案内
———……
「さっきはごめんね。朝から騒がしくしちゃって」
なんとか朝食を済ませたミスラは、ルチアとキッチンで食事の後片付けをしていた。
「いえ。………少し、楽しかったです。お姉ちゃんとも話せたし……」
「そっか」
カタン———
ミスラが最後の食器を棚にしまい終えた頃には、ふたり以外にここで話す者はいなくなっていた。
「……さて、洗い物も終わったし、行きますか」
「はい」
「この館は一階と二階、それと地下にわかれているんだ」
リビングを出たところで、ルチアがそう切り出した。
「地下まであるんですね」
「うん。でも訓練場みたいになってるけど、フェルドくらいしか使わないよ。あれは拳銃使いだから、射撃訓練してるみたい」
「へぇ」
そんな会話をしていると、長い廊下から広い踊り場へと出た。
「ここ一階はエントランスホール。主に仕事の依頼を受けたりする場所」
高い天井に大きなシャンデリアが飾られた広いホールには、中央に二階へと続く大階段があった。
「ほらあそこ。階段の下にソファとかが見えるでしょ?たまに依頼主自らここに来ることがあるからね。その時はあそこで対応してるんだ」
ルチアが指をさす先に、接客用のテーブルとソファが配置されていた。
ホールの隅にいくつか置かれた花瓶には、その場にありながらも目を惹くほどの鮮やかな花が挿してあり、ミスラがしばらく上から眺めていると、ルチアが再び口を開いた。
「二階は俺達の生活空間。エントランスの階段を上って左に曲がれば女性の部屋、右に曲がれば男部屋ね」
そう言って、女部屋のほうへ進むルチア。
「仕事の依頼がない時はみんなほぼ二階で過ごしているんだ」
長い廊下にはエントランスホールと同じように花瓶に花が飾られていた。
(……これ、もしかして造花?)
先程は遠くにあったため気付かなかったが、飾られている花は全てつくられたものだった。
どうせなら本物飾ればいいのに。あ、でも館が広いからお手入れが大変なのかな
等間隔に置かれた造りものの花が彩る廊下を少し進むと、いくつものドアが見えた。
「このへんは隊員の個人部屋」
ミスラの横をミスラの歩幅に合わせながら、丁寧に説明するルチア。
「手前からミスラ、セレネ、エルの部屋ね」
「………。みんな部屋のドアの彫刻が微妙に違うんですね」
「そうなんだ。その部屋を誰が使っているか分かるように、部屋の主をイメージして彫られたものなんだって」
「イメージ?」
「そう。エルだったら天使。セレネは月。ミスラは……太陽、かな」
「………太陽………」
不意にミスラの脳内に影花の言葉がよぎる。
『タイヨウ、チカラ……ホシイ…ホシィ』
(あれってやっぱり——)
「ミスラ!おいで」
「……はいっ」
ルチアの呼び掛けに、ミスラは思考をそこでとどめた。
(……あんまり考えないようにしよう)
………————
「ここはリビング」
次に案内されたのは、大きな暖炉のあるリビングルーム。背の低いテーブルとソファが置かれ、暖かくてゆったりとくつろげる空間だった。
「みんな好きに使ってるけど、あんまり汚さないようにね。エルが怒っちゃうから。あとは……」
リビングルームからドア無しで続く部屋にルチアがミスラを促す。
「こっちがダイニングで、その奥がキッチン。今朝もここで朝ごはん食べたけど、基本的に食事は自分の部屋じゃなくてここでとるようにしてね」
「わかりました」
「冷蔵庫の中のものとか、調理道具とかは自由に使っていいけど、食器は所有者が決まっているものもあるからあとで確認しておいて」
「はい」
「じゃあ次ね」
リビングを出て右に曲がり少し行くと廊下がふたつに分かれていた。ルチアはそのまま真っ直ぐに進みミスラもそれについて行く。
