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蒼の剣士 ~ fantasy ~  作者: 紅の豚丼
54/54

皇太子

(54)


テリウスは必死に攻撃を凌ぐ。

彼は肩で息をしていた。

空気を斬り裂く音がする。その直後に、高い金属音が続いて起こった。

もう何度、攻撃を受けただろうか。

彼の頭上を、白刃が通過する。

闘場の床に這い蹲り、転がることで、彼はすんでのところで斬られることを免れた。

素早く立ち上がり、彼はまた彼の兄に正対する。

稽古を見に来ていたベルンハルトは、テリウスの受けに戦慄を覚えていた。

目の前で見たフランソアの攻撃は、紛れもなく超一流のものだ。少なくともリーシェやマリューの攻撃に匹敵する。それを、フランソアよりまだ若く、身体も小さく力も劣るテリウスが、既に二十分も凌ぎ続けている。

フランソアが手を抜いているわけではない。ベルンハルトの目には、そう見えていた。

フランソアが床を蹴る。

鋭い金属音が二度響いた。

「くっ」

僅かに押されて構えが崩れたテリウスの首に、殺気に満ちた刃が襲いかかった。

ベルンハルトは言葉を失う。

フランソアの攻撃は、見えない魔法の壁に弾かれ、テリウスの首には当たらなかった。


詠唱破棄。


バイアームだと分からなければ、初見でこの少年を剣で殺すことは不可能だ。ベルンハルトはそう思った。今の一撃は完全に殺す気で放っている。そこに手抜きは一切ない。

この若さで、一体どれだけの修行をし、どれだけの学びを積み上げたのだろうか。

フランソアが口を開いた。

「魔法に頼るな」

荒い、苦しげな息の下から、テリウスは答える。

「はい、師兄」

テリウスは僅かな時間で息を整え、剣を手で一撫でする。忽ち、彼の剣が紅蓮の炎に包まれる。フランソアが苦笑する。

「言った側から、それか」

テリウスは剣に気を込める。

闘場の空気が、ずしり…と重さを増す。

炎の刃がフランソアに襲いかかった。


二度金属音が響く。


攻撃をかけたはずのテリウスが、三歩程後ろに弾き飛ばされる。軽やかに左足から着地したテリウスに、フランソアが言う。

「…だいぶ、良くなったな」

「ありがとうございます」

フランソアは表情を改めて言う。

「だが、やはり軽い」

テリウスは悲しそうな表情になる。

「これは仕方のないことだ、テリウス」

「はい」

フランソアは表情を緩めて、騎士礼を取る。テリウスも騎士礼を返し、剣を鞘に収めた。

「兄も、父上や伯父上によく言われた。子供の体格で、突進を伴う技を使うことには無理がある、と」

「はい」

「技としては見事だった」

フランソアはテリウスを称賛する。

「この闘場にいる近衛騎士の中で、今の『火炎双旋』を返せる者は、私とクリスティン隊長、ギュンター副長、そしてベルンハルト隊長だけだろう。」

無理です、とベルンハルトは言いそうになった。

百パーセント返せるか、と言われたら、自信がなかった。少なくとも今の一撃は、タズリウム殿のそれに匹敵するはずだ。

「タズリウム殿を思い出しましたわ、フランソア様」

クリスティンが笑みを浮かべてフランソアに言う。フランソアは苦笑しつつ答えた。

「隊長、呼び捨てになっていません」

「あ、あら、ごめんなさい」

「仕方ねえだろうフランソア」

ギュンターが揶揄するように言う。

「クリスにとって、お前は主人の跡取り息子なんだから」

一頻り笑いが起こる。ベルンハルトはクリスティンに言う。

「それにしても、よいものを見せていただいた」

「よかないわよベルンハルト」

テリウス一人に三十名を抜かれたクリスティンは溜息をつく。

「またリーシェ様に叱られるわ」

フランソアはクリスティンに言う。

「父がこのことでクリスティン隊長を叱ることはありません」

フランソアの言葉に、クリスティンはどうして?という表情になる。フランソアは笑みを浮かべて答えた。

「叱られるのは、私です。『なぜ、ギュンター、クリス、ベルンハルトの前に、お前が出たのだ』と言うでしょう」

「ご勘弁下さい、フランソア殿」

ベルンハルトは慌てて言う。

「あれ(火炎双旋)は、私では返せなかったかもしれません」

「仮にそうなら、ベルンハルト隊長が父のお説教を受けることになりますよ。『僕の子だと思って、手を抜くとは何事か』と」

リーシェそっくりの声色に、ギュンターが冷汗を流して、やめろフランソア、という。闘場は一頻り笑いに包まれた。


王都ヴィサン、グロアール宮殿…


リーシェは王、王妃、リシャール、シャルロット、グリムワルド、宮宰、ダライアス、クリスティン、ベルンハルト、ギュンター、そしてアレクシスとフランソア、テリウス、ラーリアとカレンと共に、昼食のテーブルについていた。

