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入学?

 次の日。

 透真は今日も屋敷から出たくないと言い、暇だ暇だと言いながら一日を無駄に過ごした。

 そして無駄に過ごした次の日は学園の入学式。

 どうやらこの日が本当に入学式だったようで、透真の一つ下の黒依、灰音、白乃、茶々は新入生として、その他の二、三年生は転入生として学園へと入学した。


 始業式に出ることなく時間まで学園長室で休憩していた二、三年生勇者一行はクラスの副担と名乗る男性教諭二人に連れられ各教室へ向かう。

 紫苑と黄泉とは途中で別れ、現在は男性教諭にの後ろを紅葉と蒼唯がいがみ合いながら歩き、その後ろを透真が欠伸をしながら歩き、その更に後ろを緑夏が透真のお尻を見ながら歩いている。

 いつものように十分近く歩くと漸く到着したようで、男性教諭が立ち止り、振り返る。

 2-Aと書かれた教室から喧嘩でもしているような叫び声が聞こえているが、男性教諭は何事もないかのようにドアを開けた。


「コォラァ!!悪ガキども!黙って座ってろ!!」


「ムリだ。飽きたからサボらせてもらう」


「レイちゃん。あんまり怒るとシワが増えちゃうよ」


 ドアが開かれた教室の中ではギルバートとアルヴィスが縦横無尽に逃げ、それを担任であろう女性が魔法を駆使しながら物凄い形相で追い掛けていた。

 他の生徒は巻き込まれまいと教室の隅に固まっている。


「止まりやがれぇ!ウォーターボール!」


 女性が放った魔法は開かれたドアの方へ向かった。そこにいたアルヴィスはもう既にそこにはおらず、ドアを開けた男性教諭も分かっていたのか横にズレていた。

 男性教諭の後ろにいた紅葉と蒼唯は危なげもなく余裕で回避し、二人の後ろに眠そうにボーっと立っていた透真の顔面に直撃した。


 ウォーターボール。この魔法は水属性の魔法で、文字通り水の玉を飛ばす魔法だ。

 一見ただの水の玉。しかしそれでも魔法は魔法だ。弱そうに見えても直撃すれば、それなりに痛い。それはもう気絶するぐらいに…。


「おぃ、透真が死んじまったぞ」


「紅葉、お前が弾き飛ばせばよかっただろう」


「あん?テメェが叩っ斬ればよかっただろうが」


「おぉ、透真よ。死んでしまうとは情けない」


 紅葉と蒼唯はいつものように喧嘩を始め、緑夏は膝を着いて透真にネタを投げかける。

 男性教諭は何知らぬ顔で教室に入り、魔法を飛ばした女性は呆然とし、ギルバートとアルヴィスは腹を抱えて爆笑している。


 ―――—死んでねぇ!ギルバートとアルヴィスはぶっ飛ばす!


