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出会い、のち⑧

「わあぁ、おつきさまきれー!」

 公園の中央に立つ大樹の上で、ロロは夜の空を仰ぎ見ていた。

「きょうのおつきさまは、とぉーってもおっきいね!」

 闇の中ぼうっと浮かぶ月に、手を伸ばしてロロ。

「それにあかくひかってて、りんごみたいにかわいいっ」

 気配に気づき、視線を夜空から地面に移す。

「ね!おねえちゃんたちも、そうおもうでしょ?」

 その言葉の先には、公園についたばかりのセレネ達がいた。

「……ミスラは、どこにいるの……」

「こわぁい。たいようのおねえちゃんは、ろろにやさしくわらってくれたのにぃ」

「っ!!」

 ロロのまるで遊び感覚の態度に、セレネの瞳から怒りがにじむ。

「そんなににらまないでよ。だいじょうぶ!たいようのおねえちゃんは、ここでぐっすりねてるから♪」

 そう言ったロロの背後から、館の結界を破ったものと同じ、だがさらに巨大化した影花が姿を現した。

『ギュルルルルルルルッ』

 セレネはその影花の中に、闇に縛られたミスラの姿を見た。

「……!!…ミスラ!」

『ギュルルルルルルル!』

「……っ……!?」

 思わず駆け出したセレネに、強靭な黒いムチが襲いかかる。

「セレネ!」

「お姉さま!」

 それはセレネの足元を打ち、彼女の行く手をふさいだ。

「だぁーめ!」

 大樹の上から叫ぶロロは、その小さい指で影花を操っているようだった。

「そんなかんたんに、たいようのおねえちゃんはわたさないんだからっ」

「………。なら、力尽くで奪い返す!!」

 ————パンッ

 セレネが両手を合わせる。乾いた音が弾いた。

「来い、月華丸!」

 刹那、月からセレネに赤い光が注がれた。

 合わせた手のひらを、ゆっくりと離していく。

 するとセレネの右手が月と同じ光を帯びたかと思うと、そこから刀の柄頭が姿を見せた。

 次に柄、鍔、鎺、そして刀身が、月の光をあやしく反射しながら、セレネの左手に引かれるように顕現した。

「うわはぁ!かぁっこいぃっ!!」

 セレネ、そして月華丸と呼ばれた刀の神々しいとも言える姿に、ロロは素直に感動した。

「お姉さま、援護いたしますわ」

「……ん」

「ラム!」

「はいよ、お嬢」

 エルの呼びかけに、ラムが服の中から飛び出した。

「精霊獣ラムの契約者、エルの名の元に、汝の力を呼び醒ます」

 ラムの足元に青白い魔法陣が現れ、冷たい風が吹き荒れる。

解放(ベフライエン)!!」

 エルの言葉を合図に、ラムの周りを走っていた風が氷の粒に変化して、ラムを覆い隠した。

 粒から出来た氷の塊は青白い光をまとって成長し、さらに何かを形作っていく。

 氷は繊細な部分まで作り終えると、そこで動きを止めた。

 出来上がったものは、まるで氷で出来た獅子の彫刻。その獅子は昨日の見た青い獣そのものだった。

『アオォォォォォォン!!』

 ラムが興奮した獣の叫びを上げ、まとわりついていた氷が弾け飛んだ。

『グルルル……』

 唸るラムの隣で、エルが右の太股に巻き留めていた黒い革の鞭を取り出す。

 パシンと1回、地面に打ち付けられ金色の光を纏ったその鞭の名は———

傲慢(アーロゲント)女王(ケーニギン)、行きますわよ!ラム!」

「合点!」

 エルの声に反応したラムが、影花に向けて激しい氷の風を繰り出した。

 ラムの立派な牙のついた口から放たれたそれは、ミスラを呑み込んだ影花へ一直線に向かい、相手を氷漬けにした。

 ………はずだった。

「むっ!?」

 ラムが違和感を感じとる。

 吹雪がおさまり辺りの視界が晴れて、セレネたちの目に飛び込んできたものは———

「あーらら」

「………」

「……っ、…」

「な、なんで増えてるんですのぉぉ!?」

 ラムの前に立ちはだかった大輪の花、ではなく蕾を抱えた影花だった。

『ギュルルルルルルル!』

 蕾の影花は黒く分厚い葉を盾にして、ラムの攻撃から身を守っていた。

「なんと、もう一匹おったとは……」

