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蒼の剣士 ~ fantasy ~  作者: 紅の豚丼
49/54

戦雲、再び

(49)

リューク十五朝エルフィア王国

王都ヴィサン、グロワール宮殿



王宮内の一室に、近衛騎士団の幹部達が集まっていた。

グリムワルドが口を開く。

「…対策、できたのか」

グリムワルドの言葉に、リーシェは頷くと、小さなアメジストのついた首飾りを取り出した。

「何だ、そいつは」

リーシェは答えて言う。

「今回忍び込んだ『黒の使徒』が付けていたものさ」

フェリアの顔色が変わる。分かるかい、とリーシェが声をかけ、彼女は頷く。

「…かなりの物ですね」

ベルンハルトも厳しい表情になる。

「これがこれまでのこちらの『魔力探知』を妨いでいた品物だ」

リーシェはそう言って首飾りを置く。

「いつまでも無条件で探知は出来ないだろうとは思っていたからね」

「対処法は」

ベルンハルトの言葉には、ダライアスが答えた。

「そうですな…この首飾り自体の魔力を探知する方法と、『敵探知(ディテクト・エネミー)』を使う方法を、どちらも採用しました」

リーシェは溜息をつく。

「やれやれ、きつかったよ」

ダライアスは笑って言う。

「我々もお手伝いしましたからな。東方の国境をきちんと固めれば、此度のようなことにはなりますまい」

「それでも、護符を三百も作るのは骨が折れました」

フェリアがにっこり笑って言う。

「これで当面は大丈夫ですわ、リーシェ様」

「誠に」

ダライアスも頷く。

「此度敵の『黒の使徒』の指揮官を倒したことは、ご子息フランソア殿の大手柄でござった」

「まだまだでございます」

はにかみながらリーシェは言う。

「とか言って、嬉しいくせに」

グリムワルドが揶揄するように言う。リーシェは咳払いを一つすると、

「遠からず、東方に出張ることにはなるね」

と言った。

ダライアスは地図を広げて言う。

「ウィルクスの国力も大分回復してきたようです」

「厄介ですな」

ベルンハルトが顔を曇らせる。

ダライアスはウィルクスが近衛騎士団であるアルファナイツを再編成したことと、黒の旅団がかなりの増強を行なっていることを説明した。

「そろそろだろう…とは、思っています」

リーシェの言葉に、ダライアスは頷く。

「侯爵閣下は、ご存知でしたか」

リーシェは頷く。

「だからこそ、ランスには今嫁を貰って欲しいんだ」

フェリアも頷く。


そこへ、ソシエール公爵夫妻が現れた。二人とも上機嫌である。

「これは賢者殿、ご機嫌麗しゅう」

ダライアスは苦笑しつつ挨拶を返す。

「公こそ、ご機嫌でございますな」

得たり、とソシエール公爵は頷く。

エルフィアにも、優秀な若者たちが育っている。その最たる二人と、ハイティーを楽しんで来た、とソシエール公爵は上機嫌で言う。

「失礼は、ございませんでしたか」

フェリアは二人に言う。ラーリアは首を横に振った。

「アレクシスとフランソアは、性格も剣も違うけれど、もうすっかり仲良しね」

「男の子はそこがいいんだ」

ソシエール公爵は頷く。

「アレクシスは快活で明るい。フランソアは物静かで穏やかだ。剛と柔、太陽と月のようだ」

グリムワルドは苦笑しつつ頭をかく。

「アレクシスが太陽でフランソアが月、なんてことが、あるものか」

「でもね」

ラーリアが言う。

「二人でいると、女の子達はまずアレクシスの方に寄って行くのよ」

リーシェは悪戯っぽく笑う。

「血は争えないね、グリムワルド」

「うるさいやい」

ソシエール公爵は笑みを浮かべつつ続ける。

「途中から、王妃様とジョゼフィーナ様がおいでになった」

「まあ」

フェリアは驚く。

「だいぶフランソアにご執心のようだぞ、殿下は」

リーシェとフェリアは顔を見合わせて苦笑する。

「お命をお守りした、というだけのこと。他にも沢山の貴公子がいますわ」

フェリアの言葉に、ラーリアは首を横に振った。

「第一印象が大切なのよ、フェリア」

「そうかしら」

「その意味では」

ラーリアはリーシェに言う。

「姫様だけは、太陽より月の方をお好みのようだったわよ」

