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出会い、のち⑨

 ————コポ………

「………………」

 コポ………コポ……

「……ん……………」

 泡の弾ける音が、ミスラを眠りから覚まさせた。

「………あ、れ……?」

 ………暗い。

 確かに目を開けたはずなのに、視界には何も入ってこない。

「……ここ、どこ…?」


 ———わたし、なにしてたんだっけ……?


 ぼうっとする頭を、ミスラはなんとか動かして過去の記憶をたどる。

「……あ、そうだ。わたし、影花に飲み込まれて……それで………………」

 ……………。

 どうしてこんなにも思考がままならないのか。

 体が重い。光が見えないから本当は目を閉じているのではないかという錯覚さえ起きる。

『—————』


 ……………?

 いま、なにか聞こえた……?


 遠くで話し声が聞こえた気がして、ミスラは首だけを動かしその主を探すが、光の届かない闇の中ではそれも出来ない。

『……オ、キタ……』

「!!」

 耳に残る複雑な音声。

 これは紛れもなく、影花に堕ちる前の男が発したものと同じものだった。

 ミスラの体が、一瞬で凍りつく。

『……オキ、タ』

「……やめて…」

 耳を塞いでも、この声は脳内に入ってくるようだった。

『タ、イヨ…ウ、オキタ……』

「……………」

 ————太陽


 なに、それ。

 わたしのこと………?


「……っ、ね、ねぇ!どうしてあなた達はわたしのことを狙うの!?」

 震える唇から絞り出した声は、どこにも響かなかった。

「…………」


 答えが知りたい。全部じゃなくていい。ただ、お姉ちゃんがずっと抱えてきたものを、少しでも理解したいと。

 ———そう思うくらい、いいよね。


『タイヨウ、チカラ……ホシィ……ホシィ』

「!!」


 ———応えた!?

 やっぱり太陽って言ってる。

 …………。

 太陽って、わたしの………


「……わたしの、この名前のせいなの?わたしの名前が、太陽の神様のものだから!?」

 …………………。


 今度は何も言わない……


 ごくりと、息を呑む。

 ミスラが無形の恐怖に怯えながらも、また別のことを闇にぶつけようと口を開いたとき———

『アァア……キタ。タイヨウ、ツキ、ヨンダ………!!』

「っ!?」

 空間が抉られるようにして歪んだ。

「な、なに!?……っ!」

 瞬間、一面の暗闇に月の光が注ぎこむ。

 そのまぶしさにミスラが思わず目を瞑ると、右腕を何者かに掴まれた。

「……だれ…?」

 問いかけても答えは返ってこなかった。

 でも。


 あぁ。

 この手、わたし知ってる。


 触れたところから伝わるこの冷たさが心地よくて。

 握ったら握り返してくれる優しさが、なによりもだいすきで。

 ずっと、ずっと……この冷たい温もりを感じていたいと願った相手。


 ————また、助けられちゃった



  □ ■ □



 ……………—————


 キィィィィィンッ

 赤みがかった白い光が、影花の中からはじけた。

 影花にのまれたように見えたセレネは、その光を纏って地面に膝をついた。

「……っ、は……」

 肩で息をするセレネの、その腕の中にはぐったりと項垂れるミスラがいた。

「お姉さま!!」

 エルが泣きそうな顔でセレネのもとへ駆け寄る。

「お姉さま、お怪我はありませんか!?」

「わたしは……大丈夫…」

 セレネはそう言って、視線をミスラに落とした。

「…………」


 ————冷たい


 いつも温かいミスラの体が、今は自分よりも冷えている。

「……っ…」

 セレネは青白い顔のミスラを優しく抱きしめた。

 耳元で微かに聞こえるミスラの呼吸音に、そっと胸をなでおろす。

「……ごめんなさい。ミスラ……ごめんなさい…」


 わたしは何のために今まで———


「お姉さま……」

 涙を我慢して歯を食いしばるセレネに、エルはかける言葉を見失う。

「……ミスラ…」

「大丈夫。かなりの時間影花に取り込まれていたから、だいぶ衰弱しているけど、まだ息もしているし、少ししたら多分意識も戻るよ。それに……」

 フェルドがセレネの震える肩に手を置き、続けた。

「キミの太陽は、こんなことで消えたりしないだろう?」

 その言葉に、セレネは一瞬目を見開いて。

「…っ。…………ん」

 そして力強い頷きを返し、立ち上がった。

 ミスラをフェルドに託して、セレネはルチアの糸で身動きの取れなくなった影花に向き直る。

「………」

 自分よりもはるかに大きな闇の塊。

 セレネは月華丸を握る手に汗をかいた。

「お姉さま、私もお手伝いしましょうか?」

「……ありがとう。でもあれだけは、わたしひとりで倒したい」

 もがく影花を睨みあげたままセレネはエルにそう伝えると、一歩一歩ゆっくりと歩を進めた。

「お姉さま…」

「決めたんだ。大切なものをたくさん奪われたあの日に。ミスラがわたしの全てになったから」

 月が、雲から顔を覗かせ再びセレネと月華丸を照らし出す。

「ミスラだけは絶対わたしが守り続けるって、そう決めた。……誰にも傷つけさせない。もう二度と、わたしは家族を無くさない。そのためならわたしは、何だって成し遂げてみせる」