「隊長達に気を遣う必要などないのだ」

リーシェはフランソアに厳しい口調で言う。

「申し訳ありません」

フランソアは素直にリーシェに謝る。リーシェは心配そうな表情で続けた。

「フランソア、お前は優しすぎる。…近衛騎士団の隊長格が、仮にテリウスに打ち倒されたとしても、それはそれで何の問題も無いのだ」

ギュンター、クリスティン、ベルンハルトは皆神妙にリーシェの言葉に耳を傾けている。

「…三人の面目が潰れないように、などという心配は無用だ」

「はい」

リーシェはぐっと表情を優しくして、テリウスに言う。

「よく、頑張ったな、テリウス」

「ありがとうございます」

テリウスはフランソアに、剣が軽い、と言われたことをリーシェに言う。リーシェは頷く。

「フランソアも、私にしょっちゅう叱られていたのだ。小さな身体で、突進系の剣技に頼るな、と」

「しかし見事でした、閣下」

ベルンハルトが言う。

「男爵殿の剣を凌ぎながら、あの攻撃」

リーシェは頷く。

「タズリウムとは、剣だけならほぼ互角に渡り合うだろうね」

「私では相手にならないだろうな、リーシェ」

リシャールは感心したように言う。ラーリアも言う。

「エルマも、きっと喜ぶわね」

「エルマより、フェリアが喜ぶだろう」

リーシェは答えて言う。クリスティンが頷いた。

「…じゃ、テリウスに剣を教えたのは…」

リーシェは頷く。

「フェリアだよ。まあ、フランソアの時よりは、僕も見てやったけれど」

アレクシスが感心したように言う。

「もう、ソードマスターだとは」

「はい、アレクシス師兄」

グリムワルドがアレクシスに言う。

「お前もテリウス殿に教えていただけばよかったのにな」

「第一中隊の闘場の床を舐める羽目になりそうだよ」

フランソアは笑って言う。

「あの火炎双旋は、アレクシスやアルトワ公閣下にはまず通じないでしょう」

リーシェも頷く。

「そうだ。体格が違いすぎるからな」

「実際に俺やアレクシスを前にすれば」

グリムワルドはテリウスを見ながら言う。

「そんな技は使わないだろうさ。一途で、本当に賢そうな目をしてる」

「そのあたり」

と王妃が言う。

「ロードフォーリア男爵と本当によく似ているけれど、それぞれのお母様の面影もまたしっかり出ているわ。そう思うでしょう?」

「私もそう思います」

シャルロットはそう言って、ジョゼフィーナの方に目をやる。ジョゼフィーナもまた、深く頷いた。

「これだけテリウスの修行が進めば、ロードポリスに行かせてもいいだろう」

リーシェの言葉に、フランソアの顔が輝く。

「父上」

「ああ」

リーシェはなかなかフランソアには見せない優しい表情になる。

「教皇台下に、くれぐれもよろしく申し上げてくれ」

「はい」

そして表情を引き締めてテリウスに対すると、

「フランソアが留守の間は、テリウスが近衛騎士としてエルフィアを守るのだ」

王が表情を改めて言う。

「良いのか、リーシェ。…場合によっては、東方への出兵もあるのじゃぞ」

「勿論です、陛下」

リーシェは頷く。

「フランソアもアレクシスも、幼くしてオストブルクに出兵しました。戦争の何たるかを見ずに、領地や、そこに住まう民は守れますまい」

「然り、侯の仰る通りじゃ」

宮宰が深く頷く。

「テリウス殿を、グランドマスターにはなさらないので?」

ダライアスがリーシェに問う。リーシェは頷く。

「ある程度の経験を積んだ段階で、私に代わりブラウエンブルクを任せたく思うのです」

「成る程」

「この子は」

とリーシェはテリウスを見る。

「グランドマスターになるにはまだ厳しさや残酷さが足りない、と私が見ているフランソアよりも、さらに優しい子なのです…ブラウエンブルクの民にとって、テリウスがグランドマスターになることよりも、良い領主になる方が、はるかに幸せだと思うのです」

