遭遇?
「トーマは一体どうしたの?」
「知らん。帰ってきてからこうだ」
寮に帰ってきたギルバートとアルヴィスは、帰ってきた時には既に部屋に籠って不気味に高笑いしている透真の様子を窺っていた。
透真の部屋の前には布団で簀巻きにされているウィルマがじたばたともがいている。
どうやら透真が帰ってきた時にもまだベッドで寝ていたようで布団毎ロープで縛って部屋の前に転がしたらしい。
「なんか良いことでもあったのかな?」
「…あれが良いことがあった時の笑い方か?」
「ギルも良いことがあるとああいう笑い方してるよ」
「……マジか?」
「マジ」
「…気を付けよう。…取り敢えず今は放っておいた方がいいな」
「そうだね」
そう言うとギルバートとアルヴィスは各々自分の部屋に戻った。
「ん”ーーーーー」
ウィルマを放置して。
「フハハハハッ!理解したぞ、魔方陣!」
図書館でセシリアに出してもらった本と同じ本を図書館で借り、全ての授業を放棄して部屋に籠った。
魔方陣の本を読んで分かったことはいくつかあった。
魔方陣のルールとはすべて六芒星で文字は六ヶ所で二文字限定、若しくは二文字以下。
恐らく、文字は実際何でも良さそうだが、結局二文字に抑えなくてはならない。
この世界の文字はローマ字の様なものなので、“みず”と書くだけでも四文字になってしまう。
六ヶ所の文字はそれぞれ“属性”“消費魔力”“威力”“射程”“形状”“追加効果”とかそんな感じだろうと予測を付けている。
例として最初に見た“ウォーターボール”。
属性は水、消費魔力は大、威力は低、射程は短、形状は球、追加効果は無という感じだろうか。
「しっかしこの魔法陣を作った奴はアホだな。何で態々消費魔力を大にして威力を低にしたかな。それより漢字使えば幅が広がりまくる!フハハハハッ!」
こうして夜は更けていった。
そして三日後。
「よし、これより特別演習を行う!今日丸一日を使ったサバイバルだ!合格ラインとして魔物が落とす魔石を十個以上持ち帰るように。パーティーを組んで協力はしてもいいが人数×十個は集めろよ。あと人からは奪うな。それと特別メンバーとして1年と3年の勇者も参加する。制限時間は陽が沈むまで。では、始め!」
何とも簡潔な説明と共にサバイバルが開始される。
「おい、蒼唯!分かってんだろうなぁ!」
「五月蠅い」
そう言いながら肩を並べるように全力で森へと入っていく、紅葉と蒼唯。
「触手出てくるかなぁ~」
ニヤニヤとだらしない顔をしながら入ってく緑夏。
「黄泉、偶には一緒に行くかい?」
「…そうね、紫苑。…後ろの有象無象がいなければ」
既に2年生にまでファンを拡大して、後ろに女生徒を侍らせている紫苑と、それを置いて一人で森へ入っていく不機嫌な黄泉。
「………」
妖精のような生き物がフヨフヨと周りを飛んでいる茶々がいつものように無表情で森に入っていく。
「黒姉、灰姉!一緒に行こ」
「はいはい、折角兄さんと一緒なんだから兄さんも一緒に行きましょうよ」
「…兄様、上の空」
「あら、駄目そうね」
「早く行こうよう」
白乃に手を引かれ、渋々森に入っていく黒依と灰音。
「おい、カグラザカ!初日をサボった上、三連休なんて良いご身分だな」
開始の合図と共に次々と森の中へと入って行くなか、ボーっと立ち止まっている透真にレイナが声を掛ける。
「はぁー、何やってんだろ俺」
「おい、私の話を聞いてるのか?」
一時のテンションに身を任せた結果、一番の阿呆は自分だということに熱が冷めた今気が付いた透真。
「真面目に授業出て、今日は調子が悪いってサボればよかった」
「今聞き捨てならぬ言葉が聞こえたぞ」
「…あ、センセイおはようございます!」
「えぇい!言い訳は後で聞く!さっさと行け!」
レイナは漸くこちらを見た透真の背中を蹴り飛ばす。
「ぐえっ、何だよこの暴力教師は!」
「うっさい!さっさと行け!」
透真は渋々森の中へと入っていく。
その後ろには未だに森の中へ入ろうとしないギルバートとアルヴィス、それと慌てて透真を追いかけるアリシアの姿があった。
「はぁ…で、何すればいいんだ?」
暫く森の中をあてもなく歩きながらふと思った。
「先生の話を聞いてあげて下さいよ。魔物の魔石を10個以上集めるんですよ」
「あ、アリシアいたんだ」
「えぇ、いましたとも…本当はいたくないんですけどね」