リーシェはラーリアの言葉に小さく頷くと、一口林檎酒(カルヴァドス)を含んだ。

「…しかし、フランソアはいずれ…」

リーシェの言葉に、フェリアが頷く。

「悲しまれますかしら」

「そうであっても」

とリーシェは答える。

「フランソアは、義兄上のもとへ修行に出したい」

「なんと」

ソシエール公は溜息をついて言う。

「やはり、そのつもりか」

「ええ」

リーシェは頷く。


夕刻…


「フランソア、アレクシス、交代だ」

第三中隊副長のカール・スヴェートが二人を呼びに来た。宴会場の一角の護衛をしていた二人は、安堵の溜息を漏らす。

「ご苦労だったな、何か食べてくるといい」

「ありがとうございます、副長殿」

アレクシスはフランソアの手を引いて立食のテーブルに向かう。

爵位を持たない騎士達の多くは、護衛の合間に交代で食事を詰め込んでいた。

「流石に腹が減った」

アレクシスは大きな肉片を皿に乗せ、旺盛な食欲を見せていた。フランソアは田舎風のパンに、ハムとチーズを乗せ、一口食べてアレクシスに言う。

「…よく食べるね」

「ん、そうか?」

「もう3回もお代わりしてるよ」

「燃費が悪くてな」

アレクシスは豪快に笑う。

その声に、美しい娘達が寄ってきた。

「アレクシスさま」

「もうすぐ舞踏会が始まりますわ」

「私と踊ってくださいませ」

「ずるい、抜け駆けはなしよ」

娘達の勢いに、アレクシスは苦笑しフランソアは目を丸くする。

「モテるんだね、アレクシスって」

「俺一人じゃキツい、フランソアも手伝ってくれよ」

アレクシスは娘達に言う。

「こちらはエッシェントゥルフ侯の御曹司、フランソア殿だ」

「まあ、近衛騎士団長閣下の?」

美しい娘がフランソアの側に寄る。

「はじめまして、フランソア・エッシェントゥルフです」

「近衛騎士ですのね、アレクシス様と同じ」

フランソアは頷く。


一段高い最上位のテーブルで晩餐を楽しみながら、王は宮宰コーディアス大公に声をかける。

「今宵はまた、盛況のようじゃな」

「誠に」

大公も頷く。各テーブルはもちろんのこと、広間の下座の方立食のエリアも大盛況の様子である。

「若い令嬢が多いと、座が華やかでよろしいですな」

アルトワ大公はそう言ってワインのグラスを傾けた。ブラウエンブルク産の赤ワインをはじめ、国内の佳味が集められていた。一段下のテーブルでは、アルトワ公グリムワルドが、公妃マリエルと共に、エッシェントゥルフ侯リーシェ、侯妃フェリアと談笑しつつ食事を楽しんでいる。

「いいものですな、友というものは」

リシャールは老人達の言葉に心中深く頷く。側で静かに食事をしているジョゼフィーナに目をやると、彼はぼんやりと座を見渡した。

「目にとまる方でも、いらして?」

シャルロットの言葉に、リシャールは頷く。その視線を追ったシャルロットは、息を飲んだ。

広間の下座の一角に、美しく着飾った妙齢の令嬢達が集まっている。

その中央に、娘達より頭一つ背の高い、二人の若い近衛騎士の姿が見て取れた。

リシャールの隣で、ジョゼフィーナが小さな溜息をつく。リシャールは愛娘に慈しみのこもった眼差を向けた。

「困った子達」

王妃が苦笑しつつ言う。

「仕方ありませんわ」

シャルロットも王妃に言う。

「でも、皆二人よりはるかに年上でしょうに。まだ九歳の少年を…」

王は首を横に振る。

「二人はもう一人前の戦士といってよい腕前じゃ。大諸侯の嫡子でありながら、謙虚で人柄もよい」

「これは、大層なお褒めを」

アルトワ大公が王に頭を下げる。王は目を細めて続けた。

「見たところ、アレクシスは父親似で面倒見がよく、活発じゃ。フランソアは穏やかで落ち着いており、物静かで優しい。娘達の好みは分かれるであろうが、どちらにせよあの二人の側は居心地が良いようじゃな」

その一角に、ひとりの若い騎士が十人程の令嬢を引き連れて乗り込んでいくのが見えた。ソシエール公が眉をひそめ、ラーリアが小さく口笛を吹く。王妃も笑みを浮かべた。

「面白いことに、なりそうですぞ」


アレクシスとフランソアは、広間の一角で美しい娘達に囲まれていた。フランソアは美しいクリスタルのグラスで林檎酒(カルヴァドス)を飲んでいたが、周りの娘達にはパンチのグラスを進めていた。