「従軍すると、辛いことが多いでしょうな、それでは」

ダライアスは慈しみの目をテリウスに向ける。

「時には鬼となって、敵の命を奪わねばならないこともありましょうぞ」

テリウスは素直に頷いた。

「後は」

とシャルロットが言う。

「いいお嫁さんを見つけるだけね、リーシェ」

リーシェは苦笑する。

「もう、幾つかお話を頂いているのです」

「なんと」

王は呆れ顔になる。

「全てお断りしております。…必ず、陛下と宮宰様を通すように、と」

「そこまで気を使わんでも良いのに」

王が顔を顰めるのを、宮宰が嗜める。

「陛下」

「なんじゃ」

「エッシェントゥルフ侯は、他の諸侯達が勝手に姻戚関係を結び、宗家に謀反を企むことの無いように、とお考えなのですぞ」

リーシェは宮宰に頭を下げる。

「左様でございます、宮宰様」

「リーシェが我等に謀反など、あろうはずがないではないか」

「宗家が悪政を行えば、お話は全く別でございますぞ、陛下」

宮宰は重々しく言う。

「賢者殿や侯、そして剣聖様、タズリウム殿は、ヴィシリエンの言わば調停者(バランサー)。もし我々宗家が、民を苦しめるようなことがあれば、あの愚か者共のように滅ぼされますぞ」

「恐ろしいことを言うな」

王は宮宰に言う。

リーシェは苦笑して言う。

「その心配は、まずございますまい。しかし、宗家に隠れてこそこそするような者がおれば、国の為になりませぬ。なれば我らがまず宗家を重んじ敬うことこそ肝要かと」

「そうですな」

ダライアスも頷く。

「まあ、おかしな所があれば、謀反するより先に、リーシェ殿なら諫めてくださるでしょうから、然程のご心配には及びませぬ、陛下」

「そなたもじゃ、賢者殿」

王は表情を改めて頭を下げた。

「我らの政に良くない点があれば、どうか教えてくだされ」

ダライアスは頷く。


午餐の席もお開きとなり、リーシェはダライアスと共に学院へ授業をしに戻った。フランソアは再び近衛騎士団屯所に戻り、テリウスを相手に剣の稽古に勤しんでいた。

よく続く、そうギュンターは思った。いつ果てるともなく、二人は剣を交え、技を繰り出し、そしてそれを凌ぎ、返す。

フランソアが連撃を放つ。

その剣が、テリウスの身体を素通りする。

あれは、「幻影斬」じゃねえか?!

フランソアは自分の左脇に剣を突き出す。

鋭い金属音がして、テリウスの剣とフランソアの剣がぶつかり、弾ける。技を読まれたテリウスも、読んだフランソアも、それが当然だとでも思っているかのように構えを取り、間合いを広げる。

「…ここまでにしよう、テリウス」

「ありがとうございました」

フランソアはテリウスを伴ってバスルームに消えていった。ギュンターは溜息を吐く。

当分の間、近衛騎士団は安泰だ。

こいつらがいる限り、ウィルクスと北方の蛮族が同時に動いてきてもなんとかできるだろう。

こちらの魔法戦力も徐々に整いつつある。

そのあたり、リーシェが描いた戦略が徐々に形になりつつある。

ギュンターは改めて思う。

リーシェがいることが、エルフィアにとってどれほど大きいか。

ウィルクスも東方の戦力や北方の戦力をかなり増強しているが、それでも全くこちらに手を出せるような雰囲気ではない。入ってくる情報では、ウィルクスはこちらではなく聖十字教国(クルーセイド)|方面に「黒の旅団」を向ける公算が高いとのこと。では、マウのアルファナイツは…というと、ウィルクス東北部の諸侯国に圧力をかける方向に使われており、西方に大きな遠征をする状況ではない。ウィルクスとしては、攻めやすい所を取って国力の補強をはかるようである。情報からは少なくともそう見える。

