白花に揺られて③
朝。
聖国ルシアーゼをそろそろ離れようかという時間。
「忘れものは……ない」
リュックサックを背負い、ミスラが部屋のドアを開けると
「遅いですわよ!!」
「エルさん!」
腕組みをしてしかめっ面なエルが部屋の前に立っていた。
「おはようございます」
「……おはようございます」
「……あの……?」
ミスラが様子を伺うも、エルはじっと睨むような視線をおくるだけだった。
え、ええ……。なに、わたしまた何かしちゃったかな……。
うう、沈黙怖いよぉ……。
「ええっと……」
「………」
「い、一緒に…行きますか……?」
気まずい沈黙を回避するべく、ミスラが足を踏み出したとき。
「ちょっと、待ちなさいよ」
「す、すみませ……」
ぐるんっと光の速さで踵を返したミスラの目の前に、エルが頬を少しだけ赤らめて手を差し出した。
「ん」
「………え」
「ん!」
「え、え!?なに、なんですか!?」
「…っ、仲直りしましょうって言ってますの!!それくらい察してくれませんの!?」
「なか…なおり……?」
「そうですわよ!!」
エルは一旦自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
「貴女のことを、少し…誤解していましたわ」
「……?」
「お姉さまにばかり苦労をかけて、本人は何も知らない能天気で無責任な人だと決めつけて、『お姉さまが何よりも大切に思う妹』という肩書きだけでも貴女を嫌う十分な理由でしたから、私はどうしても貴女を認めたくなかったのですわ」
「…………」
「でも、私の隠してきた想いを貴女は最初から知りながら、それでも私に笑ってくれた。この想いを理解してくれた。……すごく、嬉しかった」
綻んだエルの表情が自分に向けられたことにミスラは驚いた。
「だから私も、貴女を理解しようと思いましたの。たくさんお話して、一緒に過ごして、貴女のことをす……好きになってみてもいいと思いましたの!お友達として……!!」
「……!」
睨むような厳しい視線ではなく、強い意志と若干の羞恥を含んだ瞳で見つめられ、不覚にもミスラの口元は緩んだ。
「……ふ、ふふ…はははっ…」
「………。は、はぁ!?ちょっと!どうしてここで笑えますの!?私は真剣に……」
「ご、ごめんなさい…。でもエルさんが、あまりにも可愛いこと言うから」
「かっ……わ……!?」
ぶわっと頬を赤く染めるエルを見て、ミスラはまたふきだした。
「な、なん……っ…。もうっ!!」
「あははははっ」
「……っ、もういいですわ!貴女と距離を縮めようとした私が馬鹿みたいじゃないですの!」
そう言って足早に去ろうとするエルを、ミスラが慌てて引き止める。
「あーっ、待ってください!」
エルの腕を掴むとむっとした表情で彼女は振り返った。
「……なんですの」
「わ、わたしも、エルさんと仲良くなりたいです!!」
そう。これはチャンスなのだと。
彼女が自分に振り向いてくれている。手を伸ばしてくれている。
いい関係を築く為には、このチャンスを逃すてはないのだ、と。
まあミスラにとっていい関係とは利害関係でも無ければ上下関係でもない。
ただのお友達なわけだが。
「エルさんのこと、もっと知りたいです!」
それを築くまでにこんなにも時間を要したのは彼女が初めてだった。
「……」
エルは今まで会ってきた女の子とは少し違う、でも魅力の絶えない可愛い人。
仲良くなりたい——
純粋にそう思った。
今度はミスラから差し出した手を、エルはふっと笑って遠慮がちに握った。
「仕方ありませんわね。でも条件がありますわ」
「え?」
ここでそんなものを提示されるとは思ってもいなくて、ミスラは笑顔のまま固まった。
「名前。『さん』はいらないと言ったはずですけど」
「あ……」
「それと敬語もやめて下さいまし」
「………。……うん、わかった。エル」
心をくすぐられるような妙な恥ずかしさに、ミスラは思わず笑った。
エルの頬は相変わらずほのかに赤らんでいて、だがその顔は満足げに微笑んでいた。
「まぁ、悪くありませんわね」