「まだ、夜も浅いですから…お酒を過ごされては、ご気分が悪くなります」

「まあ、お堅いこと」

グラスを渡された令嬢が僅かに口を尖らせながらも、頬を赤らめてお辞儀をする。アレクシスは笑って言う。

「私もフランソアもまだ若年、教わらねばならないことは多い」

「まあ、そんなことを」

「本当さ。男女のことなど、まだまだ…」

アレクシスの言葉に、フランソアがつっこみを入れる。

「僕はアレクシスは百戦錬磨だと思っていたよ」

「きついな」

二人は快活に笑う。

「お二人の奥様になられるお方は、お幸せですわ」

「ロクサーヌ、どうしてそう思う?」

ロクサーヌ、とアレクシスに呼ばれた娘は 答えて言う。

「だって、その笑顔を一番近くで独り占めできるのですもの」

娘達が頷く。アレクシスは首を横に振る。

「それは光栄なこと…だが、フランソアをお望みの方は、ジョゼフィーナ殿下がライバルですぞ」

「まあ」

「ほんとですの、アレクシス?」

フランソアは慌てて言う。

「アレクシス、恐れ多い」

「何言ってる、事実だろう」

その言葉に、溜息をつきつつひとりの娘が言う。

「…では、私は側女の一人で構いませんわ。フランソアさま、お側に置いて下さいませ」

「あ、アレクシス!」

フランソアは赤面してアレクシスに抗議する。

「モテるんだな、フランソアは」

「冗談いってないで助けてくれないか」

フランソアは言う。

「そもそも、正妻もいないのに、側室なんて…」

「別に、気に入った娘の一人や二人、囲って面倒見ても悪くなかろう?」

アレクシスは笑って言う。

「父からは、気に入った娘がいたら紹介しろ、と言われている」

「本当かい」

「ああ」

アレクシスは頷く。

「まずは父と母が、その娘の人柄や周囲を見た上で、問題無ければ許してもらえるらしい」

「なんだか、すごい話だね」

「うちの母は」

とアレクシスはかたを竦める。

「その辺妙にしっかりしてるんだ。母の人物評は、滅多なことで外れない」

フランソアは成程、と頷く。

「手合せにお前が出てきた時、俺が絶対に勝てないことが一目でわかったそうだ。きっと、何かが見えたんだろうな」

「戦のせいで、殿方の数が少ないのですわ」

ロクサーヌが悲しげに言う。

「私達が美しく着飾っても、褒めてくださる殿方がいらっしゃらないのです。」

「皆、手を取ってくださる優しい殿方が欲しいのですわ」

美しい娘達が真顔で頷く。

アレクシスは眉をわずかにひそめた。

その時。

すぐそばにいた楽人からリュートを受け取って、フランソアがポロポロ…と静かな曲を奏で始めた。

娘達はじっと聴きいっている。

一曲奏で終えて、フランソアは側の給仕に言う。

「林檎酒(カルヴァドス)を」

かしこまりました、と頭を下げて、給仕は静かに歩み去る。娘達からは溜息が漏れる。

「血は争えないな」

アレクシスが感心したように言う。まだまださ、とフランソアは苦笑する。


そこへ、一際華奢な騎士がひとり、同年齢くらいの娘達を従えて現れた。

「ずいぶんと、お楽しみのようね」

アレクシスはうんざりした、という顔になる。

「だから、ドレスを着て来いと言っただろ」

「何ですって?」

喧嘩腰になるカレンを、フランソアが制する。

「男装の麗人、というのも、粋かな…と思う」

「こいつは驚いた」

アレクシスはおどけて言う。

「麗人、とは、評価高いじゃねえか、カレン?」

フランソアはアレクシスにも言う。

「彼女にドレスを着せたら素敵だろう、という考えには、僕も大賛成だよアレクシス。さすがだね」

「言うよ」

アレクシスは哄笑する。

「か、勝手なことばっかり!」

赤面するカレンに、フランソアは静かな微笑を湛えて言う。

「怒って見せても、その表情じゃ説得力ないよ、カレン」

「ーーー!!!」

言葉を失ったカレンに、そばにいた娘達が声をかける。

「これはカレン、あなたの負けだわ」