あるいは、こちらが東方に展開した兵が、長弓や投石機中心の守備に重点を置いた兵科であることから、エルフィアがウィルクスに侵攻することはない、と判断したか。それくらいのことが分からない筈もないだろう。

今更ながら、ウィルクスから領土を奪ったことは大きかった。当面は守りに徹するという戦略のもとに動くことに変わりはないが、戦の経験は積んでおかねばならないことは疑いない。ウィルクス国内の情勢ももう少し細かいものが必要だ。諜報組織の強化については、リーシェと話す必要があるだろう。

そんなことを考えていたギュンターの耳に、信じがたい報告が入ってきた。


「本当に、事実なのか」

「嘘ではないだろう」

ソシエール公爵が言う。

「筆跡は、伯爵ご自身のものだ。間違いない」

ラウンデルがドナンとの連盟で送って来た書簡には、ウィルクスの皇太子であるマウが、百名程の使節団と共に、ほぼ丸腰に近い状況で親書を携えて来訪した、と書かれていた。騙し討ちにすることも憚られる。ラウンデルは王都に早馬を飛ばして指示を仰いだ。


エルフィア宮廷の反応は素早かった。

宮宰コーディアス大公は、すぐに近衛騎士団第一、第三中隊を軽騎でオストブルクに向かわせた。但し、ロードフォーリア男爵フランソアと弟テリウスだけは、王都に残して。それすなわち、何らかの罠で派遣した部隊が全滅しても、フランソアがいれば、敵将と互角に戦えるとの判断からである。同様の理由で賢者ダライアスも王都に残った。


オストブルク城外、ウィルクス軍野営地…


マウは百名の使節団と共に城外に野営し、エルフィアの王都ヴィサンからの返答を待っていた。一週間はかかるであろう。その間、奇襲を心配するハイドラムに、マウは笑って言う。

「奇襲でわれわれを全滅させる、か…」

「全くないとは、言いきれませんぞ、殿下」

「ないさ」

マウは目の前に聳えるオストブルクの城壁を見上げながら言う。

「エルフィアの宮廷が、よほどの馬鹿ばかりでない限り、我らウィルクスとの全面戦争を望みはすまい」

「ですが」

ハイドラムはそれでも心配そうにマウの右後ろに付き従った。

城壁の上で、鴉が一声鳴くと、城内に向けて飛び去った。

「取りあえず、今は何もすることがない。気長に待つとしよう」

「そうですな」

「護衛の兵が問題を起こさぬよう、目配りだけは頼む」

「御意」

ハイドラムはマウにそう答えると、天幕に戻って行った。

マウの目から見て、オストブルクの軍紀はいささかも緩みを見せてはいなかった。ドナンやラウンデルといった歴戦のエルフィア東方軍団を支える将は、やはり優秀である。今やエルフィアの東方にはオストブルクだけでもかなりの数の軍勢が入っている。最早、簡単に落とせる拠点ではない。城壁の所々に櫓が組まれ、かなりの数の弓兵が詰めている。死角も少なく、攻めづらい城壁になった。仮にウィルクスがエルフィアに戦争を仕掛けるとすれば、攻め口はこのオストブルクよりもむしろファルカバードか、ともマウは考えていた。無論、オストブルクにも陽動を仕掛けねばならないことは言うまでもないだろうが。

一方で、エルフィアがこちらに戦を仕掛けてくることは考えにくかった。エルフィアの兵科は主に強力な長弓兵。それが質の良い鋼や魔法銀の鏃をもち、長射程から効果的な攻撃を仕掛けてくる。城壁の上にこれみよがしに並べられた大型の据付式の弩の射程は、更に長いと予想される。こちらが戦地で建設する投石機を、火箭で焼き払うための装備であろう。どう見ても五千や一万で力攻めしてなんとかできる城ではない。それだけの兵を常駐できるエルフィアの食糧事情に、マウは舌を巻かずにはいられなかった。やはり国力の差をなんとかしなくては。そのためには、当面はエルフィアとの間の戦は避けねばならない。