急に背後から声を掛けられるのに慣れたのか、大した驚きを見せなくなってきた透真。
元々アリシアにも驚かせる気はなかったのだろうが、慣れすぎたのかもしれない。
森の中を当てもなく歩き続ける透真とそれに着いていくアリシア。
少し離れたところでは戦闘音も聞こえてきていた。
「…なぁ」
「はい、何ですか?」
「魔石って何だ?」
「は?昨日先生が魔石の復習をやってくれたじゃないですか……あ、いませんでしたねトーマ様は」
その後、簡単にアリシアから魔石についての説明を受けた。
魔石とは魔物にとっての第二の心臓とも言える物で、魔石を取られたり砕かれたりした時に魔物は完全な死となると言われている。
実際、心臓を潰されても生きている魔物もいるし、倒したとしても魔石を残しておくとアンデットのモンスターとなって復活するようだ。
「なるほどねー」
「お分かり頂けて結構です(早くここから逃げたいですわ)」
「ここまできたら腹括るか」
アリシアは透真のお目付け役。
もちろん自分から買って出たわけではない。
ギルバートとアルヴィスに無理矢理協力を強制させられているようだ。
アリシアのミッションはギルバート達が用意した魔物の近くまで透真を誘導すること。
そしてアリシアは溜息を吐きながら「弱い魔物のスポットがある」といい透真を誘導するのであった。
「ヨッシャー!かかってこいやミノタウロスー!」
「…え?えぇぇぇぇぇ!?」
場所は変わり、紫苑と黄泉のグループ。
結局、紫苑はファンの娘達と別れて黄泉と一緒に行動していた。
それを近くの木の上からこっそりと除く問題児二人。
「よし、最初はあの二人にするか」
「了解、用意した魔物は?」
「ランク4のアイアンアントだ」
アイアンアントとは普通の蟻を巨大化させたような姿をしている魔物だ。
その大きさは一人も大きく、その顎は岩をも砕く。
しかも身体は鉄のように固く、生半可な攻撃は通用しないのだ。
ギルバートはベルトにいくつもつけられている筒の中からから一つの筒を取り出す。
この筒はマジックポットと呼ばれる魔道具で、使用者の魔力量に応じて魔物を捕獲することができるアイテムなのだ。
これはただ捕獲できるだけで、命令を聞くようになったりなどはしない。
「そら、行ってこい」
筒の蓋を開けると靄の様なものが漏れ出し、それが収束すると黒光りした巨大な蟻が出現した。
「しっかり楽しませてくれよ。フハハッ」
「ギル、出てるよ」
「うっ」
「あれ?此処さっきも通らなかったかい?」
「何で?」
「ほらこの立派な木、さっきも見た気がするし」
紫苑はそう言いながら一本の木を触る。確かにこの木は周りの木に比べると一回り程大きく見える。
黄泉もそれを確認しようとその木を観察する。
「まったく、黄泉は方向音痴だな」
「…途中から貴女が先頭を歩いてなかったかしら?」
暢気に雑談をしていると、背後から大きな影が差した。
咄嗟に紫苑は横にいた黄泉を抱えて横に跳んだ。
すると轟音と共に先ほどまで目の前にあった立派な木が倒れていく。
「ワォ、これ本当に初心者用のモンスターかい?」
「…大きい蟻ね」
アイアンアントがその巨大な顎で大木を捻り潰したようだ。
「…ストーンバレット」
黄泉が手を翳すと数十個ほどの拳大の石礫がアイアンアントに直撃するが、その硬い甲殻に弾かれ傷一つ付けることが出来なかった。
「…フフッ、実験にはよさそうね」
「ほどほどにしてくれよ」
また場所は変わり紅葉の所には大きな身体をした豚面の怪物。まさに物語に出てくるようなオーク。
しかしただのオークではない。
片手には剣を持ち、片手には盾を持っている。
名はオークソルジャー。ランクでいえば4。
因みに普通のオークはランク2。
「ははっ、面白そうな奴が出てきたじゃねぇか!」
「フゴォォォ!!」
紅葉はニヤリと笑みを浮かべながら、グローブを嵌めた拳を構える。
「オレを楽しませてくれよ!!」
また別の場所。蒼唯の所では紅葉の所と同じような豚面の魔物が立ち塞がっていた。
もちろんこのオークもギルバート達が用意した魔物でただのオークではない。
巨大な身体で拳を構え、軽快にステップを踏んでいる。
オークファイター。同じくランクは4。
「ふん。紅葉の真似か?まだアイツと戦っていた方が楽しそうだな」
「フゴォフゴォ」
蒼唯は納刀してある刀に手をかけるが抜く気配がない。