 月華丸がセレネの言葉に呼応するように、熱と光を帯びはじめた。

「例えその相手が、闇よりも深い影だとしてもっ、わたしはそれを断ち切って、ミスラに光をあてる存在になってみせるっ!!」


 ずっと、ずっとずっとずっと……笑っていて欲しいんだ———


「……っ、泣き顔なんて、涙なんて……あの時に見た1回だけで、十分だから……」

 涙のこぼれそうになる顔をあげ、セレネは一気に駆け出した。

「……ミスラの笑顔の為に、わたしはお前達を斬り続けるっ!!」

 重力に逆らって、影花の頭上高く飛び上がる。

「わたしの名前はセレネ。宝刀月華丸の正当な後継者であり、太陽の姫ミスラを守る月の騎士!」

「!!」

 この時、大樹の上から様子を伺っていたロロは、セレネの瞳に月と同じ紅い光が濃くなっていくのを見た。

 獲物を狙う獣のような眼差しを影花に向けて、セレネは月華丸を握る手に力を入れ直す。

「わたしの意思に従いなさい。切り裂け、月華斬!!」

 セレネが一思いに振り下ろした月華丸の刀身から紅い閃光が放たれた。それは空気を斬りながらまっすぐに走っていく。

『ギュルルルルルルルルルルル…………!!』

 やがてその光は影花を襲撃した。

 スタ、とセレネが静かに着地したと同時——


 パァァァンッ———


 影花は紅い光の華を散らして消滅した。

 その衝撃で発生した爆風が、影花に背を向けていたセレネの長い黒髪を揺らした。


 ……………。

 しばらくして、巻き上げられたホコリが視界から消えた時。

「………!?」

 セレネの膝が体を支えきれずに折れる。

「お姉さまっ!!」

「……っと…」

 そのまま倒れると身構えたセレネは、なにか温かいものに包まれたような感触に首を傾げる。

「大丈夫?セレネ」

「………。……ん」

 見るとあの綺麗な群青色の瞳で、ルチアが心配そうにこちらを見下ろしていた。

「力の使いすぎだよ」

「……ごめんなさい。………。ルチア」

「ん?なに?」

「……元に、戻った?」

 聞いた途端に、ルチアの顔が一瞬だけ引きつったように見えたのは自分の気のせいだろうか。セレネはルチアの瞳を見つめ、答えを待った。

「………うん。いつもの俺だよ」

 そう言って、全身の力が抜けたようにふにゃふにゃになってしまったセレネに、ルチアは優しく笑いかけた。

「………。そっか…」

「………」

「お姉さま!!」

 エルが血相を変えてルチアに抱き抱えられたセレネに走り寄る。

 怪我はないかと必死に聞いてくるエルの頭に手を置いて落ち着かせるセレネ。

「……ん…」

 その様子を少し離れたところで見ていたフェルドの腕の中で、ミスラがうっすらと目を開けた。

「おや、お目覚めかい?姫」

「……?フェルドさん……。わたし……」

「ミスラ……!」

 ルチアの腕に抱かれたセレネが、それに気づいてミスラの名を呼ぶ。

 ぼやける視界の中、ミスラの瞳がその姿を捉えた。

「おねぇ、ちゃん……。お姉ちゃんっ!!」

 フェルドから離れおぼつかない足取りでセレネの元へ歩み寄るミスラ。

 ルチアにそっと降ろされたセレネを強く抱きしめた。

「お姉ちゃん……お姉ちゃん…っ…」

「……ミスラ……げんき?」

「うん」

「よかった」

 自分の肩に顔をうずめながら頷くミスラをみてセレネはほっと一息ついた。

「お姉ちゃん。わたし、今日夢を見たよ。それでね、思い出した」

「ん?」

 すっと体を離すミスラの瞳は、今にもこぼれそうな涙をこらえていた。

「お母さんも、お父さんも、あの影花っていうバケモノに殺されたんだよね」

「……ん」

「なんでかな。ずっと忘れてたんだ。こんな、大事なこと」

 セレネはそっと目を伏せて、ミスラを優しく抱きしめた。

「ネックレスに、辛い記憶を封印する力、あったから。ミスラには、普通の、女の子として、生きていてほしかったから」

 聞こえてきた声は弱々しく、震えていた。

「でも、ごめんなさい。結局辛い思い、させて。怖い思いも、たくさん…」

「ううん」

「何も言わずにお別れして、ごめんなさい」

 セレネは一層強く、ミスラを抱きしめた。

「ずっと、探してくれて、ありがとう」

「…っ!」

 その一言に、ミスラのその太陽のような色の瞳から涙が溢れた。

 自分の想いが、願いが、今本当に叶った気がした。報われた気がした。

 10年ぶりに再開した姉妹はお互いを抱きしめ、存在を確かめ合う。

 その微笑ましい光景に、エルだけが目をそらした。



  □ ■ □



 大樹の枝に座り、葉の陰に隠れて一連の様子を見終えたロロ。

 気配を極限まで消した彼女の存在は、無に等しかった。

「ふぅん。つきのきしと、たいようのひめ、ねぇ……」

 足をぶらぶらと揺らしてつぶやくロロは、口元に無邪気な笑みを浮かべた。

「あはっ。いいこときいちゃった☆ ろろがそだてたおはなさんが、みんなけされちゃったのはかなしいけどぉ。でもこれでゆるしてあげる♪」

 よいしょと立ち上がって、抱き合う少女ふたりを見下ろして目を細める。

「じゃあね、たいようのおねえちゃん。またろろといっしょにあそんでね」

 そう言って、ロロは夜の闇に消えていった。


ミスラって名前結構覚えにくいんですよね。わたしも最初の方何回か思い出せなくて、あぁあの妹の方!とか言ってました。

今回もお読みいただきありがとうございます。

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