出会い、のち②
「……お、お待たせしました…」
ルチアが部屋を出た後、ミスラは素早く顔を洗い、髪を整えた。
寝返りでシワになった制服を脱ぎ、渡された薄い黄色のレースをあしらったワンピースに着替えたミスラを見て、ルチアが一言。
「サイズ、やっぱりちょうど良かったみたいだね」
「はい。ありがとうございます」
しかしミスラにはワンピースのサイズよりも気になることがあった。
たぶん、サイズはちょうどいいんだろう。だが。
(ちょ、ちょっとこれ…丈が、短い…気がする)
ワンピースの裾をぎゅっとつかみながら、自分の太ももに目を落とす。
今ミスラが履いているのは、白いガーターベルト。
一緒に渡されたから履いては見たものの、やっぱりやめとけばよかったと盛大に後悔するミスラは、目の前のルチアと名乗る男をちらりと盗み見る。
今は制服しか持ち合わせていない自分に服を貸してくれたまではまぁ良い。部屋に入ってきたことも許そう。
問題は
(どうしてわたしの服のサイズを知っているんだろう)
そう、ここだ。
記憶違いでなければ彼とは初対面。
何故服のサイズが知られている?
まさか…。
「うん。思った通りよく似合ってる。かわいいよ」
「いやぁぁぁぁ!?」
「えぇぇぇぇぇ!?」
「来ないでぇぇぇぇぇ!!」
「なんでっ!?」
「やめてー!!かわいいとか言わないでぇぇぇぇぇ!!変質者ーーー!!」
「変質者!?どこ!?」
「あなたですぅぅ!!」
「お、俺!?」
「わ……わ、わわわたし、自分の服は……自分で選びますからぁぁ!!」
「あっちょっと、まっ……待って!!」
叫びながら走り去っていこうとするミスラを、ルチアは彼女の手首をつかみ引き止めた。
「きゃ……」
ルチアは、バランスを崩して後ろに倒れそうになるミスラを胸で受け止める。そのまま彼女の両肩に手を置いて、耳元に顔を寄せて囁く。
「お願い。じっとしてて。君にあまりうろちょろされると、いろいろ……面倒なんだ」
「め、めん、ど、う……?」
全力で警戒するミスラに対し、ルチアは彼女から体を離してまたあの優しい笑顔を浮かべて言う。
「詳しいことが聞きたいなら、俺に付いてきて。きっと君が知りたいこと、全部分かると思うから」
「…わ、かりました」
ミスラは少し考えて、そう返した。
その返事を聞いて、安堵した様子のルチア。
ミスラを連れてゆっくりと歩き出した。
---
「入って」
ミスラはルチアに促されるまま、リビングルームだろうか、広く開けた部屋に足を踏み入れた。
部屋には背の低いテーブルとその周りにソファがあり、その上には大きなシャンデリアが吊るされていて、さらに壁際には立派な暖炉があった。
「あ、来たよ」
ミスラを見るなりそう言い放ったのは、深緑色の髪を肩まで伸ばした長身の男。
「遅いですわよ、ルチア。待ちくたびれましたわ」
ソファに腰をかける金髪金眼の少女はそう言って、テーブルに置かれたティーカップを上品に口元まで運んでいく。
「ごめんごめん」
場の空気に馴染めずにいるミスラの横を通り過ぎるルチア。テーブルの上の空いているティーカップにティーポットの紅茶を注ぎながら続ける。
「ちょっとトラブルがあって」
「トラブル?なんですのそれ」
「あ。もしかして、さっきの変質者ーー!!ってやつ?」
面白がるように笑う深緑色の髪の男に対して、ルチアがため息混じりに答える。
「聞こえてたんだ……」
「結構はっきりね」
「あはは。ミスラ、こっち座って」
「は、はい」
ルチアに手招きをされ、ミスラは少し怯えた様子で自分に1番近いソファに座った。
ルチアがミスラの前に紅茶の入ったティーカップをそっと置く。
「あ、ありがとうございます」
控えめにお礼を言ってから、ミスラはそれをゆっくりと喉に流した。
暖かい紅茶が、彼女のこわばった身体をほぐしていく。
ほっ、と小さなため息をついたとき、いつの間に背後にいたのか、背の高い男が後ろから声をかけた。
「落ち着いた?」
「あ、はい……え、っと……?」
「僕はフェルド。よろしくね」
「よろしく、お願いします」
「ごめんねー。うちのルチアが変なことしたみたいで」
「え…」
「俺はなにもしてないよ!!」
ルチアが焦ったように否定するのを、どこか楽しそうに見てフェルドは続ける。
「でも変質者って叫ばれたんでしょ?」
「言い訳なんて見苦しいですわ」
フェルドの言葉に乗っかる金髪の少女。ルチアはもう諦めたような瞳の色を滲ませる。
「い、言い訳とかじゃ……」
「まぁ、なんでもいいや。エル、セレネをそろそろ呼んできてくれるかい?」
「あなたに言われなくても、今私がお迎えにあがろうと思っていたところですわ」
そう言って立ち上がるエルと呼ばれた少女は、ふとなにか目線を感じ、ミスラを見下ろす。
「何か?」
「あ、いえ」
「エル、自己紹介」
フェルドの言葉に、エルは顔をしかめる。
「は?そんなもの必要ありませんわ」
「エル。そんなこと言っちゃダメだよ」
ルチアの注意も聞かず、フンっとそっぽを向くエルは、カツカツとハイヒールの音を鳴らしながらそのまま部屋を後にした。
「気にしなくていいよ」
不安げに彼女の後ろ姿を見送ったミスラに、フェルドが察したように言った。
「あの子は僕達に対しても、だいたいあんな感じだから」
「そうなんですか」
「そんなことより」
と、フェルドがミスラの向かい側に座って確認するように問う。
「今自分はどうしてこんなところにいるんだろうって思ってる?」
「……はい。学校に行こうとして、友達に会ったところまでは覚えているんですけど」
もう、聞いてもいいのだろうか。
ミスラはきゅっと膝の上で拳を握った。
「あの、わたし、どうしてここにいるんですか?」
「それはね…」
「お連れしましたわ」
フェルドの言葉を遮って、エルが1人の少女を連れて戻ってきた。
(あれ?)
ミスラがその少女を見た瞬間、心臓がドクンと鳴るのを感じた。
(この人、どこかで……)
長い黒髪に、紅い光を宿す瞳。
ミスラはその強い意志を持った瞳に、惹き込まれる。
無意識に立ち上がったミスラに、少女はゆっくりと近づく。
目の前まで来ると、右手でミスラの頬に触れた。
少女の手は冷たく、ミスラの温かい体温を奪っていくようだった。
背の高さがほぼ同じの2人は、そのままお互いに見つめ合った。
しばらくの静寂を破るように、少女が小さく口を開いた。
「おはよう、ミスラ」
「……!?」
瞬間、ミスラの身体は鉛のような重さを纏う。
(なにが、起こって……)
がくんと倒れるミスラを、少女はしっかりと抱きとめた。
視界は徐々に闇に包まれ、体は既に言うことを聞かない。
薄れゆく意識の中、ミスラはかろうじて見える少女の顔に、懐かしさを覚えた———
露出の多い女子服も好きですが、わたしはレースやタイツから透けて見える肌に萌えますね(笑)今回もお読みいただきありがとうございます。