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不穏②



ずうううううううん。



『……』



さて、どのようにして説明しよう。

焦りで咄嗟に判断したことだったとはいえ、もっと良い選択があったのではないかと。

つい先程の自分の行動を早くも後悔するソフィは、だが。



「どうせ、どうせわしは家に結界張ることしか出来ぬ結界ジジイじゃよ…」

(結界ジジイとは……)



落ち込むあまり廊下の隅の隅でうずくまり、ジメジメときのこを育てながら延々と床に丸を書き続けるジルベールの対応に追われた。



「お、おじいさん。そんなに落ち込まないでくださいな」

「これが…これが落ち込まずにいられるかいっ!!」



頭に生えかかったきのこを吹っ飛ばす勢いで顔を上げたジルベールに、ソフィと、そしてリンゼさえも驚いて固まった。



「ほれ見てみぃ!せっかくのフォンデュ・シノワーズがあんな姿になってしもうたわ!」



ビシィッとジルベールが指さす先では、荒れたテーブルがそのまま放置されていた。



「しかもわしの好きなハニーマスタードが!お隣のチーズソースと上から降ってきたハーブティーとで見事な異色ソースを作り上げているんじゃ!食べたくないがの!!」



ぜーはーと肩で息をするジルベールとその惨劇の後を交互に見ながら、ソフィが返した言葉は。



「あらまぁほんと」



なんとも気の抜けた返事だった。



□■□



「ふむ。ルシアーゼの女王が書いた日記、か…」



汚れたテーブルを片付け、ジルベールは中央に置かれたソフィの魔術本を見下ろした。



「そのようなもの、どうして持って帰ってきたんじゃ?」

「女王の子供が、何か手がかりになればと言って、貸してくれたんです」

「手がかりって?」



リンゼの言葉に、ソフィは訝しげに眉をひそめた。



「はい。ルシアーゼでは、影花は全て倒しましたが、女王が絶命する直前に、俺たち以外の第三者の介入を匂わせる発言をしました」



それだけではない。

聖獣王ヴァイスによれば、ルチアたちが到着するもっと前に、あの国に足を踏み入れた者達がいると。

そしてその直後にホアの様子がおかしくなり、さらには聖なる扉も開かなくなったという。



「なるほど。その第三者がどんな奴なのか、その手がかりがその日記に記されているかもしれないというわけか。お前さん、その中身を読んだのではないのか?」

「目は通しました。でも、読めませんでした」

「読めなかった?言葉は通わせられても、文字だけは統一文字ではなかったか」



だが、もし仮にそうだとしても。



「リンゼ。お前さんに読めぬ文字などあるのか?」



そう。動く語学辞典と称されるほど、リンゼは世界の文字や言語について並外れた知識を持っている。

世界の文字が統一される前のたとえどんなマイナーな国の言語であっても、発掘された遺跡に掘られた古代文字であっても、リンゼにかかれば一瞬で解読できた。

今までは。



「残念ながら……」

「そうか。それでわしらを頼ってきたということか。このことは本部に言ったのか?」



黙りこくるリンゼに、ジルベールは大きく息をはいた。



「まぁよい。それで?ばあさんはどうしてその日記をこの中に閉じ込めてしもうたんじゃ?」



タシタシと魔術本を指で叩きながらジルベールがソフィに問う。



「何かとても、嫌な気配がしたのよ」

「嫌な気配?」

「ええ。多分あれは、悪魔…じゃないかと思うのだけれど」

「悪魔!?」



驚いたジルベールは咄嗟に手を引っ込めた。



「それ、先程も言っていたようですけど、本当なのですか?」

「まだはっきりとは分からないわ。でも、悪魔の文字が書かれていたとしたら、リンゼに読めないというのも、納得がいくでしょう?」



当たり前だ。そんなものはこの惑星(ほし)には存在しない。

ソフィのような魔女などの一部の人間が存在を知っている程度のもの。まずこの目で見ることはない。

だが仮にそうだとするとひとつ重要な問題が出てくる。



「女王はどうして悪魔の文字を知っているんじゃ?」



まさか第三者というのがその悪魔だとでもいうのか。

停滞しかけた議論に、リンゼがぽつりと零した。



「後から、書き換えられた……?」

『!?』



口をついて出たリンゼのその一言に、目の前のふたりは目を見開いた。



「なるほど……」



ジルベールもソフィも、半ば呆然と思案する。

たしかに、国交断絶のルシアーゼが悪魔文字を知るための術は限りなくゼロに近い。ましてや彼らは清き存在の聖獣と共に暮らす国。卑劣で強欲な悪魔の入国など許すはずもない。

だとすれば、統一文字で書かれたホアの日記を後から悪魔、あるいは悪魔に精通する何者かによって悪魔文字に書き換えられたと考える方が合点がいく。



「それに俺たちが来る前に3人ほどルシアーゼに許可無く入国した者がいるようでしたし」

「…そうか。ならば、その中の誰かが少なくとも悪魔と深い関わりを持つ者で、そしてルシアーゼの女王に影花の種を植えたか…」



そこまで考えて、いや、と。ジルベールは口元に手をあて髭を弄ぶ。

恐らく文字を書き換えた目的は隠蔽。そしてそれが示すのは、その日記には彼らが隠蔽するほどに重要な事柄が書いてあるということ。

だがまだ影花の種を植えた者が悪魔だと断定するのは早い。訪問者は『3人』いたのだから。



「だが、そうじゃな。ばあさんに青い顔をさせるほどの悪気の持ち主には変わらんじゃろう。閉じ込めて正解じゃよ」

「そうね。一応この中で一番の博識の魔女に送っておいたわ。後で私も行って話してみます」

「それが良い」



やっと肩の力を抜いて椅子にもたれるジルベールとソフィに、リンゼは視線を僅かに外した。



「…すみません。こんな面倒事」

「何を言うておる」

「そうよ。貴方が気にすることじゃないわ」

「……ありがとうございます」


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