マウがそんなことを考えている間にも、リーシェとグリムワルドは部隊を率いてオストブルクに向かっていた。


東部辺境伯領、スヴェーリンブルク、フォンテーヌ城…


近衛騎士団第一中隊・第三中隊の士官が、宿舎として準備されていた館のサロンに集まっていた。


「なんの問題も起こっていないといいのですが」

マイアが心配そうに言う。カールも頷いた。

「閣下」

「なんだカール」

「戦闘が起こったりは…」

グリムワルドはカールに答える。

「心配すんな、ウィルクスはそんなに馬鹿じゃねえ」

アレクシスも頷く。

「そうですね」

「アレクシスは、ウィルクスがこの時期に使節を送ってこたことをどう考える」

グリムワルドはアレクシスに尋ねる。アレクシスは即座に、和平のためでしょう、と答える。

「御曹司、本当ですか」

アレクシスは即座に頷く。信じられません、というカールに、グリムワルドは言う。

「何が『信じられねえ』んだ、カール」

カールは僅かに眉根に皺を寄せると、ウィルクスからの和平提案が、偽りのものか、もしくは時間稼ぎに過ぎないのではないか、それが心配なのです…という。グリムワルドはニヤリとして言う。

「案外、ものが見えてんだな、見直したぜカール・スヴェート」

「いつまでも、子供扱いしないでください、閣下」

憤慨するカールの様子に、押し黙っていたリーシェやクリスティン、ギュンターも笑顔になる。

「リーシェは、どう見てんだ」

リーシェはグリムワルドの言葉に、ランタンの灯を見ながら答える。

「ウィルクスの皇太子…マウ師兄の考えは分かる」

「和平」

リーシェは短いグリムワルドの言葉に、小さく頷く。

「だがウィルクスの宮廷全てが、恒久平和をエルフィアとの間に望んでいるとは考えにくい」

リーシェはそう言って、|林檎酒«カルヴァドス»|のグラスを傾ける。

「ウィルクスの宮廷が、どう考えているか…」

グリムワルドもそう言ってグラスを干すと、ため息をつく。

「少なくともヴィエラ五世は、『恒久平和』は考えねえだろうさ」

「フィルカスと、デルマインもね」

リーシェもグリムワルドに頷く。

「何年…だと思う?」

リーシェは美しい琥珀色に輝くグラスを見つめながら、しばしの沈黙に沈む。

ややあって、彼は口を開いた。

「三年…乃至、五年だろう」

居合わせていた士官たちの顔に、驚きの色は全く見られなかった。

「ウィルクス国内の事情次第で、短くなる、と」

カールの言葉にリーシェは頷く。

「一番大きいのはウィルクス東北部の諸侯たちの向背だ」

グリムワルドは黙って頷く。

「穀物の出来の問題も」

リーシェはそう言ってグラスを干す。

「…当然ある。ウィルクスはこちら程農業生産が上がっていないからね」

グリムワルドは頷く。

「どうする」

リーシェはグリムワルドの顔を見る。

「どうする、って?」

「お前はどうするのが最善だと思う、リーシェ?」

リーシェは言う。

「これはあくまで僕の試験だ。そう思って聞き流して欲しい」


そう言ってリーシェは話し始めた。

皇太子マウはおそらく宮廷で和平を提案し、表向きヴィエラ五世もそれを是とした。魔戦将軍フィルカスにも動きは見られず、|聖十字教国«クルーセイド»方面でも軍の衝突はない。ウィルクスとしては暫くは戦を避け、人口と兵数を増やし、食糧を増産した上で軍略を練り直すのであろう。エルフィアとしてはその間に東方、特にこちら方面とイェレンスの軍備を増強し、魔道士を増やし、聖十字教国との関係をより強固にすることが第一。ウィルクスの言ってくることを鵜呑みにするのは危険だが、いきなり戦さを仕掛けてくることはまずない。それよりも当面は使節を歓待し、エルフィアの東方から王都にかけていかに豊かになっているかを見せた方がいい。戦を仕掛けても、うまくいきそうにない…そう思わせることで、仕掛けにくくさせることを考えるのが良い。


暫く黙って聴いていたグリムワルドが頷いた。

「見せるべきものを、存分に見せて、判断させようじゃねえか」

リーシェは頷く。

「さ、明日は早立ちして、夕刻にはオストブルクだ。みんなゆっくり休もう」


オストブルク、東門広場…


開かれた門をくぐり、マウはオストブルクに入った。

ここを師であるソルフィーとともに逆方向、東に抜けて行ったのは何年前であろうか。

広場に整列した百名のウィルクス王国の使節に、白い|上衣«サーコート»|を身に纏った、エルフィアの近衛騎士団が同様に整列し正対した。マウとハイドラムがエルフィア側に歩み寄る。エルフィア側からは、リーシェとグリムワルドが前に出た。

