5-18 用事が立て込んでいる。
適当な路地で、俺はベネットへの返信を書いた。
ワープロじゃなくて直筆で。
あんまり文字を書くのは得意じゃないけど、他人が目にする可能性もあるし。
とりあえず役に立ってよかったという旨と、ベネットの無事を祈るという内容だ。
もうちょっと砕けた文章にしたけど、変じゃないかな?
難しい。
バインダーで挟んで書いたので、若干歪んでる。
ちょっと恥ずかしいが……
書き直しても今よりうまくなる気が全然しない。
筆不精な俺は、それなら出さないでいいかと思ってしまうことが多い。
だけどベネットのことを考えると返事しておきたい気持ちが勝って、納得できない出来の手紙を置いてしまう。
するとトーラスの方からも手紙が届く。
こちらも無事な様子だ。
こっちにも書いておくか。
とりあえず、この後は画家の先生を訪ねるためにいったん家に帰る。
カールを連れて、画家の先生といろいろと話す予定だ。
不意に、物乞いの人が目に入る。
いつものように銅貨を入れて立ち去った。
「いやー、素晴らしい絵です。カール君でした。こんな純真な絵を描く人を私は知らない!!ぜひ私の技術を学んでほしい。」
カールの絵をべた褒めするけどそこまでの絵だろうかと俺は思ってしまう。
よく美術の先生が子供の絵こそが至高の絵だみたいに言うことがあるが俺にはよくわからん。
この画家の先生もそういうタイプなんだろうか?
見た目は細身で、口ひげを蓄えた男性の画家さんだけど、偉ぶった態度はとらないので印象は悪くない。
お邪魔した部屋にはあちこちに描きかけの絵があり、多産な画家さんなんだろうなというのはわかる。
実際、周りの評価もそういうものだ。
絵柄は……うん、うまいと思うけど普通……
美術家としてはうだつが上がらないけど、基本技術は高いから何か絵をかいてもらうなら、とりあえず依頼を出しておこうという人らしい。
それは本人も、結構苦痛かもしれないな。
「授業料は週に銀貨8枚でいいでしょうか?」
まあ、この金額も妥当な金額だと思う。
習い事レベルとしてはむしろ安い方かなと思わなくもないけど、高いお金を払ってもいい先生に習いに行けるとは思えない。
「ええ、それで結構ですよ?私の方がお宅にお邪魔するということでいいんですか?」
一応この画家さんの家で習ってもいいんだけど、カールを送り迎えするのは俺の仕事ではきつい。
狭い部屋に呼ぶのは気が引けたが、ご足労願いたいところだ。
「場合によっては、ナバラ家に預かっていただいている時もありますので、そちらにお願いすることがあるかもしれませんがよろしいですか?」
呼びつけるのだから、交通費も払わないとな。
辻馬車の料金も月謝と一緒に払おう。
「もちろん、構いませんとも。私も煮詰まっていてね。人に会う機会も減り、私の作品はどんどん貧相になっていく。
そういう意味でもこちらに否はありませんよ。」
なるほど、適度な気晴らしにもなるか。
画家の人はどうしても一人の作業が多い。誰かに助けてもらうわけにもいかない。
そういう意味で、適度に外に出て発散するのはいいことだと思う。
それでお金がもらえるなら、これほどいいことは無いだろう。
すっかり忘れていたがカールの意見を聞いてみる。
「カール、この先生に絵を習う気はあるか?いろいろと教えてもらえると思うんだけど?」
カールはきょとんとしている。
よく呑み込めてないんだろうか?
それとも何か不満でもあるのかな?
「絵の描き方を習えるの?ご主人様、俺は絵が上手くなりたい。」
お、おう。
だから先生を探してたんだぞ?
「じゃあ、この先生がうちに来るから、ちゃんと習うこと。いいね?」
俺の言葉にカールは頷く。
そのあと、週何日とか、どのくらいの時間だとか、昼食は用意して置くということとか細かいことを事細かに打合せする。
こういうのって、結構めんどくさい。
まあ、面倒くさいだけでそれほど時間がかかるわけでもないんだけども。
「では、お暇します。今後ともよろしくお願いします。」
俺とカールは頭を下げて、画家の先生の家を後にする。
しかし、言葉の壁があるからなぁ。
うまいことやれればいいけども。
最近、だんだんカールも帝国語をしゃべれるようになってきたのもあって、ちょっとは期待しているけど。
何かトラブルにならなければいいなぁ。
途中、ハロルドの店によりカールと食事を済ませて部屋に戻る。
でも結構浅い時間だ。
もう一つ予定を消化できそうな気がする。
酒場で情報収集するか、ベーゼックを探して話を聞くかだ。
女性のいる通りには、なるべく近づきたくはない。
普通の飲み屋にいたらとっ捕まえよう。
不意に電子音が響いた。
ベネットからの手紙だ。
俺は、取り出して目を落とす。
内容は、心配してくれてありがとう、仕事は終わったのでこれから戻るという内容だ。
ほっとする。
いや、まだ帰り道があるんだろうから、まだ気が早いだろうけど。
俺は返信に、帰り道も気を付けてねとだけ、短い文章をしたためて送った。
部屋の中で書いたから、前に送った手紙よりましだろう。
一軒目では、ベーゼックは見つけられなかったが、グラスコーを見つけた。
「珍しいな、お前がこんな店に来るなんて?」
不思議そうに声を掛けられた。
「まあ、その。例のベネットの仇について噂でも流れてないかなと思いまして。」
ばつが悪かったので素直に白状しよう。
「なるほどなぁ。まあ、ドライダルだっけ?聞く限りじゃ碌でもないやつみたいだから、噂話がないってことは無いだろうけどよ。
大抵尾ひれがついてるもんだぞ?
