6-20 悩みごとの種は消えない。
カップラーメンを異世界で食べるのは許されるものなのか否か。
カレルが帰ってから、俺は荷物の整理を兼ねて倉庫に家具などを置いていく。
当然、目録を作らなくちゃいけなかったり、邪魔にならないように配置したり、汚れないようにカバーをかけなくちゃいけない。
安い麻布をカバーに使うわけだけど、なんか傷つきそうで嫌だな。
冷蔵庫の試作品もいくつか置かれている。
ハロルドの店には、スノーウーズを直接置いてもらっているが、そのうち、これらの試作で程度のいいものを持っていこうか。
しかし、どれが一番いいのかな?
当然、いろいろ試行錯誤している。
単に銅板をはわせた奴は、庫内の温度が思ったよりも下がらない。
その割には、接触している部分が凍り付くといった感じで微妙だった。
次に考えたのが、筒状の銅管を使ったものだ。
割とこれは効率よく温度が伝わる。
問題は物が置きにくくて、工作が複雑だから値段も相応に高くなってしまう。
他にもいろいろとアイディアが出ていて、ばね式のファンを取り付けようというものがある。
温度差で緩んだり、縮んだりする仕組みらしいけど、本当にそんなことできるんだろうか?
他にも、断熱材をおがくずじゃなくて別のものに差し替えようとか、表面積を増やせばいいのだからラジエーターみたいな凹凸のある板にすればいいのじゃないかとか。
とりあえず、活発に議論されていた。
2週間の旅から戻ってきたら、さらにアイディアを煮詰めようといってはいたのだけれど。
ちょっと頓挫しそうだ。
ドラゴン騒動が片付いてくれないことには、みんな安心して出歩けない。
困ったもんだ。
困ったものと言えば、もう一つある。
荷物整理している時に思い出したのだけど、ダンジョンの戦利品というか、遺跡からの盗掘品というか、それらの扱いだ。
基本、あそこはアライアス伯の領地なのだから、そこから出てきたものはアライアス伯のものになる。
遺跡があったという報告は当然なされるだろうけど、黙っておけばバレはしない。
本なんかは、ちょっと公開したくない情報でもある。
でも、さすがに漁った跡があるわけだから何も持ちだしていませんよというのもどうだろうか?
意味深なスタッフと本以外は、提出してしまってもいいかもしれない。
結構な額になるからもったいないなぁと思わなくもないけど、通例では半額くらい報奨品としてもらえるらしいから頃合いを見計らってモーダルにいるアライアス伯の代官に報告しよう。
問題は、本だよなぁ。
先生には見せられない。
気軽に何かしようと言い出しかねないからだ。
とはいえ、自分では中身を精査出来ない。
文量がそもそも多いしなぁ。
スタッフはスタッフでなんだかダンジョンに関連がありそうなので、これもちょっと伏せておきたい。
でも実はベネットとトーラスには話してはいるんだけども。
他にもいくつか困りごとがあるにはあるけれど、ともかく今は荷物を整理して日が暮れる前に帰りたい。
カールを迎えに行った日には大家さんから、心配の声をかけてもらえた。
いつもは服装がどうとか、姿勢がどうとかでお小言ばかり言われてただけに、純粋にうれしかった。
ただ、もし俺に何かあったらカールを引き取ると言われたのには驚く。
どこまで関係性が進展しているんだろうか?
いや、まあ別に俺としては仲良くしてもらうことにいやな感情はないし、俺よりもよほどいい主人になってくれるような気もする。
なんだけど、俺が死ぬ話を前提にされるのは困るんだよなぁ。
まだ死ぬつもりはないし。
ただいざという時に身元を引き受けてくれる人がいるのは心強いよな。
おみやげのクッキーとワインは喜ばれてたし、大家さんとの関係は良好に保ちたい。
場合によれば年末くらいで契約が切れるので、別の部屋をお願いしたしな。
ともかく、今の部屋は狭すぎる。
一人住まいなら別段問題ないけれど、カールが絵を描くスペースを確保するのも結構手間だ。
「カール、挿絵の方は捗ってるか?」
ベネットの行軍記を発行するにあたり、挿絵をカールにはお願いしている。
なんとも子供っぽい絵だけれど、まあ堅苦しい話のアクセントにはいいかもしれない。
「やっと終わったよ、ご主人様。疲れた。」
そうか、疲れるのか。
普段絵を描いている時にこんなことは漏らさないから、やはり仕事として絵を描くのはつらいんだろうな。
何か労ってやりたいけども。
「カール晩は何がいい?好きなものを選んでいいぞ?」
まあ、この程度で労いになるかはともかく、ちょっと悩んでいたし聞いてみよう。
「カップラーメン!!黒いの!!」
黒いのって、あぁ醤油味か。
というか、カールは醤油が好きなのか?
