5-9 また戻ってくるよ。
帰るまでが里帰りです。
とりあえず、ベネットは結構有名になっていたり。
なので、こんな無理難題を出されたりもします。
ハンスたちは1日で水場を離れた。
そもそも、水場は開けた場所にあるから滞在するには向いてない。
それに、いつまでもアジームたちがいるとコンテナハウスが使えないしな。
それとそろそろ俺たちも街に戻らないといけない。
契約期間の話もあるし、トーラスやベネットは売れっ子の傭兵だ。
次の契約とかもある。
本当、無理にお願いしたから、いろいろ迷惑をかけている。
今晩泊まったら、朝には出発するとハンスたちに伝えた。
また、すぐ帰ってくるんだよねってミリーに涙ぐまれたときは正直、気持ちがぐらついた。
できるだけ定期的に帰りたいな。
いや、その前にトーラスとベネットをちゃんと専属で雇えるようにならないと。
だとすると、まだまだ稼がないとだめだ。
「ねえ、ヒロシ。早速だけど、見せてほしいの。」
コンテナハウス2号に入ったところでころで、昼間言っていたことを早速試したい様子だ。
「分かりました、横に座ってください。」
モニターに情報を移す。
正直、これだけで気が滅入りそうになる。
文字と数字の羅列だ。
ベネットも顔を歪める。
「ごめんなさい、言っておいてなんだけれど役に立てそうにない。」
早々に弱音が出るくらいには、威圧的だ。
「だよねぇ。俺もちょっとこれには辟易していて、これでも持ち主のデータを絞ってるんだ。名前と出身地と在住地。在住地がない人は多分亡くなってる。」
当然数字であることには疑問がわくよな。
「この数字には何か法則性があるの?」
まあ、たぶんベネットは魔術の勉強もしてたし、基礎知識として惑星上で暮らしてるくらいの知識はあるかな。
「まず、この星の中心から垂直方向と、水平方向の角度を表していて……」
どうせ画面を見せるなら、映像付きの方が分かり易いだろう。
簡単な解説動画を流す。
「まあ、大体こんな感じなんですよ。」
動画を流し終わった後に、ベネットの反応を待つ。
「ごめん、大抵のことにはびっくりしないようにしていたけれど、正直ヒロシの住んでいた世界のことをそのまま見せるのはやめて。怖くなってくる。」
そうか、そりゃまあ……そうだよなぁ……
「その、ごめんなさい。」
テレビのない時代の人にいきなり動画を見せたら、そりゃびっくりするよな。
「地面って丸かったんだ……」
トーラスはトーラスで解説を聞いてたのか、別のショックを受けていたみたいだ。
まさか、惑星って概念を知らないとは思わなかった。
スコープを覗いていたので、当然地平線を見ることもできるはずだ。
そういう意味で地面が丸いというのは割と分かり易い。
だから、そういう話をすればトーラスも納得できた様子で助かる。まあ、基本的に気にしなければ平らだと思って暮らしているよね。
とはいえ、スナイパーなんだから、コリオリ力とか意識しないんだろうか?
もしくは無意識に修正してたのかな。
まあ、理屈が分からなくても感覚で処理できてしまうこともあるからそういうものなのかもしれない。
そもそも、意識してあれやこれやしたところで、俺がトーラス並みに射撃が上手くなるかと言えば疑問だ。
そういうものなのだろう。
ベネットは、どうにか数字の意味は理解してくれたみたいだけど、じゃあ作業がはかどるかと言えばそんなこともない。
一応、ベネットが知っている場所は、地名が表示されたのでありがたかったし、おおよそ地球と角度単位の距離は変わらないことは推察できた。
そこから、どうやらドライダルが王国中央を在住地としていることまでは分かった。
でも、そこまでだ。
あくまでも、その物品を手にしていた時に住んでいた場所だ。
実際、物品ごとに在住地が変わった。
だから、今どこで活動しているかまでは分からない。
持ち主が変わった日時はわかるので、時系列は追える。
そこからすれば、そう大きく移動はしてないとは思うけども。
ベネットは、それでも感謝してくれた。
今までは王国にいるのか、蛮地にいるのか。
それともほかの国にいるのかもわからなかった。
そういう意味では大きな前進なのかもしれない。
ただ、彼女も傭兵団の一員だ。依頼を反故にしてまで探し回るわけにもいかない。
雪で閉ざされた今、探しに行こうというのは無謀すぎる。
まあ、無謀なことをした俺が言うことじゃないけど、少なくともベネットは我慢する姿勢のようだ。
しかし、ベネットのおかげで地図埋めがはかどった。
地名と座標が分かれば距離関係もつかめてくる。
これから、王国内も旅するだろうし、これは非常にありがたかった。
そもそも、首都を知らなかったというのはちょっとどうかとは思うけど、一度も話に出なかったしな。
どういうところなのか、一度訪ねてみたい。
「じゃあ、出発するよ。次来るときはもっと人を連れてるかもね。」
ハンスに出発することを告げた。
「いつでも歓迎するさ。こいつで連絡してくれればすぐに迎えに行く。」
渡したトランシーバーを片手にハンスはそう言ってくれる。
流石に蛮地はトランシーバーの通信範囲外になってしまうので、関所を超えないと連絡はできないが、少なくとも今回みたいに迷子になることはないだろう。
多分だけど。
「お世話になりました。ヨハンナさんお元気で。」
よっぽど気が合ったのか、ベネットはヨハンナと別れを惜しんでる。
ミリーとテリーは忙しいのか顔を見せてないけど、まあ手紙はやり取りできるしな。
心配はいらない、と思う。
トーラスとロイドも何か話してるみたいだけどなんだろうか?
