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休息②

 フェルドから逃げたミスラは、食パンをのせた皿をテーブルに並べた。

 ルチアは全員分のスープをよそい終わると、キッチンで目玉焼きを作り始めた。

 ジュージューという音とほのかに香ばしい匂いがミスラの空腹を誘う。

「まだふたり起きてきてないけど、まぁいっか」

 そうつぶやき再びダイニングに戻ったルチアが、焼けた食パンの上に目玉焼きをのせようとしたとき、ひたひたと裸足のセレネが寝起きのままでダイニングルームに入ってきた。

「……いい、におい……」

「あ、おはよう、セレ……ネええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?!!!?!?」

 少し大きめの白いシャツだけを着たその刺激的な姿に、ルチアは悲鳴をあげた。

 その拍子にフライ返しにのっていた目玉焼きがポロリとすべり落ち、食パンへと顔面からダイブして崩壊。血流の如く黄身が飛び出し、清々しい朝に無残な光景が広がった。

「おおおおおお姉ちゃん!?」

 ミスラが慌ててセレネに駆け寄り、ガシッと両肩をつかむ。

 一方大好きな妹に触れられたセレネは、寝ぼけながらも頬を緩めた。

「みすらぁ、おはよう」

「おはようじゃないよ何その格好!シャツ一枚で部屋出てきちゃだめでしょ!?」

「……?シャツだけじゃないよ。ちゃんと下もはいて………」

 ほら、とシャツの裾をまくろうとするセレネ。

「あああぁぁぁぁ!?いいから!わざわざ見せなくていいからっ!」

 ミスラはそれを全力で阻止しにいった。

 その後ろで、キッチンから出てきたフェルドがルチアの横に立ってくずれた目玉焼きパンに目を落とす。

「………。ね、ねぇルチア。ここ僕の席なんだけど………聞いてる?ねぇルチア。ルチア!ねぇって!ちょっと!僕朝からこんな黄身が流れ落ちるパンなんて食べたくないよ!ねぇ!」

 ぼーっとしたまま石のように固まって動かないルチアを、自分の朝食がかかったフェルドが必死で揺さぶる。

 その頃ミスラは、ほぼ半裸状態のセレネをとりあえずここから連れ出そうとしていた。

「お姉ちゃん!ちゃんと制服着てこなきゃ駄目じゃん!」

「………ミスラ…貸した服、着ないの?」

「え」

「気に…いらなかった?」

 口元を長い袖口で隠しながら、眉を垂らし明らかに落ち込むセレネに、ミスラは言葉をつまらせた。

「あ、いや、そういうんじゃなくて」

「ミスラも、一緒に着替えよ」

「わ、わたしは学校の制服でいいよ」

「………」

「な、なに?」

 じぃっと制服を観察しはじめるセレネは、ミスラのまわりを一周回って言った。

「渡した服のほうが…かわいい」

「がっ…学校の制服だってかわいいし!」

「え、かわいく、ない」

「かわいいっ!」

「かわいくない」

「かわいいの!わたしはこの制服が好きなの!……もういいじゃん着てる服なんて何でも」

「……じゃあわたしも…これで…」

「それはだめなの!」

「……?どして?」

「どうしてって……どうしても!ほらっ、わたしも一緒に部屋まで行くから……」

 そう言って無理やりセレネの手を取ろうとしたミスラの手が、パンっと乾いた音と共にはじかれた。

「その必要はありませんわ」

 双子の間に金髪を揺らしてエルが割ってはいる。

「エル、さん……。あの…」

「お姉さまっ!」

 その先の言葉を待たずにエルに背を向けられ、ミスラは口をつぐんだ。

 一方のエルは目の前のセレネに何か文句を言おうと口を開いたが、朝一に見る『愛しのお姉さま』に、一瞬目眩をおこした。

「あぁ、お姉さまっ。おはようございます」

「ん、おは」

「はい!お姉さま、本日もご機嫌麗しゅう……って違いますわ!お姉さま!」

「……?」

 いきなり険しい表情で力強く両肩をつかまれ、セレネはこくんと首を傾げた。

「私が伺うまでお部屋に居てくださいと何度も言っているのに!どうして毎日毎日こうなってしまうのですか!?」

「……エルが、遅いから……?」

「何故疑問形なのですか…。そして私が遅いのではなくお姉さまが早起きなのですとても……」

「早起きするといいことあるって、お母さんが……」

「ええそうでしたわね。お身体がお元気そうで何よりですわ……」

 セレネの反応の鈍さに半ば諦め状態のエル。

「お姉さま、朝食の前にお着替えを致しましょう」

「え、でも…朝ごはん…」

「エル、セレネは冷めちゃう前に食べたいって。シャツのボタンしめて膝にタオルケットとかかけておけば大丈夫だよ」

 そう言ってフェルドがエルの肩に手を置いた瞬間、今までにこやかな笑みを浮かべていたエルが、全身の毛を逆立て鬼の形相でフェルドを睨んだ。

 そして太腿に装備していた鞭を取り出して一気にフェルドに向かって振りかざした。

「私に触れていいのは……お姉さまだけですわぁぁ!!!」

「あ………っだ…!!」

 腹に直撃した強烈な一撃は、凄まじい音でフェルドを壁に打ち付けた。

「フェルドさんっ!?」

 ミスラが思わず駆け寄ってフェルドを起こす。

「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、ははは。大丈夫大丈夫。いつものことだから」

「いつも………」


 いつも、なにをしているのだろう、この人たちは………


 ミスラは冷や汗を流した。

 あと……と、ヒリヒリする腹をさすりながら、フェルドが言った。

「エル。とても言いにくいんだけど君が大切にしているその『お姉さま』が今着ているシャツ」

「……シャツがどうかしましたか」

「それ、ルチアのだから」

「………え」

「……え?」

 驚きの真実に、ミスラは開いた口を塞ぐことができず、石と化していたルチアはその一言で蘇生し、エルはわなわなと肩を震わせゆっくりとセレネを振り返り聞いた。

「お、お姉さま……それは、本当なのですか……」

「ん、ほんと」

「あの男の、シャツ……」

「そだよ」

 突然の怪しい雲行きに、ルチアは慌てて弁解する。

「あああのエル。違うんだよ。セレネが大きめのシャツが欲しいっていうからあげただけで……。ちゃんと使用前のものを渡したんだよ。何に使うのかは俺も知らなくて、まさかパジャマ代わりになっていたなんて思いもしなかったというか……。と、とにかくあのそんなやましい気持ちがあったとかそういうんじゃ………」

「………い…」

「え、エル……?」

「今すぐその汚らわしいものを脱いでください!!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁ!?!!!?」

 怒りが爆発したエルは、いきなりセレネからシャツを奪い取るように脱がせた。

 下ははいているとはいえ、上はシャツ一枚のみ。ボタンのおかげで最悪の事態は免れたものの、ルチアは羞恥で再び発狂した。

「エルさんっ!!何してるんですかっ!!」

 エルの手からシャツを取り上げたミスラが、急いでボタンをかけ直す。

 その様子に、エルはまたイライラをぶつけた。

「どいてくださいっ!」

「ちょ、ちょっと……エルさんっ」

「行きましょう、お姉さま」

 セレネはミスラとエルを交互に見てから、エルに連れられてダイニングルームから出ていった。

「なんなんだ、もう……」

 激しすぎる朝の余興に、ミスラは今日はすでに何度目かのため息をつくばかりだった。

こんにちは、蒼依です。

お読みいただきありがとうございます。次話もよろしくおねがいします。

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