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5-21 彼女が無事であることを喜ぼう。

現実で考えると傭兵ってかなり過酷な職業ですよね。

好きな子がそんなことをしてたら気が気ではないと思います。

 あの物乞いの爺さんが誰なのか分からなくて、怖いから昨日は外に出られなかった。

いないことを窓から確認してから、出勤する。

「ヒロシさーん、お手紙届いてますよー!!」

 朝から元気にセレンが出勤してきた俺に押し寄せてくる。

ここに届くなら、俺当てではなくて商会としてのグラスコー宛だと思うんだけどな。

「分かりました、目を通しておきます。

 それとこの文面で手紙をよろしくお願いします。

 タイプライターじゃなくて、直筆でよろしく頼みます。」

 とりあえず、鍛冶屋ギルドと木工ギルド、そして陶器ギルドの代表者宛だ。

とても俺の悪筆で手紙は送れない。

こういうのも事務員のお仕事なので、積極的にお願いしている。

場所は、ハロルドの店で皆様のご都合が合う人をと言うことでお願いした。

 セレンにはなるべく事務的に接するように心がけている。

しかし、それでも何かと接触を持とうとしてくるから、仕事とはいえ大変だなと同情してしまう。

こんなぶ男に言い寄れって言うのも割り切れるものなのかな。

 いや、考えないでおこう。

悲しい気持ちになるから。

 とりあえず、届いた文面はアーノルド商会からのもので、こちらの条件は全て飲むという内容だ。

1日2時間、午後からこちらの事務員を連れて、アーノルド商会が準備した場所で”鑑定”を行う。

ワンドは無し。

事務員に対する事務手数料も支払う。

 もうここまでくると断る理由もないよな。

承諾した文面を書き、グラスコーの承認待ちとしたい。

 というか、またいない。

あいつは本当にいついるんだろうか?

