6-23 ちょっと無謀すぎやしませんかね?
先生はかなり無茶苦茶です。
倫理観もゆるめです。
忙しいかもしれないのでちょっと連絡を差し控えていたが、トーラスにも手紙を書いておく。
聞くのは暁の盾がドラゴンを倒したという噂についてだ。
ベネットにはすでに確認を取ってみたけれど、彼女の方が知らないという返答が来ている。
彼女と違ってトーラスにはお知らせがいかないから、すぐに返答がないのは普通のことだ。
なので、ハロルドの店に冷蔵庫を届け、食事を買って家に着くまで音沙汰がなかった。
夕飯時で空いた時間ができたのか、俺とカールが食事を終えたタイミングでトーラスからの手紙があるとお知らせが届く。
どうやらトーラスは団長と行動を共にしていたらしい。
結構詳細に書いていてくれたけど、結論としてはドラゴンに致命傷を与えたと思われるが生死は不明らしい。
色々と出現条件や狙う対象を絞っていった結果、何とか襲撃する前にドラゴンを捕捉。
網やかぎづめ付きロープで拘束した後、砲撃を加えた。
だけど一撃目で腕を吹き飛ばせはしたものの2撃目を撃つ前にブレスで反撃にあい、多数の死傷者を出して拘束が緩み逃げられてしまったそうだ。
結構えぐい傷はつけているから、通常の生物であればとても生きてはいないとは思うものの死体は見つかっていない。
なんとも微妙な結果だ。
とはいえ、大砲でかなりのダメージを与えられるのは大きな成果と言えるかもしれない。
問題はどうやって地面に縛り付けておくかだとトーラスは結論付けていた。
それと合わせて《重傷治癒》のポーションを売って欲しいと手紙には書かれており、代金も一緒に置かれている。
代金を受け取り俺は、要求されたポーションを置いた。
どうやら通常の《治癒》では間に合わないほどの重傷者が出たようだ。
基本的に、何でもポーションで傷をいやせるわけだけど、傷の度合いによっては《治癒》では間に合わない場合がある。
ゲーム的に言えば、そんなルールは無いから、やはりゲームを鵜呑みにはできないなと思うことの一つだ。
目安としては内臓に深刻なダメージが入る様な傷や意識低下を招くような場合は、《重傷治癒》。
心肺停止状態に陥ってしまっている場合は、《致命傷治癒》が必要になる。
ゲームなら単にヒットポイントの回復量の違いでしかなく、時間が許すなら《治癒》だけで回復させる方が安上がりだ。
だけど実際にはけがの程度で使い分けないといけない。
そこは面倒というか、なんというか。
ちなみに、軽い怪我で《致命傷治癒》のポーションを飲んでも問題はない。
オーバードースにならないのはありがたいけど、薬じゃないんだなと改めて感じる部分でもある。
しかし、改めて考えると衛兵隊長が言葉を濁すのも分からないでもなかった。
これは倒したとも言えないし、かといって成果がなかったとも言えない状況だ。
軽々しくは口にできないかもしれない。
それと、守護の竜がどう思うのかも心配だ。
ただでさえ来訪者に仲間を殺されている。
その上で、村を襲ったドラゴンはどういう立場なのかいまいちつかめていない。
若いという話は先生もしていたけど、先にこっちが約束を破ったと言われたら言い訳ができない。
考えてみると俺が守護に来るという竜に会うのは、とても恐ろしいことなんじゃないかと今更になって怖くなってきた。
そろそろやってきてもおかしくはないとは思うけど、ちょっと心の準備ができていない。
何を聞かれるんだろう?
それとも何かされるんだろうか?
まさかいきなり食われるってこともないだろうから落ち着こう。
不意に電子音が鳴る。
しかも同時に2つ。、
なんだろうか?
一つはキャラバンのインベントリだ。
手紙が置いてあり、その下に狼とリストに追加されていた。
慌てて俺は手紙と狼を取り出した。
手紙は手で受け取ったが、狼の方はベッドの上に出現させた。
小さい。
子犬みたいなやつがベッドの上で寝ている。
手紙の中身を見るとミリーが返事が遅いし心配だから入れておくと書かれていた。
いや、心配なのはわかるけど。
いろいろ悩んでるところに、気軽にハードルを越えられると戸惑うしかない。
すやすやと眠っている様子だし何も影響はないんだろうか?
ちょっと不安だ。
獣医……いや、獣医なんかいるのかな?……
狂犬病の予防接種とかいろいろと心配になる。
後でサービスのリストを見ておこう。
しかし、もう一つは何だろう?
確かレイナのインベントリだったと思うんだけども。
何か新しく置かれているものはない。
再び、電子音が鳴る。
今度は先生のインベントリだ。
思わず顔をしかめてしまった。
インベントリにはアルトリウスという名前がある。
思わずじっと見てしまう。
先生が自分のインベントリに入っている?
どういうことだ?
