密会?
後ろを振り返ってみたがそこには誰もおらず、代わりに返ってきた言葉の通り気配の主は上にいた。
天井裏からこちらを覘いている前髪パッツンの少女が一人。
「えっと…どちら様?」
「ウィルマはウィルマです」
「取り敢えず降りてきたら?」
「はいです」
天井裏からスタッとベッドの上に着地する。もちろん靴は履いている。
少女の全体が見えて漸く彼女が何者なのか把握することが出来た。
彼女の格好は所謂メイド服。白と黒のカラーリングにフリフリのレース。つまり彼女はこの家に常駐してると言われているメイドだろう。
「君は…メイドか?」
「はいです。見れば分かるです」
「……いい加減ベッドから降りようか。メイドが呼んだ人を見下ろすってどうなのさ」
「はいです」
良い返事を返すとピョンとベッドから降りて透真の前に真っ直ぐ立つ。
「御用は何です?」
「えっと…ベルがあったから鳴らしてみただけ、というか何というか…」
「用もないのに呼ぶなです。みんなウィルマをバカにして遊んでるんです」
プンプンと怒りながらも悲しそうな顔をして踵を返して今度は普通に部屋を出ていこうとするウィルマを慌てて呼び止める。
「ああぁ、思い出した。用あったんだ。ちょっと小腹が空いたから何か貰えるかな?」
「…ふふふ、仕方ない奴です。ちょっと待ってろです。今すぐ持ってくるです」
打って変わって笑顔でスキップしながら部屋を出ていくウィルマを見送っていると、ウィルマが開け放ったままのドアの先でアルヴィスがニヤニヤと笑っている。
透真がベッドに座ったまま手招きするとアルヴィスは大人しく部屋に入ってきた。
「おい、アルヴィス。アイツは何なんだ?」
「見ての通りメイドだよ」
「言葉遣いと態度がおかしいだろ」
「あれだよあれ。個性ってヤツ?あ、因みにあの娘はトーマの専属だから」
「チェンジでお願いします」
「ウチにそのような制度はございません。だからどんなにベル鳴らしてもあの娘以外来ないから。よろしくね」
「おい!」
アルヴィスは言いたいことだけ言うとさっさと部屋を出て行った。それと入れ替わるようにウィルマがサンドイッチを片手に上機嫌で入ってきた。
「ヘイ、お待ちです」
ウィルマが持ってきたサンドイッチは二段になっている。
小腹が空いた程度と言っても二段のサンドイッチくらいなら普通に食べられる量のはずだったが、間に挟まっている二つの具が異常だった。
「この具は何?」
「グルバッファローの肉です」
グルバッファローがどういったモノなのか透真には分からないが、その厚さが異常だった。
その一つ一つの厚さが握り拳ほどの厚さで、それが二段。せめて一段ずつにしてもらえれば齧り付くことが出来たかもしれない。
「これは…小腹が空いたで食べれる量じゃないかなぁ」
「…やっぱり、騙しやがったです?」
「わ、分かったよ。食えばいいんだろ」
さて、どうやって食ったもんかと悩む透真をキラキラとした目で見つめるウィルマ。
どうやっても齧り付ける厚さではない。かと言って分けて食べようものなら何か言われるのが目に見えていた。
透真は慎重に崩れないようにサンドイッチを両手で持つと、上のパンと肉をちょっと齧る。
―――—ウマイ!?ウマイけど食べづらい
未だにキラキラとした瞳で見続けるウィルマに負けて、透真は無心でサンドイッチを食べ続けた。
「…うっぷ。う、うまかったよ」
パンパンになったお腹を擦りながらウィルマに告げる。
「当たり前です。また何かあったら呼びやがれです」
「おま、言葉遣い悪くなってね?」
ウィルマは透真の言葉を最後まで聞かずに天井裏に入って透真の部屋を後にした。
「何なんだよ、あのクソメイドは…」
お腹が苦しくなり眠る気がなくなってしまった透真はゆっくりと立ち上がり部屋を出た。
他の二人が集まっていそうな広めのダイニングに入ると案の定二人は席に着いて夕食を摂っていた。
二人の後ろにはメイドが二人ずつ姿勢よく控えていた。
「やぁ、トーマ。先程はお楽しみでしたね」
「お前も飯食うか?」
