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ふたりの騎士

 雛菊と伊勢の間には、一体どのような絆があるのだろうか。

 気になったが、それを今、第三者のエクラに聞くことは筋違いな気がして、エルは、そうでしたのね、とだけ答えた。


「あのふたりはバディだから、伊勢が雛菊の言うことを聞くって言うのは間違ってないんだけど…」


 エクラがその先の言葉を紡ごうとしたその時、後ろが何やらざわつき始めた。

 フェルドが焦った様子でエルの名を呼ぶ。


「今度はなんですの!?まさかもう追いつかれて…」

「いや。追いつかれるどころか、影花が…どんどん消えていってる」

「消えて…?」

「ああ。多分、地面の中に消えているんだと思う!」

(地中に消えた?どうして。私たちを追うことを諦めたとでも…?)


 それは無い。影花は理性ではなく本能で動くバケモノ。形勢が逆転したところで引くとは思えない。


(ならばあの赤い子供が影花に何かを命じたとか…)


 そこでエルは、ヴォラーベ洞窟にいた赤いドレスの少女、ララと退治した時のことを思い出した。

 たしか、その時はララの言葉に誘われるようにし、影花が地面から現れていた。エルの背筋を冷たいものが走る。


「ラム!足元に気をつけ…」


「!!」

 遅かった。

 高速で駆けるラムの足元から影花が飛び出した。獣の弱点である腹を思いきり突き上げられ、ラムは言葉を発する間もなく、フェルドや伊勢の乗るソリ諸共宙に飛ばされた。影花は地面に消えたわけでも、ましてやエルたちを恐れて引いたわけでもなかった。


(私たちとの距離を詰めるために、転移しましたわね!!)

『ギュルルルルルル』

「あっ!ラム!」


 あまりの衝撃でぬいぐるみに戻ってしまったラムを、エルが空中で抱きしめる。

 ラムが小さくなったせいで、彼に繋がれていたソリは大きく傾き、宙でひっくり返ってしまった。


「わ…」


 落ちながら体勢を立て直す伊勢とフェルド。その横でガシャーンと音をたてながら、氷のソリが砕け散った。


「くそっ。ここからは自分の足で走っていかないと…!」


 エルの胸の前で気絶するぬいぐるみのラムを一瞬見て、フェルドが唇を噛んだ。


「あ…ねえ見て!あそこ!」


 エクラの声に顔を上げると、荒地にはあるはずもない満開の桜の木が一本、エルたちの進行方向に立っているのが見えた。


「ひなの桜だ」


 それを見るなり、伊勢は一人で桜一直線に駆け出してしまった。


「あそこまで行けば、きっと3人が待ってる!」


 そうエクラは言うが、その桜まではまだ結構な距離がありそうだ。残りの体力で全力疾走がどこまで出来るか。

 加えて次々に転移してくる影花を避けつつ、それらを消しながら進んで行かなければならない。形勢は再び、警察部隊の不利となった。


「とにかく行きましょう。じっとしていても殺されるだけですわ!」


 そう言って駆け出すエルに強く頷き返して、フェルドとエクラも足を動かす。

 フェルドは対影花用武器、フロイラインに弾を装填し、影花の黒いムチを迎え撃ちながら走る。発砲音がする度にエルの心臓がざわついた。そんなことをしてくれなくても自分だって対処出来るのに、この男のどこまでもカッコつけたがりな性格に怒りが爆発しそうだった。


「いたずらに体力を消耗して、動けなくなっても知りませんわよ!」


 心底気に入らないという顔で振り返るエルにフェルドが苦し紛れの笑みを返したが、そのつかの間の笑みも一瞬で崩れた。同時に彼の怒号が鼓膜を貫いた。


「エル!前!」


 ハッとして視線を前に戻すと、目の前の地中から現れた影花が壁のように立ちふさがった。咄嗟にエルはアーロゲントケーニギンを握り直し、金の光を帯び始めたそれを焦る気持ちに任せて振りかざす。


「邪魔ですわ!どきなさい!」


 神々しい光を纏って、エルの放つ鞭がまっすぐに影花へと向かう。

「…!」

 しかし大き過ぎる影花に鞭の先が捕えられ、エルの足は引っ張られないよう踏ん張り、走ることを捨てた。


「エル!鞭を手放せ!」

「そんなことを言うなんて、ここから先私に何も武器を持たずに死ねと!?」

「違うだろ!このまま引きずられたら、そっちのほうが危ないって言ってるんだ!」


 影花とエルが繋がっていたら、炎を放った途端に鞭を伝ってエルまで燃えてしまう。フェルドの炎も使えない。エクラは伊勢を戦場で一人にはさせられないと、追いかけて先に行ってしまった。ラムの氷さえあれば、こんな事態になんてならなかったかもしれないのに。


(あんなに自信満々で引き受けてこのザマだなんて…本当に馬鹿なんだから)


