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蒼の剣士 ~ fantasy ~  作者: 紅の豚丼
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(52)


「トリボニア伯爵とピルスマイヤー卿のお手柄じゃな」

宮宰は改めて言う。

「閣下、お手柄でもなんでもありません。ただ、グラン・マルクト広場の揉め事に、我々が慣れっこだっただけです」

ギュンターはベルンハルトを前に出す。

「同時通訳したのは、ベルンハルトです。彼がいなければ、解決できなかったでしょう」

「矢表に立って話をして下さったのは伯爵閣下です」

ベルンハルトも苦笑して言う。王は目を細めて言う。

「兎に角、両名のおかげで、折角おいで下さったお客人に不自由をかけずに済んだわ。今後も、しっかり頼むぞ」

「はっ」

「御意」

二人は美しい騎士礼を取る。

「そうそう、奥方共々、夜の宴に来るように。既に二人には伝えてあるので、そなたらはこちらで待っておればよい」

「お手数をおかけします、閣下」

宮宰の言葉に、ギュンターは深々と礼をする。

王は目を細めて、宮宰に言う。

「ロードフォーリア男爵とグレスティス男爵はどこじゃ?」

宮宰は笑って答える。

「父親達に連れられて、御一行のおもてなしでございます、陛下」

「本当に、よく働くことですね」

王妃は目を細めて言う。傍に控えたジョゼフィーナ姫が、こぼれるような笑顔を浮かべた。

東方に近衛騎士団が出征してから、ジョゼフィーナはずっと笑いを失い、毎日長い時間を彼女の礼拝堂で過ごしていた。いつも悲しそうな表情で溜息ばかりついている娘を、皇太子妃シャルロットは非常に心配していた。しかし王妃は泰然としたもので、心配するシャルロットをたしなめるのであった。

「リシャールが東方に出征した時の貴方より、ジョゼフィーナの方がずっと大人ですよ。それにフランソアはリシャール以上の武人で、バイアーム。『蒼の剣士』に匹敵する腕の騎士です。不覚を取るはずがありません。心配せずにジョゼフィーナのしたいようにさせておきなさい。他の人に迷惑をかけているわけでもありませんし、遠征軍全ての為に祈っているのかもしれませんよ」

リシャールは苦笑する。

「そんな殊勝なことが、ありますでしょうか」

王妃は大真面目で言う。

「彼に相応しい女性になりたい、という思いは、ジョゼフィーナの中に確かにあるのです。貴方にもわかるでしょう、リシャール?」

「確かに」

仮にフランソアの為だけに祈っている、と告げれば、フランソアは感謝しつつも必ず言うだろう。


姫様。

私の為に祈って下さってありがとうございます。

…しかし、どうかエルフィアの為に戦う全ての兵、そして東方の民のためにも、祈って下さい。

皆、どれだけ慰められることでしょう。


健気なジョゼフィーナは、それをほぼ完全に理解していた。

そうすることが、彼に相応しい女性に近づく道。

そう信じて、彼女は日々の己の行動を律していた。

「年齢を考えたら、立派なものです」

王妃は目を細める。


宮宰家上屋敷、東棟…

近衛騎士団の儀礼服に身を包んだリーシェ、グリムワルド、ギュンター、ベルンハルト、クリスティン、マイア、イレーネ、そしてアレクシスとフランソアの九名が、トラブゾン公爵の前に跪き礼をしていた。

