6-25 守護の竜との謁見。
銅だと弱そうとか思われるんでしょうかね?
”我が名はラウレーネ。フランドル国王より任を受け、王国の西を守護する座を戴いた!!”
”竜は人と友である!!その定めを破りしものは我が名をもって討つ!!”
”人もまた、その定めに従い竜を助けてほしい!!”
”ともに歩み、望む未来を築こう!!今日という日をもって天に誓いを!!”
大きな竜の声が響き渡る。
一斉に歓声が上がった。
モーダルの胸壁の上には大勢の人間が押しかけている。
まさかここまでお祭り騒ぎになるとは思ってもみなかった。
多分、仕込みの人間も結構いるんだろうけど、みんな大きな竜の声に力強さを感じているんだろう。
前日に珍しく布告官が辻に立ち、竜が到来することを告げていた。
同時に官報も無料で配布されるという念の入れようだ。
おかげで、胸壁の下には大量の出店ができている。
「銅の竜なのね?でも、すごく立派な感じがするわ。」
俺の隣にいるベネットも若干興奮気味だ。
「でもって言うと、本来は銅の竜は立派じゃないの?」
そういう俺に、ベネットは苦笑いを浮かべる。
「そうね、失礼な言い方だったかも。
だけど銅の竜は金の竜や銀の竜とは違って冗談好きでいたずら好きっていう噂が絶えないの。
旅人になぞなぞを仕掛けてきて、解けるまで一方的におしゃべりを続けるとか、解けたらご褒美として銅貨を持てないくらい渡してきたりだとか。
そういう面白いエピソードが多いから、愉快な感じだと思ってたわ。」
そういえば、そんな設定もあったなぁ。
ゲーム内だとゲームマスターにユーモアがないと再現が難しいので、その設定が生かされる場面が少なかった気がする。
しかし、綺麗な声だった。
ソプラノの高い声で、晴れやかな歌声のように帝国語をしゃべっていた。
それだけでも印象はいいだろう。
翼を広げ、王国の旗を持った龍人を侍らせ翼を広げホバリングしながらだったのに、どういう体構造をしてるんだろうか?
いや、まああの巨体が空を飛ぶ時点で物理法則なんかあって無きが如しなわけだけども。
「でも本当に、あの竜に会うの?」
ベネットの問いに俺がぎこちなく頷く。
既に宣言を済ませてしまい、ラウレーネと名乗った竜は地上にある天幕の中に入ってしまっている。
今は市議会の議長の挨拶が続いているけど、それらの式典が終わればあそこに行かなくちゃいけない。
一応面談するのは俺だけじゃないとはいえ、かなり名誉なことだとは思う。
国から任命された竜なわけだし。
それに竜を代表している立場でもある。
一般市民が到底会える相手ではない。
先生の指名が無かったら箸にも棒にも引っかからなかっただろう。
「緊張するわ。付き添いとはいえ、私も近くまで行けるなんて……
ドキドキする。」
一応介添え人が一名必要という事で、ベネットにお願いしたけど喜んでくれてるみたいだし、よかったのかな。
「無理を言ってしまってすいません。
俺も緊張してるから、変なことをしそうだったら止めてくださいね。」
もっとも俺が緊張している理由は、別にあるわけだが。
怒られないといいなぁ。
「大丈夫じゃないかしら。
少なくともこの子よりは緊張してないんじゃない?」
バッグに入れた狼の子をベネットは撫でながら笑う。
銅の竜はそんなに恐ろしいという雰囲気ではなかったけれど、狼にとっては恐ろしい相手らしい。
プルプルと震えている。
「連れてきたのは失敗だったかも。ちょっとベンさんたちに預けてくるよ。」
こんなに怯えているのに、一緒に連れて行くわけにもいかない。
下の出店回りをしているだろうベンさんたちに預けよう。
「私も付いていくわ。さすがに偉い人の話は退屈だもの。」
偉い人の話は割と重要な話をしているとは思うけれど、難解だし退屈だという気持ちも分かる。
どうせ後で官報に要点は纏められるのだから、あとで読めばいいやと俺も思った。
「やだやだやだやだ!!もう二度とやらない!!絶対やらない!!人の前で演説なんか絶対やらないんだから!!」
天幕の前までくるとそんな声が聞こえてきた。
ぱふんぱふん、天幕が揺れている。
結構大きな声だ。
ドラゴン語でしゃべっているので、高い声で猫が鳴いているかのようにも聞こえるけど、少なくとも俺には言葉として認識出る。
龍人はやれやれといった様子で、天幕を左右に分けてくれる。
「わがまま言わないで、みんな困ってるよ?」
たしなめるような先生の声が聞こえる。
これは帝国語だ。
見れば、先生の隣でレイナがげんなりしている顔で佇んでいた。
ベネットには、ドラゴン語は通じないので、何を言っているのか分からないけれど、猫のようにのたうっている竜を見て何やらおかしなことになっているとは察しているようだ。
「だって噛んじゃったし、変なところで声高くなっちゃったし、絶対変だったもん。
もう嫌だぁ!!」
何が嫌だったのか分からないけれど、恥ずかしがっているんだなというのは何となくわかった。
でも、猫のようにのたうっているとはいえ、周囲を傷つけないように加減をしているところを見るに我を失っているわけじゃないんだろうな。
「ラウレーネ様、例の来訪者が来ておりますから全部聞こえてますよ?」
レイナの言葉にはっとしたようにラウレーネは顔を上げる。
「嘘!いつ通したの!!」
パクパクと口を動かしラウレーネは絶句してしまった。
「およびいただき光栄に存じ上げます、ラウレーネ様。
今は商人の真似事をさせていただいている、来訪者のヒロシと申します。」
一応、片膝をついたけど、そういう雰囲気じゃないんだよなぁ。
思わず名乗っちゃったけど平気なんだろうか?