「あったりまえじゃーん!」

 唐突に頭上から聞こえたロロの高い声に、ラムが大樹の方を見上げる。

「にたいいちなんて、ひきょうだよ!」

「なるほど……」

「ラム!なにを納得しているんですの!?全部まとめて凍らせなさい!」

 エルの命令に、再びラムが攻撃を仕掛ける。氷の風は先程よりも勢いを増した吹雪となって、空気の熱をも奪いながら蕾の影花を襲った。

 盾にした葉から凍りついた影花は、やがて氷の像と化した。

「お嬢!」

 ラムの掛け声に、エルはすぐさま飛び出し手に持った鞭で風を切り続けた。

「打ち砕きなさい、女王(ケーニギン)(デア・パイチェ)!」

 黄金の軌跡を残して、エルの鞭が凍りついた影花を打つ。

 ———パァン!!

 エルの鞭打ちに耐えられなくなった氷は、影花諸共消し飛び、跡形もなくなった。

「やりましたわ!お姉さま!今なら行けますわ!」

「……まだまだいるんだからぁ!!」

「!?」

 ロロが叫ぶと同時に、激しい地響きが起きる。

 体のバランスを崩してよろけたセレネたちの目の前に、別個体の影花が姿を現した。

 それらは蕾を持つものもいれば、まだ葉だけのものもいて、それぞれセレネたちと花をつけた影花との間に割って入った。

「いったでしょ?そんなかんたんに、たいようのおねえちゃんはわたさないって」

「……ちっ…」

「あー!いましたうちしたでしょ!ろろみみがいいから、きこえてるんだからねぇ!?」

 ロロが怒った顔でセレネを指さす。

「お姉さま、どうしましょう?」

 ロロを睨み見上げるセレネの背後から、エルが訊ねた。

「わたしがミスラをあそこから引っ張り出す」

「では、私たちはそこまでの道を開きましょう」

「ん。頼んだ」

「はいっ。ラム、もう一度行きますわよ!」

「合点!」

「俺達もやるよ」

 エルの気迫に感化されたルチアが、影花から目を離さずにフェルドに言った。

「はいはい」

 余裕のある笑顔を顔に貼り付けたまま、ホルスターから拳銃を2丁取り出したフェルド。

 銀色にコーティングされた回転式拳銃、リボルバーを構えて、嘲笑混じりに言った。

「さぁ、麗しの蒼色乙女(フロイライン)、遊びの時間だよ。蒼炎(レイゲン)(オブ・フランメ)!」

 フェルドの両手に握られたリボルバーから1発ずつ発射された弾丸は、まっすぐに影花に向かった。

『ギュルルルルルル!』

 弾丸がめり込んだ影花は、その瞬間蒼色の炎に覆われた。

「僕の炎は美しく輝くだけじゃなくて、灰すらも残さずに燃え散らすんだ」

『ギュルル、ギュルルルルッ、ルルルル!』

 炎に焼かれ悶える影花を横目に、フェルドが付け足す。

「あ、その炎は一度着火すると僕でも消すことが出来ないから……大人しく燃やされてよ」

『ギュルルルル、ルルルル……』

 影花の周りを、深い緑色にも似た蒼色の火花が舞い散る。

『ギュ、ルルル……ルル、ル…ル……』

 影花はその炎に焼き尽くされ、やがて消えた。

「一体焼却完了」

 そう言って一息つくフェルドの背後に、また別の影花が忍び寄った。

『ギュルルルルルルル!』

「もう……鬱陶しいなぁ…」

 と、フェルドが軽蔑の眼差しで振り返った時

『ギュ、ルル…ルルルルル……』

 影花がピタリと動かなくなった。

「……。……キミってほんと、戦闘中は影薄いよね」

「………」

 フェルドの視線の先にある夜の闇に浮かんだふたつの紅色の光、それはルチアの瞳の色だった。

「そっちの瞳の色、僕あんまり好きじゃないんだよね。なんか血の色みたいでさ」

「…………うるさい」

 ルチアが今までとは比べ物にならないくらいの低い声で短く言った。

「あと、どうしてそんなに性格変わっちゃうわけ?」

「……それ以上無駄口叩いてみろ。お前も影花と同じような最期をむかえることになるぞ」

「遠慮させてもらうよ」

 フェルドが殺気のこもったルチアの瞳から目をそらしてそう答えた時、影花がうねうねともがき始めた。

『ギュルルルルルル』

「動くなよ。お前は今、オレの巣の中だ」

 蜘蛛の(シュピネンゲヴェーベ)

