6-26 もちろん、竜全体と敵対するつもりはないです。
ちょっと緊張しすぎて変な行動をしています。
初対面の人にフランクに接してもらうとこんな感じになりがちなのは自分だけですかね?
隣に座るベネットが心配そうに俺を見てくる。
しかし、僕たちというのはどの範囲なんだろうか?
ドラゴン全体なのか、それとも先生を含めてこの世界全てを意味するのか。
「場合によります。」
そうとしか答えようがない。
「そうだね。確かに場合によるね。
僕の言い方が悪かった。
君たちを襲った子は、この際除外してもらって構わないよ。
あくまでも、僕たちを憎んでいて滅ぼしたいと思っているのかどうかという話なんだ。」
それは、その。
例え憎んでいたとして、はいそうですと答える人間はいないと思うんだよなぁ。
「私は、特に竜だからと言って憎しみを持っていたりなどはしません。
もちろん襲われれば対抗しますし、親しい人間を奪われれば恨みもすると思いますが、それは種に対する恨みという事ではありません。
ただ、正直その質問に恨みがありますという人はいないと思います。」
ラウレーネは、面を食らったように首をすくませてレイナの方を見る。
レイナはうんざりという表情を浮かべて頷いている。
「あー、うん。
そうなのかな。
ええと、じゃあもう一つ質問。」
どうやらそういうものなのかと聞きたかった様子だ。
黙ってレイナに頷かれて、納得はした様子だけど大丈夫かな。
ちょっと心配になってしまう。
「ヒロシは、竜を倒す手段を持っている?」
聞きにくそうだけど、まあそこは気になるよな。
どう答えよう。
ちらりとベネットを見てしまう。
しばらく逡巡した後ベネットは頷いた。
「おそらく、それなりの準備は必要ですが、可能であると思います。」
多分正直であった方がいい、そういうことだと思って俺は答えた。
「そっかー、やっぱりなぁ。」
そういうと、ぐでんとラウレーネは突っ伏した。
「そもそも、竜の時代なんてとっくに終わってるんだよ。
空を飛べるとか人より大きくて強靭だとか、ブレスを吐けるからとか、そんなこといずれ人に追い越されるんだよ。
もういっそ別の大陸に移住した方がいいんじゃないかなぁ。」
随分と悲観的だ。
俺が貰った能力が特別なだけでまだまだドラゴンの方が有利だとは思うんだよなぁ。
「ラウレーネ様、あくまでも、その手段というのは神が授けた能力があればこその話です。
それに、その力もいろいろと制約もあります。
ご心配されるほどではないかと……」
俺の言葉にうーんとラウレーネは唸る。
「でも実際、大砲を当てられると僕らもただじゃすまないし、鉄砲だって痛いんだよ?
昔は勇者と呼ばれるような人間のことだけを考えればよかったけれど、これからどんどん、そういう道具で簡単に倒せてしまっていくような気がする。
色彩竜のみんなは、そうなる前に滅ぼせとか馬鹿なこと言うけど、そんなの無理に決まってるじゃん。
本当、勘弁して欲しいよ。」
繁殖力の差を考えればラウレーネの言う通りだろう。
結局数の差にはかなわない。
滅ぼす前に自分たちが滅ぶ未来が見えるんだろうな。
なんだかんだ、俺はドラゴンを恐れていたけど、ドラゴンはドラゴンで人間を恐れてるんだろうな。
「でも、ヒロシはやさしそうでよかったよ。
頼むから、仲良くしようね?」
ラウレーネは目を細めて、笑った。
多分、笑ったんだと思う。
しかし、よく優しそうと言われるけど、内心困惑しかない。
単に俺が臆病で、弱いからだと思うんだよな。
でも仲良くできるなら、それに越したことはない。
「こちらこそ、偉大な竜と友誼を結べるならこれほどの喜びはありません。」
先生が突然笑いだす。
「あー、ごめんごめん、正直ここまで来て畏まる必要はないと思うんだよね。
ラウレーネは見たままの性格だから、普通に友達になろうでいいんじゃないかな。」
そんなに俺の言葉は滑稽だっただろうか?
