4-22 帰郷の始まり。
帰郷と言っても最初の場所に戻るだけなわけでして。
でも、気持ち的には帰郷ですね。
ようやく諸々の準備が終わり、ハンスたちの元へ向かう日がやってきた。
初めての無断欠勤をやらかしたり、グラスコーがSUVを早速スリップさせたり、色々事件も多かったが、おおむね平穏だ。
ちなみに、あの飲み会は全額グラスコーが払ってくれたらしい。
半分だしますと言っても断られた。なんか、貸しを作った気分で腹立たしい。
しかし、あの店だと結構な額を出してもらってるだろうし、無断欠勤してるし頭が上がらない。
一応平謝りしたけど、グラスコーは気にすんなの一言だった。
ただ、たぶんライナさんの評価はダダ下がりだろうなぁ。
ともかくアレストラばあさんの荷物が雪狼便で届いたから、これで抜けは無いはずだ。
「ヒロシ、私たちの準備は整ったわよ?」
準備万端といった様子で、ベネットとトーラスが門の前までやってきた。
この寒さだから大分分厚い防寒用のコートを着ている。
二人とも、プロだから当然下にはチェインメイルをつけてないだろう。
改めて確認する必要はないかな。
発熱下着も説明して渡してるし、抜かりはないと思う。
「ヒロシ、まさかそれでいくのかい?」
俺の出で立ちにトーラスは若干引いている。
何せ、馬車を改造したそりにロバを乗せ、俺が引っ張ってきたからだ。
かんじきがあるので、一応沈まずに歩いてこれたけど、結構疲れる。
もちろん、これで踏破するつもりはない。
「まあ、ちょっと行ったら別の手段に切り替えますよ。それよりベネットさん、馬は?」
とりあえず、馬も乗せられるスペースを確保したつもりだけど、肝心の馬がいない。
連れてこなかったんだろうか?
「聖戦士の従者は神の籠で休むことができるのよ?」
神の籠?
なんだろうそれは……
あぁ、すっかり忘れてた。
そうだよな。
俺の知ってるゲームでは、自分の乗騎を自在に召喚したり、別空間に逃がすことができたんだった。
そういう意味で言うと、俺のインベントリと同じってことになる。
もっとも、馬限定だけれど。しかし、神の籠って表現は初めて聞いた表現だ。
「すごいですね。」
知ってたとは言いづらい。
「あんまり驚いてないでしょ? もしかして知ってて忘れてただけ?」
うわ、なんか誤魔化しが効かなくなってる気がする。
そりゃ、元々嘘は下手だけどさ。
「あははは」
「そうやって、笑ってごまかさないの。私も一緒に引っ張るわ。」
すっと、俺の横に立って、輪の中に入ってくれた。
正直助かる。
「僕は押せばいいのかな?」
トーラスに尋ねられたけど、むしろ警戒してもらった方がいいだろう。
「いえ、そりに乗ってください。周囲警戒よろしくお願いします。」
しばらく歩き、ちょっと森の中に入って休憩をとる。
ベネットが助けてくれたから、だいぶ楽だったけど、息が上がってる。
ベネットは馬を外に出して撫でてやっている。
やっぱり、別空間にいるのは窮屈なんだろうか?
まあ、ロバたちも窮屈な思いはしているか。ちょっと馬車から降ろしてやろうか。
なんだか申し訳ないな。
早いところ関所を超えないと。
息が整ったところで、スノーモービルをインベントリの特別枠の中から出現させる。
結構大型だから開けた場所にしか置けない。
なんかゲームみたいに輪郭だけ光ってどこに置くのか決めるまではそれを自在に動かせるっぽい。
初めて使ったから時はびっくりした。
なんでわざわざ特別枠が設けられているのかよくわかってなかったんだが、あるものが届いたときに理由がなんとなく分かった。
そろそろ件の品物が届くころだなとインベントリを覗くと通知が表示されていて、特別枠に置かれているという内容が書かれていたわけだ。
そこで初めて使ったんだけど、大型のものを出したり引っ込めたりするのに特化してる収納だったらしい。
なんか使い勝手が通常のインベントリとも違っていろいろと驚いた。
「ヒロシ、それは何?近寄っても平気?」
そこは大丈夫だ。仮に何かに重なっていた場合、出したものが押しのけられるか、取り出せないと赤表示になって出現しない。
ただ、それをそのまま言って伝わるかな。
「えっとですね。」
やや冗長だったかもしれないけど、俺の説明で伝わった様子だ。
「《魔獣召喚》と同じって事ね?」
「そうです、それそれ。」
言われてみればそっくりだ。
こういうところは魔法があると説明しやすいな。
仕様はゲームとほとんど変わらない。
任意のモンスターを召喚する呪文だけど、同じように出現位置を表示して重なってたらずれる、ずれることができないと召喚できない。
まったく同じだ。
もっとも、その呪文を見たことがある人間にしか分からないだろうし、実際重なったらどうなるかって言うのを体験してみないと伝わらないけども。
「まあ、それはそれとしてこれなんだい?」
あー、説明しないと分からないよなぁ。トーラスの疑問はもっともだ。
「スノーモービルって言う乗り物です。まあ、雪上を移動するための自動車って思ってもらえれば。」
まあ、何でも自動車で片付けるのは問題かもしれないけど。他に思いつかない。
「3台あるけど、全員乗るの?」
一応そのつもりで借りた。
割と乗りやすいので、二人なら簡単に操作できるだろう。
ちなみに俺は、結構練習した。
「乗り方は簡単です。まず、鍵を回すと、動力が付きます。ただまたがる前に動くと危険なので、またがってから鍵を回してください。
次にここの棒を回すだけで動きます。試しに動かしてみますね?」
試しに乗って、まっすぐ走らせる。
そのあとゆっくり旋回させる。
「曲がり方はハンドル、掴んでるところを回すと回した方に曲がります。」
しばらくぐるぐる回る。
「で、スピードはここの棒を回す量で調節します。早くなりすぎた時は、この棒がブレーキになってるので、これを引っ張ります。」
スピードに強弱をつけ、ブレーキを掛ける。
「で、降りるときはこの鍵を回します。そうすると動力が止まります。」
こんな説明で伝わるだろうか?