 指先から自在に出せる(ワイヤー)が、ルチアの持つ特殊能力であった。

 能力名を、『アラクネ』

 自らの気配を完全に消し、相手に気づかれることなく辺りに糸を張り巡らす。

 彼の作り上げるその空間はまさに、『蜘蛛の巣』

『ギュルルルルルルル!』

 ルチアの情けの忠告も虚しく、影花はここから抜けようと必死に足掻く。

 影花が動く度にルチアは指先を動かした。

 糸は容赦なく影花の身体に食い込む。

『ギュルルル、ルルル……ル、ル……』

 とうとう影花の動きを完全に封じたルチア。

「………死ね」

 腕を一気に自分の方へ引く。

 —————スパンッ

 いっそ気持ちのいいほどきれいに影花は切断され、その後消えた。

「いつも思うけどグロい消し方するよね、キミ。それにさ……」

 フェルドがふと公園を見渡す。

 つい先程まで無数の影花がはびこっていたこの公園。

 だが今生きているのは、あの大きな花を咲かせた大型の影花だけだった。

「手柄独り占めとか、ずるいよ」

 よく目を凝らしてみると、辺り一面にルチアの糸が張られていた。

 ミスラを取り込んだ影花以外の全てを、あの腕を引く動作ひとつで切り刻んでいたのだ。

 黒い革手袋をはめ直すルチアは、フェルドを睨んで言う。

「……お前らがさっさと殺らないからだろ」

「これから殺ろうとしてたんじゃないか」

「はぁ……うるさい。オレに構うな。殺すぞ」

「そんなことできないくせに」

 心の奥を見透かすようなフェルドの濃い緑色の瞳に、ルチアはイラつきを覚え舌打ちする。

「けんか……だめ、絶対」

『!!』

 不穏な空気が流れる2人の間に、セレネが割って入る。

「フェルド、ルチアをいじめちゃだめ」

「……別にいじめてないよ」

 フェルドが笑顔を装い応えると、セレネはルチアの方を向き彼の手を握った。

 ルチアの体がぴくりと反応する。

「ルチアも、そんな言葉仲間に使っちゃだめ。いい?」

「………うざ」

「いい?」

「っ、……」

 ルチアの顔をのぞき込むセレネ。

 その強引さに、ルチアは一瞬たじろぎ一歩後ずさる。

「ルチア」

「っ、わかったから……離せ」

「あ……」

 握られた手を振りはらって、ルチアがそっぽを向く。

「……ルチア」

「はぁ……今度はなに…」

「あのね、あれ、動かないようにしてほしいの」

 大輪の花を咲かせる影花を指して、セレネが言った。

「わたしが、あの中からミスラを助ける。その間だけ」

「……だけって、あの女を取り出した後オレが……」

「ううん。それはだめ」

「は?なんで」

 そう聞かれたセレネは、影花とミスラを交互に見つめ応えた。

「あれは、わたしが斬る」

「………あっそ……………」

 すぐ近くにいるからか、セレネの出す強い殺気の影響でルチアの毛も逆立つ。

「……じゃあ、よろしく」

 そう言って、セレネが影花に向けて一気に走り出した。

「……ちっ…」

 渋々ながらもルチアはまた闇に溶け込み、姿をくらまして確実に影花の動きを封じ込みに行く。

「行くよ、月華丸」

 その声に応えるように、月華丸の刃が空に浮かぶ月のように赤く光る。

 セレネは右手で刀を握り直し、タンっと強く地面を蹴った。

『ギュルルルルルル!』

 影花の太い鞭がセレネに向かって伸びる。

「……っ…」

 セレネはそれを切り捨てかわした。

 やがて影花の身体にルチアの糸が絡まり始めた。動きを鈍くした隙をついて、セレネは思い切り刀を振りかざす。

「ミスラを、返して!!」

『ギュルルルルルルルルルルルル!』

 この空間をも割く勢いで、月華丸の刃が影花を襲った。



 ————………


エルの鞭はあたったら痛いです。肉引きちぎれます。近くにいるそこのあなた、逃げてください。

今週もお読みいただきありがとうございます。次話もよろしくおねがいします。

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