6-2 やりたいことはすでにやられてた。
素人が思いつくようなことって大抵やられてるって言うのはあり得ると思うんですよ。
やっぱり俺、農業舐めてたわ。
五日ほどいろいろお手伝いして分かったのは、本当に小説のようにはうまくいかないという事だった。
よく、農業は自然とともに歩む素晴らしい職業みたいな宣伝があるがあれも嘘だ。
自然は敵!
ミレンさんとか、出てきた兎を笑顔で撲殺していた。これは今日のシチューねと、にっこにこだったわ。
一応森の中というのは領主の持ち物という事で、猟師が勝手に狩りをすることは禁じられていたらしいけど、農業被害がある場合は別だ。
容赦なく鉄砲持ち出して鹿だろうが猪だろうが狩りまくりだ。
豚も飼っていて森の中で育てるらしいけど、そういう豚たちのえさを食う小動物も狩りの対象になる。
リスとかの毛皮もバリバリ剝ぐ。
領主の許しが出ている森なんかも、バンバン開墾しまくりだ。
ちょっと土の色を見て、森に火を放つこともある。
焼き畑かよ。
もちろん、他に延焼しないように伐採した後、制御したうえで燃やすんだけども。
なんか、蛮地よりよっぽど野蛮な気分は味わえた。
燃えろ燃えろー!!汚物は消毒だー!!
そんなモヒカン気分を味わえた。
「いやー、ヒロシさんがこんなに怪力だとは。非常に助かりました。」
燃える森を見ながら、ドレンさんはめちゃくちゃうれしそうに笑う。
「あ、はい。」
元気のない返事だけど、能力値が底上げされた俺でも、もうくたくたになるくらい働いた。
何が疲れるって、とりあえず土は滅茶苦茶掘り返さなくちゃだし、土に埋まった石は丁寧に取り除かなくちゃだし、変な虫が出てくるし。
とにかく疲れた。
その間も、秘密を教えて欲しいといったので、どういうことをやってるかをドレンさんの説明を聞きながらメモを取らなきゃいけない。
分かったことが一つある。
アルノー村は、実は滅茶苦茶広いってことだ。
畑が地の果てまであると言うと言いすぎかもしれないけど、少なくとも日本の農家をイメージすると乖離が激しすぎてびっくりする。
何処かのサイトで見たけど、麦は反収が少ない分広さで補っているとは聞いていた。
でも畑を管理するのって、無理なんじゃなかろうかと感じる広さだ。
驚いたのは堆肥は使っていて、種をまくのも筋蒔きをちゃんとしている。
モーダルで出る排泄物が処理されて近隣の村に販売されているのも驚きだった。
確か、ヨーロッパでは人の出すものは利用しないと思っていたから違いがあるものなんだなと改めて実感する。
牛なんかも結構な頭数がいて、大型の鋤が地面を掘り起こす。
何が、俺にできることがあるだ。
素人の俺が出る幕なんかほとんどないぞ。
だから、もうほとんど俺はお手伝いに来ただけみたいな形になってしまっている。
そもそも、小麦は冬の初めに植えて越冬させ、初夏に収穫だとか、そこら辺も知らずに来てしまった。
春に植えるのは、大麦やオーツ麦で、むしろキャベツやレタスなんかは収穫時期になる。
完全に失念していた。
すっかり春に小麦を植えるものだと思っていたのだ。
確か何かの動画で春化処理という話を見て、春に植えるんだなと漠然と思っていたけど、調べれば冬をこなさいと麦は育ったないので、冬を越したよと勘違いさせる処理なのだと改めて気付いた。
つまり、麦が冬を越せないほどの寒さの土地じゃなければ、冬の初めに小麦を巻くのは当たり前なんだ。
本当に俺は頭が悪い。
せっかく、用意した春化種籾が無駄になりそうだなぁ。
何しに来たんだよ俺は……
開墾地には、クローバーや豆を植えるらしいけど、ちょっと一角借りて植えてみるかなぁ。
「あの……ドレンさん、ちょっと畑をお借りしてもいいでしょうか?……」
恐る恐る訪ねてみた。
「あぁ、もちろん構いませよ。非常に助かりましたからな。ちなみに何を植えるんです?」
快く快諾してもらえた。
「いえ、この時期からだと遅いかもしれませんが春播き用のタネを手に入れたので麦を植えようと思ってます。」
春播き用という言葉にドレンさんの表情が変わる。
「ほう、春から植えて育ち切りますかな?しかも、まだ豆も植えてない土地ですよ?」
まあ、当然の疑問だよな。
「育成には秋までかかるそうなので、そこまでで育たなかったら埋めちゃってください。」
結局は1週間しか時間がないので、それ以降の世話というのはドレンさんたちアルノー村の人に任せきりになる。
駄目なら仕方がない。
「春から植えられる種があるなら、是非我々も欲しいですな。まあ半分は領主様に納めなくてはいけないので育っても大した量にはならんでしょうが……」
税制についても知りたかったところだった。
どうやら農民にかかる税は重いらしい。
小麦は半分を領主、2割を国に換金したうえで納めなければいけない。
つまり、手元に残る小麦は3割、その上で次の年に植える麦も確保する。
もう、ほとんど小麦は残らないのではないだろうか?