「久しいな、リーシェ…いや、エッシェントゥルフ侯、とお呼びすべきかな」

リーシェは苦笑して頷く。

「殿下にも、お変わりなく。本当なら『師兄』とお呼びしたいのですが」

ハイドラムは笑って頷く。

「そうでしたな、殿下は『蒼の剣士』殿と同門でいらしたはず」

リーシェはハイドラムに頷く。

「ウィルクスの宮廷魔導士、ハイドラム卿でいらっしゃいますね」

「然様、こうして直接お目にかかるのは初めてでございますな」

グリムワルドも名乗る。

「アルトワ公爵グリムワルドと申します。殿下、ハイドラム殿、王都ヴィサンまでの道中、我々エルフィアの近衛騎士団が護衛仕ります。どうぞお楽になさってください」

一行は市庁舎で簡単な午餐を共にした後、西を目指して出発した。


マウは列の中で周囲を固めるエルフィアの騎士に目を配っていた。隊長格の騎士達は、それぞれが皆おそるべき使い手であることがひしひしと伝わって来た。その中で、リーシェからはほとんど、いや全くといっていいほどに剣気を感じることができない。対照的に、グリムワルドの放つ剣気、殺気はその質量ともに周囲を圧倒するものであった。これだけの剣気を持つ騎士はウィルクス全土をみてもフィルカス位ではないか。もしくは、ヴィエラ五世その人位しかいないであろう。

マウはグリムワルドの後ろにいる若い騎士にも目を止めた。

グリムワルドに非常によく似た騎士。若く、明るい雰囲気をまとったその騎士は、側にいる仲間に指示を出し、行列の差配に関わっている様子であった。背負った両手剣からは魔力が感じられる。この若さで、この剣気。かなりの使い手だろう。そう、マウは思った。おそらくは、アルトワ公グリムワルドの世子。

「アレクシス」

列の前の方から、鹿毛の駿馬に跨った若い騎士がやってきて、列に馬を寄せる。

「どうした、フランソア」

「もう少ししたら、野営の指示が出るようだ」

「そうか、思ったよりゆっくり進むようだな」

「お客人方に強行軍もさせられまい」

フランソア、と呼ばれた騎士はそういうと、さらに後列に向け指示を伝えるために列の後方に馬を走らせていった。


マウの頬を、冷たい汗が一筋落ちた。


剣気を全く感じない。


間違いなく、この列に連なる騎士の中でも五指には入る使い手だ。

どちらかというと、リーシェに近いところにいるか、あるいはすでにリーシェに並ぶ、超える使い手であるかもしれない。


どれだけの使い手がいるのだ、エルフィアの宮殿騎士団には。


「ロードフォーリア卿ですな」

「ああ」

ハイドラムの言葉に、マウは頷く。

「あれがリーシェの息子らしい」

「聞くに」

とハイドラムは続ける。

「エッシェントゥルフ侯の奥方様は、聖十字教国(クルーセイド)|の枢機卿「赤騎士マリュー」の妹…と伺っております」

当代最強を争う二人のグランドマスターの血を引く武人。

さらに、彼女が剣聖ソルフィー門下のソードマスターである一方、その位を得るより以前にロードポリスの魔法学院を優秀な成績で卒業している大陸屈指のバイアームであることも、マウはよく知っていた。何人もの「黒の旅団」が彼女にその正体を看破され、そして命を落としている。数だけ揃えても、質が伴わない戦力ではエルフィアとまともに戦うことは困難であろう。そのことを、初対面である若い世代の騎士達の質からマウは痛感していた。

ハイドラムはそんなマウの様子を見て、

「とりあえず、我々がいきなり命を奪われることはございません。エルフィア方の備えは完璧であり、隙はございませんが、それが知れただけでも極めて大きな成果と言えましょう」

マウは溜息をつく。

「ある程度、予期はしていたが」

「剣気も魔力も消すことができるバイアームが何人も周囲にいるのです。…殺す気であれば、我々の首はすでに落ちている筈」

「違いない」

「この先幾つも驚くことがございましょうが、どうか心を乱されませぬよう、殿下」

「忠告、感謝するぞ、ハイドラム殿」

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