それぞれの
「依頼主は恐らく隣国のルシアーゼの者じゃろう。結界の外を飛び回っていた奴、ありゃ聖獣じゃったからの」
ルチアの肩に乗ってラムが言った。
「ルシアーゼ?聖国がどうして……」
「そんなものは知らん。じゃがこの巻物からして、一刻を争う事態であることは明白じゃ」
「リンゼはこのこと知ってるのかな」
「さあな。彼奴の脳内は理解不能じゃ。何を考えているかわしにもわからん。近くに厄介なのもおるしの」
巻物を睨み少しだけ早口になりながら会話をするルチアとラム。
ミスラはそのひとりと一匹を交互に見ていたが、理解は追いついていなかった。
「それに、彼奴が今どこに居るか分からんのじゃろう?……待っている時間は、無さそうじゃ」
「………うん。そうだね。一応連絡だけはしておくよ。ラム、すぐにみんなに知らせて」
「はいよ」
ルチアの肩から飛んだラムは、ミスラの横を冷風を連れて通り過ぎていった。
「ミスラ、ごめん。急な任務が入っちゃった」
「え?あ、はい、任務……」
「すぐ出られるように準備しておいて。エントランスで待つように。大丈夫?」
「は、はい」
「ゆっくり出来る時間もなくて本当にごめんね」
それだけ言って、ルチアも足早に自室へと戻っていった。
その後ろ姿を見つめながら、ミスラは先程受け取ったばかりの端末を胸の前でぎゅっと握った。
□ ■ □
セイセラ王国南西部に位置するトゥルチアは、豊富な種類の動植物が生きる田舎街。
そのなかの大きな森の奥深くに、IPF特殊警察庁の本部は建っている。本部の塔はその街にありながら人々はその存在を知らない。
普段は風が森の中を駆ける音しかないそこに、今日は馬の蹄が土を蹴り車輪が石を踏む音があった。
ガタガタと揺れながら木々が覆い茂る森を走っていると、突然開けた場所へ出た。と言っても周りの木が大きすぎて光が届かないばかりか、空さえも拝めないほど閉ざされていたが。
「ばあさんばあさん。ミスラちゃんはわしのネックレスがなくて寂しいそうじゃ」
「そうですか。よかったですねぇ」
その反面、馬車の中は明るい声で溢れていた。
ジルベールは、ミスラからもらった手紙を何回も読み返し、ソフィもその隣でミスラの顔を思い浮かべていた。
「あぁ、こうなることがわかっていれば……」
「おじいさん……」
「あの朝はもっといい菓子をあの子にあげたんじゃがのう」
「……おじいさん………」
「着きました」
気がつけば揺れていた馬車が黒い搭の前で止まっていた。
御者は2人が馬車から下りると一礼した。
「なんじゃ、お前は運ぶだけかい。出迎えも無しとはのう……」
赤く光る石が埋め込まれた長杖を持ち黒いマントをはためかせるジルベールが言うも、御者は顔を上げようとはしなかった。
「早く行って家に帰りましょう、おじいさん」
紫紺の服を着て腰にハート型の錠で固く閉じられた分厚い本を携えるソフィは、居心地が悪そうにジルベールの腕に手を添え急かした。
「そうじゃな。ミスラちゃんに手紙の返事を書かなくては」
「ええ」
塔の中は森の中同様薄暗かった。
板が鎖で繋がれただけの壁も扉もない昇降機に乗ると、それは操られているかのように最上階へふたりを運んだ。
「来たか」
不意に頭上から低い声がした。
「おお、これはこれは。久しいのうサグ。……あぁ今は総監、と呼んだ方が良いかの」
サグ、と呼ばれた男はジルベールとソフィの前にその姿を現して嘲笑気味に『あえて』敬って言った。
「前総監にそう言われても、素直に喜べませんがね」
癖のある黒髪を顎まで伸ばし無精髭を生やした虚ろ目な男、サグ。
彼はIPFの中の特殊警察を束ねる総監であると同時に、今現在において彼より強い能力者は居ないとされている。
世界の全権力保持者さえも、彼の前では膝をつき頭を垂れるであろう。
「突然呼び出してすまないな、古い友人よ。妻殿もお元気そうで何より」
サグはジルベールを親しげに呼び、ソフィには手の甲に恭しく口付けて笑いかけた。
「……ええ、あなたも」
面では笑顔を貫くも、ソフィはサグに触れられたところを後ろで拭う。その手をジルベールがサグを見つめたままぎゅっと握りしめた。
「今回のこと、理由について大体の予想はついておる」