「お立ちあれ、エッシェントゥルフ侯、それにアルトワ公」

トラブゾン公爵は騎士達に言う。

「ご丁寧なご案内、痛み入るばかりじゃ」

リーシェは立ち上がり、一礼すると、

「どうぞお寛ぎ下さい、お疲れでしょう…私のことは、リーシェとお呼び下さい」

「私はグリムワルドとお呼びいただければ、幸せでございます」

グリムワルドも丁寧に言う。

「戦働きしか出来ぬ野人でございますが、御目通り叶いまして光栄です」

ダルサールは慌てて言う。

「とんでもない!戦場にあって、数多の敵将を討ち取り、武名赫赫たるアルトワ公、それに高名な蒼の剣士にお目にかかれるとは…」

「それよダルサール」

トラブゾン公爵はげにも、と頷く。

「誠、素晴らしい武人ばかりじゃ。女性の騎士もおられるようじゃが」

「奥方様や姫様もおいでのご様子、少しでもお寛ぎいただけますように、と思いまして」

公爵夫人はリーシェに頭を下げて言う。

「ご配慮、感謝いたしますわリーシェ殿、グリムワルド殿」

彼女は目を細めて言う。

「随分と、お若い騎士もおいでなのですね」

リーシェとグリムワルドは苦笑して言う。

「両名は、我等の長子でございます」

「二人とも、エッシェントゥルフ侯爵より、ソードマスターの位を授かっております。既に従軍経験もございます」

「まあ、では…」

アレクシス、フランソア、ご挨拶せよ。とグリムワルドに言われ、二人は進み出て跪く。

「リューク十五朝が内、アルトワ公爵が一子、グレスティス男爵アレクシスでございます」

「エッシェントゥルフ侯爵が一子、ロードフォーリア男爵フランソアと申します」

「何と、既にマスターであるとは…」

ダルサールは身震いして言う。

「お二方の腕、間違いなく本物でございましょう」

「うむ」

グリムワルドはトラブゾン公爵に言う。

「後程、城にて内々の宴の予定です。皆様方も、是非お楽しみ下さい。我らが王は、宴がお好きなので」

「せっかくのお申し出、是非受けさせて頂こう」


アレクシスとフランソアは連れ立ってグロワール宮殿に戻った。トラブゾン公爵が上機嫌だったことに、二人は安堵していた。街中での事件でエルフィアに対する心象を悪くしては、と心配ていたのは、彼等だけではなかった。皆一様に安堵し、急いで宴の準備をしていた。

「今回の公爵閣下のご来訪なんだが」

アレクシスは フランソアに尋ねる。

「どう思う」

「どう思う、とは?」

「理由さ」

フランソアは暫し考え込む。

「…お前にも、分からないか」

「いい加減なことは言えないからね」

彼の頭の中には、いくつかの説があった。

しかしそれを言葉にするのが憚られる部分が、フランソアにはあったのである。

「いくつか考えられる可能性はあるんだが」

フランソアは周囲に目を配り、アレクシスを遮る。

「何処に耳があるか分からないよ、アレクシス」

「そうだな、道理だ」

二人は溜息をついた。


大理石造りの宮殿の廊下を、二人は音もたてずに進んだ。

フランソアがアレクシスに目配せをする。

アレクシスは頷くと、フランソアと背中合わせになる。

フランソアの右手から、四本の光の矢が放たれる。

矢は四方に散り、天井近くの柱の陰にそれぞれ吸い込まれる。

短い悲鳴が一つ。

大理石の床に、黒いものが四つ転がった。そのうちの一つが、よろよろと起き上がる。

白銀の大剣が閃く。

「お見事」

「お前こそ、フランソア」

フランソアが放った魔法の矢は、二人の間者の側頭部を貫き即死させ、一人の左足に命中させていた。また、アレクシスは、間者のうちひとりが鳩尾に矢を受け怯んだところを、首を刎ねていた。