「一瞬だ。時間は掛けない」
三つ子の場所ではまた変わった魔物が歩いていた。
その魔物はドッペルゲンガー。相手の記憶に干渉し、一番親しい人物の姿になりきるというものだ。
今回の場合で言うと姿形は透真そのもの。
人語を理解し相手が油断した隙に襲うという頭の良い魔物。ランク4。
「よう、お前等」
「やっぱり私達に着いてきてくれたんですか?」
「偶々だよ。偶々」
「わーい、四人で冒険だ―」
「疲れた。おんぶして」
「自分で歩け。じゃあ早速行くか(キシシッ)」
偽透真の先導で森の中を進んでいく。
また場所は変わり茶々の場所。
茶々の周りでは未だに妖精のような小さな少女が周りをフワフワと飛んでいる。
実際彼女は樹の精霊フィール。妖精よりも上位の存在なのだ。
『ねぇ、ササ。向こうから何か来るよ』
「…ん」
フィールが言うように茂みの向こうがガサガサと揺れ始め、突如としてその姿を現した。
小柄な茶々の三倍はありそうなほどの巨大な熊。
その熊の爪は三十センチほどあり、ナイフのように鋭かった。
ソードグリズリー。ランク4。
『わぁ、おっきな熊さん』
「…ん。可愛くない」
「グオォォォォ!!」
そして緑夏の場所では…。
「こ、これは!」
「ふしゅー」
「触手だ―!」
緑夏の夢が叶っていた。
緑夏の目の前にいるのは人型をした魔物。木のデッサン人形のような姿をしているが、その両の手は触手のようにウネウネ動いている。
名前はドールネ。触手を鞭のように素早くしならせて攻撃する。
「ふぉぉぉぉ!二本とか物足りないけど今日は許そう。さぁ、来るが良い!…わくわく」
緑夏は瞳をキラキラさせながら両手を広げて、ドールネを待ち構えた。
場所は戻って透真とアリシアのペアでは…。
「ミノタウロスの肉って旨いのかな?」
「(あぁ、終わりましたわ。作戦がモロばれじゃないですか。早く此処から逃げなくては!)」
「でも牛の部分って顔だけだしな…タンだったらイケるか?なぁ、どう思うアリシア?」
返事がないことに不思議に思った透真が振り返ってみるとそこにはアリシアの姿が見当たらなかった。
「まったくアリシアの奴め、迷子になるとは情けない」
そう呟くだけ呟いてアリシアを探す素振りも見せない。
透真にはアリシアがいよういまいがどちらでも構わないのだ。
アリシアの事は既に忘れ、森を一人で歩き始める。
歩き始めて直ぐに少し開けた空間に出た。
「おぉ、休憩には良さそうな場所だな」
そうは言うが、サバイバル訓練が始まってから透真は特に森を歩くだけで何もしていない。
それにも関わらず木の根元に座り込み休憩を始める。
しかし、透真の近くの茂みにはアリシアが潜んでおり、その目線の先には木の上に隠れるように座っているギルバートとアルヴィスがいた。
ギルバートがマジックポットを取り出し、魔物を召喚しようとするがアリシアの異変に気が付く。
口パクとアイコンタクトで何かを伝えようとしているようだ。
「(トーマ様にはすべてバレています。ミノタウロスのこともです)」
「(は!?嘘だろ!?って、ヤバッ)」
「(ちょ、ギル!)」
ギルバートとアルヴィスはアリシアが伝えようとしていることが十分伝わっていた。
そしてその事実に驚愕したギルバートは手に持っていたマジックポットを落としてしまった。
ガシャンという音と共にミノタウロスが放たれた。
そして透真はガシャンという音に振り返ってみると突然何もない所から急にミノタウロスが現れたように見えていた。
「ちょ、この世界ではミノタウロスまでもが瞬間移動で後ろを取るのか」
戦闘態勢に入ったミノタウロスを見据えながらゆっくりと立ち上がる。
「それにしても漸くお出ましかミノタウロスさんよぉ。待ちくたびれたぜ」
「(ちょっとギル、マジでトーマにバレバレじゃんか)」
「(あ、あぁ、俺達の行動は誰にもバレないように最先端の注意を払っていたんだがな)」
「(じゃあ、アリシアちゃんか先生から漏れた?)」
「(いや、分からん。俺が知る限りではトーマはずっと寮に閉じ篭っていたからな)」
これは両者共に勘違いをしている偶然の産物だった。
ミノタウロスをランク2の魔物だと勘違いしている透真と透真に自分達の作戦がバレていると勘違いしているギルバートとアルヴィス。それにアリシアも…。
「どちらにしてもトーマがやる気になってるならそれで良い。お手並み拝見といこうか」