。
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