「分かったわ。ちょっと試してみるわね。」
物おじせずベネットはスノーモービルにまたがる。
最初は慎重に、確かめるような運転をしてくれて安心する。
グラスコーは、最初っからアクセル全開だったからな。あいつは無鉄砲すぎる。
30分もしないうちになれたのか、全速力で走らせたり急ブレーキを試し始めた。
でも、危ないという様子はない。
凄い上達速度だ。
騎乗の才能でもついてるのかな?
いや、前にステータスを確認した時はついてなかった気がする。
マスクデータ化されてるのかもしれないけど、そこは判別がつかない。
「結構な速度が出るね?僕も試した方がいいよね?」
若干トーラスはビビりながら、スノーモービルにまたがった。
そりゃ、初めてだもんな。
普通は、ベネットみたくすんなり乗り出せないよ。
でも、当然俺なんかよりも上達は早い。
2時間もすれば、全速力でも問題はなかった。
問題があったとすれば、俺が雪見大福に襲われたくらいだ。
正式名称はスノーウーズという、いわゆるスライムみたいなやつらなんだが見た目は雪の塊だ。
雪にまみれて、獲物を狙う知能はあるらしく俺が気付いたときには覆いかぶさってきていた。
こいつの特徴はその希薄な構造にあってどこを攻撃すればいいのかはっきりしないところだ。
銃弾は貫通するし、ベネットの剣もすり抜ける。
かといって、メイスやこん棒だと二つに割れて2体になって襲ってきたりするので、面倒な相手だ。
ちなみに、メイスで殴打したらというのは、俺のゲーム知識なので定かじゃない。
何とか、駆け付けてくれた二人に助け出され、3人がかりで槍や剣、そして銃剣で切ったり突き刺すことで退治ができた。
危うく殺されかけたわけだが、何とか事なきを得たので良しとしよう。
しかし、本当にどんな構造をしてるんだろう?
気になったので死体、というか残骸を回収しておいた。
インベントリに納められるかで死亡確認をする意図もある。
生物は納められないという特性上、収納できたのであれば死んでいるってことだからな。
「大丈夫ヒロシ?」
包まれたときは、締め付けられて窒息しかかるし、冷たくて凍えるし一人だったら間違いなく死んでた。
「だ、大丈夫です。」
本当二人がいてくれて助かった。
水筒を取り出してお湯を急いで飲む。体温が下がりすぎてやばい。
防寒着を着ていてこれだから、普通の人だとひとたまりもないな。
「スノーウーズは厄介だからね。銃もあんまり効かないし、不意打ちされてよく犠牲者が出てるんだ。
春になると、よく雪の下から遺体が発見されるんだけど、大抵あいつの仕業だよ。」
トーラスは、何度か遭遇したことがあるのか恐ろしさについて教えてくれた。
ライフルを導入すれば無敵とか思ってたけど、全然そんなことないな。
一応とはいえ警戒はしていた。
でも、まさか雪が襲ってくるとは思わないだろう。
心理的にも視覚的にも判別は難しい。
サーモグラフで見張ってても、そもそも冷たいから雪と見分けつかないしな。
ベネットが背中をさすって回復してくれているので、助かる。
しかし、本当に恐ろしかった。
恐ろしかったけど、ロバたちが襲われなくてよかった。助ける前にやられてたかもしれないしな。
注意しないと。
警戒しつつ、二人にも、お湯を勧めて出発の準備を進めよう。
俺の乗るスノーモービルにそりをけん引させる。
一応、牽引できるかも調べてあるので、問題がない車種だ。
流石にロバ二頭は重いので、そんなに速度は出せないけど馬車なんかよりも断然早い。
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