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姉と妹②


「ちゃんと言う…よ。ミスラと、私のこと」



もたれていた顔を上げると、セレネと目が合った。

その紅みを帯びた黒い瞳を、セレネの中の何かが揺らしている。



「お姉ちゃん……」



こんなに不安そうなセレネを、今まで見たことがなかった。

冷えた指先を太ももの間に挟んで、そんなに、強ばった顔をして…。



「ミスラ…私、全部話すよ…」

「……」



自分のことを知りたいと思うのに。



(でも、なんだか…)

「全部話す…けど……。けど、ね……あの…」

「やっぱりまだいいや」

「……ん……ぇ……?」



予想外にも自分の言いかけた言葉も決めてきた覚悟も「やっぱいいや」の一言でぶった斬られ、セレネは路頭に迷う。



「いいやって……なん…なんでぇ…。せ、せっかく、言おうと思、て…たのに…ぃ…」

「ご、ごめんって。でもお姉ちゃんなんだかすごく辛そうなんだもん」

「……」

「わたしもまだこの環境に慣れたわけじゃないし。少し、整理する時間も必要かなって」



まだ再会して日が浅い。

全てを知るには、余裕も、時間も、覚悟も、何もかもが足りていないような気がして。



「色々あって焦ってた部分もあったの。落ち着いて考えてみたら、さ…」

「……」

「だから、この話はまた今度にしよう。ね?」

「……ミスラが、それでいいなら…」

「……。うん。ありがとね、約束守ろうとしてくれて」

「…ん」



コツンと合わせた額から、お互いの体温が混ざる。

どこか安心したような表情で、セレネは部屋を出ていった。



「……」



部屋の中で手を振りながら閉まるドアの向こう、セレネを見送る。

バタン、と部屋が閉ざされる音の、そのすぐあと。

ミスラはしゃがみこんで口元を押さえた。



「……は、ははっ……ははは……」



指の間から漏れ出る声は…。



「な、にが……なにが整理する時間が必要だ……っ!!」



呟きのような、でも悲鳴にも似た声。

本当は部屋を訪ねてきた時から分かってた。

セレネが何をしに来たのかなんて。



「こんな……こんなの……っ…」



嬉しいと思ったのは一瞬で、セレネの顔を見た途端に、ひとつの感情で脳が支配された。



「こんなの、ただ怖気づいて逃げただけじゃんっ!!」



だってあんな顔をするから!

なにかに怯えているようだったから!

だって…だって……



無性に怖くなってしまったから———



「お姉ちゃんに、あんな顔させるなんて……。…わたし……わたしは……」



自分の力と存在を早く定義付けたいと思うのに、今になってどうしてもそれが出来ない。



「わたしの力って……一体…なに……」



道の先が見えなくて、どこに向かえば何が待ち受けているのか。

知らなければいけないと思うのに、それよりも恐怖が勝ってしまう。

分かることが何一つとして無い現状に、セレネの話を聞けばよかったと後悔する自分と、聞かなくてよかったと安堵する自分がいた。



□■□



「どうぞ」



ルチアが温かいお茶を目の前に差し出してくれた。



「…ありがと」



ミスラの部屋をあとにしてからなんとなくひとりになりたくなくて、セレネはリビングに向かった。

カップから嗅ぎなれない香りが漂う。

お茶を口に含むと、やはり慣れない味がした。



「……これ、なに?」

「ルシアーゼのお茶だって。リンゼがお土産に貰ってきたみたい」

「ふーん……」



こくん、ともう一口お茶を喉に流す。

視線を落とすと、カップの中で水面の自分と目が合った。



「……」



結局、話せなかった。

……違う、話させてくれなかったんだ。



「……」



どうして?

ルシアーゼではあんなに知りたがっていたのに……。



「セレネ」



顔を上げるとルチアの群青色の瞳がこちらをのぞき込んでいた。



「……なに……?」

「…いや。なにか…あったのかなと思って」

「……どして?」

「眉間にしわ、よってるから」

「!」



とん、とルチアの人差し指が眉間に置かれる。

と、同時にぐりぐりとそこをこねられた。



「ぁうぅぅ…」

「ふふ」



面白がって止めてくれないルチア。

ちょっとだけ腹が立って、セレネは彼の手を掴んだ。



「こっち…がいい…」

「はいはい」



掴んだ手を離して体を前に少し屈めると、ルチアは「いつものように」セレネの頭を優しく撫でてくれた。



「……。ミスラに…」

「ん?」

「ミスラにね、話そうと…したの」

「……うん」



何を……?

とは聞かなかった。

彼女を、追い詰めてしまいそうで……。



「ずっと、知りたがっていた…から…」

「うん」

「でも、ね…まだいいやって、言われた」

「うん」

「……」

「……?」



急に黙り込むセレネの俯く顔を覗くと、彼女は固く唇をかんで何かをこらえているように顔をしかめていた。



「セレネ……?」

「…ルチアは、誰かに嫉妬……したりする?」

「……。えっ……?」



唐突の質問に戸惑いを隠せないルチア。一瞬だけセレネの頭を撫でる手が止まった。



「……いきなり…どうして、そんなことを聞くの?」

「……。フウマに、言われた…から」

「フウマ?なんて言われたの?」



頬を膨らませているようにも見える表情で、セレネはぼそ、と呟いた。



「ミスラを護る役目、取られて…私がフウマに……嫉妬、してるって……」



セレネの様子がおかしいことを察していなかったわけではなくて、この答えも予想をしていなかった答えではないが……。



「してるの?嫉妬」

「…………………ん…」



長い沈黙の後、セレネは小さく頷いた。

なんとなくそうだとは思っていた。

思っていたのだが、改まってそう言う彼女を見ているとこみ上げてくるものがある。



「ふっ……」

「……!?」

「あっ……ごめん」



そう言いながらも手の甲を口元にあてて笑いを堪えるルチアに、セレネはなんだか急に恥ずかしかなった。



「も……いい…」

「待って待って」



珍しく赤面してこの場から去ろうとするセレネ。

ルチアはその腕を軽く引いて、セレネをソファに戻らせた。



「俺も嫉妬ぐらいするよ」

「……ほんとう?」

「本当だよ。むしろ今までのセレネが極端にしてこなかっただけだよ」

「変じゃ、ない?」

「変じゃないよ」



ルチアは柔らかい微笑んで、ぽんぽんと再び頭を撫でてくれた。

セレネはその温かい手に安心して、頬を緩ませた。



「ルチア」

「ん?」



不意に疑問が浮かんで顔を上げると、ルチアが伺うように首を傾げた。



「……ルチアは、何に嫉妬…したの?」

「え……」

「誰に…嫉妬した、の……?」



だが答えないルチアに



「ルチア?」



どうしたのと聞き返す前に、彼の手が頭から離れていく。

ルチアはそのまま、セレネのために入れたはずの、まだお茶の入っているティーカップを持って立ち上がり、振り向いて言った。



「内緒」


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