フランソアは古代語(ルーン)を唱える。間者の顔が、苦痛に歪んだ。

「何をした」

フランソアはにっこりと笑う。その微笑みに、父親であるリーシェの表情が重なり、アレクシスは自分の体温が一瞬下がったような錯覚を覚える。

「…閣下そっくりになったな」

「まだまださ」

フランソアはそう言うと、間者に言葉をかける。

「『黒の使徒』か」

間者は必死に唇を噛み、苦痛に耐える。フランソアの口元に、冷たい微笑みが浮かぶ。

「無駄だよ、我慢しても」

「殺せ」

間者はそう言うと、舌を噛み切ろうとする。フランソアは苦笑する。

「おっと、そう簡単に死なせはしないよ」

フランソアの瞳が、美しい紫色に輝く。かみしめようとした間者の口が、大きく開かれる。

「『我が僕、我の問いに答うべし』」

フランソアは古代語(ルーン)で語りかける。間者の瞳から、気力が失われる。

「『汝の名は』」

「エル=ダエイ=ワズン」

フランソアはその名を口の中で転がすと、

「『では、黒の使徒ではなく…黒騎士の一人か』」

「そうだ」

フランソアはアレクシスに目配せをする。アレクシスがパンパン!と手を叩く。すぐに二人の伶人がやって来る。

「すぐに、エッシェントゥルフ侯にお知らせせよ。ロードフォーリア男爵が、ウィルクスの間者を捕えた。うち一人は、黒騎士だ、と」

「かしこまりました、只今すぐ」

フランソアは尋問を続ける。彼の身体から、妖しくも美しい紫色の光が糸のように何本も湧き出し、脈を打っていた。


午後三時二十五分…

グロワール宮殿、謁見の間…


リーシェとグリムワルドの前で、アレクシスとフランソアが跪いていた。

「二人とも、見事だった」

リーシェが二人を賞賛する。フランソアが尋問し情報を吐かせた騎士は、黒騎士の中でも数少ないバイアームの一人。目的はトラブゾン公爵の監視と、エルフィアと結ぶようであれば暗殺。今回はこの四名でのヴィサン入りで、定時で集まろうとしたところをフランソアとアレクシスに発見され、一網打尽にされたのである。

「宴の前に、彼らを片付けられてよかった」

「はい」

フランソアは短く答えて頷く。賢者ダライアスが目を細める。

「お使いの呪文は全て詠唱破棄でしたな、お見事です」

「師父様のご指導のおかげです」

リーシェはダライアスに深々と礼をすると、目を細めてフランソアに言う。

「更に勉学に励むのだぞ、見事であった」

「ありがたき幸せ」

リシャールがアレクシスとフランソアに言う。

「ご褒美だ。二人には、私と午後のお茶に付き合ってもらおう」

グリムワルドが頷く。

「お受けせよ、アレクシス」

「はい、父上」

リーシェもフランソアに頷く。二人は立ち上がり、リシャールに伴われて謁見の間を出ていった。

「二人がいれば、リーシェもグリムワルドも枕を高くして眠れそうじゃな」

コーディアス大公が満足そうな笑みを浮かべて言う。

「それよ」

アルトワ大公も誇らしげに言う。

「我が孫ながら、よくできた子であること」

リーシェは宮宰コーディアス大公に言う。

「いずれにせよ、これでウィルクスからの間者は退治しました。トラブゾン公にも、ご安心頂けることでしょう」

「あちらで彼奴等(ウィルクス)が仕掛けて来ぬかどうか、それだけが心配じゃ」

コーディアス大公の言葉に、ソシエール公爵が頷いた。

「ただ、あちらには食糧問題があるようです。簡単には大軍での遠征はできますまい」

「だから」

とリーシェは言う。

「こんな手に出てきたのです」

「そうだなリーシェ」


午後三時四十分…

グロワール宮殿、後宮…


王妃と皇太子妃シャルロットのサロンでは、リシャールとフランソア、アレクシスが多くの宮女達や貴婦人、令嬢達に囲まれていた。つい先程の殺陣のことなどおくびにも出さず、アレクシスは他愛もない話で貴婦人たちを笑いの渦に巻き込む。フランソアは時折眉を顰めつつも、笑いをこらえきれずにいた。

「男爵…フランソア様」

遠慮がちに一人の令嬢が声をかける。

「はい、レムル様」

レムル…と呼ばれた美しい令嬢は、フランソアに舞踏会でのダンスを申し込んだ。

その言葉に、王妃が眉を顰める。

「折角だけれどレムル、今夜は―――」

「王妃様」

フランソアは首を横に振る。そして、レムルの手をそっと取った。

「お誘いありがとうございます。お受けいたします、レムル様」

レムルの顔に、喜びの色が浮かぶ。その時のことであった。

「…彼女の次で結構です、男爵様…私とも、踊って下さい」

ジョゼフィーナ姫が、じっとフランソアの瞳を見つめてそう言った。

「お願いします」

フランソアはレムルの顔を見る。レムルは頷いた。

「殿下、お誘いありがとうございます。ロードフォーリア男爵、お相手仕ります」

王妃とシャルロットは、ほっと胸をなでおろした。控えめにではあったが、ジョゼフィーナはしっかり自分の望みを口にし、そして礼を失しないように行動することができていた。もし仮に、彼女がレムルを押しのけてフランソアを独占しようとすれば、レムルは大変な恥をかくことになる。無論、舞踏会で最初に踊る相手というのは、非常に大きな意味を持つのだが…。

