日記と…③
———……
こんなに泣いたの、初めてかも……。
すんすんと鼻をすすりながら、ハンプティは隣で歩くミスラを横目で見た。
「…………」
「………ん?どうしたの?」
気付かれないようにこっそり見てたのに、そう声をかけられ咄嗟に視線をそらした。
「ううん。なんでもない」
「………?」
「……あの、さ。お姉さんは、やっぱり太陽のお姉さんだよ」
唐突にそんなことを言われ、ミスラは思わず聞き返してしまう。
「え?」
「お姉さん、その自覚ないって思ってるみたいだけど、近くにいてこんなにあったかくなるのは、きっとお姉さんが太陽さんに愛されてるからだと思う」
「………そう、なのかな…?よくわかんないけど、でもハンプティくんが温かい気持ちになってくれたならうれしい」
「うん。……そういえば、お姉さんのこと全部教えるって言ってたのに何もしてないね、ぼくたち」
「あ、本当だ……。でもそれはもういいや」
そう答えたミスラの表情はどこか吹っ切れたような、そんな笑顔だった。
「え?どうして?」
「お姉ちゃんとそれについて話すって約束したの。あとエルさんからも少しだけだけど聞けたから」
「そっか。……月のお姉さん、最初はちょっぴり怖かったけど、ぼくのこと助けてくれたんだよ。あのお姉さん、すっごく強いんだね」
「そうだね」
そう話しているうちに、目的の部屋のドアが見えてきた。
ハンプティはドアの前でミスラと向き合うと、名残惜しそうな目で見あげた。
「いっぱいお話聞いてくれて、ありがと」
「うん」
「お礼に、今度お耳……触らせてあげるね」
「えっ……い、いいいいんですか!?」
こんなときに不謹慎にも、隣で揺れる獣耳が気になって仕方がなかったミスラは、思わぬ礼に声を弾ませてしまう。
ハンプティはくすくすと笑って、後ろ手でドアを開けた。
「おやすみなさい、太陽のお姉さん」
「うん。おやすみ、ハンプティくん」
ミスラと別れたあと、眠るダンプティを起こさないようにとハンプティは明かりをつけずに寝巻きに着替えた。
足音をできるだけ抑えてベッドに入ると、ダンプティに背を向けて横になる。
ふかふかのシーツに体をあずけると、自然とため息がこぼれた。
「………!」
突然背中に体温を感じた。
「ダンプティ……?ごめん、起こしちゃった?」
ハンプティが振り向こうと寝返りを打つ体に、ダンプティの腕が絡まる。
「……ダンプティ?」
後ろからやわらかく拘束され、ハンプティは戸惑った。
「どうし……」
「ダンプティがいるからね」
「え……?」
ダンプティはぎゅうっと、ハンプティの背中に顔を埋めた。
「ずっと一緒だよ。ずっとずっと、ハンプティの隣にはダンプティがいるからね……」
「………」
知らぬ間に、何もかもを見抜かれていたみたいだ。
せめてダンプティにだけは気が付かれないようにしてたんだけどな……。
ダンプティの手にそっと自分のを重ねて、ハンプティはふっと笑った。
「……うん」
昼間の激しい戦いの余韻は、まだ消えない。心と記憶に刻み込まれた傷。それを抱えて眠る彼らに月明かりがそっと注がれる、沈黙の夜。
□ ■ □
翌日、国王と女王の死が国民に伝えられた。
『どうしてこんな急に……』
『お可哀想に……』
国内は悲哀と混乱の空気に包まれた。
————……
「ねぇ、お姉さん。朝ごはん食べ終わったら聖扉の間に来てね。みんなも連れてきてね。絶対だよ!」
部屋を訪ねてきたハンプティが、ミスラの返事も待たずそれだけ言って去っていったのは、今朝早くのことだった。
「よかった……。一回眠って少し元気出てきたみたいで」
その時のハンプティの表情を思い出して、ミスラは聖扉の間に向かう途中の廊下でそう呟いた。
「……ん…?」
「あ、ううん。なんでもない」
隣のセレネに笑顔を向けて、ミスラはふと振り返る。
「どうしましたの?」
エルがミスラの視線を追って首を傾げた。
「…いや……。このお城の中って、いつも静かですよね」
街に下りればそれなりの活気はあるのに対し、城内は今日も静まり返っていてミスラたちの靴音だけが響いている。
「そうだね」
「ずっと思ってたけど、使用人とかも見当たらないし。それらしいのを見たのは城の外で警備している数人の騎士だけだよね」
前を歩いていたルチアとフェルドがあたりを見回して言った。
「あ、みなさんもその理由を知らないんですか?」
「うん。そもそもこの国自体の情報が少ないうえに、俺たちの知識も役に立たないみたいじゃない?」
「日記にはなにか書いてなかったの?リンゼ」
リンゼの肩越しにフェルドが顔を出して聞いた。しかしリンゼは前を向いたまま首を振った。
「………そっか。まぁ日記だしね。そんなことは書いてないか……」
「いや……」
フェルドの言葉に再び首を振って返すリンゼは、僅かに目を伏せた。
「読めなかった」
『………………………え?』
□ ■ □




