6-19 色々と気が重い。
クズなので嘘をつくのをためらいません。
「は?これから、また出発する?」
倉庫に行ったら、グラスコーが出発する準備を始めていた。
既に蒼の旅団から、二人ほど護衛が来ている。
どんだけ手回しが早いんだ。
「おう、なんか問題あるか?」
平然と言い放つ。
いや、今ドラゴンが徘徊してるんだから狙われる可能性も高いだろう。
よく平気だな。
「とりあえず、お前は街に残っておいてくれ。
面倒ごとが起こるかもしれないしな。」
だからその面倒ごとを避けるためにも、しばらくこっちにとどまった方がいいと思うんだけどな。
「不安になったりしないんですか?相手は空を飛ぶ化け物ですよ?」
まさか気付いてないわけじゃないだろう。
いつ襲い掛かられたっておかしくない。
「分かってるよ。だから十分注意はする。
だけどな、ここに留まっていても危険が軽減されるわけじゃない。
むしろ車で走ってる時の方が安全かもしれん。
それにだ。
どうせいろいろ噂話が出回って、例え事態が収拾してもいろいろと物の流れは止まるはずだ。
じゃあ、俺にとってはチャンスじゃないか。」
確かにそういう考え方もできるかもしれない。
そういう判断はグラスコーの考えが優先されるわけだから、強くは反対できないけども。
「それに、いろいろと抜け道も見つけたしな。やっぱりこいつを選んで正解だったぜ。
川も斜面も自由自在だしな。」
グラスコーはSUVを楽しそうに撫でた。
つまり、料金所をスルーするルートが見つかったって事か。
まあ、名目上は道路の保守管理のために徴収しているわけだから、大きく迂回するルートを通れば違法というわけでもない。
問題は、森の中は国の安全保障外という事でもある。
もちろん、今回みたいに街道を走っていたって突然襲われることはある。
だが遭遇率からすれば、どう考えたって街道の方が安全だ。
どんだけこいつは冒険心が強いんだろう。
呆れるとともに、なんだか羨ましく思ってしまった。
「それで俺は残って何をやればいいんですか?」
まあ、ただ遊ばせているだけじゃないだろう。
俺には俺の役割があるはずだ。
「まあ、基本は相場を調べておいてくれ。
どうせいろいろ上がる。
高そうなものからお前に送るから、よろしく頼むわ。」
そういうと、さっさと車に乗り込んで出発してしまった。
一応わかりましたとは言ったけど、あれで聞こえてたかは分からない。
しかし、今の会話聞かれてただろうか?
一応、セレンから預かった聖印は手元に置いている。
”鑑定”してみれば、《透視・盗聴》の呪文が常態化されていた。
インベントリにしまいっぱなしにしてしまえば、きっと何も聞こえないだろうとたかをくくっているが、何も情報を与えないと暴発しそうな気もする。
だから、なるべく取り出しておくけど、どうしたものかな。
今の会話くらいなら何も問題はないと思うけども。
流石に怖い怖いとビビり散らすのも情けないので、いろいろと仕事をこなす。
相場の確認をしてみれば、やはり物が若干値上がりしている。
荷下ろしが中断されているのもあるが、入港せずに回避している船もあると嘆いていた。
まあ、そうだよな。
海上でドラゴンに襲われるなんてたまったもんじゃない。
仕方なしに市場に買い物に来ている人もおっかなびっくりといった様子で、些細な音にも怯える人が出始めている。
品物は当然全部値上がりするものだと思っていたら、そんなことはなくて安くなるものもあった。
考えてみれば当然で、食料品などで比較的足の速いものは港から出荷出来たいために安売りされているものも多い。
逆に保存用の食料は値上がりしだしている。
そこら辺の道理は何となくわかる。
だけど、日用品で普通に出回っているものが値上がりしたり、品薄になっていたりする。
ここら辺は混乱しているだけなんだろうか?
とりあえず、一通り相場を調べてグラスコーに送っておいた。
と言ってもまだグラスコーは出発したばかりなので、それで品物が届くとか言うことはない。
そこは当然だよな。
俺は値動きをチェックしておくのが重要なのだと考え直した。
ついでに、分かり易いように黒板に日付と確かめたものの値段を書いておく。
事務をお願いしているライナさんたちにも、見かけたら書いておいてくださいとお願いしておいた。
やっぱり黒板便利だよな。
グラスコーが出発した翌日、昼過ぎに衛兵から連絡がきた。
なんでも門のところにロバが二頭きているという。
あの逃がした二頭のようだ。
たまたまうちのロバに付けている馬具を覚えていてくれた人がいたらしい。
急いで迎えに行く。
辻馬車が走ってないので、仕方なく徒歩だ。
こういう時、足がないと不便だなぁ。
自転車でも売ろうか?