「ですが…お二方とも、もしもトラブゾン公のご令嬢やご婦人方からお申し出がございましたら」

フランソアが申し訳なさそうに口にすると、ジョゼフィーナがにっこり頷く。

「勿論、お客様が優先ですわ、男爵様。ね、レムル?」

「え、それは勿論です、姫様」

リシャールはフランソアの横顔を眺める。見れば見るほど、初めて会った時のリーシェにそっくりである。彼はそう思った。

「もう、ほとんどグランドマスターの域に達しているのだろう」

リシャールはフランソアに言う。アレクシスは興味深いという視線をフランソアに向ける。フランソアはぽつりと言う。

「もう、手ずから教えることは…無いそうです」

「では」

リシャールの言葉にフランソアは頷く。

「はい。後は…伯父上と、ご老公に見極めをいただいた上で…先生の印可を頂く、ということです」

「猊下も、さぞお喜びになられることだろう」

リシャールは目を細めて頷く。

「どの位、あちらに」

アレクシスの問いに。フランソアは答えて言う。

「早ければ、まず一年から一年半。魔法の勉強に手間取れば、三年…と見ているよ」

ジョゼフィーナはフランソアに尋ねる。

「ロードポリス…どんな街なのですか?」

フランソアはジョゼフィーナに答えて言う。

「石造りの建物が多い街です。冬はとても寒いですし、たくさん雪が降ります」

ジョゼフィーナはその言葉に、窓の外を眺めて言う。

「私も…行ってみたいです」

シャルロットは娘の言葉に頷く。

「かつて私も、表敬訪問したことがあったわ。ね、リシャール」

リシャールも頷く。

「台下にお目通りするには、さらに素敵なレディにならないとな」

父親の言葉に、ジョゼフィーナは微笑を浮かべて頷く。その様子を見て、王妃は孫娘のけなげさに胸を打たれた。アレクシスは、母親であるマリエルが聖都への旅の道中で様々なグルメを堪能した話を面白おかしく話し、娘達の興味を引いていた。彼はフランソアに言う。

「東方と北方と、どちらが美味いものが多いだろうな。フランソア?」

フランソアは林檎酒(カルヴァドス)を一口飲んで、

「甲乙付けがたい、と言うほかないな」

と言う。その様子を見て、シャルロットが笑って言う。

「本当に、エッシェントゥルフ候にそっくり」

そうね、と王妃も目を細めて言う。

「フランソア様」

レムルがフランソアに声をかける。

「はい」

「北方のお話を…聞かせて下さい」

フランソアはグラスの林檎酒(カルヴァドス)に視線を落とす。僅かにその表情に翳りの色が浮かんだ。

「北方には、武者修行で行きましたので…戦の話ばかりになってしまいます」

「それでも」

レムルが真剣な表情で、フランソアに言う。

「フランソア」

「大丈夫だよ、アレクシス」

フランソアは穏やかな優しい表情に戻ると、レムルに言う。

「少し、血生臭いお話になるかもしれません」

「構いませんわ」

真っ直ぐにフランソアの目を見て頷くレムルに、わかりました、とひと言いうと、フランソアは静かに語り始めた。


幼いフランソアがマスターを得てすぐのこと。

リーシェはフランソアと二人で、聖都ロードポリスを訪れていた。目を細め、玉座から眺める教皇ヨハネス12世の前で、深々と頭を下げ跪いたフランソアとリーシェに、マリューが声をかける。

