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隊長④

一切の光が届かない空間で、リンゼは目の前で浮かぶフランの背中だけをその目に捉えていた。


「フラン。少し抑えろ。瘴気が満ちればあいつらが朽ちるぞ。俺に部下を殺させる気か」


リンゼがそう言うと瘴気が若干治まり、闇との境目が分からなくなっていたフランの輪郭がうっすらと感じられるようになった。


『ちょっと張り切りすぎちゃった』


振り向いたフランはまだリンゼを闇の中に閉じ込めたまま再び彼の首に手を回す。


「行くぞ。手早く済ませる」

『はぁい♡』


リンゼは艶めかしく紅潮したフランの頬に触れた。

もう片方の腕でフランの腰を抱きよせると、彼女の体は腕の中で大きくしなった。それに覆いかぶさるようにしてリンゼが顔を近づける。


「俺に堕ちろ。ブラックプリンセス」


フランにしか聞こえない囁き。吐息混じりのその声に酔いしれるのもつかの間。温かい口付けがゆっくりと落とされた。


それは優しく始められ、どこまでも甘い。

ふたりだけの『戦前儀式』


あまり深いものにならないうちに、リンゼは唇を離した。名残惜しげに自分を見上げるフランの瞳は、暗闇の中でも濡れて艶めいているのがわかった。

フランは先程まで自分のと重なっていたリンゼの下唇を指で伝い、魅惑的に微笑んだ。


『…んんっ……ご馳走さま♡』


その言葉のあとフランは闇を纏いながらすっと目を閉じ、リンゼの手から離れゆらりと宙に浮いた。フランの体を闇が塒を巻くように足から頭へと登り始めた。すると闇が這った後からフランの体が漆黒に塗られた大鎌へと変化し、リンゼはそれを手に取った。


大鎌の名は『ブラックプリンセス』


その姿形、纏う雰囲気、漏れでる力全てが禍々しいそれは、『腐蝕』を司る女神のもう一つの姿だった。

リンゼがブラックプリンセスをひと振りすると、彼を閉じ込めていた瘴気の闇が切れ、眩しいほどの太陽と、ひと回り大きくなった影花が彼を出迎えた。

リンゼは蠢く影花に、ブラックプリンセスを肩に担いで言った。


「我が名はリンゼ。我の肉を箱、血をその鍵とする神の封印具。全ては千紫万紅の世界の為、これより邪悪なるものの裁きを始める」



□ ■ □



いつからだろうか。世界が闇に霞むようになったのは———


あの頃はこの国も、あの人も、大好きだったはずなのに……。

いまはもう、分厚い黒雲に隠されて見えない。美しかった景色も、あの人の温もりも、何もかもが、思い出せない———


『ギュルルルルルル!』


頭に響くのは、影花の鳴き声と

「……っ…」

自分の泣き声。でも不意に

「女王さまっ……」

あぁ、あの子達の声がする。かわいいかわいい、私とあの人の……


「ホアさんっ!!」


これは……?

誰の声?

私を名前で呼ぶ人なんて、あの人以外にいたかしら。


「戻って来てくださいっ!ホアさん!!」


ミスラさん……。

そうだった。私は貴女にとても酷いことをしてしまった。エルさんも、セレネさんも、そんなにたくさん怪我をして……私のせい……私のせいで……ごめんなさい。


「ごめんなさい……」

『ギュルルルルルル!!』


あっ……駄目っ!!傷付けないで!


『ギュルルルルルル!!』


もう誰も……巻き込みたくないの!


「じゃあ俺が、逝かせてやろうか」



□ ■ □



「っ!!」


ホアの叫びが聞こえた気がした。

ミスラははっとして影花を見遣るが、そこにホアの姿があるはずもない。


黒い大鎌を構えたリンゼが闇色の軌跡を残しながら影花に向かっていく。

影花は一瞬怯んだように見えたが、鳴き声あげながら茎を伸ばし一気に振り下ろしてきた。


だが、逆にそれを足場としたリンゼが黒い茎の上を駆け上がり、自分に迫ってくる影花の攻撃をブラックプリンセスで次々に切り避けていった。

影花はリンゼの行く手に何本もの大きな棘を生やした。


しかしリンゼはそれさえも予期したかのように、茎のから飛び上がり影花の頭上を抜けた。その刹那にも仕向けられた棘や鋼鉄のような花びらを器用に飛び越え避けていくリンゼは、ブラックプリンセスを左手に持ち替えて振り上げた。


『ギュルルルルルル!!』


そこから放たれた鎌鼬のような疾風が、棘や花びらを蹴散らしながら影花の分厚い葉が茂った茎の一本を切り落とした。


「……煩い」


リンゼはブラックプリンセスを回しながら後ろ手で再び持ち替えて、間髪入れずに影花の葉やら茎やらを削ぎ落として言った。


辺りは嵐のように強風が荒れ狂った。リンゼの長く編まれた三つ編みは、あまりの強風に留めていたゴムが外れほどけてしまった。

榎の大樹は左右に大きく揺れ、ミシミシと幹にヒビが入る音がした。


それは込められた願いが無慈悲に絶たれる音。


「…あっ…樹が……!わっ……」


ミスラは舞い上がる細かい砂を警戒して、思わず目を瞬いた。

一通りやり終えたあと、地上に降りたリンゼは肩にブラックプリンセスを担ぎ振り返る。


「俺が、逝かせてやろうか」


リンゼのくすんだ青い瞳に映るのは、全ての葉を削ぎ落とされた寒々しい姿の影花だった。あるのは根と花を繋ぐ太い茎だけのそれは、リンゼの言葉に応えるかのように鳴いた。


『ギュルルルルルル!!』


「……ああ、わかった。安らかに散れ」


静かにそう言ったリンゼが、担いでいたブラックプリンセスを振りかざした。


「黒姫の哀歌」


その刃が空を切ると、現れた黒い三日月型の光が影花に向かって走っていった。


ドンッ———


爆発音と土煙。そして


『ギュルルル、ルルルルル、ギュル、ルルル…………』


影花は、リンゼとブラックプリンセスの腐蝕の力によって塵となった。

さぁ、と風にのって消えていく影花の跡からボロボロの状態のホアが見えた。


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