比較的小さな街だし、自転車一台あれば何かと役に立つと思う。
何だったら、作ってもらおうか?
まあ、とりあえず購入しておく。
ついでに、外で使うようにオフロード用のスクーターも購入しておいた。
キャラバンのみんなにも、非常時に使ってほしくて一台買ったが自分用にもほしくなった。
車ほどじゃないにしろ、いざ逃げるとなった時に役に立つような気がしたからだ。
しかし、だんだんと荷物が圧迫されていく。
二桁の数字が出た時にはこれで”収納”に困らないと思ったけど、野放図に使っているとあっという間に埋まってしまう。
意外と難しいものだ。
仕方がないので、家具類は全部倉庫に預けよう。
「おう、迎えに来たか。お前の所のだろ?」
見慣れたロバたちが不安そうに嘶いていた。
俺が近づくと、安心したようにすりついてくる。
よかった。
生き残りは俺だけじゃなかった。
「ありがとうございます。そうそう、おみやげです。もしまた何かあったらよろしくお願いします。」
俺は、ラウゴール男爵の村の一つで名産品として買ったワインを衛兵に贈る。
「お、気が利くじゃねえか。まあ、今は非常時だから飲めないけどな。」
他のものにしておけばよかったかな。
申し訳ないことをしてしまったかもしれない。
「すいません、また何か持ってきます。ともかく、ありがとうございました。」
いいっていいってと手を振ってくれるが、ちょっと自分の気の利かなさに落ち込んでしまう。
とぼとぼと、ロバを引き連れて倉庫へと向かった。
「ヒロシさん、お客様がいらしてます。」
倉庫について早々、セレンが俺に声をかけてくる。
こんな時に客とは珍しい。誰だろうか?
「どなたですか?」
当然誰だかは聞いてるよな。
ただ、ちょっとセレンの反応が微妙だ。
「えっと、カレル戦士団の方です。」
お礼参りじゃないよな?
それだったなら倉庫が、まず襲われてるか。
「事務所ですよね?行きます。」
会いたくないなぁ。
現場の惨状は事情聴取の際に教えてもらった。
文章だけとはいえ、リンダなんか顔だけ綺麗に残されて食い散らかされていたと書かれてたからなぁ。
気が進まないけど、とりあえず用事を聞こう。
事務所には売り込みに来ていた団長のカレルが座っている。
見た目はどこぞのお坊ちゃんに見えるけど、ラインズみたいな人間を送ってきた奴だ。
ちょっと警戒してしまう。
俺の姿が見えるとカレルは立ち上がり、頭を下げてきた。
「申し訳ありませんでした。」
いきなり謝られるとは思わなかった。
「あ、いえ、えっと、とりあえずおかけください。」
情けないことにしどろもどろになってしまう。
ちょっと事情が呑み込めない。
まさかドラゴンに襲われて遭難したことを謝ってるんだろうか?
流石にそんなことで責めるのはお門違いだ。
誰もあんな化け物に襲われることを想定したりしないだろう。
生き残ってるから、こちらとしては逆に申し訳ない気持ちになっていたし。
「本来、ラインズ兄が護衛依頼を受ける予定ではなかったんですが、いろいろと手違いがありまして、まずそのことを謝らせてください。」
いや、どんな手違いがあればそんなことになるんだ?
そこはちょっと心配になった。
「手違いと言いますと?」
まあ、ともかく話を聞こう。
「そもそも、えっと、ラインズはうちでも問題児でして、戦闘以外には参加させていませんでした。
本人も荷物運びや警備の仕事は戦士の仕事じゃないとか、忌避していたのでまさか護衛任務の担当と入れ替わってるとは思っていなくて。
どうやら本人は物見遊山ができるくらいの感覚だったと。
本当に申し訳ありません。」
あー、うん。
ラインズ兄だっけ?親戚かなんかだったのかな?