「……そうか。ならば単刀直入に言う」
サグは顔から笑みを消した。
「前総監ジルベール殿、及び大魔女ソフィ殿。再びこちらに戻ってきてはくれまいか」
真剣そのもののサグに、だがジルベールはため息を交えて言った。
「わしは……わしらは、もうここへは戻らない。あの日、お前さんに言ったじゃろう」
堅い覚悟を持って放たれたその言葉に、サグは唇を噛み締めた。
「……何故、分からない」
「かはははっ。そんなもの簡単じゃ」
軽快な笑いを並べて、ジルベールが続ける。
「お前さんが、間違っているからじゃよ」
「あなたはとうの昔に闇に堕ちてしまった。あなたがいる限り、わたしたちは自ら組織に関わることはしないと誓ったわ。あの子達との約束を果たすため、そしてあの子達が残していったものを守るために」
「……………」
「もう、良いかの」
黙るサグを気に止めず、ふたりは昇降機に戻った。振り返るジルベールがサグを睨み叫んだ。
「サグ!!わしらはお前さんがしたことを絶対に許しはしない!!これからもその腐った性根を抱えて生きていくつもりならば、お前さんがすべきことはただひと
つ!!」
ジルベールはソフィと繋ぐ左の手に力を込め、右の手で持っていた長杖の先を一回、床に叩きつけた。
「己が棺を用意せよ!全てをかけてわしらに挑んでくるが良い。逃げも隠れもせぬ。わしらがお前さんの息の根とともに、この悪夢を断ち切ってやるわっ!!」
昇降機がふたりを運んだ後も、サグはその場から動けなかった。
「何故だ。何故そんなにも必死になることがある」
それはまるで呪いのようだった。
「お前達の大切なものは、お前達となんの繋がりもないではないか………!!」
脳内にふたりの眼差しがまるで焼き付くように残る。その気持ちの悪さが、サグをしばらく支配した。
ジルベールとソフィが塔の外へ出ると、止めてあった馬車の前に左目に眼帯をした男が立っていた。
「……リンゼ。お前さんもここにおったのか」
ジルベールの声に気づいたその男、リンゼが後ろで長い三つ編みにした青灰色の髪を揺らして振り返った。
「はい」
「先日はミスラちゃんを守ってくれてありがとうね、リンゼ」
「いえ。俺は知らせただけです」
ソフィは無表情のリンゼに優しく微笑んで、次に彼の頭の上を見て言った。
「あなたもお疲れ様、フラン」
常人には見えないそれと、ソフィは楽しそうに一言だけ言葉を交わした。
「さて、やっと帰れるわい。………リンゼ、御者はどうした?」
「始末しました。奴の刺客だったので」
「あまり目立った行動をすると、勘づかれるぞ。あのくらいの小者、わざわざお前さんが手を下さずともよい」
「御者が居ないのなら、馬車に乗って帰れませんねぇ。どうしましょう、おじいさん」
本当に困ったような顔でジルべールの袖をつかむソフィに、ジルベールはあきれた瞳を返す。
「……ばあさん。なんのためにその重い本を持っているのかね?」
「あらまぁ、そうでしたね。長い間使っていなかったものだから、存在を忘れていたわ」
ショルダーバッグのように携えていた魔法書を思い出したようにパチンパチンとストラップから外すソフィを見て、ジルベールは思わず声をかける。
「ばあさん……大丈夫かい?」
「心配いりませんよ。おじいさんの指だけ置いていったりしませんから」
ふふふと穏やかに笑うソフィの横でジルベールは血の気が引いていくのを感じた。
「リンゼも一緒に運んであげましょうか?」
「俺は………」
『ブー、ブー』
突如鳴ったバイブレーション。リンゼはロングコートの胸ポケットにあった端末を取り出し黒革の手袋をはめたまま操作する。
「……すみません。俺はここで」
「そうなの?分かったわ、気を付けてね」
「あなたがたも」
リンゼは軽く会釈して、踵を返す。
「リンゼ!」
名を呼ばれ顔だけ向けたリンゼに、ジルベールは言った。
「あの子達を頼む」
短い言葉、だがそれはとてつもない重さを持ってリンゼの体に入ってきた。
「………はい」
彼らの思いを、託された気がした———
TWINSお読みいただきありがとうございます。
最近風が強いですね。そのせいで前髪が無くなるのが最近の悩みです。
次話もよろしくおねがいします。