といっても、あれはあれで仕事をしているのだから俺が口出しすることじゃないな。

「ライナさん、これグラスコーさんが来たら渡してください。

 承認が出たら、直筆で送ってもらうようにお願いします。」

 ライナさんが、ざっと目を通す。

この時点で問題があれば指摘してくれるのでありがたい。

ある意味、グラスコーより頼もしい。

「分かったわ。渡しておくけど、今日は新人歓迎会でしょ?戻ってくるの?それとも直接?」

 忘れてた。

そういえば、予約入れてたんだな。

「そうですね。直接行きます。先に帰らないでくださいね?」

 流石に、言ったらもうみんな帰った後というのは悲しい。

「なるべく努力はするわ。」

 ライナさんは笑いながら言うけど、まあまだ寒い時期だ。

遅い時間までは待ってくれないだろうな。


 昼食の前に事務所を出た。

ベネットがそろそろ帰ってきそうだから、ちょっとお昼は彼女に会いたい。

急いで辻馬車に乗る。

気になってトランシーバーが反応しないかじっと見てしまう。

彼女の周波数が反応を示す。

思わず駆けていきたくなったが、ぐっと我慢した。

何かあるかもしれないし、直接会ってから様子を見たほうがいいかもしれない。

 門にたどり着き、行きかう人を見る。

最近は雪が降る日も減って、雪かきも頻繁に行われる門の前は、ちゃんと舗装が見える。

以前よりも行き来する人が増えたような気もした。

 ベネットがいる一団がくたびれた様子でやってくる。

特に旗を掲げるでもなく、誰かが歓声を上げるでもなく、ただ馬車に揺られ、馬に背負われて非常につらそうだ。

 ただ、どうにか本拠地に戻ってくることができたという安堵だけはあるのが分かる。

俺は愛馬にまたがるベネットに手を振った。

彼女も手を振り返してくれた。

馬を降り、手綱を引きながら、歩いてくる。

「ただいま、ヒロシ。何とか生き残れたわ。」

 本当に疲れ切ったという様子で彼女は俺に抱き着いてきた。

血と硝煙の臭いがこびりついている。

彼女が過ごした戦場の過酷さに目がくらみそうだ。

「おかえり、ベネット。昼食を一緒にどうかな?」

 あちこち傷だらけだけど、癒しの手が追い付かないほど負傷者が出たのだろう。

それにいつも整えられた髪も乱れているし、衣服もボロボロだ。

装着しているチェインメイルもあちこちほつれていて、ちょっと俺に突き刺さってたりもする。

 あまりその、褒められたことじゃないんだが、そういう彼女も魅力的だなとか何とか。

駄目な男だなぁ。

「ごめん、まずお風呂に入りたい。その後でもいい?」

 ぼーっとした様子で、ようやく思い至ったように、俺に聞いてきた。

「いいよ。予定はあるけど、まだ余裕はあるし。」

 そういってから、体をゆっくり離し、手綱を持つ手と反対側の手をもって、居留地へと向かう。


 もちろん、さすがに私事だけで居留地に来たりはしない。

エントランスで、傭兵団の事務員さんにタオルや糖衣チョコの納入、それに防刃服の注文を受け付けるという仕事も兼ねている。

本当は、そういうの抜きでベネットの為だけに時間を使いたいけど、まだまだ働かなくちゃいけない。

早く、誰かに任せて自由な時間を持てるようになれればなぁ。

 投資で一山当てられないだろうか?

ふと、あの物乞いの爺さんが気になった。

いや、物乞いに何を期待してるんだ。

もしそんな儲け話を持ってるなら、物乞いなんかやってるわけがない。

「ごめんなさい、ヒロシ。だいぶ遅くなっちゃった。」

 すっかり髪も整えられ、新しい着衣に着替えてはいるけど、やっぱりまだボーっとしている感じがする。

「相当大変だったみたいだね。大丈夫?」

 そういうと、小さくベネットは頷く。

「いろんな人の思いが背中に乗っかったから、本当に……」

 笑いながらだけど、涙が流れた。

「おかしいな。悲しいとかじゃないのに、涙が出ちゃう。はー、本当に疲れた。」

 涙をぬぐいながら、椅子に座り、背もたれに背中を預ける。

「外で食べようか? 今日は雪も降ってないし。」

 俺の提案に彼女は頷く。

どうも反応が薄いけど、ゆっくり話を聞いてあげよう。


 日当たりがよく、ちょうど雪が消えた野原にビニールシートを敷いて、そこに座る。

最近は、こういうシュチュエーションでも靴を脱ぐことが減った。

 でも、今日は珍しくベネットがブーツを脱ぎ、ビニールシートに腰かけたので、それに習って俺も靴を脱いだ。

「はー、空綺麗。」

挿絵(By みてみん)

 不吉なセリフだと俺が思うのは漫画の読みすぎだろうか?

まあ、そんなことは彼女は知る由もないんだから、そんな意図はないのは確かだろう。

 しばらく、ぼーっとしてしまう。

彼女も何も言わず、俺の手を握ってる。

これで付き合ってないって言ってんだから、笑っちゃうよな。

「お腹すいた。」

 不意にベネットが空腹を訴えた。

「今日は、サンドイッチを用意したけど、飲み物はどうする?シードルがあるけど?」

 起き上がって彼女は飲むとだけ言う。

カップにシードルを注ぎ彼女に渡す。

「はー、生き返るぅ。」

 そういえば、この世界の復活はどうなってるんだろう?