確かにちょっと言葉遣いが堅苦しすぎたかもしれないけど。
言葉って難しい。
「ヒロシ、友達になってくれる?」
ラウレーネの言葉に俺は頷く。
「よろしくお願いします、ラウレーネ。」
敬語と呼び捨てとなんともちぐはぐな返答になってしまった。
でも、うまい言い方が思い浮かばない。
これが俺の限界だ。
そのあと、ラウレーネに俺が用意した専用インベントリを渡した。
大きな指でも開けやすいように大きめのリングがついたジッパーに、首にかける時に便利なようにワンタッチバックルがついた肩掛けかばんを用意した。
とりあえず丈夫な素材を選びたかったので、”売買”の能力で購入したものだ。
「へぇ、便利便利。これ面白い構造だね。」
パチンパチンと左右を押してバックルを半ばまで外しては、また押し込むのを繰り返す。
俺も暇なときはよくそれをする。
「もし何かあったら、手紙を送ればいいんだね。それと緊急時にはアルトリウスを詰め込んで送って欲しいな。」
いわゆる《瞬間移動》もどきを使ってほしいと依頼されてしまった。
「そうしてくれると助かるよ。《瞬間移動》は距離の制限もあるし、1回発動するたびに結構なお金がかかるからね。」
先生も乗り気だから、別に構わないんだけれども。
「あ、あの……」
不意にベネットが小さく挙手をして声をかけてきた。
「あ、ごめんごめん、すっかり蚊帳の外にしちゃってたね。ヒロシの彼女さん。」
いや、まだ彼女じゃないですけども。
「べ、ベネットと申します。その……ラウレーネ様、お体の方は大丈夫でしょうか?……」
ベネットの言葉に、俺やレイナは顔を見合わせてしまう。
「それってどういう……」
そう先生が言いかけるとラウレーネは言葉を割り込ませてきた。
「大丈夫だよ、何もないから。」
でも、そっぽを向いて何かをごまかそうとしているようにも見える。
これは何もないわけないな。
「ラウレーネ、私に隠し事があるね?」
先生の態度は普段と特に変わった調子ではないのだけれど、ラウレーネはビクンと怯えたように体を震わせた。
「何も隠してないよ。本当だよ。」
ラウレーネプルプルと首を横に振る。
完全に何かを隠している。
しかし、いったい何を隠してるのか分からない。
一瞬”鑑定”をしてみようかと思ったけどやめた。
なんか、最近便利使いしすぎて、ハードルが下がっている気がする。
「お体を触らせていただいてもよろしいですか?」
ベネットはおずおずと言う。
「君は何なの?医者か何か?」
ラウレーネは若干警戒するそぶりを見せた。
医者に何か嫌な思い出もあるんだろうか?
「いえ、ウルズ様からお力添えをいただいているにすぎません。
でも、何かの役には立てるかと……」
ベネットの素性はわかったのだろうけど、ラウレーネは喉を鳴らして警戒している。
なんか猫っぽい。
「ラウレーネ、ちゃんと見せてあげなさい。いいね?」
にっこりと笑っているけど、先生の言葉に威圧感がある。
これは、ちょっと逆らいづらいかもな。
「わ、分かったけど、痛いのは嫌だよ?」
ラウレーネの言葉を聞くと、ベネットは迷うことなく大きな体に近づく。
丁度喉の下あたりだろうか。
そこをじっと見上げた。
ベネットは俺を手招きする。
「どうしたの?」
俺は手招きに従い近づき、ベネットの指さす先を見た。
「あれ、なんだと思う?」
ベネットの指さす先には何かが突き刺さっている。
丁度、クジラ漁に使う銛のようなものだ。
「銛かな。でもなんか嫌な感じがする。」
俺は、その銛を”鑑定”してみた。
”鑑定”結果は、善なるものに多大な痛みを与える邪悪の能力と毒の効果を付与する能力を持った槍と表示された。
よくこんなものを突き刺されて平気な顔をしてたものだ。
そのことをベネットに伝えた。
「ラウレーネ様、これはお体に障ります。引き抜かないと。」
本来は柄があるんだろうけど、折れたのか見当たらない。
返しがあって引き抜くのは痛そうだ。
「いやだぁ。痛いから触らないで。」
若干涙声だ。
ベネットが俺の方を見てくる。
「ヒロシ、あれはインベントリに移せるかしら?
すぐに傷を塞がないといけないから、私が移してみようと思うんだけれど。」
なるほど、確かにそれなら痛みは少ないかもしれない。
「多分、出来ると思う。でも直接触れない方がいい。」
正直、邪悪の能力は触れただけで発動することはないだろうし、何が善で、何が悪であるのかは分からない。
でも、ベネットには少なくとも影響を与えそうな気もする。
「何か道具越しで触れれば平気?」
そういいながら、ベネットはナイフを取り出す。
「多分ね。でも、なるべく気を付けて。」
分かったとベネットは返答して、そっとナイフを延ばす。
「怖い怖い怖い怖い、何するの?何するの?」
ラウレーネは暴れるわけではないけれど、不安そうに声を上げる。
「大丈夫です。多分痛みはそんなにないと思いますから。
刺さったものをインベントリにしまいます。」
刺さった周辺に手を置き、傷をいやしながらナイフを銛に触れさせる。
うぅっとラウレーネはうめいた。
次の瞬間、銛が消失し血が噴き出した。
結構な量だ。
ベネットの全身を濡らす。
でも、徐々に傷が塞がっていった。
ふぁあっと、ラウレーネが気持ちよさそうな声を上げた。
聖戦士の癒しの手は《致命傷治癒》と同じ効果を上げることができる。
その上で直す加減もできるから、とても便利な能力だ。
しかし、吹き出した血でどろどろだ。
毒の効果もあるかもしれない。
俺は急いでベネットの体を水で包んだ。
「ヒロシ、ちょっと、あの……濡れちゃう……」
慌てすぎた。
そうだよな。
服、濡れちゃうよな。
「ごめん。」
そういいながら、血が混じった水を操作した後バスタオルを取り出してベネットにかけた。
血が噴き出すかもしれないのは事前にわかることなんだから、事前に何かを着せておけばよかった。
これは完全に俺のミスだ。
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