「他人行儀な挨拶はいい、リーシェ、フランソア」

ヨハネス12世も頷く。

「此度は公人としてではなく、私人としていらしたのであろう?お立ちあれリーシェ殿、フランソア殿」

はい、と素直に答えて、フランソアは立ち上がる。

「初めて御意を得ます、アドリア枢機卿猊下」

マリューは苦笑して言う。

「叔父上、と呼べ、フランソア」

リーシェも苦笑して、フランソアに声をかける。

「仰せの通りに」

「はい。叔父上、初めまして」

マリューはフランソアに歩み寄ると、彼をしっかり抱いて頭をくしゃくしゃと撫でる。

「よく来てくれた、心から歓迎するぞ」

リーシェもマリューに歩み寄ると、しっかりとお互いに抱擁しあった。


鋭い金属音が響く。宮殿騎士団の道場では、多くの人々が固唾を飲んで、マリューとフランソアの手合せを見ていた。

必殺の剣気を乗せて、マリューの剣がフランソアを襲う。フランソアは二本の剣で、それを捌く。大きく、美しく、まさに舞うように、彼はマリューの剛剣を受け流し続ける。

「…正しく、リーシェ・フランソアの受け」

サイモンが唸る。アレクサンドラも頷くと、

「…貴方では、既に相手にならなそうね、サイモン」

「魔法でなら、別だ」

サイモンはむきになって、妻に言い返す。アレクサンドラは苦笑して言う。

「賢そうよ。魔力も、明らかに高いわ」

「そうだな」

サイモンの表情が引き締まる。

「どう見ても、リーシェより低いままで終わるとは考えられないだろう」

「既にほぼ『グランドマスター』と見てよいですな」

バーランダー枢機卿が頷いて言う。

フランソアが攻撃に転じた。マリューは自らの長刀エストラを立て、フランソアの一撃を受ける。気合と共に、マリューはそのままエストラを左へ振り抜く。攻撃したはずのフランソアを、受けると同時に反撃で吹き飛ばそう、という技であった。

マリューの目が、驚愕に見開かれる。

吹き飛ばされたかに見えたフランソアが、満身の剣気を込めた突きを放ってきたのである。

完全に、マリュー自身の必殺技である「閃撃」そのもの。いや、剣気の密度だけ見れば、明らかにそれ以上である。

マリューの纏っていた鎖帷子が、鈍い金属音を立てる。フランソアの一撃は、身をひねって避けたマリューの脇腹を掠めた。

大喝一声。

丸太のようなマリューの後ろ回し蹴りを受け、フランソアは鞠のように飛ばされた。空中で二回転して、フランソアは綺麗に足から着地する。

「見事だ」

マリューは構えたままで言う。

「その年齢で、よくぞそこまで鍛えた」

フランソアはマリューの言葉に、騎士礼を取る。

「だが惜しいな、まだ軽い」

マリューは剣を鞘に収めると、リーシェに言う。

「ここから先は、身体作りが大切だ」

「ありがとうございます、義兄上」

リーシェはフランソアに言う。

「伯父上に、お礼を申し上げよ」

フランソアはマリューの前に跪いて、手合せの礼を言う。

「ご教授ありがとうございました」

「現段階でも、間違いなくヴィシリエンで一、二を争う使い手だ。強さだけなら、御老公(=シュテッケン)より既に上だろう。技は俺よりも切れる」

真顔でマリューは言う。

「だが、今の身体では俺には勝てぬ。先に傷を受けるのは俺だが、致命傷にはならん」

フランソアは頷き、悲しそうな表情になる。

マリューは目を細め、

「ここからは、時が解決することだ。焦るな、そして学び、心を鍛えよ」

と声をかけた。

フランソアはヴァルス侯爵に従って北方に向かい、各地で蛮族と戦った。百人単位の小部隊で北方の各地を襲っていた蛮族は、あちこちで略奪や焼き討ちを行い、聖十字教国(クルーセイド)軍はこれに手を焼いていた。フランソアはさらに小さい部隊の先鋒として、初戦で百程のグルヴェイグ族の部隊を文字通り撃滅した。アリマトイという村では、グルヴェイグ兵に村長の妻と娘が母娘共に強姦されそうになっていたのを救い、蛮族がけしかけてきた魔物共々全滅させた。教皇ヨハネス十二世は各地を転戦し、北方の民を救うフランソアに「紫苑の聖騎士」の名を与え、彼の挙げた戦果をありのまま賞賛し、もってエルフィアとの友好の証とした。彼はそのまま聖都ロードポリスでひと冬を過ごし、翌年の春にブラウエンブルクに戻った。