 エルは目を閉じたままのラムを抱きしめて歯を食いしばる。

 少し離れたところでフェルドが呼んでいる。こんな男でも大切な仲間だ。最年少の自分と最年長の彼。凸凹のバディ。

 エルは一瞬だけ彼と目を合わせた。その時にエルの瞳に映ったフェルドの顔色は、幽霊のように青ざめていた。もう腹を括るしかなさそうだった。


「…先に行ってくださいまし」

「は?」


 帰ってきたフェルドの声が、いつもより低く耳に響く。


「ここは私がなんとかしますから。だからあなたは…」

「ふざけるなっ!!」


 想像した通りに憤慨するフェルドの、想像以上の大きな声。普段は滅多に大声を上げることのないフェルドの怒りに満ちた声にエルの肩は震えた。この男を最後に怒らせたのはいつだっただろう。バディを組んでいた期間は3年も無いが、フェルドはいつもエルの前では笑顔をつくっていた。そんな彼が本気の怒りを隠そうともしない今、それでもエルは引くわけにはいかなかった。


「なんとかするって?ラムもいない状態で、こんなに沢山の影花を一人でどうするっていうんだ!」

「でもこのままではふたりとも…!」

「だからなに。犠牲を最小限にするために、大切なバディを戦場に置いていく奴がどこにいるっ!!必ず帰るんだ!ふたりで!僕らの館に!」


 涙が出そうになった。

 いつも態度に余裕を振りかざして、弧を描く口からは感情を逆なでする言葉ばかりをはく。エルは、そんなフェルドのことを嫌っている。それはきっとこれからも変わらない。


「あなたみたいな人間に正論を言われるなんて、気に入りませんわ」

 けれど、ふたりはお互いの命を預け合う戦場のバディであるのだ。

「死んでも、知りませんわよ」

「エルを守って死ねるなら本望さ」

「本当、ムカつきますわね」

「エル。背中は僕が守るから、キミは影花と深く絡みついた鞭を解くことに専念してくれ。あんまりそいつと長く繋がってると、嫉妬するよ」

「少し黙っていただけません?」


 すぐ後ろで、フェルドの大きな背中と声が伝わる。生死を賭けた戦いが始まろうとしているときに、この男のキザったらしい態度は治る素振りすら感じられない。けれどもその変わらない様子のフェルドが、今は唯一の頼り。

 戦場にふたり。敵はざっと50はいる。

 けれど、ふたりで帰るという先程のフェルドの言葉が、折れそうなエルの心を支えてくれている。もしも、本当に無事に帰れたら、その時は…。


(一緒に、お茶を飲む…くらいなら…)

「エル」

「は、はい?」


 ちらりと視線を動かすと、フェルドのいつもは見ない真剣な眼差しが、彼の眼前の影花の群れを捉えているのが見えた。


「必ず帰ろう、一緒に。それで、そしたら…」


 軽薄な男には似合わないこんな真面目な顔を見たらなんだか恥ずかしくなって、エルは咄嗟に目を逸らした。どうして先の言葉を言ってくれないのか、答えを待つこの時間が長い。早く戦いに、目の前の敵に集中したいのに、とエルは意地で影花を睨み続ける。


「一晩だけ、僕の抱き枕になってよ」


 フェルドのぶっ飛び発言を聞き、エルの頭は直後、混乱からの機能停止。

 ……違った。

 違った!!

 一瞬でもこの男が自分と同じことを考えているかもと期待した自分の足を、思い切りピンヒールで踏んでやりたい。

 なんだこの男は!?馬鹿なのか!?

 いや元はと言えば心を開いた自分が、勝手に期待して勝手な思い違いをしていただけだが。それでもエルには納得できない。ムカムカする。エルは自分の足の代わりに思いきりフェルドのつま先を踏んでやった。


「…い゛っ…!?な…なんでっ…」

「なんでですって!?いいですわ。この際はっきり言ってさしあげましょう。あなたが馬鹿で最低で女たらしのキザ男でおまけに私のバディだからですわっ!!大っ嫌い!ですわっ!!」

「弱ってる仲間にこの仕打ち…。エルぅ…酷いよ…」

「どっちが!!」


 うずくまって痛みに震えるフェルドに向かって、エルは般若の形相で振り返って言い放った。こんな奴に自分の人生の一瞬でも心を開いた時間が勿体ない。


「そんなことよりも、あなたあとどれ位戦えますの?」

「弾数のこと?そうだね、期待できるほどは余ってないかな」


 フェルドが残りの弾数を確認しながらそう言った。彼にいたっては弾数だけではなく、体力や炎の使用限界値も残り少ない。どちらにせよ、時間はないということだ。


(お姉さまたちの姿もまだ見えない。…とすれば…)

「10分はもたせなさい」

「うわぁ。無茶いうねぇ」

「まさか出来ないとでも?」


 エルの挑発するような笑みに、フェルドは不敵に笑って返す。


「やってやるさ。愛しいキミとの未来の為なら、なんだって」


 負傷は不可避。味方極少数、敵多数の影花討伐。

 だが変わらず胸に掲げるは、ひとつのみ。


「さぁ、千紫万紅の世界の為に!」


 花狩りの戦士よ。鮮彩な心を以て、世界の闇を消し去るべし────

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