「ここからは男部屋」
立派な蜘蛛の巣とその主だと思われる黒い蜘蛛が彫られたドアの前で、ルチアが歩みを止めた。
「この部屋は俺の。その隣がフェルドでその隣は今は空き部屋なんだ」
「……このあと誰か入るんですか?」
「うん。リンゼが……あぁ隊長のことね。もうすぐ新入りが来るとか言ってたんだよね」
「新入り……」
「うん。あ、そうそう。そのリンゼの部屋は空き部屋の隣。絶対に入っちゃだめだよ」
「絶対……?どうしてですか?」
そう聞くとルチアはミスラを見下ろして言った。
「リンゼがそう頼んできたんだよ。ミスラだけじゃなくて俺達にも。なにか話があるのなら端末に連絡しろってね」
「端末……携帯のことですか?そういえばわたしみなさんの連絡先知らな……」
「あ!忘れてた。……ちょっと来て!」
ミスラの言葉を遮ってなにか大切なことを思い出したかのように、ルチアが早足でリビングに戻って言った。手招きで呼ばれたミスラも次いで行きソファに座った。
「はいこれ」
「……なんですか…?」
向かいのソファに腰をかけたルチアが、黒い端末をミスラの前に差し出した。
「今朝届いたミスラ専用の端末。国際警察の人間は、みんな同じ端末を持って連絡を取り合うんだ。セキュリティとか色々な問題のためにね。ここには既に俺達の連絡先も登録してある」
「え、でもわたし携帯電話持ってるんですけど」
「うん。それはプライベートで使って。こっちは完全に仕事用」
「……仕事って、わたしここで働くんですか?」
「あぁ違う違う。今俺達はミスラを影花から守らなくちゃいけない。任務中なんだよ、これでもね」
「あ………」
「君に何かあってもすぐに駆けつけられるように、この端末にはGPSが内蔵されてる。ミスラがこれを持ってさえいれば、少しなら単独行動を許すことが出来ると思ってね。セレネも納得してくれたよ」
「お姉ちゃんも……」
「うん。だからこれは肌身離さず持っていて欲しいんだ。君のためにも、セレネのためにも、ね」
「………わかりました」
ミスラは頷きを返して、テーブルに置かれた端末を受け取った。
「ところで、ミスラは料理とかするの?」
館の案内が一通り終わりリビングを出た時、ルチアが不意に聞いてきた。
「少しだけなら……」
「ほんと?よかったぁ」
ミスラの答えにほっと安心したような顔でルチアが笑った。
「……?どうしてですか?」
「あのね、この館の中で料理出来るの俺しかいなくて」
「え、そうなんですか」
「そうなんだよ!全員分のご飯を俺ひとりで毎日作るのは流石に大変でね。だから料理が出来るならミスラにも少しだけお手伝いしてほしいなー、なんて……駄目かな?」
「………。それは構いませんけど、あの、お姉ちゃんとかに頼めば……」
「セレネにやらせると、食べ物がいつの間にか食べ物じゃなくなってるんだよ…」
「は……?」
何故か遠くを見つめるようにして語るルチアに、ミスラが首をかしげた時———
「おいガキ!」
冷たい風に乗って、ぬいぐるみのラムが口に白い巻物をくわえて姿を現した。
「ラム?どうかした?」
「今、結界の外を飛び回っていたやつからこれを受け取った」
「結界の外を…?」
ラムから巻物を受け取って紅い綴じ紐を解くルチア。その中に書かれていたものにその優しい表情が強ばる。
「これ……」
「依頼書じゃ」
真っ白い巻物には、指先で書いたような文字でこう書かれていた。
『助けてください』
ただ一言。
だがそれは、血に濡れた赤黒い色の文字だった———
今回もお読みいただきありがとうございます。
次話からシリーズが変わります。本格的に始まる影花とミスラたちの物語をお楽しみくださいませ。
では、また近いうちに。