「たくさん辛いことも、あったのでしょう」

王妃はフランソアを労わるように言う。フランソアは微笑んで答えた。

「仰せの通りです、王妃様…でも、楽しいこと、うれしいことも少なくありませんでした。」

フランソアは静かに続ける。

「多くの人々の命を、生活を守ることができたこと、そのことで台下のお言葉を頂いたこと…何より、伯父上の名を汚さずに済んだこと、嬉しく思いました」

アレクシスはフランソアに尋ねる。

「猊下との稽古、真剣だったんだろ」

「そうだね、常に真剣だ」

「命がいくつあっても、足りないぞ」

フランソアは笑って言う。

「危険なことは、団長閣下の稽古と大差ないさ」

「そうか、そういえばそうだな」

二人は快笑する。レムルがしみじみと言う。

「よく、ご無事で」

「ありがとう」

フランソアはにっこり笑顔になる。

ジョゼフィーナも言う。

「エルフィアにお二方のような若く有能な方々がいてくださること、本当に幸せです」

アレクシスとフランソアは ジョゼフィーナに騎士礼を取った。


その日の夕刻。


グロワール宮殿では、トラブゾン公夫妻一行を招いての宴が始まっていた。

美しいドレスに身を包んだ貴婦人や令嬢たちと、大身の諸侯から新進気鋭の騎士、護衛士など、華やかな舞曲に合わせて舞踏会が始まった。

「素敵ですわ、陛下」

トラブゾン公妃の言葉に、トーラスⅢ世は笑って言う。

「お楽しみいただけて光栄ですぞ、公妃」

美しい公女リディアが、息を弾ませ、アレクシスと手を繋いで王と王妃、トラブゾン公夫妻の席の前に戻り、宮廷礼をする。

「リディア、見事であったぞ」

「とっても楽しいわ、お父様」

リディアはこぼれるような笑顔を見せる。アレクシスは一礼して彼女を席にエスコートする。

「男爵様は踊りが本当にお上手ですわ」

「恐縮です、公女様」

そこに遅れて、フランソアとジョゼフィーナが戻ってきた。公妃は、宮廷礼をした二人に嘆息する。

「こちらのお二人は、しっとりとして…本当に仲睦まじい、落ち着いた素敵な踊りでしたわ」

「公妃様、ありがとうございます」

ジョゼフィーナはそう言って会釈する。実年齢よりも、二人ともはるかに大人びて見えていた。

「そうそう」

とトラブゾン公も言う。

「グレスティス、ロードフォーリア両男爵は、まさにエルフィア宮廷の若き日月よ」

フランソアは頭を下げて答える。

「我等両名、まだまだ未熟でございます、閣下」

「今後とも、宜しくご教示ください」

アレクシスもにこやかに言う。グリムワルドが頷く。

「殊勝だな、アレクシス」

「フランソアが自分を『未熟』って謙遜しているのに、私が増長するわけにはいかんでしょう、父上」

「違いない」

グリムワルドは苦笑する。

リーシェとファリアも、 目を細めて二人の様子を見守っている。

「エッシェントゥルフ侯ご夫妻も、これだけのご嫡男がいらっしゃれば、安泰ですなあ」

「そうですわね、あなた」

トラブゾン公妃はフランソアをしげしげと眺めて、

「『紫苑の聖騎士』とはよくぞ名付けたものですわね。赤と青のグランドマスターの血を引く若き武人。北方でのご活躍のお噂は、こちらまで届いておりました」

リーシェは公妃に言う。

「まだまだです、公妃様」

「まあ、厳しい」

リーシェはフランソアと一度目を合わせ、頷くと、

「いずれは聖都に留学にやろうと考えております。まだまだ、学ばせる事は多うございます」

フランソアはリーシェの言葉に、嬉しそうに頷く。

「聖都でも、枢機卿猊下が首を長くしてお待ちでいらっしゃることでしょうな」

「ね、ジョゼフィーナ殿下」

リディアはジョゼフィーナに言う。

「はい、リディア」

「私も、フランソア様と踊っても、よろしくて?」

ジョゼフィーナはフランソアを見上げ、小さく頷くと、彼の手をそっと離した。フランソアはジョゼフィーナに美しい礼を返し、リディアの前に膝をつく。

