思惑
ホアは俯いていて、その表情はわからない。彼女がなにを思ってエルの言葉を聞いているのかということも、白い髪に隠されてわからなかった。
「影花には強さのレベルがありますわ。一番弱いものは葉や茎だけを持ち、その次は蕾をつけ、そして一番強いものは大輪の花を咲かせる。ですが花を咲かせた植物がその後子孫を残すために種や花粉を飛ばすように、影花も花を開花させたあと黒い種を飛ばすのですわ」
「…………」
「そしておそらくお姉さまたちが今戦っている相手が、女王様。あなたの育てた影花が飛ばした種、それが成長したものですわよね。違いますの?」
エルの厳しい質問に、だがホアは小刻みに肩を揺らした。
「ふふ、くふふふふ……」
あの美しい声で、ホアは笑った。そして称賛するように手を叩いて顔を上げて言った。
「お見事です。エルさん、ミスラさん」
中庭にホアの拍手音が鳴り渡る。ミスラには、穏やかな彼女の微笑みが恐ろしく思えた。隣に座るエルはふざけているとも取れる彼女の行動に、怒りで震えていた。
「なんですって……?」
「聞こえませんでした?お見事ですと言ったのですよ。特にエルさん。正直あなたのことは全く警戒していませんでしたから」
「っ!!」
「私もひとつ聞いていいですか?」
「……どうぞ」
「どうして私が影花を育てているとわかったのです?他の人たちは気がついていないようでしたのに」
「それはワシが教えたからじゃ」
「!?」
聞こえてきたのは年老いた男の声。
「ぷはぁ」
声がした方に目を向けると、エルの胸元からラムがひょっこりと顔を出した。
「ら、ラムさん!?またそんな恥ずかしいところからっ!」
「おう太陽の娘!む?お前さんまだ守飾りを身につけておらんのか。早く新しいものをつけた方が良いぞ。それにしても眩しいのう。くっ、氷の獣のわしにはこの陽光はちとキツすぎて……ぬおぉ…焼けるぅ…お嬢ぉ」
ラムは一瞬太陽を見上げて、またエルの胸の中に太陽光から隠れるように潜った。
「ラム!隠れないでちゃんと説明しなさい!」
エルはラムの筆のような尻尾を指でつかんで無理やり引っ張り出し、テーブルの上に置いた。
「お嬢…老人は労わるべきなのじゃよ」
自分の指にすがるラムに、エルはデコピンをひとつ食らわせる。
「貴方が自ら出てきたのでしょう!ほら」
こてんとひっくり返ったラムは、起き上がると同時にいそいそとエルの影に避難した。
「むぅ。仕方がない」
ラムはコホンと咳払いして、ホアに向き直った。
「興味深いわ。外の世界にはこんな生き物がいるのね」
ホアは目の前の動くぬいぐるみに、期待の眼差しを送った。
「お前さん、どうして影花の苗床がわかったのかと聞いたな」
「ええ」
「答えてやろう。わしにはな、視えるのじゃよ。どんなに完璧に影花の気配を消しても、わしには視えてしまうのじゃ。お前さんの後ろで蠢く大きく深い影がの」
そう言うラムの視線は地面に映るホアの影を捉えていた。
「なるほど。人間相手に隠しても、あなたのような存在には隠しきれないということですね。もしやあなた、聖獣のお仲間ですか?」
「聖獣ではない。わしは人に喚ばれ人に仕える獣。精霊の化身じゃよ」
「精霊……。ふふふ……」
「はて。笑うところじゃったかの」
「ふふ、すみません。この国の外の話を聞くのが、知ることができるのが、とても楽しくて」
「ふむ……。楽しい、のぅ……」
「あぁぁっ、気分がいいわ。やはりあなた方に手紙を送ってよかった」
「は……手紙…?貴女もしかして……!?」
エルの頭にあの血で書かれた手紙がよぎる。ホアは一層楽しそうに口角を上げた。
「ええ。影花がこの国にいるのは事実ですし、血文字の手紙を受け取ればすぐに駆けつけてくれると思って。ふふふふ。ああ嬉しいわっ!」
ホアは恍惚として天を仰いだ。
「私ずっと外の世界に憧れていたの。こんな狭い国で一生を終えるなんてごめんだもの」
ふう、と深く息を吐いて、ホアは興奮する体を落ち着かせる。入れたばかりの紅茶を一口口に含むと、ホアの笑顔は消え失せていた。
「でも彼は違ったわ」
「それはこの国の王だった男のことじゃな?」
「ええそうよ。彼…ホルンは何よりも聖獣との契約を重んじる男だったわ」
「契約とな」
「ええ。そういえばこの話はしていませんでしたね」
ティーカップをソーサーに置いて、ホアは建国時から王族となる者が聖獣と契る契約について話し始めた。
「天に選ばれ王族としてこの城に入る時、我々は密に契約を結ぶのです。契約の相手は聖獣の王」
「聖獣の…王様」
息を呑むミスラの隣で、エルはじっとホアを見据えた。
「契約内容は、ルシアーゼに置くポルタ・サンタの開閉は聖獣の王からルシアーゼの王族にのみ、その権利を与えられ、受け取った者はそれを必要に応じて行使すること。ルシアーゼの王族はポルタ・サンタ及び国同士の繋がりを最重要秘密事項とし、その一切を城の外にもらさないこと。両王族はお互いを尊重しつつお互いには秘密を持たないこと。そして、ルシアーゼの王族に選ばれた者はその一生をポルタ・サンタの護りに捧げること」
「一生……」
「成程な。確かに産まれた瞬間から一生を決められ縛り付けられる窮屈は、わからんでもないが……ここに居らん王はそれをきっちりと守る生真面目なやつじゃったと」
「ええ……」
「そしてお前さんはそれを良しとせず、外の世界に憧れたというわけか。よくある考えの相違じゃな。……それで王はどうした。地下にでも閉じ込めたか」
ぬいぐるみながらに厳しく問いただすと、ホアは笑顔を崩さずに言った。
「苗床にさせてもらいました」
「なっ!?」
「ん?」
ガタンと勢いよく立ち上がるエルの前でラムは冷静を装うが、その瞳はわずかに揺らいだ。
ミスラは指先から熱が消えていくような感覚を味わった。これが血の気が引くということかと、だが今それを考える余裕はミスラの頭にはなかった。
「え、エルさん……。苗床って…それってつまり……」
「恐らくお姉さまたちが戦っている影花…。この国の王は彼女に影花の種を植え付けられその栄養源に、言葉通り苗床にさせられたのですわ!」




