出会い、のち⑦
小さい頃からためてきた思いが、きっとあの時溢れてしまったんだ。
だからあの樹が、わたしの押し殺してきた願いを叶えてしまったんだろう。
わたしのせいだ。
全部、全部わたしの———
———……
「セレネ、聞いてる?」
「え……」
気が付くと、ルチアがこちらをのぞき込んでいた。
「……ごめんなさい。ぼーっとしてた」
そう言いながらも、未だに心ここに在らずな様子のセレネに、一同は顔を見合わせる。
「気持ちはわかるけど、ちゃんと話聞いててね」
「……ん」
ルチアの忠告に、セレネは控えめの頷きを返す。
「出発は午後4時。向こうに着く頃には午後5時を過ぎていると思う。日の入りとともにミスラの救出を開始しよう」
ルチアの作戦案に、フェルドとセレネは頷き賛同した。エルも渋々だが納得した。
「じゃあ、今から一時間半後にエントランス集合。それまでに各自準備を終わらせておくこと」
「わかった」
「オーケー」
「………了解しましたわ」
「てっきり行かないとか言うと思ってた」
自室に向かう途中、声をかけられエルは後ろを振り返る。
壁にもたれかかり腕を組んでこちらを見下ろすフェルドは、嘲笑して聞く。
「諦めたの?姫追い出し作戦」
そんな作戦を練った覚えはないのだが、とエルは内心思う。
「……別に。お姉さまがそうしたいとおっしゃられたことに私は従うだけ、ですわ」
「そう。でも嫌いなんでしょ?ミスラ姫のこと」
「………」
エルは眼前の男の一言一言にイラつく心を、拳を握ることで押し込める。
「セレネの頭が姫のことでいっぱいになるのが、そんなにショックだった?」
「……っ!」
図星を突かれ、エルの顔は赤みを帯びた。
「え……」
日頃からセレネ以外にはしかめっ面で、罵声を浴びせてばかりのエル。そんな彼女の珍しい表情に、フェルドは思わず目を見開いた。
「………。私は……私はあなたのことも嫌いですわっ!」
エルは赤面した顔を隠すように逃げ出した。
その後ろ姿を見て、フェルドは苦笑いを浮かべる。
「僕もってことは、やっぱり嫌いなんじゃないか………」
それからうつむき、口元を手でおさえてぽつりと零した。
「あんな顔、初めて見た……」
バタンと、エルは勢いよく自分の部屋のドアを閉め、その場に座り込んだ。
「……仕方ないじゃないですの。私がずっと大事に思っていたものを、あの人は簡単に奪っていくんですもの……」
ミスラと話すセレネの顔が、優しく微笑むあの表情が、強い嫉妬心と共にエルの脳内を支配する。
「………嫌いになって、当然ですわ……」
ついさっき止めたはずの涙が、エルの頬を再び濡らした。
「………」
戦いの前にシャワーを浴びる。これはルチアの日々の日課だった。
腰にタオルを巻き、バスルームが出たルチアは、濡れて額や頬に張り付く髪を手で雑にかきあげる。
ふぅ、と息を吐き洗面台のほうに目をやると、鏡の中の自分と視線が重なった。
両手のひらを鏡の両端にあてると、ポタポタと髪から流れた滴が洗面台に落ちていった。
「……俺は影だ。誰にも気づかれず、ただそこにある影……」
ルチアは鏡面の自分を鋭い目つきで見つめたまま、呪文のようにそう唱えた。
「……自分を殺せ。今の俺は必要ない。必要なのは……」
一瞬、彼の美しい群青色の瞳が真紅に染まった気がした……。
ベッドの上で、クッションを抱えるセレネはざわつく心を抑えることに必死だった。
「……落ち着け。焦ったらだめだ」
そうつぶやいて、セレネは深呼吸を繰り返す。
「…………」
不意に思い出したかのように、ふらふらと白いチェストに歩み寄り、一番上の引き出しに手を伸ばす。
中には一枚の写真が、写真立てに入れられるわけでもなく、そこにあった。
「………ミスラ…」
写真には幼い頃のミスラ、そしてセレネ自身が写っていた。
「……必ず、必ず助ける…」
無意識に写真を持つ指に力が入る。
決意を口にした後も、セレネはしばらくその中で笑う小さなミスラを見つめていた。
———……
館の中は、先程の賑やかさが嘘であるかのような静けさをまとっていた。
出発10分前。
エントランスには既にセレネ以外の者が、集まっていた。
ルチアは黒いレザー手袋をはめ、フェルドは来客用のソファに座り、エルはラムの背中を撫でながら、彼女を待っていた。
誰も、何も話そうとはしなかった。
「おまたせ……」
静かなホールに、セレネの低い声がこだました。
「……みんな揃ったね」
ルチアの声に、フェルドは閉じいた目を開く。
「これから影花及び謎の少女によってさらわれた、ミスラの救出に向かう」
エルはラムを撫でていた手を止め、セレネに歩み寄った。
「場所はミスラを発見した公園。戦闘目的はミスラの救出と、影花の抹殺。リンゼには全部報告してあるからね」
目の前に並んだ3人が力強い頷きを返したのを確認して、ルチアはエントランスの扉を開く。
外は日が傾いて、影が長くなっていた。
「さぁ!千紫万紅の世界を守るために、闇の花を摘みにいこう!」
それぞれがそれぞれの思いを抱えて、戦いに挑む。
———……
移動中の馬車の中、セレネは走り去る景色を見ながらミスラを思う。
「待ってて……絶対に助けてみせるから……」
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