「そんなのでいいのか?ほら、もっと他に……」
駄目なのって仕草で見られてしまった。
可愛い女の子だったら、嬉しいんだけどゴブリンの男にそんなことをされてもっちっとも嬉しくない。
「駄目じゃないし、大して高いものじゃないからそれでいいならいいけど。」
正直、それでいいと言われると立つ瀬がない。
とはいえ人の好みなんて人それぞれなんだから口出しすることでもないか。
久しぶりに部屋に帰ってきたけど、やっぱり狭いなぁ。
落ち着くけど。
ベッドでぎりぎりというのは、なんだか押し入れで寝てるみたいで、嫌いじゃない。
ただ寝るにはまだ早い。
カールのリクエストでカップラーメンで食事を済ませてしまったので、時間が余った。
カールはベッドの上で、クレヨンを使った絵を描いている。
仕事じゃない絵なら苦にはならないんだろうか?
ある意味羨ましい。
そこまで熱中できるものが俺には無いからなぁ。
ただ熱中できることはなくても、困っていることならある。
「お金、使ってくれないなぁ。」
キャラバンのみんながタオルを送ってくれているので、お金を渡していたわけだけど、その残高が積みあがって言ってる。
時折、お菓子や菓子パンの催促があるけど、それくらいなら俺が払うので、結局残高は減らない。
いざという時に無いと困るんだけど、そういういざという時はみんな自力で何とかしてしまいそうな気がして、金を渡すのは無駄になっているのではないかと不安になってしまう。
困ったなと思ったのは、手紙で今回のことを送ったら、返信として狼を送ると帰ってきたのも困っている。
なんでも動物はドラゴンに敏感らしく、何か一匹連れ歩いていれば逃げる為の時間が稼げるのだとか。
特にイヌ科の動物は敏感らしく、群れのためにいち早く退避を促してくれるそうだ。
なので、狼を送ると言われたんだが、問題がある。
この部屋じゃ飼えない。
あるいは倉庫で飼ってもらえばいいのかもしれないが、やはりベンさんに迷惑かけるしな。
なんか、責任を放棄しているみたいで心苦しい。
それに送ると言っているのは、子犬、じゃなくて子狼らしいので飼い方を知らない俺としてはどうしていいのか分からない。
小さいうちじゃないとなつかないとも言われているから早めに決断しないといけないのだろうけど、どうしたものかな。
それはまだいい。普通の悩みだしな。
問題は、スタッフだ。
《地形変形》のスタッフで、地面を掘ったり壁を作ったりいろいろと便利なスタッフではあったりするけれども、その効果が問題なわけじゃない。
使用回数の問題だ。
通常なら50回使うと効果が切れてしまい、チャージを補充しなければ再度使用することはできない。
ワンドと違い、使い切れば塵になって消えるわけじゃなくて、秘石を消費してチャージを回復させることがスタッフの特徴でもあるんだけども。
問題は、このスタッフ、他にも充填方法が存在している。
いわゆるダンジョン化している場所に置いておけば1日1回分とはいえ、自動で充填してくれてしまう。
つまり、1日1回ならずっと使い続けられるというわけだ。
《地形変形》というだけに結構な広範囲をいじれる。
畑どころか、城も立てられるんじゃないだろうか?
《地形変形》には《石変形》の呪文や《土壌変更》の呪文が含まれるので、ダンジョン造成にはさぞ役に立ったとは思う。
それだけに、このスタッフを公開するのは世界を変えかねないので、ちょっと悩んでいる所ではある。
これが単なる攻撃呪文を複数使えるスタッフだったら、そこまで心配することじゃない。
結局、攻撃するだけなら一瞬なわけだし、1日1回攻撃呪文が使えたところで、術者ならそれくらい当たり前だ。
《土壌変更》とか《石変形》というのは割と高レベルの呪文なので高いレベルの呪文を準備できる術者がわざわざ用意して置くかと言われると微妙だったりする。
他にいざという時に準備しておきたい呪文って言うのも結構多いからだ。
そういうわけで、準備しておくにはちょっと微妙な効果だけれど効果を発揮してしまえば、その結果はずっと残り続けるこの呪文というのはスタッフだからこそ使いやすいという面がある。
誰にでも使えるわけじゃなくて、その呪文を使えるレベルの術者じゃ扱えないところは救いと言えば救いなんだけども。
いや、救いでもないか。
扱いがより面倒というだけで、影響範囲が減るわけじゃない。
より魔術師の地位は上がるだろうけど、いままで公共事業として多くの人が動員されていた街道の補修なんかが呪文一つで解決されてしまう。
しかも、この仕組みが分かったならダンジョンを作ろうという話になりかねない。
そうなれば、より効率的にエネルギーを得るために、ダンジョンに奴隷を放り込めみたいな倫理ガン無視の流れになる可能性もある。
正直、そんなディストピアみたいな世界は御免被りたい。
もしかしたら、大昔に滅んだ帝国って言うのもそれ絡みで滅んだのかもしれないなぁ。
とりあえず、このスタッフは俺がこっそり使おう。
できうる限り秘密にしておく。
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