ゲーム基準で言えば、死者蘇生の呪文も用意されていた。

 ただ、そんなものがあったらもっと社会は混乱してそうな気もする。

少し気になるところだ。

 レイナはカナエに対して配偶者を蘇らせればいいと言っていたことからすれば、不可能ではないんだろうけど。

「今日は、チーズとハムのサンドイッチとレタスとベーコンのサンドイッチがあるよ。両方食べるでしょ?」

 ベネットはうんっと頷く。

なんか、幼児退行してるみたいでかわいいけど、ちょっと心配になるな。

「食べさせて……」

 あーん、と彼女は大きく口を開ける。

「いや、それはさすがに……」

 ちょっと躊躇いを覚える。

でも彼女は、口を開いたままだ。

「仕方のない、おひい様です。」

 ちょっと茶化しながらじゃないと恥ずかしすぎる。

そっとサンドイッチを彼女の口元に運んだ。

それにかぶりつき、彼女はもぐもぐと咀嚼する。

若干幸せを感じないこともない。

パクパクと持っている指の前まで彼女はサンドイッチにかぶりつく。

 そして、ごくんと飲み込んだとあーんと口を開ける。

そっと、最後のひとかけらを彼女の口の中に置く。

もぐもぐと目を閉じながら味わうように咀嚼する彼女を見て、相変わらずかわいいなと思った。

「おいしかった。ありがとうヒロシ。ごめんね変なこと言っちゃって……」

 流石に自覚はあったのか、残りは自分で食べてくれる。

 それからは、食べながらベネットは戦場で起こった悲しいことや辛いこと、考えていたことを堰を切ったようにしゃべりだした。

俺にはわからないこともあったけど、ちゃんと聞いてあげようと思い、口は挟まない。


 どうやら、今回の仕事は男爵家が一つ消えた話になるらしい。

悪魔崇拝をしているという嫌疑がかけられ、それを問いただす王国の使者を切ったところから始まった話らしいのだが、真面目に悪魔崇拝していたらしい。

とはいえ、それは領民の為であり王国にも責任があると全面対決の姿勢を崩さない。

 結果、籠城する男爵を誅するための軍が編成されたというわけだ。

領民のほとんどは巻き込まれたくないということで逃げ出したけれど、長年の恩顧に応えるという形で幾人かの騎士が籠城に参加。

 もちろん、騎士が参加するとなれば、その下についている人も離反することなく、結構な人数が城に詰め込まれていたらしい。

恐ろしいのは、たとえ大砲で壁を突き崩しても、突入する際には犠牲が出るのがつきものだ。

 例え戦闘のプロでも、少年や老人を殺すのはためらわれる。

おかげで趨勢はとっくに決まってるのに、悲惨な戦闘が続くというありさまだったらしい。

 最後は、ベネットと敵指揮官との一騎打ちとという話だったけれど、どうやら相手は配下である騎士の一人らしい。

男爵本人は、戦闘経験もなく城の奥に籠っているだけで、指揮は全部部下任せだったとか。

一騎打ち前に騎士は男爵が生贄に捧げる予定だった少女たちを解放し、もはや男爵に申し開きができる状況にはないと語ったうえで一騎打ちを申し込んできた。

条件の降伏については男爵の家族の助命、勝利した際は外国へ逃亡するため、追撃を一日遅らせてほしいという内容だった。

 ちなみに、男爵の首は一騎打ち前に差し出されているので、王国側の勝利は確定している。

もはや、それ戦う意味あるのかな?

 正直、本当に俺には理解できない。

男爵一家の命を助けるためにというけど、男爵家自体はお取り潰しで平民に落とされる。

なら悪い奴が断罪されたんだからそれでいいじゃん。

一騎打ち無しで、降伏内容を認めるってことでよくないのかな?

どうにも家族には共犯関係はなかったらしいし。

 まあ結局は男爵家という組織である以上、責任者が問題を起こせば、その下にも累が及ぶのは仕方がないのかもしれないけど。

少なくともベネットには関係のない話だと思う。

本当、とばっちりだよなぁ。

「本当は名誉なことなんだけどね。正直、死にたくないって気持ちの方が勝っちゃった。

 ヒロシがくれたものがなければ、私の方が負けてたと思う。

 それくらい強い人だったよ。」

 そういう意味では、ちゃんと俺は役に立ってたんだな。

本当によかった。

 身勝手かもしれないが、顔も知らない強い騎士よりも、ベネットが生き残ってくれる方が俺には大事だ。

彼女を肯定するように、俺は背中をなでる。

身を預けてくれるベネットのぬくもりを感じられて本当によかったと思う。

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