二人の前に並べられた料理はサンドイッチのような簡単な物ではなく、しっかりと調理されたバランスも考えられた美味しそうな品々。もちろん量は適量。
「いや、飯はいらない。それより後ろのメイドは?」
「あぁ、コイツ等か?コイツ等は俺達専属のメイドだよ。俺は別にいらないんだがな」
軽く会釈をするメイドに釣られ透真も会釈する。
見た目は超美人な完璧なメイド。
「俺のメイドはあのちんちくりんなんだけど」
「あー、それはアレだ。個性だよ」
「さっきも聞いたよ!ちっ、ちょっと散歩してくる」
そう告げて家を出ると、辺りはすっかり暗くなっていて、しかも森の中だということもあって更に暗く感じた。
頼りの月明かりも木々に邪魔されてほとんど差し込まない。
しかし特に目的もない透真は適当に歩き始める。
暫く歩くと前方に灯りが見えてきた。どうやら一般の学生寮の灯りのようだ。
そのまま学生寮の前まで歩き、不気味な笑みを浮かべる。
「ふっふっふ、やっぱり俺は方向音痴な訳ではないようだな」
「トーマ様は方向音痴なんでの?」
「おぉう、遂にお前まで俺の背後を取るか」
後ろを振り向いてみる制服を着たアリシアが本を抱えて立っていた。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「セシリーに付き合って図書館に行ったら予想以上に熱中してしまいまして…今、初等部の寮に送ってきたところです」
「へぇ~。セシリアが図書館で読むってことは読んでない本があるのか」
「当り前ですわ。この学園の図書館はこの国で一番の大きさですからね」
アリシアが指差す方向には暗くてしっかりは確認できないが、かなり大きな建物が建っていた。
あれが全て図書館ならば相当の大きさになるだろう。
「それよりもトーマ様はセシリーの属性の事、知っていたんですね」
「あぁ、本人が教えてくれたよ」
「珍しいですわね。セシリーが他人に懐くなんて」
「…いや、俺も初めはめっちゃ逃げられたわ」
今でこそおんぶ等をせがんできたが、初めて会った頃は挨拶をしただけで逃げられていたことを思い出して、軽く肩を落とす。
「そういえば、今日はどうでした?初めての学園生活は?」
「…お前、それは本気で言ってるのか?俺は今日、自己紹介どころか教室にすら入ってないんだぞ」
「……あ」
透真は教室に入る前に気絶し、放課後になるまで保健室のベッドで寝ていたのだ。
それに学園長の計らいでアリシアとは同じクラスになっていて、透真も気絶する前に教室の隅で他の生徒と固まっていたの見ていた。
素で忘れていたのか今思い出したかのように口元を押さえる。
「えーっと…それでは、明日の為に早く帰って寝てしまいましょう」
「誤魔化したな。まぁ、いいけど。じゃあ大人しく帰って寝るかな」
そう呟いて振り返る。
しかし、ジッと出てきた森の方を暫く眺めると、もう一度アリシアの方に向き直る。
「なぁ、家まで送ってってくんね?」
「……それを普通殿方が言いますか?」
「何だそれ?俺の国では男女平等なんだぞ」
「はぁ…送っていった後は私に一人で帰れと?」
「大丈夫。アリシアなら一人で帰れるさ(迷子的な意味で)」
「全然大丈夫に聞こえないんですけど」
「大丈夫。俺は安全だから」
「……意味が分からないんですけど」
アリシアは「はぁ」ともう一度大きく溜め息を吐いて黙って森の中へ入っていく。
透真もそれに倣い黙ってアリシアの背中を追った。
真っ暗の森の中を少し歩くと先の方に灯りが見えてきた。
「あの灯りを目指せば着きます。此処までで良いですよね?」
「おぅ。これくらいだったらアリシアに頼まなくても行けたな」
「……帰ります」
透真は疲れきったような呟きも聞かずに、アリシアをそこに放置して森を抜けていた。
無視されたことに傷つきながらもゆっくりと来た道を引き返し始めた。
森の中を少し歩いた距離と言っても五分ほどは歩いただろう。
安全だと思っても一人になった瞬間、少しの恐怖感が沸き上ってきた。