「そうね、完全に一本とられちゃったわ。フランソア様のおっしゃる通りよ」

「もう、あなた達まで!」

フランソアは微笑んだままで続ける。

「男爵夫人(バロネス)も、僕の母も、今夜はドレスを着ている。クリスティン様は制服だけれど、ドレスも本当によくお似合いになるよ」

カレンは悲しそうな顔になる。

「私は、早く近衛騎士になりたいのよ」

「どうして、近衛騎士にそんなにこだわるんだ?」

アレクシスが呆れ顔で言う。

「あんたやフランソアには、分からないわよ」

「だから尋ねてんだよ」

アレクシスは真顔である。

「俺やフランソアのように、修行してソードマスターを許されていれば別だが…あと二年もすれば、お前だって近衛騎士になるだろう。なぜそんなに焦る?」

「…私は、男に生まれたかった」

カレンは溜息をつく。

「それは、両親は私を愛してくれているわよ。期待もしてくれてる。…でも、女の身体じゃ限界があるわ」

カレンは悔しそうに言う。

「力じゃ、アレクシスには勝てない。絶対にね」

フランソアは穏やかに言う。

「男女の差…というより、年齢のせいでまだ身体ができてないことの方が大きいよ」

「気休めに聞こえるわ」

フランソアは苦笑して言う。

「大事なことを一つ、君は忘れているよ、カレン」

「何をよ」

フランソアは静かに言う。

「…僕たちの先生…剣聖・アルウェン・レオンハルト・ソルフィーは、女性だよ」

「そうか、そうだよな」

カレンは驚いた顔をする。

「先生の技の前では、アルトワ公といえどきりきり舞いさせられるだろう」

「違いないな」

アレクシスも頷く。

「単純な力だけじゃ、ねえってことだな」

「そうだね」

フランソアは頷く。

彼は東方風の小麦麺をクルクル…とフォークで巻き、口に運ぶ。そして林檎酒(カルヴァドス)を一口。

「あっちは華やかだな」

アレクシスはテーブル席の方を見ながら言う。フランソアはクスリ、と笑う。

「そのかわり、堅苦しそうだよ」

「違いないな」

二人の貴公子は顔を見合わせて笑う。

「カレンのおかげで、アレクシスさまとフランソアさまのお近くにいることができて、嬉しいわ」

「まあ、レティシアったら」

「踊って下さいませ、フランソアさま」

レティシア、と呼ばれた娘は、臆せず堂々とフランソアに手を差し出した。

「アレクシスでなくて、いいのかい」

「カレンに譲って差し上げますわ」

その言葉に、カレンは耳まで真っ赤になる。

「レティシア!」

フランソアは笑って頷く。アレクシスは微かにはにかみながら、言う。

「カレン、俺と踊ってくれ。…ドレスでなくても、いい」

カレンは困った顔で、周りを見る。フランソアは笑って頷く。

「いいんじゃないかな?」


広間の一角から、優雅な三拍子の曲が流れて来た。テーブル席の貴族達の目が、そちらに向けられる。若い騎士達が、令嬢達と踊り始めていた。彼方此方で出来たカップルの踊りの中で、一際目を引くものが二組。

「まあ、上手だこと」

マリエルがニコニコして言う。グリムワルドは苦笑する。

「男同士で踊り始めたかと思ったぞ」

「カレンはきちんと令嬢の嗜みも身につけていますわ、貴方」

「そうだな」

マリエルは隣で踊るフランソアも褒めちぎる。

「お相手の方、いつもよりずっと素敵に見えますわ。フランソア様の『見せ方』が本当にお上手」

フェリアはマリエルに言う。

「まだまだですわ、マリエル様」


ジョゼフィーナは母親の隣で食事をしていたが、彼女の心はそこにはなかった。広間の片隅から流れてくる静かな舞曲にのせて、見事な踊りを見せる数名の騎士達と令嬢達。よくある宴の風景であったが、ジョゼフィーナの口からは何度も溜息が漏れた。若者達の中でも、一際輝きを放つ二人の近衛騎士。快活な踊りを見せる大柄な若者と、やや細身ながら大人びた落ち着いた踊りを見せる二人の近衛騎士。皆の視線は、自然とそちらに集まった。