服装についても普段通りでとは言われたけど、平気なんだろうか?
見とがめられていないから、問題ないとは思う。
ベネットも俺に習って片膝をついている。
「あー、えー……なんていうんだっけ、こういう時。」
ラウレーネはレイナに尋ねた。
「もういいです。普通にしゃべっていいよで。」
レイナはあきらめたようにさじを投げた。
「そうなの?この人は特別?そうだよね、来訪者だし。」
あの威厳のある宣言をした同じ竜とは思えない。
「僕はラウレーネ、よろしくねヒロシ。」
今度は帝国語でしゃべりかけてきた。
とはいえ、普通にしゃべっていいとは言われてないんだよな。
「いや、だから普通にしゃべってよいと許可をする必要はあります。」
心底めんどくさそうにレイナが割って入ってきた。
「え?あ、うん。普通にしゃべってね、うん。」
気さくなのはいいけど、本当どうしたものかな。
俺は後ろに控えるベネットを見てしまった。
ベネットもどうしていいのか分からない様子で、首を横に振った。
「ありがとうございます。立ってもよろしいですか?」
習った貴族への接し方とは違うけど、どっちも慣れてない状態ではこっちから言わないといつまでたっても話が進まないだろう。
「いや、座ってしゃべっていいよ?立ち話何て失礼なことしたくないし。」
ラウレーネの言葉に俺は思わずレイナの方を見てしまった。
まあ、座れと言われれば座りますけども。
龍人さんが人用の椅子とクッションを用意してくれる。
このクッション、俺が売ったやつかな。
「それいいでしょ?僕のサイズはないけど、結構柔らかいし座るの楽になると思うんだ。」
あ、はい。
まさか自分が売ったとは言えないよなぁ。
「そうですね。とてもいい座り心地です。」
そういって俺は誤魔化すように笑う。
それ以外にどう言えと。
「まあ、それ出元はヒロシ君だけどね。」
先生がいたずらを仕掛けてきた。
せっかく隠した意味がない。
いつもこれやられるのは勘弁して欲しい。
「へぇ、そうなんだ。
じゃあ、僕が座れるサイズのクッション作って!!」
どんなサイズだ。
いや、でも拒否するわけにもいかないか。
「わ、分かりました。」
とりあえず、先生とも相談しつつ用意してみよう。
正直、ドラゴンの巨体や固そうな鱗を考えると通常の素材じゃすぐに破れてしまいそうだ。
「ところでヒロシ君に聞くことがあるんじゃなかったかなラウレーネ。」
先生の言葉で改めてここに呼ばれた意味を思い出す。
さて、何を言われるだろうか?
先ほどの調子でなんだか気構えていた気持ちが緩んだけれど。
「あー、うん。いや、その……」
ラウレーネは言い出しにくそうに口ごもる。
「大体のことは、アルトリウスから聞いて分かっているんだけど。
ヒロシ、あの惨劇を生み出すきっかけとなった神様の名前を聞いてもいいかな?」
それは聞かれるのは想定の範囲内だし、特に俺は困らない。
「大神ロキの眷属にして使徒たるモーラと名乗る神です。
私の他にも幾人もの来訪者を呼び寄せています。」
名前を聞いたところで知らないと思うんだけども。
「ロキの名は知っているけれど、モーラって……
初めて聞いたよ。
でもロキかぁ。あんまり評判がいい神様じゃないよね。」
そうだろうなぁ。
俺の知る神話の中でもかなりトリッキーな神様だ。
時には神を助け、時には窮地に追い込む。
その目的が判然としない神でもある。
何よりも、神々が終焉を迎える戦いを誘発したのが、かの神だ。
その眷属と言われれば警戒されて当然だろう。
ラウレーネの表情も曇る。
あー、いや曇っているように見える。
正直、ドラゴンの顔なんて見慣れないから声音くらいしか判断できない。
「まあ、神様の意思は推し量れないから、それは置いておこう。、
それとあんまりユーモアのある聞き方じゃないのは許してね?
ヒロシ君は僕たちと敵対するつもりだったりするかな?」
単刀直入に言われると正直言葉に窮する。
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