そうこうしているうちに消えてしまう。
そして、また電子音が鳴り先生の名前が再び出現した。
ど、どうすればいいんだ?
先生はいったい何をしてるんだ?
しばらく表示を見ていても消える様子がない。
不安になって10分ほど眺めていたけど、さすがに耐えられない。
俺は、一旦自分のベッドを片付けて先生を出現させた。
ごそごそしてたので、カールも起きてくる。
俺は狼を抱えたままだ。
一応出現させる場所は床の上だから、無事先生は姿を現す。
「おや?ここはヒロシ君の部屋かな?」
出現した瞬間、少しよろめき、周囲を見渡す仕草をしたけれど、何事もないように先生は立っている。
狼とは違い意識はあったんだろうか?
「いや、実に面白いね。《瞬間移動》みたいなこともできるのか。
意識を保ってみようと思ったけど、それは無理そうだねぇ。
やはり時間停止中は不可能か。」
ちょっと絶句してしまう。
どうやら先生は自分を使って実験していたみたいだ。
「先生、何をなさってるんですか?」
ようやくそれを言うのがやっとだ。
「いやね、いろいろと試してみたくなっちゃって。
レイナちゃんを連れていく必要があったから、彼女の家に《瞬間移動》したんだけど、早速ヒロシ君からインベントリを貰ったというじゃないか。
しかも生物を入れられるとかそういう話も聞いたし、じゃあ自分で試してみようかなって。」
まずは、抜け出せなくなる可能性もあるのでレイナの専用インベントリに入り、次に自分のインベントリで試したらしい。
最悪、レイナに抜け出せなくなったら手紙で俺に知らせろと言っていたそうだけど、ちょっと無謀すぎる。
2回目の自分のインベントリに入ると、10秒もしないうちに抜け出してしまい、しばらく滞在したい場合はどうすればいいのか考えあぐねた結果、1時間出ないように考えてからインベントリに入ったそうだ。
「これはやはり、安全マージンなのかな。
何も考えてないと10秒くらいで出てしまうのは不便というか。
誰かが取り出そうと思えば無抵抗で出されてしまうのも。
いや、それはないのか。
できるのはヒロシ君が指定した相手だけだから問題ない。」
全く動じた様子もないので、俺だけが焦ってる。
カールはやはり眠いのか、うつらうつらしているし、狼は眠ったままだ。
眠ったままって言うのがちょっと不安を覚えるが、大丈夫だろうか?
「おや、狼かい?ペットにするのは大変だと思うけど、平気かな?」
先生が狼の鼻先をいじる。
すると大きな欠伸をして目を開けた。
状況がつかめてないのか、ちょっと不安そうな様子が見て取れる。
俺は頭を撫でてやった。
そりゃそうだよな。
寝てたら知らない場所で知らない人間に抱えられてるんだから。
どうしたものだろう。
とりあえず、落ち着かせるためにも呪文を使った。
「あぁ、そうか、ヒロシ君は動物を懐かせる呪文も覚えていたね。
それなら一安心だ。
普通なら特別な才能でもない限り懐かないからね。
定期的に使うといいよ。」
先生はこともなげに言うけど、あまり呪文で強制するのは嫌なんだよなぁ。
「さて、戻ろうかな。
おや?
私のカバンは……
なるほど、カバンはその場に残されてしまうわけか。
それは面倒だなぁ。」
さて、どうしようといった感じで先生は首をかしげる。
「あの……《瞬間移動》が使えるのであれば、それで戻られては?」
そうすると先生は首を横に振る。
「いや、戻るのはそれでもかまわないんだけれど、かばんを持ってこれないとなると不便だなと思ったんだよ。
ヒロシ君の能力が強化されていけば、そういうのも解消されるのかなぁ。
そこは少し気になるところだ。
そうそう、試しにレイナちゃんのインベントリに入れてくれないかな?
大丈夫、彼女もインベントリの変化があれば気付けるはずだから。」
レイナが取り出さないままでいたらどうするんだろうか?
いや、確か安全マージンとか言ってたから、自動で排出されるのかな?
そう疑問に思うだけで、答えが出てくるのはありがたいというか、うん。
どうやら他人に入れられた時は抜け出せないらしい。
「先生、もしレイナさんが取り出さないと永久に出れないかもしれませんよ?」
一応、分かったことは伝えておこう。
「あー、まあ、大丈夫じゃないかな。
もし、1日たっても出してもらえなかったら、よろしくねヒロシ君。」
やめるという選択肢はないようだ。
「分かりました。お気をつけて。」
俺はため息をついて、先生をレイナ専用インベントリにしまう。
しばらく、間を開けて先生の項目が消えた。
無事戻れたんだろうか?
多分、間が開いたという事はレイナの方も困惑してたんだろうな。
なんにせよ、驚いたというか、呆れたというか。
やっぱり先生にはダンジョンのことは黙っておこう。
呆然としていて狼が鳴くまで、ぼーっとしてしまった。
寝よう。
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