 透真は薄れゆく意識の中でそう叫んだ。





 ふと透真が目を覚ますと見覚えのない真っ白な天井。身体を起こし辺りを見ればどう見ても保健室。始めてきた者でも分かるようなザ・保健室だった。

 カーテンの隙間から見える外の景色は夕焼け。日も半分ほど沈んでしまっている。

 透真は窓から目を放し、もう一度グルリと部屋を見回す。


「…誰もいねぇのかよ」


 妹くらいはお見舞いに来てくれていると思っていた透真は少し涙が出た。


「つか、加害者すらいねぇってどういうことだよ…」


「何だ?顔に似合わず寂しがってるのか?」


「顔は関係ないだろ」


「あれ?もっと驚くかと思ってたのに」


 突然現れたギルバートとアルヴィスに驚くこともなく普通に会話する。

 それが面白くなかったのかアルヴィスは顔を歪めた。

 この二人が突然現れるのはいつものこと。そう思っている透真は驚くことを止めた。


「てめぇらぜってぇぶっ飛ばす」


「あはは、面白いこと言うねトーマは」


「そうだな」


「チッ、だからお前等とは関わりたくなかったんだ」


 透真はそう吐き捨てるとボスッっとベッドに倒れ込む。


「それで?何しに来たんだ?笑いにでもきたか?」


「いや、笑うのはもう笑うだけ笑ったからもういい」


「死ね」


「本題はお前のお望みの犯人だ」


 そう言ってベッドとベッドを仕切るカーテンの裏から魔法を放った女性が出てきた。

 金髪を肩まで伸ばし、赤縁の眼鏡の奥には蒼い瞳が煌めく美女だった。年齢は二十台前半だろうか。

 モジモジとしながら前に出てくる美女、というよりは少女に見える女性はゆっくり透真に近づく。


「あの、その、今回はすまなかった。私はお前の担任のレイナ・ハミルトンだ。…よろしく頼む」


 深々と頭を下げながら謝罪し、その後に自己紹介する。


「うむ、よろしくはしてやろう。…だが、許さん。俺は物凄く痛かったんだぞ」


 エラそうにそう言った透真は担任であるレイナの額にデコピンを十連発繰り出した。

 この世界の透真の身体能力は極限まで強化されており、デコピン一発でもレイナが放った魔法並みの威力はあるだろう。それを十連発だ。

 流石に透真もそれを分かってるのか、若干は手加減しているようだが痛いものは痛い。既にレイナは涙を堪えてプルプルしている。


「ふぅ、今日はこのくらいにしておいてやろう」


「うぅっ……私もお前を許さないからなぁぁぁぁ!!」


 紅くなった額を押さえ、捨て台詞のようなモノを吐き捨てながら保健室を飛び出していった。

 それを見たギルバートとアルヴィスは腹を抱えて笑っていた。


「はぁ、俺も帰るか」


 のそりとベッドから出た透真は、何がそんなに面白かったのか未だに笑い転がっている二人を無視して保健室を後にした。

 保健室を出てから十分。今日からこの学園生になった透真はもちろんこの広大な学園の全体像を把握していなかった。適当に歩いた所為で今いる場所すらも分からなくなっていた。