ただ、他の作物には税がかけられていない。
つまりキャベツやレタスを売った金を使って、小麦を買って播き、ライ麦やオーツ麦、ジャガイモなんかで食いつなぐなんてこともあったらしい。
だから反収が増えないと、どうしても厳しかったので近くに住み着いた魔術師レイナに教えを請い、草刈りしたり堆肥を作ったり様々なことを試し今の状態になったんだとか。
苦労がしのばれるなぁ。
もちろん、人的コストが見合わなければうまくいくはずもない。
だから、できうる限りの省力化にも尽力していた。
草刈りなんかも座ってやらないように道具を使ってまとめて刈るし、種まきも専用の機械を転がすことで自動で筋蒔きになるような仕組みを使っている。
これらの道具についても、来訪者の末裔であるレイナの影響は色濃く出ているだろう。
そういう意味でアルノー村は、この世界の標準的な農家とは一線を画すのかもしれないなぁ。
ちなみに、クローバーや豆を植えるのは普通にどの村でもやっている話なので、そこは標準的なのかもしれない。
とりあえず、農地に鋤を入れさせてもらい農薬をこっそりと撒いた。
最早やれることと言えば、”売買”で手に入る現代の利器位なものだ。
一応、麦に適合する農薬を購入しているが、もしかしたら適合せず全部無駄になるかもしれない。
そこは少し心配だけど、試さないことにはわからないだろう。
とりあえず、それで今日の作業は終了した。
くたくたになりながら、泊めてもらっているレイナ嬢宅へと足を向けた。
実は、カールもアルノー村に連れてきている。
一応奴隷であることや、凶暴な性格ではないとは説明していたが、元々の目的もあってレイナ嬢宅にご厄介になっていた。
当然、目的は本の編纂だ。
カールには挿絵と図解のために絵をかいてもらう。
絵本に出てくるような絵柄なので若干違和感はあるけど、悪くはないと思う。
他にもカールには蛮地で手に入れたワインやはちみつのラベルに絵をかいてもらっている。
だから、誰かの要望で絵を描くのにも慣れてきて、カール自身それを楽しんでいる様子もあった。
日中、ゴブリンと二人きりで大丈夫かと心配していたけど関係は至って良好な様子だ。
「あはは、ごめんねぇ。おばあ様に教えてもらったことは全部教えちゃったんだよ。」
夕食に提供したスパゲティを突きながらレイナは笑う。
「せめて先に教えておいてください。まあ、春化は興味を示してくれたから、全くの無駄じゃなかったみたいですけど。」
もう、あそこまでしっかりやられていたら俺がトラクターを提供するか農薬や肥料を提供するしかないレベルだ。
問題は、そこまで介入してしまうと社会を完全に壊しかねないという部分だろうか?
あるいは自動車があるのだから、トラクターは時間の問題だとは思うけども。
どうしたものか。
「春化ってなに?」
どこまで知ってて、どこからは知らないのかはなかなか把握が難しい。
「春化って言うのは、麦を越冬させるんじゃなくて冷たい水とかに漬けて休眠状態にさせる手法ですよ。
それを春にまけば、冬に蒔いた小麦と同じくらい収穫が見込めるようになるそうですよ。
まあ、俺のやったことが間違ってなければですけど。」
一応こちらの麦で買った本を参考にやってみたけど、本当にこれでできているのかは自信がない。
「あー、春播きねぇ。ほとんど育たないから、やるだけ無駄だと思うなぁ。」
冬に植えた麦が枯れた場合にはやることもないわけではないらしい。
幸い今年は、そんなこともないので多分必要はないんだろうけど。
まあ、実験だ実験。
「それより、農民の税は重すぎませんかね?国に2割に領主に5割って植える麦無くなると思うんですけど?」
一応、レイナは侯爵家の人間だ。
搾取する立場の人間の意見を聞いてみたい。
「ちょっと待って、それ領主によって違うから。それにさすがに種籾までは持っていかないよ?それを引いて、そこから5割が普通だよ。
昔は国が税を持っていくことはなかったそうだから、種籾の心配をする必要もなかったらしいんだけどね。」
確かレイナは100歳超えだ。
そのレイナが昔という事は、ドレンさんはちょっと大げさに言ったんだろうか?
ちょっと判断に迷うけど、いつだって人は目的もなしに自分が儲かっているとは言わないものだ。
色々なからくりや誤魔化しで儲けは少ないですと言う。
そうすることが自身の利益につながるからだ。
むしろ、自分は儲かってますという人間はあまり信用しない方がいい。
とはいえ、実際のところどれくらい儲かってるんだろうか?
少なくともレイナに教えを乞うくらいには困っていたのだろうし、左団扇だとは思えない。
まあ、いろいろと苦労があって今は安定しているとみるのが妥当かなぁ。
「税が重いのは認めるけどねぇ。」
レイナはバツが悪そうに頬を掻いている。
これだけ派手にお金を使いまくれるくらいには侯爵家は裕福だしな。
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