1-9 お風呂に入ると気が緩まない?
山羊肉。
臭いって本当なんだな。
朝から肉って言うのも受け付けない理由かもしれないけれど、結構きつかった。
とはいえ、オオカミ肉よりかはマシかもしれない。
思えば、匂いというものが今いる無主の土地には溢れている。
いい香りがする花もあれば、馬糞みたいにキッツい臭いもある。
そもそも自分の体も大分臭いんじゃないだろうか?
慣れてしまえば、割と何とかなる物で、胃もたれしつつも何とか山羊肉は食べることができた。
偉いぞ俺。
ともかく今日は念願のお風呂タイムだ。
一日、家畜たちを先導しようやくたどり着いた水場には誰もいなかった。
つまり、占有状態というわけだ。
好き勝手にできる。
とはいえ、水場に用意されている物を壊したら、それはいずれ巡り巡ってハンス達の迷惑になるかもしれない。
そこら辺は慎重にしよう。
風呂桶みたいな物は、この水場にもあって普段は洗濯に使われているらしい。
川から流れ込む水を樋に流せて、しかも底に栓がある。
これ、風呂桶としては完璧だ。
あー、でも川の水で平気だろうか?
そこが、ちょっと心配ではある。
とはいえ、ハンス達も飲んでいるし平気だよね。
平気……
やっぱり水だそうかなぁ。
幸い今日の水は後200リットルくらい残ってる。
どうせ、今日はもう必要はないだろう。
桶に汲んでインベントリで補完しておけば、今日のあまり分で余剰が出るかもしれないけど……
水場なんだし、多少は無駄遣いしたっていいよね。
俺は、誘惑に負けて40度程度のお湯にしてから呪文で作った水を風呂桶に注いでいった。
「ヒロシー、何やってんの?」
不意にミリーに声を掛けられる。
「のわ!!い、いや、風呂に入ろうかなと思って……」
別に水をどう扱おうが、ミリーにけちを付けられる筋合いはないわけだが、どうにも後ろめたい。
俺はしどろもどろになって答えた。
「お風呂?お風呂って、お湯に入るものなの?」
不思議そうにミリーが尋ねる。
「え?あ、えーっと……俺の世界では、それがお風呂なんだけ………あー……」
もしかしたら、サウナみたいなものが主流なのかな?
確か、江戸時代まで日本でもお風呂と言えば蒸し風呂だったはずだ。
「へぇ、そうなんだ。この時期は水浴びじゃ寒いもんね。」
そう、屈託無く笑うとミリーは服を脱ぎ始めた。
俺はそれとなく視線を外す。
がきんちょとはいえ、ミリーも女の子だ。
ガン見するのもはばかられるし、騒ぐのもな。
しかし、一番風呂をとられてしまった。
一緒にはいるわけにもいかないし、ヨハンナを呼ぼう。
しかし、まあ、風呂はいい物だ。
女性陣のあと、ハンス達も誘って、早速使ったわけだが思った以上に、この風呂桶は当たりだ。
もしかしたら元々風呂桶だったのかもしれない。
洗濯用の桶にしちゃ広すぎるしな。
男4人でも余裕だ。
「ヒロシ、お湯のお風呂はいいなぁ」
ハンスがのんびりと呟く。
こうしてみると、豚の顔って言うのは愛嬌があるよな。
「できれば、石けんで体を洗いたいけどな。」
ふと口にして、この世界にもあるのだろうかと疑問に思う。
「石けんか。あれは贅沢品だからな。確か、ここから東側の向こうを治めるべーレン伯の領地じゃ温泉が湧いていて、それに合わせるように香りのいい石けんを扱ってるらしいが……」
温泉というハンスの言葉に俺は思わず反応してしまった。
「お?ヒロシは温泉も好きか?」
ハンスが愉快そうに笑っている。
いや、風呂入りたがってるんだから、そりゃ温泉は好きだよ。
金を稼いでたころは、よく温泉旅行とかに行ってたし。
温泉を提供するスーパー銭湯なんかも大好きだったし。
しかし、温泉あるんだなと考えてみたが、そりゃあって当たり前だよな。
別に火山活動をしている惑星で、水があるなら湧かない可能性の方が低いんじゃないか?
しかし、温泉。
いってみたいなぁ……
「そのべーレン伯領って言うのは近いのか?」
どんな街なのか俄然興味が湧く。
「いや、遠いな。ここからじゃ一月はかかる。丁度蛮地の端から端って言った方がいいくらいの距離だな。」
ハンスの言葉を聞いて俺は落ち込んでしまった。
そりゃそうか。
ここら辺は平地がちな土地だ。
温泉が湧くならきっと山の中だろう。
あー、せめてお金があれば温泉の元とか買えるんだろうなぁ……
あ! 聞かなくちゃいけないことを思い出した。
でも、この場でか……
ロイドにテリーもいる。
二人にも聞かせていいものか。
頭いたい。
いいや、しゃべっちゃえ。