すき、きらい⑤
セレネは月華丸の刀身をホアの体の輪郭スレスレでなぞり、その後ろで蠢く影花の戦力を確実にそぎ落としていった。
だが。
「くく…ふふふふっ」
「………」
「楽しいっ。楽しいわ!」
ホアがセレネの目の前でその白い瞳を輝かせて歓喜に沸いた。
「ああっ、貴女ね。月の加護を受ける騎士さんって」
「………だったらなに」
こちらの情報は筒抜けかと、セレネが眉をひそかに動かして答えた。
「いいえ。ただ、貴女が来たってことは、やっぱりミスラさんは……」
ホアは不意に、鼻先に光るものを感じた。目だけを動かしてみると銀色に揺らめく月華丸の切先が、セレネの瞳とともに向けられていた。
「お前、うるさい」
「ふふ♡」
ふたりの間に生暖かい風が吹き抜け、榎の葉が視界の中で舞い踊る。
瞬きをすることさえも許されないほどの緊張感が支配するこの空間で沈黙を破ったのは、セレネ。
「お前は、気に入らないっ」
颯爽と駆け出しホアに刃を向ける。振り上げられたそれに、ホアが太く伸ばした影花で対応しながら言う。
「私は貴女たちのこと、とっても気に入っているわ」
「お前は敵だ。ミスラにあんな顔させた。許さないっ!」
「ふふっ。姉妹愛、素敵ね!」
「…………」
何を言っても、どんなに怒りをぶつけても今の彼女には届かない、そんな気がした。
セレネはホアから一旦距離を置いた。
「どうしてそんなに笑っている?」
「……え?」
「周りの人を傷つけて、大切なものを見失って、どうしてそんなに笑っていられるの」
「…………」
その瞬間から、ホアの笑顔に若干の陰りが見えはじめた。
「私はミスラが一番大切。失った時のことを考えるだけで辛くなる」
その言葉は、少し離れたミスラにも聞こえた。
セレネの背中を見つめながら、ミスラはしゃがみ込んだままきゅっと唇を噛みしめた。
「お前は違うの?」
その問の答えを、ミスラもじっと待った。
「……セレネさん」
ホアがゆっくりと顔を上げた。
「ちょっと、お喋りが過ぎるかしらね」
「!!」
セレネが目の前の殺気を感知して、また一歩ホアから離れる。
「私がなぜ笑うかって?そんなの……この状況を楽しんでいるからに決まっているじゃない!」
突然、再生した影花の花びらが鋭く尖り始めた。
「私はずっとこの国から出たかった。外の空気に触れ文化に触れ人に触れたかったの!だからこの国の人じゃない貴女たちと一緒にいられる今が、とっても楽しいのよ!」
狂気じみた笑みを浮かべるホアの後ろで、影花が刃物と化した花びらをセレネに向けて発射した。
ドドドドと地面を抉る轟音と、土煙がセレネを覆い隠す。
「お姉ちゃん!!」
「大切なものを見失ったですって?違うわ。私にとって一番大切なものは、これからつくれるのよ。私が求めているのは今のこの国じゃない、未来の世界なのだから!!ふふふふっ、あははははははっ」
「ホアさん……」
天を仰ぎ笑い狂うホアを、ミスラが遠くから悲しげに見つめたその時。
「ならその望み、きっと叶わない」
「!?」
土煙の中から倒したはずのセレネの声がして、ホアは思わず目を瞠った。
その眼前で、セレネが土煙から飛び出した。
「まさか。あの状況なら確実に……!」
「だって私がお前を倒すから」