「先程から、何人と踊っておるやら」

呆れたように、しかし笑顔でアルトワ大公が言う。彼は上機嫌で盃を重ねていた。

「アレクシスには華があるな」

王は大公の盃に酒を注ぎながら言う。

「フランソアも素敵だこと。あの落ち着いた、しっとりした身のこなしなど、もうすっかり大人ですわ」

「そうじゃな、血は争えぬ」

王妃は溜息をつく孫娘に言う。

「…今夜は、我慢なさい。今のあなたでは、彼の前に出ると子供に見えてしまいます」

ジョゼフィーナは悲しげに頷く。当人にも、その自覚はあるのだ。事実、カレンとその取り巻きを除けば、彼等のそばにいる娘達はみなひとまわり年長の娘達ばかりであった。

不自由なものだな、とリシャールは思う。

しかしリーシェもグリムワルドも、前線でさしたる武勲もあげていない駆け出しの騎士である彼等を、いきなり上席につけることを頑として受け付けなかった。そのため、大諸侯の御曹司でありながら、彼等は他の若い近衛騎士達と同様の扱い、すなわち交代での護衛警護にもあたらねばならなかった。無論、食事も立席である。彼等は嬉々としてそれを受け、当たり前のように任務を行い、彼等なりにこの宴を楽しんでいる様子であった。

「誠、よい若者に育ったものよ」

王は目を細める。

「アレクシスは東方へ、フランソアは聖十字教国(クルーセイド)へ…遠からず、出ることになるか」

リシャールは黙って頷く。


その時。

音楽が止み、靴音と共にひとりの騎士が広間にやってきた。リーシェとグリムワルドが立ち上がる。

騎士は二人の前で騎士礼を取ると、跪いて言う。

「オストブルクのルーヴィンシュタイン伯爵閣下から、王都へ使いとして参上いたしました」

「東方騎士団の一員とお見受けする。役目ご苦労」

グリムワルドが声をかける。

騎士は書状を差し出す。

それを開いて一瞥したリーシェの顔色が変わる。

「何事じゃ、リーシェ」

一段高いテーブルから、王が声をかける。

リーシェは王に手紙を渡す。

「ルーヴィンシュタイン伯爵閣下からの手紙です。…ウィルクスが、動きました」

グリムワルドが頷く。

「フェリア」

「はい」

「留守を頼むよ」

フェリアは頷く。

グリムワルドが広間に響く声で宣言する。

「近衛騎士団に告ぐ!明日払暁、東方に向け、出陣だ!」

おお!と広間からどよめきが起こる。

いつのまにか、若い騎士達がリーシェとグリムワルドの近くに集まって来ていた。

その中に、アレクシスとフランソアの姿もあった。

グリムワルドは二人を一瞥すると、リーシェに言う。

「いいな」

リーシェは溜息をついて頷く。

「アレクシス、フランソア」

二人はリーシェに対し、美しい騎士礼を取る。

「従軍を許す。必ず生きて帰れ」

「は」

「ありがたき幸せ」


やや遅れて前に出てきたカレンは、振り返った二人の横顔を目にした。

既に二人は戦士の顔になっている。

カレンは二人に声をかけようとしたが、声が出なかった。今更ながら、二人と自分の差…近衛騎士であるか否か…が、彼女には重く感じられた。

ぽん、と肩を叩かれて、カレンは振り向く。

彼女の母親、ラーリアが、カレンに優しい眼差しを向けていた。

「お母様」

「凛々しい表情ね、ふたりとも」

カレンは黙って頷く。

「父親そっくり。…きっと、無事に帰ってくるわ」

フェリアがラーリアに声をかける。

「男爵夫人(バロネス)」

「何かしら」

「夫達は出陣します。王都の留守番を、手伝ってもらえませんか」

「お任せを」

ラーリアはにっこり笑って頷く。

「そこそこ役に立つと思うの。娘も手伝わせていいかしら?」

フェリアは頷く。

「助かります。ただし、決して無理はしないこと。いいですね、カレン」

カレンは騎士礼を取る。


翌日払暁。

近衛騎士団のうち第一、第三、第五中隊百五十名が、オストブルクに向けて出陣した。道中、いくつかの騎士団と傭兵団を吸収し、最終的な数は五千を予定していた。エルフィアとしては初めて、本格的な魔法戦力を伴っていた。

東方への今回の出陣には、賢者ダライアスも同道していた。仮に敵にかなりの高位の魔導師がいても、彼ならば遅れをとることはない。リーシェにはその確信があった。

総大将にはリーシェその人。副将としてグリムワルド。以下、ジェット・ベルンハルト・クリスティンなどの猛者が集い、軍師としてソシエール公爵が控えていた。陣容としては申し分ないものである。

王都の留守は、皇太子リシャールを中心に、エッシェントゥルフ侯爵夫人フェリア、アルマノック男爵夫人ラーリア、ランスロット、ヴェスタールらを中心とする近衛騎士、そして大身の諸侯達が固めることになった。黒の使徒による破壊活動を、なんとしても防がなくてはならない。その意味で留守部隊にも力のあるもの配置せねばならなかった。