どこにいるかって言うのも、下手すると王城にいて姫様をたぶらかしてるとかそういうとんでもないものまであるかもしれん。
大体、お前噂だと異国の王子様扱いだぞ?」
なんだそりゃ。
俺の噂なんてのも流れてるのか。
「どんな話ですか。遠い国の出身に思われるのは理解できますけど。」
なんでも銀髪の剣姫は亡国の姫で元婚約者の俺が彼女を追い求めて身分を隠して追っかけてきたとか何とか。
そりゃまたとても素敵なお話で。
その中だと俺は、超絶イケメンの優男なんだとか。
なんか名前を名乗りづらくなるからやめてほしい。
でも話のタネにはなるか。
「美貌の王子って言うのは女どもの妄想だろうけどな。
あのオークションの主催。なんだっけな。
あいつのところの責任者が首になったのも、お前の仕業になってるぞ?
剣姫を馬鹿にしたから、激怒して圧力をかけたとかよ。」
アーノルド商会の話は、その責任者の力不足が原因だろう。
俺のせいじゃない。
あー、そういえばアーノルド商会の依頼のことを話しておくか。
「そのアーノルド商会の件ですけど、倉庫にあるマジックアイテム全部調べてくれって言ってきましたよ。」
商会の名前を聞いてようやく思い出した様子でグラスコーはうんうんと頷く。
「そりゃ、お前にあれだけ荒らされれば対策立てたいだろうよ。
なら、張本人に調べさせる方が手っ取り早いって思われるさ。」
それだけならいいけど。
いや、仕事の件はよろしくないか。
どのくらい拘束されるだろう?
鑑定料倍って言うのはおいしいかもしれないけども。
「どうします?やった方がいいですか?」
グラスコーからすればつべこべ言わずにやれって言うかも。
「好きにしろよ。でも、いろいろとマジックアイテム眺めるのも面白いんじゃねえの?
俺にも儲けが来るわけだし、反対する理由はねえよ。
問題は、全部鑑定して回ったら前みたいに掘り出し物が見つけにくくなるかもしれないくらいか?」
意外とまともな判断だ。
やっぱり経営者としては、それなりに考えてはいるんだな。
あー、それと他にも伝えることがあった。
「ウーズの方は、面白いネタだけど地図なぁ。さすがに俺もちゃんとした地図ってのは見たことがねぇ。
街道が整備されたから迷うこともないだろうってことであんまり需要はねえしなぁ。
それに、国としちゃ秘密にしたい情報だろ?」
最後は、少しひそひそ話になった。
それはそうだよな。
あまり地理的な情報を公開したくはないかもしれない。
その国の生産力や軍事拠点の場所を推測される可能性もあるし、どこも神経はとがらせてるだろう。
ただ俺としてはそういう用途ではないから、そういう重要部分は必要としていない。
出来れば、譲って欲しいところなんだよなぁ。
「ベーゼックあたりは何か知りませんかねぇ。」
彼の名前を出した途端、グラスコーは笑いだす。
「あの酔っ払いの腐れ坊主がなんで知ってんだよ。まあ、意外と面白い奴だが、何か知ってそうなのか?」
おや、ベーゼックが書庫の虫だって話は知らなかったのかな?
歴史オタクで、教会の書物は読み漁ってるという話を振ってみた。
「あいつ、単に英雄話が好きなだけじゃなかったんだな。なるほど、案外ダンジョンの場所なんかも知ってるかもしれねえな。」
ダンジョン見つけてどうするんだ?
貴族の領内だったら、好き勝手にはできないってお前言ってなかったっけ?
「よしんば知っていたとしても、自分で潜るわけじゃないんでしょ?」
一応確認しておこう。、
「当たり前だろ?ダンジョン前って言うのは意外と儲かるんだ。マジックアイテムはさすがに仕切りが入るが、日用品の類は必要だろうし、ポーションもそこそこ売れる。
何の準備もしてないガキどもが群がるからな。
ついでに、中の様子を記録させておけば、それはそれで金になる。
時々ダンジョンからとんでもないもんがこんにちわして、入り口の商人も巻き込んだ大惨事も発生するけどな。」
いい迷惑だ。
変なところを突いて、ろくでもないものを呼び出しそうで怖い。
「それに、領内でもお貴族様が気付く前なら掘り出し物に出会えるかもしれねえ。
なら、新しいところが見つかればそりゃ知っておきたいだろうよ。」
言ってることは何も間違っていないが、本当にハイリスクハイリターンが大好きな男だ。
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