まあ、ともかくモーダルに着くまでは気を抜かないでおこう。
これで帰り道にワイバーンの胃の中に納まったら、シャレにならない。
「トーラスさん、ロイドと何を話してたんです?」
馬車に揺られながら、気になっていたので聞いてみた。
「あー、うん、酒の話を少しね。あと、帰り道についていろいろとアドバイスをもらったよ。
出没地についての情報だから、ヒロシにも伝えておいてくれって言われた。
ほら、この地図。」
グラスコーが使っているおおざっぱな地図と同じくらいの精度だけど、いろいろと書き込みが多い。
なるほど、ここまで情報量が違うと選ぶ道を変えないといけないかもしれない。
「まあ、もっとも一週間もすると様変わりするらしいから、二度と使えなくなるみたいだよ。
来るときはなるべく慎重にだって。」
つまり、生きた情報って事か。
ありがたい。
「まあ、しかし、みんないい人だったね。蛮族のイメージが変わったよ。まあ、略奪王のところは僕のイメージと違わなかったけども。」
そうだろうなぁ。
俺も、アジームのキャラバンは恐ろしい。
「女性たちは、とてもやさしかったけれどね。ヒロシが渡した織機のおかげかもしれないけれど。」
ベネットの口ぶりからすると女性同士、いろいろと交流があったみたいだな。
一応アジームのところにも織機と紡績機を渡してきている。もちろんただじゃないけど。それなりに格安で売った。
蛮地の流儀で現物交換だから、インベントリが皮やチーズ、ワイン、はちみつみたいな交易品で圧迫されている。
なのでみやげ用に多少残しておいて残りはグラスコーのタブに移し、売っておいてという手紙を添えておいた。
タオルの生産量が増えれば、それだけ俺も潤う。
もちろん、現在は”売買”で買えるタオルの方が品質がいいので、二級品扱いになるし俺の儲けは減る。
でも、出回れば出回るだけ知名度が上がるし、手に取る機会も増えるだろう。
だから、商売としては二級品でも全然ありがたいわけだ。
もちろん、買い取り価格は売れ行きにも左右されるとは言ってはいるけど、ハンスを経由すればすぐに物品と交換できるという風に伝えてあるのできっとたくさん作ってくれるだろう。
帰り道は本当に順調だった。
一度、以前みたいにデカい猪が追っかけてきたけどトーラスのライフルで完封出来たし、危険を感じる事もなかった。
関所で前回同様に肉屋に卸した。
但し、ちょっとみやげ用にいい部分は分けてもらう。
それでも、この時期は入荷がほぼストップするということで有難がられた。
ついでに、スノーウーズを半分だけ売りつけてみた。
通常は倉庫に雪を詰めて冷蔵しているらしいが、夏場はすっかり溶けてしまうということだったので雪がわりにするといいと売り込んだ。
半信半疑みたいだったけど、とりあえず証書で金貨5枚で売れた。
まあ、猪を売ってくれた礼とでも思われてるかもしれないが十分じゃないかな。
問題は衛兵たちだ。
来た時以上の人数がベネットを取り囲んでいる。
泊まる予定の宿に押しかけてきたわけだけど、どうやって調べたんだ。
「あ、あの……」
流石にこの人数は、ベネットも怯えている。
「ひ、ヒロシ……早く、出発しない?……」
出発したいのはやまやまなんだが、レンタルし直したスノーモービルが借りられるのが明日だ。
1日、馬車で強行軍するなり歩いて進なりの選択肢があるにはあるが……
言いづらい。
「是非、酒をふるまわせてください。今年でここを出てくやつもいるんです。
送別会も兼ねて是非銀髪の剣姫のお言葉が戴きたいんです!!お願いします!!」
こいつは絶対、転勤しないだろうな。
転勤する奴を口実に引き留めようとするのはずるい。
「ただの傭兵です。私……」
おそらく、二つ名が付くことは名誉なことなんだろうとは思うけど、こうやって望まない状況を作られるのは嫌だよな。
それでも髪を染めたりしないのは、仇討ちには都合がいいからかもしれない。
名が売れて、ドライダルが仇だと知れ渡れば有形無形で援助が受けられる可能性がある。
そういう意味で痛しかゆしなんだろう。
「そんなことはありません!!その美しい美貌、美しい声、歌でも構いませんので、ぜひお聞かせください!!」
歌って……
歌手じゃないんだぞ?
「いや、だから私は傭兵……」
助けを求めるようにベネットは俺を見てくる。
困ってる姿が可愛いとか思ってしまっているが、助けてあげないとさすがにな。
愛想をつかされるのは嫌だ。
「雇い主は私です。余計なことで煩わせないでもらいたいんですが?」
思いっきり敵意を向けられるが、怯むと大抵よくない。
「その……いや、雇い主だからって自由な時間を奪っていいわけでは……」
「自由な時間を奪ってるのはあなた方でしょう。確かに送別会というのに、特別なことを用意したいという気持ちはわかりますよ。
でも、こちらの迷惑を考えてもらいたい。」
多少理解はできるからなぁ。
「では、せめてお言葉だけでも……」
少し妥協案を出すか。
「ベネットさん、合唱ならどうです?それなら、恥ずかしくもないでしょう?」
耳打ちをしてるのが気にくわないのか、目線がきつい。
単なる内緒話だよ。
「それくらいなら。」
妥協点としては、そんなところか。
「皆さん知ってる歌はありますか?合唱で旅立ちを祝うのに我々も参加させてもらうというのであれば受け入れますよ。」
まあ、当然俺も歌わないとだよな。
歌、下手なんだよなぁ。
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