視界が悪く、風でガサガサと木々が揺れる音や動物や虫の鳴き声がより一層恐怖心を駆り立てる。
「うぅっ。早く帰って寝てしまいましょう」
身体を震わせながら早足になる。
「残念だけどその願いは叶わないよ」
突然黒い影が目の前に現れ、悲鳴を上げる間もなくアリシアを攫っていった。
「あれ?誰もいないのか?」
透真は自分達の寮に帰るとリビングに顔を出してみたがあの二人は居らず、メイドがテーブルの上を片付けていた。
メイドに二人の事を聞いても、外には出たが何処に行ったかは分からないようだ。
「はぁ、アリシアの言う通りに風呂入って寝るかな」
一度部屋に戻り、何故か用意してある寝巻のような物と下着を持って風呂に行く。
この時代背景だと風呂は貴重なのではと思いながら身体を洗い、湯船に身体を沈める。
「ふぅ~、生き返るぅ」
「じゃーん!ウィルマが背中を流してやるです」
「ちょっ、おまっ、何で入ってくるんだよ!ベル鳴らしてないだろ!」
突然入ってきたウィルマに驚きながら、隠れるように肩までお湯に浸かる。
ウィルマは靴下を脱ぎ、メイド服の袖を捲った格好で入ってきた。
「呼ばれてないけどジャジャジャジャーン」
「呼ばれてないなら勝手に来るなよ」
「この超絶美少女のウィルマちゃんが自主的に背中を流してやるって言ってるんです。有り難く思いやがれです」
「断る!どんだけ自信家なんだよこの駄メイドは…」
隣でギャーギャーと騒ぐウィルマを既に気にならなくなり、無視して自分の時間を楽しむ透真。
明日は何をしようかと考えながらブクブクとゆっくりと頭まで沈んでいく。
暫くするとウィルマも諦めたのかいなくなっていた。
これ以上はいると逆上せそうだった透真はまたいつ現れるか分からないウィルマを警戒しつつ、パパッと風呂から上がった。
「アイツ等まだ帰ってきてないのか?」
水を飲むためにリビングに戻ったが、既に明かりは消え、メイドすらいなかった。
もしかしたら自室に戻っているのかもしれない。
本当にやることがなくなってしまった透真は自分の部屋に戻り、布団に入り眠りに着く。
薄暗い部屋の中、蝋燭の明かり一本で四人の人影がテーブルを囲んで話をしている。
「なぁ、気にならないか?アイツ等の実力」
薄暗い怪しい雰囲気に合う低い男性の声がする。
「それはまぁ、気になるが…」
それに答えるのは女性の声。
「なら見てみようよ。大型の魔物でも連れてきてさ」
先程の男性とは違う、場に合わない明るい声。
「いや、しかしそれは……危険過ぎやしないか?」
「でも気になるんでしょ?それにいざとなったら僕達が出ればいいし」
「それはそうかもしれんが……うぅむ」
「ハッ、それで駄目ならそれまでの奴等だったってことだろ」
「お前等はそうかもしれんが、事件が起きてしまったら責任を取るのは全て私なのだぞ」
「アハハッ」
「笑って誤魔化すな!」
「大丈夫、大丈夫」
「そうだな。アイツ等ならきっと何か仕出かしてくれるさ」
「仕出かされるのも困るんだがな…」
「ハハハッ」
「だから笑って誤魔化すな!…はぁ、それで?魔物はどうするんだ?」
「お?乗ってくれるの?」
「まぁ、私も気になるしな」
「大丈夫だ。魔物は俺等が用意する」
「適度な奴にしてくれよ」
「心配するなって…。取り敢えず、何体か用意しておこうと思う」
「分かった。無茶はするなよ」
「ハッ、誰に言ってんだ?そうだ、アンタにも手伝ってもらうからな…レイティア嬢」
「…何で私が」
「アイツが一番未知数だからな」
これまで一言も話さなかった少女、アリシアは嫌そうに顔を顰めた。
「因みにミノタウロスをぶつけてみるつもりだ」
「ランク5のか!?いくらなんでも…」
「大丈夫。何とかなるさ」
「じゃあ、僕は眠くなったから帰るね」
明るい声の男は欠伸をしながら立ち上がり、部屋を出ていく。それと一緒にもう一人の男も無言で立ち上がり部屋を出た。
「はぁ、何で私がこんなことにを…」
静かになった部屋で溜め息が大きく聞こえる。
「諦めるんだな」
「「はぁ…」」
そして最後に二人の溜め息が重なった。