オストブルク城外、ウィルクス軍戦陣…


ひとりの騎士が天幕に入ってくる。

「失礼いたします、閣下」

そう呼ばれて、漆黒の鎧の騎士が頷く。

「五千程の援軍が、こちらに向かっています」

「速いな、流石に」

「いかがいたしましょう、アルジュナ将軍」

ウィルクスの誇る「黒の旅団」の副将、黒騎士アルジュナは苦笑して答える。

「一当たりはしてみようと考えている」

「では、決戦を?」

本陣の若い騎士達が喜色を浮かべる。アルジュナは再び苦笑して、傍のハイドラムを振り返った。

「…これだから若い者達を率いるのは疲れるのだ」

「閣下とて、まだお若いではありませぬか」

アルジュナは表情を改め、側近達に言う。

「今回の我々の任務は、エルフィア東方の軍備の程を確認し、威力偵察を行うことと、可能なら焼き討ちを仕掛けること、この二点だ」

騎士達の顔に落胆の色が浮かぶ。

「忘れるな。我々は経験を積み、生きて帰ることも大切な任務だ」

ハイドラムは笑いながら言う。

「心配ない、十分な数の魔物を用意してある。奴等を盾にして、我等は高みの見物と行こうではないか」

アルジュナは満足そうな笑みを浮かべて、頷いた。


三日後…。


東方、オストブルク城外…


アルジュナ率いる「黒の旅団」と、リーシェが率いるエルフィア軍が、オストブルク城外で向かい合っていた。

エルフィア軍はオストブルクの守備隊が約八千。ドナン、パーレヴィ、ラウンデルによって率いられた東方軍団の精鋭である。騎兵が三千。弓を中心とした歩兵が約三千。そして、精強をもって知られるエルフィア傭兵が二千。その内、約五百名が、名高い「ドッペル・ソルドネル」隊であった。

これに、リーシェが率いてきた約五千を加えて、エルフィア軍は一万三千程。


対するウィルクス軍は、二万を数える大軍であった。しかし、アルジュナはこの戦いに勝てるとは全く思っていなかった。そもそも、勝利が目的で西進してきたのではない。

何故なら、ウィルクス軍のうち、人間は僅か五千程しかいなかったからである。


リーシェは既に、ウィルクスの異形の軍勢に気付いていた。

「そういうことか…」

ダライアスはウィルクス軍を一瞥し、頷いた。

「ハイドラムめが、来ておりますな」

「デルマインは」

ダライアスは首を横に振る。

明らかに、敵の目的はこちらの力をはかることにある。あまり手の内を見せたくはない。

一方で、若い兵には実戦を経験させたいところだ。

「お出になりますかな?」

リーシェはダライアスの問いに、すぐには答えなかった。

そこへ、フランソアとアレクシスがやって来た。

「閣下」

フランソアが騎士礼を取る。

「フランソアか。アレクシスも、何か」

「はっ、ご報告致します」

アレクシスが、敵の陣容を調べていた大魔導師ハルデンベルクが、敵の深淵(アビス)の位置を特定したことを告げる。二人に伴われ入ってきた魔道士は、リーシェをはじめとするエルフィアの将校達に、地図で位置を説明した。

「四つか」

リーシェは頷く。

「ベルンハルト」

「はっ」

「一つは君に任せる」

ベルンハルトは騎士礼を取る。リーシェは次に、クリスティンを呼んだ。

「ここに」

「最左翼は、君に任せる。潰しておいで」

「かしこまりました」

リーシェはグリムワルドを振り返る。

「中央は、グリムワルドと僕だ」

グリムワルドは頷いた。

最後に、リーシェは言う。

「最右翼は、フランソアとアレクシスで行け」

「承知致しました」

リーシェはフランソアに言う。

「その後は、可能なら敵の本陣を突け」

一同が息を呑む。二人は顔色一つ変えずに頷いた。

「ギュンター、カール」

「はっ」

リーシェは二人に魔道士隊の護衛を命じた。そして、ドナンとラウンデルに指揮を預ける。

「ダライアス様」

「何でしょう、閣下」

「ドナン殿とラウンデルを、お願い致します」

「心得ました」

最後にリーシェはソシエール公爵に言う。

「引くタイミングは、お任せします」

「気をつけてな、リーシェ」

リーシェは立ち上がった。

「出陣だ」


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