「公女様、私と踊ってください」

リディアはこぼれるような笑顔を見せて、フランソアの申し出を受けると、広間の中央に戻っていった。

フェリアはリーシェに言う。

「カヴァランテ子爵から、『何卒』と…」

リーシェはため息をつく。

「あの年齢の子に『側仕え』と言われてもな」

「まだ、早いようにも感じます」

フェリアも言う。

「レムルはよい娘よ、フェリア」

マリエルがいつものように穏やかな笑みを浮かべながら言う。グリムワルドも頷く。

「カヴァランテ子爵には男子がいらっしゃらない。それもあっての申し出だろうな」

リーシェは頷く。

「たしかに、彼の思いも…困っておいでであることも、わかる」

ジョゼフィーナの表情が僅かに曇る。リシャールが笑って言う。

「子爵の気持も分からんではないが、エッシェントゥルフ侯、うちも良い婿が欲しいのは変わらないぞ」

シャルロットがリシャールを嗜める。

「子爵もそれをご存知だから、あえて『側仕え』とおっしゃっているのですわ」

トラブゾン公が嘆息する。

「拒否すれば、子爵の立場を潰すことになってしまいますな」

その時、ジョゼフィーナが口を開いた。

「リューク家にとって、カヴァランテ子爵は大切なお味方ですわ、お父様」

トラブゾン公がジョゼフィーナの言葉に、目を見開く。彼はジョゼフィーナの表情をうかがいながら、問いかけた。

「これは驚きました…ジョゼフィーナ殿下、男爵殿がお側に女性を置いても、よろしいのですか?」

ジョゼフィーナはトラブゾン公の目を見つめる。公妃も彼女に声をかけた。

「殿下も、彼を憎からず思っておいでなのでしょう?私にはわかります」

「ありがとうございます、閣下、公妃様」

ジョゼフィーナは静かに答えた。

「そうであっても、私はまだまだ未熟です。…それに、これはエッシェントゥルフ家でお決めになることです。リューク家、ましてや私が口を出すことではありませんわ」

ジョゼフィーナは広間の中央で静かに、流れるように踊るフランソアとリディアに目をやると、

「私たちリューク家は、多くのお味方に恵まれています。…大切にしなくては、そう思います」

「なんと健気な」

トラブゾン公妃はそう言って言葉を失った。リーシェはジョゼフィーナに優しい眼差を注ぐ。

「エッシェントゥルフ侯、私の考えは…間違っていますか?」

ジョゼフィーナは不安そうな表情で、リーシェの顔を見つめた。リーシェは首を横に振る。

「間違っておりません、殿下」

とリーシェは言う。

「この国を受け継ぎ、遍く民をお導きになられる上で、大切なことです」

フェリアはリーシェに言う。

「子爵とレムルの気持ちはうかがいましたが、肝心なフランソアの考えも、聞くべきですわ、リーシェ様」

リーシェは頷くと、ジョゼフィーナに答えた。

「そうです、何よりもロードフォーリア男爵がどう考えでいるか、どうするのがよいと思っているのか、それが大切です」

マリエルが慈しむような眼差しをジョゼフィーナな注ぐ。

「随分と、大人になられましたわね、殿下」

ジョゼフィーナは首を横に振る。

「私もリューク家の一員です。…子供じみたことばかり言ってはいられません」

シャルロットが頷く。

「もう少し、子供でいさせてやりたい…そう、思っているのだがな」

「私ばかり、甘えているわけにはいきません」

ジョゼフィーナは広間の中央を見ながら言う。

「…彼らは、命がけで私達を守ってくれているのですから」


舞踏会は夜九時にお開きになり、いつものようにいくつかのサロンで様々な芸人達が芸を披露し始めた。王のサロンにはリリーが呼ばれ、いつものように歌い始める。トラブゾン公夫妻は彼女の歌を絶賛し、笑い声と共に夜は更けていった。

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