 なによりも…


「…俺は何処に行けばいいんだ?」


 そう。透真は自分の現在地どころか何処を目指しているのかすら分からないのだ。

 目的もなく歩いていたが、ピタリと足を止めた透真は腕を組んで何かを考えだす。


「うーん、そういえば寮生活になるって言ってたっけ?…寮に向かえばいいのか?」


 そう呟いて再び歩き出すが直ぐに立ち止る。


「いや、寮って何処よ。つか、無駄に広すぎるんだよ」


「じゃあボクが教えてあげようか?」


「この世界の人は他人の後ろをとる習性でもあるのか?」


 いきなりの声掛けにも関わらず、驚きもせずに文句を言いながら振り返る。

 振り返るとそこには誰が見ても美少女と答えそうな小柄な女子生徒が立っていた。


「ボクっ娘か。まぁ、いいや。悪いけど案内頼めるか?」


「オッケー。じゃあ歩きながら自己紹介でもしようか」


 少女はそう言うと透真が来た道を引き返し始めた。


「じゃあボクからね。ボクはノエル、よろしくね」


 それは名前だけというとても簡単な自己紹介だった。

 透真もそれに倣い名前だけを教える。


「キミの噂は三年生にも伝わってるよ、勇者君」


「おぉ、ノエルは先輩だったのか。よろしくな」


「先輩って分かってもその態度なんだ…」


 ノエルと名乗った少女は悪戯が成功したような笑顔を見せる。どうやらノエルは元々透真のことを知っていたようだ。

 因みに噂というのが初級の魔法をくらって気絶したという内容だが、そこに勇者がとつく。

 透真の所為で勇者が嘗められ始めているという。

 だが、そもそもが間違っていた。確かに透真がくらった魔法は初級魔法だが、元々世界最強と呼ばれる二人に放った魔法だ。

 そこら辺の初級魔法とは訳が違う。密度が何倍にも高められた中級並みの魔法だったのだ。寧ろそれを生身で受けて気絶程度で済んだという方が異常なのだ。


「あぁ、終わったなこの学園」


 そんなことを知らない透真…いや、この学園の生徒達は勇者は大したことないじゃんと思っていた。

 彼女等の前で嘗めきった態度を取れば返り討ちに会うのが目に見えている。だが、そんな呟きも隣を歩いている彼女には届かなかった。


「俺の知名度は鰻登りか…悪い意味で」


 この世界に来てから癖になりつつある溜め息を大きく吐くとノエルの歩幅に合わせて寮へと向かう。





「はい、此処が男子寮だよ」


 そう言われて案内された建物は寮というよりはマンション。十階以上はありそうな高さを見上げていた。

 ボーっとそれを見上げていると、ノエルは透真を置いて中に入っていってしまう。


「あれ?此処って男子寮って言ったよな?何でノエルが男子寮に…?…あぁ、彼氏でもいるのか」


 自己完結をし、いつまでも此処にいても仕方ないと中に入る。

 寮の中はホテルのロビーのように広く豪華なモノで、受付カウンターには一人の女性が立っていた。

 ニコニコと愛想の良い笑顔をしている受付の女性に声を掛ける。


「あの、今日転入?編入?してきた神楽坂なんですけど」


「はいはーい、少々お待ちください。えーっと、カグラザカさんのお名前はありませんねぇ」


「えっと、つまり?」


「貴方の部屋はありません」


 変わらずニコニコと笑顔の女性を殴ってやりたいと思った透真だが、グッと我慢した。


「じゃあ俺はどうすれば?」


「知りません」


 今度こそ殴ってやろうかなと思った瞬間、後ろから声が掛かる。


「その質問、僕が答えてあげよう」


「だ・か・ら、何で後ろに突然現れるんだよ」


 後ろを振り返るとそこには世界最強の問題児二名。

 ニヤニヤと何でもお見通しかのような瞳に透真は心底嫌気がさした。


「トーマ、君には僕達の家に住んでもらうよ」


「は?」


「さぁ、行くよ」


 アルヴィスは透真の腕を掴むと強引に寮の外へと出る。


「アルヴィス!おい、アルヴィス!」


「ん?何だい、トーマ?」


「いつまで手を繋ぐ気だよ。言っとくけど俺にそっちの気は無いからな」


「アハハ、…僕だってないよ」


「お、おぅ」


 パッと手を離したアルヴィスは笑いながらそう言うが、その眼は一切笑ってはいなかった。

 そのままアルヴィスは寮から離れ、寮の近くにある森の中へと一人で先に入っていってしまった。


「何でお前等の寮だけ森の中なんだよ。虐められてんのか」


「面白いジョークだな」


 後ろから静かに着いてきていたギルバートが今度は先導して歩く。

 しかし、森に入ってからは近かった。

 一分も歩けば開けた広場のような場所に出た。此処までの道のりは獣道のようなもではなく、ちゃんとした道で歩きづらいということはなかった。

 広場には大きめのログハウスっぽい一軒家があり、それ以外は木だけでやっぱり森の中だった。


「ほら、トーマ。中に入ってみろよ」


 透真はギルバートが促すままに家の中へと入る。

 中も木の温もりが感じられるような落ち着いた雰囲気の内装だった。


「いらっしゃーい」


 透真を向かいいれたのは先に入っていったアルヴィス。先程のような底冷えするような笑顔ではなく、本当の笑顔だったことが透真でも分かった。

 いつもの癖で玄関で靴を脱ぎそうになるがそこは我慢して靴を履きなおす。

 アルヴィスの案内に従い、リビング、キッチン、トイレ、浴室と見ていき、個室も案内してもらった。


「はい、此処がトーマの部屋ね」


「ふぅーん、シェアハウスみたいなもんか」


「そうそう。洗濯物はこの籠に入れておけばいいから」


 部屋の中にある籠を指差しながら説明する。


「は?アルヴィスが洗濯するのか?」


「僕がそんなことする訳ないじゃないか。この家にはメイドが何人か常駐してるから食事とかも気にしなくていいよ」


 メイドが常駐。

 透真はこの家に着たばかりだが、ある程度の場所は紹介してもらったし、中も覗いてみた。見ていない場所と言えば、場所だけ教えてもらったギルバートとアルヴィスの部屋の中だけ。

 それなのにも関わらず、何人か常駐しているというメイドに一人も会っていないというのはどういうことだろう。

 いくら大きめといっても一軒家だ。それなのに遭遇しないというのはどういうことだろう。


「まさか、お前…メイドを部屋に連れ込んでるんじゃないだろうな?」


「…あはは、何のことかな?」


 いつものように笑って否定するが、今はカラカラと誤魔化しているようにしか見えない。

 深く追求するべきではないと思った透真はアルヴィスを追い出し、部屋に引き籠った。

 荷物の無い透真は部屋の中を調べた。

 タンスの中には透真のであろう制服とこの世界の服や下着が五着分用意されていた。


「準備いいなぁ」


 ベッドに倒れ込むと今日の疲れが癒されるようだった。

 ベッドはレイティア邸の物には劣るが十分良いものだった。


「ふぅ~~。ん?何だこれ?」


 透真は身体を起こしてサイドテーブルに置いてあったベルのようなものに手を掛ける。

 持ち上げるとチリンと綺麗な音が小さく鳴った。


「ベル?何でこんな所に…」


 今度はチリンチリンと大きく鳴らしてみると何かの気配を感じた。


「後ろぉー!!」


 思い切って後ろを振り返る。


「残念。上です」


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