それが調子に乗って、一部の団員と結託して入れ替わっていたのを団長であるカレルは気付いていなかったと。
何となく、そこまではわかる。
「入れ替わった人に対しては処分をされたんですか?」
もしこれで処分していないんだったら、ちょっと距離を置きたい。
「はい、退団させて、今後一切かかわりを持たないと放逐しました。
それと、これはお預かりしていた報酬と賠償となります。
金額が少ないかもしれませんが、どうぞ、ご容赦ください。」
少なくない数の銀貨が入った袋を持ってきてたんだな。
まさか、日当分だけじゃなくて、賠償金まで持ってくるとは思わなかった。
こうしてみると、カレルはまともなんだよなぁ。
「とりあえず、二人とも亡くなってますし、日当分は結構です。
たまたま、担当が入れ替わった程度で日当まで返せとは言いませんよ。
こちらとしては、護衛依頼をしっかりとこなしていただいたんですし。」
まさか、この場であれこれ問題があったとは言いづらい。
それと日当についてはどうあれ支払うのが義務だ。
担当が違う程度で報酬を支払わなかったとなったら、それはそれで悪評が立つ。
そこら辺の契約やしきたりなんかは、グラスコーに教えてもらっている。
問題は賠償なんだよな。
「正直、担当が変わる程度では賠償を頂くわけにもいかないですが、結構な額を用意されてますね。
これはどういうことですか?」
もしかしたら、ラインズの所業が噂にでもなっていたんだろうか?
こちらから言い募るのは違うけど、嫌味な言い方になってるかもなぁ。
「お恥ずかしながら、ヒロシさんにいろいろとご迷惑をかけていたとは聞き及んでいます。
止めていただいたのは一度や二度ではないとも。
むしろ護衛というよりも、ただヒロシさんのご厚意に甘えさせていただいていただけのように思います。
心からお詫び申し上げます。」
カレルの言葉にそんなことはなかったですよと言ってあげたかったが、流石にこちらとしても擁護しにくい。
とはいえ、他にも指摘しないといけないことがある。
「それについては、今更亡くなった人を責めても仕方ありません。
むしろ、カレルさん、あなたの管理はどうなっていたんですか?」
入れ替わりの把握が出発までできていなかったのは、なにがしかの理由はあるだろう。
でも依頼をしている側からすれば、知ったことじゃない。
責任を追及するとすれば、そこだろう。
「身内ばかりで甘えていたのだと思います。
みな顔見知りという事で、手綱を握れておりませんでした。
すべて私の責任です。」
まあ、そうなんだろうなぁ。
傭兵団といったってみんなプロなわけじゃない。
その場のノリで結成されて、けんか別れするなんて日常茶飯事だとも聞いている。
大学サークルとか、ライブハウスで活動するバンドくらいの勢いだろう。
そこに組織としてしっかりしろというのも意味があるようにも思えない。
暁の盾があまりにも統率が取れているから自分もちょっと勘違いしていた気もする。
とはいえ仕事の売り込みをしてきた以上、仕事をしっかりこなしてもらわないと困ってしまう。
「分かりました。
今後、もし何かあるようなら考えさせていただきます。
賠償については、誠意を見せていただいたとして受け取らせていただきます。
今後ともよろしくお願いします。」
実は賠償を受け取らず今後一切関係を持たないのが一番楽ではあるんだよな。
すっきりするし。
とはいえ、大手の傭兵団にべったりという状況もよくはない。
そこはグラスコーの方針もあるけど、付き合いは継続していった方がいいと俺は考えている。
勿論、安心感は大手だけども。
「ありがとうございます。
あの……
謝罪の場でお聞きすることではないのですが、ひとつよろしいでしょうか?」
カレルは少し涙ぐみながら、そんなことを言ってきた。
なんだろうか?
そこまで思いつめるようなことがあるんだろうか?
「なんでしょうか?俺に答えられることであれば、構いませんが……」
何を言われるのか予測が出来なくてそわそわしてしまう。
「ラインズ……は、立派に戦えていたでしょうか?リンダも……最後まで戦えて……いたでしょうか?……」
俺は言葉に詰まってしまった。
確かに俺はラインズにいい印象はなかった。
カレルも問題児だとは言っていた。
とはいえ、彼にとっては大切な仲間だったんだろうな。
「立派でしたよ。だから、俺は生きている。」
完全な嘘だ。
でも、誰が本当のことなんか言えるよ。
少なくとも俺には無理だ。
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